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オフィスづくりから始まる組織変革とマインドセット ─ ファミリア・岡崎忠彦さん

白いこぐまのキャラクターに、「ファミリアブルー」とも言われる淡い水色。ていねいに縫いつけられたアップリケに、きっと見覚えのある人も多いでしょう。友人の出産祝いにギフトを購入した人もいるかもしれません。「ファミリア」は1950年に神戸で設立された子ども服ブランドで、3世代に渡って支持を集めています。 

シンプルで愛らしいデザインとていねいなものづくり技術に定評のあるファミリアですが、近年、保育園の開設や、ネットと実店舗を融合したオムニチャネルサービス、カフェやクリニックなどを併設した複合型店舗のオープンなど、事業多角化を進めています。その仕掛け人が、代表取締役社長を務める岡崎忠彦さんです。

岡崎さんはグラフィックデザイナーとしてアメリカのデザイン会社に勤めた後、2003年にデザイナーとしてファミリアへ入社。2011年から代表取締役社長に就任し、組織変革に取り組んできました。前編ではそのプロセスと価値観が反映されているというオフィスについて、お話をうかがいます。

「疑問だらけ」だったアパレル業界の常識

WORK MILL:オフィスに来て、とても開放的で驚きました。執務スペースと打ち合わせスペースが同じフロアにあるんですね。

岡崎:隠すことなんて、何もありませんから。うちはとにかくオープンで、僕らのフィロソフィー(哲学)を理解してくれる人とコラボレーションしている。デザイン事務所や建築事務所って、どこもそうじゃないですか。来られた方はみんなウェルカムで、意見を交わすことで新しいものが生まれる。このオフィスもそんなふうにしたかったんです。

ー岡崎忠彦(おかざき・ただひこ)
株式会社ファミリア代表取締役社長。1969年生まれ。甲南大学経済学部卒業。California College of Arts and Crafts., Industrial Design科卒業。BFA(Bachelor of Fine Arts)。Tamotsu Yagi designでグラフィックデザイナーとして働く。2003年に株式会社ファミリア入社、取締役執行役員などを経て2011年から現職

岡崎:本社には110名ほどが働いていますが、ここが総務や営業企画系のフロアで、下のフロアがデザイナーやパタンナーのアトリエ。どちらも基本的にはフリーアドレスにしています。一応3つだけクローズドにできる会議室は用意しているのですが、壁を真っ白にして、あえて居心地が悪いようにしている。僕はあまり会議が好きじゃないもんだから、サッサと済ませられるようにね(笑)

WORK MILL:オフィスを新しくしたのは、社長に就任されてからですよね?

岡崎:社長に就任したのが2011年で、本社をここへ移転したのは2016年です。僕はもともとグラフィックデザイナーの八木保さんのもとで働いていて、1999年から外部パートナーとしてファミリアのデザインに関わるようになったのですが、当時オフィスがあまりにも雑然としていて、驚いたんですよ。家具もバラバラだし、島型に机が並んでいて、課長席、部長席があって、バックヤードもごちゃごちゃしている。2003年に入社したときにはまだ旧社屋で、築120年くらいの立派な建物だったけど、僕の部屋だけ作り替えたんです。と言っても、ありもののテーブルに天板を乗せて、とにかくシンプルにして。

ファミリアが設立されたのは1950年ですから、それだけ長く会社をやっていればいろんなことが起こる。成長期、発展期があって、停滞期がやってくることもあります。発展期が終わるとだいたい会社ってぐしゃぐしゃになるものなんですね。「誰かがやってくれるだろう」とみんなが思っていて、でも実際には誰もやる人がいないから、どんどん荒れていく。ただ、ディテールをおろそかにするようでは、大きなことはできません。だからいつも、会社に来たら真っ先にブラインドの角度を真っ直ぐにして、椅子を整理するんです。

WORK MILL:社長が率先してオフィスを整えているんですね。

岡崎:きちんと維持することが大切なんですよ。小さい頃、祖母(創業者の坂野惇子さん)や祖父(2代目社長の坂野通夫さん)とよく店回りしていて、電球が切れてないか、クーラーの吹きだし口にホコリが積もってないかチェックするのが僕の仕事だったんです(笑)

WORK MILL:それだけ小さい頃から、会社を継ぐことを意識されていたのですか?

