やるか、やらないかは「四行詩」で決める ― スマイルズ
この記事は、ビジネス誌「WORK MILL with ForbesJAPAN ISSUE03 THE AGE OF POST-INNOVATIONALISM イノベーションの次に来るもの」(2018/10)からの転載です。
私たちは今回、イノベーションに代わる新しい経済のかたちを探す旅に出た。訪れたのはロンドン、北京、そして東京。くしくも今世紀、オリンピックの開催地に選ばれた3都市だ。企業や大学、専門家への取材を続けていくうちに、「2020年」後の日本を考えるヒントが見えてきた。
書店のような衰退産業も、スマイルズが手がけると異彩を放つ。遠山正道流、“ありふれた業態”を輝かせる秘訣とは。
マーケットリサーチをかけて顧客を設定し、そのニーズに合う商品やサービスを提供する。これが近代ビジネスの作法だとしたら、遠山正道のやり方は、マーケティングセオリーに基づくビジネスの真逆を行く。
スマイルズといえば「スープストックトーキョー」で知られている。社長の遠山が前職の三菱商事時代に社内ベンチャーとして立ち上げてスピンアウト、後にMBOにより全株式を取得して独立した。
商社時代に遠山は、自分なりの新しいビジネスを生み出す手法を編み出していた。それを「子どものまなざし×大人の都合」と表現する。子どものまなざしとは、好き嫌いや良い悪いに対する素直な思いのこと。何かをしたいと思ったときには、動機の根幹に子どものまなざしを据える。たとえるならアーティストの表現を突き動かす感情ともいえるだろう。
どんな事業にも本来なら、その事業を考え出した人間のピュアな思いがあるはずだ。ただし、事業を成立させるためには、思いだけでは足りない。大人の都合、つまり世の中の仕組みとの整合性を図る必要がある。多くの事業が大人の都合だけで生み出される中、子どものまなざしが込められたビジネスはユニークネスを得て際立つ。
「そんな素直な動機に立ち戻る姿勢が、我々が事業を手がける際の基本スタンス。アートと似ていて、そもそも人は何かをつくることに喜びを感じる。つくったものを褒められたらうれしいから、またつくろうとする。変なものをつくったら喜んでもらえないから、ちゃんとしたものをつくろうとする」と、遠山は手がけてきた事業を振り返る。
商社マンだった遠山にとっての転機は、入社して10年目に開いた絵の個展だった。商社マンとして働く自分が、なぜ絵の個展などを開くのか。その思いを合理的に説明することは不可能だった。だが理由を説明できなくとも、自分の中に明確な思いがあれば強い推進力になる。逆に合理的に説明できる程度の思いなら、合理性に打ち砕かれる。
「絵の個展を開いて、自分の絵を見てもらいたかった。起点が自分の思いにある行為に強いやりがいを感じた」
大切なのは「それやりたい」
自分たちに何ができるのかではなく、自分たちは何がしたいのか。スマイルズのビジネスは、まず明確な主語があり、動詞、つまりやりたいことによって規定される。
「ボランティアも同じで、最初に目的を設定し『地域のために』などと言い出すと、ちょっと評価されないだけでやる気を失う。そうではなく、自分たちはボランティアをやりたいのだと思えば、健全にものごとが進む」
スマイルズには意思決定の際の指標、「四行詩」がある。新事業を始めるときには「やりたいこと」「必然性」「意義」「なかったという価値」が問われる。その事業は儲かるのかとロジックで問い詰めるのではなく、それを本当にやりたいのかとエモーションに問う。「それやりたい」「それ大好き」といった五感に基づく子どものまなざしが含まれていなければ、事業提案は却下される。
経済の時代だった20世紀が終わり、文化価値の時代となった21世紀のビジネスでは、いま、まだないものに興味をもつ、子どものまなざしが求められる。その好例が、スマイルズが手がけて輝きを放つ『檸檬ホテル』であり『森岡書店』なのだ。
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2020年6月10日更新
2018年10月取材
テキスト:竹林篤実
写真:阿部健
※『WORK MILL with ForbesJAPAN ISSUE03 THE AGE OF POST-INNOVATIONALISM イノベーションの次に来るもの』より転載