岡崎:いや、まったく。「アンタにだけは継がさへん」って、祖母には言われていました。仕方ないから、手に職を……と思って、アメリカへ留学して、八木保さんの事務所(Tamotsu Yagi design)で働いていました。八木さんからはさまざまなことを学びましたが、やはりディテールの大切さ。「神は細部に宿る」ということですね。それともうひとつ、スティーブ・ジョブズの「Think Different.」。これは僕の座右の銘です。

でもグリーンカードを取るタイミングでしばらく日本に戻って、会社を手伝っていたら、「デザインを建て直してくれ」と頼まれて会社に入ることになって。その5年後に会長を務めていた父が急逝して、「じゃあ、僕がやります」と、社長になることが決まったんです。

……社員からしたら、最悪ですよね(笑)。外国かぶれだし、「社長のボンボン」で、しかもアーティストでしょ? カルチャーも全然違うし、業績もかなり悪くなっていましたから、みんな不安だったと思います。

WORK MILL:社長就任当時、会社はどんな課題に直面していたのでしょうか。

岡崎:僕自身、純粋に疑問だったんですよ。アパレル業界がなぜこれほど利益率が悪いのか。店舗のほとんどは百貨店の子どもフロアにあったのですが、日々がクエスチョンだらけというか、百貨店のルールがまったく理解できなかった。利益が出ないのにセールをして、「もっと商品を入れてくれ」なんて言われる。

百貨店の定義は本来、時代に合った良いものがセレクトされている場所だったはずです。けれどもECの台頭やテナント偏重のMD(マーチャンダイジング)で、少しずつお客様が離れていってしまった。ファミリアでも顧客層が年々高くなっていって、ピーク時の半分まで売上が落ちてしまっていました。

WORK MILL:確かに、2000年前後から子ども服のSPAブランドやファストファッションが台頭して、百貨店の子ども用品売場は苦戦を強いられていた印象があります。

岡崎:会社の起源をたどれば、4人のママ友がつくったベンチャー企業なんです。祖母とその友人たちで、「自分の子に着せるつもりで服をつくろう」って、母親の視点で考えたことがビジネスになった。けれども70年も経てば、同じことをしていてはベンチャーマインドから遠ざかってしまう。今の社会課題や要請を踏まえたうえで、常にアップデートして提案していかなければならない。それが僕らの生き残る道だと思ったんです。

会社の歴史や原点を観察し、今の時代に再構築する

WORK MILL:どういったことから変革を始めたのですか。

岡崎:これまでにあった良いことも悪いこともひっくるめて、一度ゼロベースで考えてみよう、と。「リストラクチャリング」と言うと日本ではイメージが悪いかもしれないけど、「再構築」という意味の通り、もともとあった良いところを観察して、今の世の中にあったものに再定義していったんです。

「OODAループ」という言葉がありますが、「観察(Observe)」「情勢への適応(Orient)」「意思決定(Decide)」「行動(Act)」……まさにこのループに当てはめて、会社に残っていたアーカイブをよく観察してみると、昔のものでも今に活用できるものがたくさんありました。

たとえば、ここにある「one smile fits all」という言葉と創業者の写真。これはもともと社長室に飾ってあったのですが、誰も見ないでしょう? これをリサイクルして、フレームを変えてデザインして、もう一度日の目を見るようにアップデートした。僕らがフォーカスすべきなのは原点だと伝えたかったんです。

WORK MILL:よく応接室に創業者の写真や社訓が飾られていますけど、だいたい素通りしてしまいますよね。

岡崎:僕自身、経営者としての経験はありませんでしたが、「わからんからできへん」というのは言い訳になりませんからね。だから発想を変えてみたんですよ。「雑誌の編集長になってみよう」って。子ども服の会社に入ることにはめちゃくちゃ抵抗がありましたが、社員と話して一緒に仕事していると、すごく楽しくて。社員たちのことが好きになったんです。

それなら、これまでの歴史を編み直して再定義して、売場のスタッフにもわかるような言葉で、これからのファミリアの存在意義、企業理念をシンプルに伝えようと。それで考えたのが、「子どもの可能性をクリエイトする」という言葉です。「子ども服を売る企業」にやれることは限られますが、「子どもの可能性をクリエイトする企業」になれば、もっといろんなことができる。社員一人ひとりが、自分のやっていることが「子どもの可能性をクリエイトする」ことにつながっていると考えられたら、最高に面白いだろうし、生きがいになるだろうな、って。それで、オフィスやお店もそれが実現できる場所になるように、「編集」することにしたんです。

見せかけの「ファミリアらしさ」にとらわれていないか?

WORK MILL:オフィスづくりで意識されたのはどういったことですか。

岡崎:オフィスが変わることでコミュニケーションが変わりますから、個室やクローズドな空間はなるべく少なくして、風通しや陽当たりが良くて、シンプルな構造にしようと思いました。コンセプトドローイングとして共有したのが、「La Maison des Carrés(House of Scarves)」というエルメスのアトリエが描かれたスカーフです。デザイナーやパタンナーなどがいて、スカーフをつくっていたりアーカイブがあったり、売場があったりする。まさにこんな感じにしたかったんです。

WORK MILL:こうしてオフィスを見渡してみると、統一感がありますね。

岡崎:できるだけエレメント(要素)を減らすことで、キレイに見えるんですよ。いちばんはじめに設計したのがこのテーブルで、執務スペースのデスクやラックともモジュールを統一しています。それと、ここにあるインテリアはなるべく1950年代前後のミッドセンチュリーモダンのデザインを採用しています。ポスターはドナルド・ブランというスイスのグラフィックデザイナーが手がけた広告で、シェルフはヴィトラ、中には1958年に発表されたイームズチェアのプロトタイプもあったりして、MOMAにあってもおかしくない(笑)。要するに、ファミリアが創業したのと同じ1950年前後のデザインでも普遍的な価値があって、今のデザインにも負けないくらい素晴らしいものなんだってことを伝えているんです。

WORK MILL:ファッションの世界はトレンドに左右されるところがありますが、時代が変わっても支持されるデザインを目指しているのですね。

岡崎:毎年「プルミエールビジョン(パリで開催されるテキスタイルの国際見本市)」でトレンドカラーが発表されて……みたいな世界があるのもわかっているけど、みんな揃いも揃って同じ色を使うのは面白くないなって。僕らが子ども服をつくるときは「イメージボード」をもとにみんなでディスカッションを行うのですが、発想源になるのは「花火」とか「遊園地」とか、季節のイベントや場所、食べ物や遊びなどの「コト」。それと創業者たちが5、60年前につくっていたドレスのアップリケや生地など、膨大に残るアーカイブを掛け合わせて、コラージュしながらどんどんアップデートしていくんです。スクラップブックを今見ても、彼女たちはものすごく斬新なことを考えていたんだなと感じるし、固定観念でものをつくっていない。たびたびこういったところに立ち返らないといけないなと思うんです。

WORK MILL:アーカイブをすぐに参照できるようにして、長く勤めている人でも新入社員でも「ファミリアらしさ」のようなものが共有できるようになっているんですね。

岡崎:ただね、僕が入社したときに引っかかった言葉がふたつあって、そのひとつが「ファミリアらしさ」なんです。そしてもうひとつは「前年比」。なんと言いますか、それらを「やらない言い訳」にするのがイヤだったんです。「それってファミリアらしくない気がします」とか、「予算比は80%ですが、前年比95%の売上は取れているので、大丈夫です」とか。本質に向き合わないまま、思い込みの「ファミリアらしさ」にとらわれている気がしたんです。

だからやっぱり、一度リビルドしなければゼロベースで考えられない。ましてカルチャーをつくることはできないなと思って、オフィスを変えて、環境を変えたんです。移転してから4年経ちますが、ようやく社員たちも変わってきたなと感じます。

WORK MILL:オフィスが変わったことで、社員の皆さんの働き方はどう変わりましたか。

岡崎:オフィスの壁がなくなって、組織にも壁がなくなったというか、仕事の効率が上がって、コミュニケーションも活発になってきたと思います。ただでさえ家族経営の会社ですし、「誰も僕のことを社長だと意識させない環境」にするのが大切なんです。だから社長室をなくして、いつもオフィスをうろうろしては、よく社員たちと話しています。あと、細かいことかもしれないけど、大きな会社ってだいたい社長に来客があれば、うやうやしくお茶を出すじゃないですか。そんなたいそうなことしなくても、ペリエのボトルをみんなに「はい」って配れば、それで済むわけですからね(笑)

WORK MILL:確かに先ほどオフィスを案内いただいた際、社員の方ともお話しましたが、岡崎さんとの距離感も比較的近いように感じました。

岡崎:まだまだ不十分なところもあるかと思いますが、つねにアップデートしていけたら良いなと思っています。「オフィスをつくって終わり」じゃなくて、「オフィスをつくってからが始まり」ですから。


前編はここまで。後編では店舗にフォーカスを当て、「体験」に価値を置いた店舗づくりや岡崎さん自身の価値観について探ります。

更新日:2020年6月9日
取材月:2020年2月

テキスト:大矢 幸世
写真  :牛久保賢二
イラスト:野中 聡紀