クリエイティブカンパニーをめぐる旅 ー Monocle, tangerine, ustwo, Superflux, Livework
この記事は、ビジネス誌「WORK MILL with ForbesJAPAN ISSUE03 THE AGE OF POST-INNOVATIONALISM イノベーションの次に来るもの」(2018/10)からの転載です。
私たちは今回、イノベーションに代わる新しい経済のかたちを探す旅に出た。訪れたのはロンドン、北京、そして東京。くしくも今世紀、オリンピックの開催地に選ばれた3都市だ。企業や大学、専門家への取材を続けていくうちに、「2020年」後の日本を考えるヒントが見えてきた。
ロンドンの創造性の秘密をひも解くために、編集部は5つの会社を訪ねた。 クリエイティブの力で新たな価値を生み出していくための、それぞれの視点。
「世界市民」の愛読誌を支える編集哲学 ― Monocle
国際情勢からビジネス、カルチャーまでを 扱うライフスタイル誌『Monocle』は2007 年の創刊以来、世界中の読者の心を掴んできた。「国境を越えてあらゆるところで働き、学び、旅をしたいと思う人々がいる。私たちが語りかけたいのはそういう人たちなんだ」と編集主幹のアンドリュー・タックは語る。
そんな世界市民に愛される雑誌をつくるための哲学は2つあるという。ひとつは、グローバルに届けるためにはローカルなストーリーを深く掘り下げること。そしてもうひとつは、世界のポジティブな面を伝えていくこと。編集部にも世界中からメンバーが集う。25を超える言語が飛び交い、日本のテーブル、スペインのランプ、スウェーデンのクッションといった世界中のアイテムが並ぶオフィスは、誌面を具現化したような空間であった。
老舗が考えるデザイン会社の新しい役目 ― tangerine
若きジョナサン・アイブが修業をしたtangerineは、1989年創業の老舗デザイ ンファームだ。「顧客を幸せにし、儲かるビジネスをつくる革新的なイノベーションとデザイン」を掲げる彼らは、デザインがビジネスに価値をもたらすことを示し続けてきた存在といえる。時代とともにデザインの対象はプロダクトからサービス、コミュニケーション領域にまで広がり、デザインファームに求められる役割も変わってきた。
そのなかで彼らが始めたのが、クライアント企業のインハウスデザイナーがtangerineに数カ月間滞在することで、異なる環境で新しいモノの見方を学ぶ「Design Immersion」プログラムだ。「ぼくらは触媒のようなもの」とクリエイティブリードの石原祐一は言う。「彼らの常識を壊すのを手伝うことが、ぼくらの役目なのです」。
デジタルプロダクトに命を宿すということ ― ustwo
「アップルデザイン賞」をはじめとする数々の賞を獲得したパズルゲームアプリ 「Monument Valley」で知られるデジタル プロダクションスタジオustwo。若者たちが集まるグラフィティだらけの地域、ショーディッチのオフィスを訪ねると、そこは卓球台やフィギュア、ゲームに登場するキャラクターのイラストなどがちりばめられた遊び心あふれる空間だった。
クライアントワークやオリジナルプロダクトをつくるほか、インキュベーション事業「ustwo Adventure」も行っており、約20のスタートアップが同じ 建物の中で働いている。さまざまな領域の企業と仕事をする彼らだが、とくに力を入れている分野はヘルスケアだという。ustwo がつくる瞑想アプリや気分を記録するアプリはどれも、「Monument Valley」同様にキュートでフレンドリーである。
「不確かな未来」をいまに伝えるためのデザイン ― Superflux
もし自律ドローンが街に住んだら?もし人が遺伝子によって判断されるようになったら? もし地球温暖化によって食料がつくれなくなってしまったら?そうした「問い」をもとにいくつもの未来を想像し、その様子を現在に伝えることがSuperfluxの仕事だ。
そのときに大事なのは「手で触れたり、五感で感じたりできる体験をつくること」だと創業者のアナブ・ジェインは言う。たとえば彼らは、UAEのエネルギー戦略立案に協力したときに「ガソリン車を使い続けたときの2030年の空気」を実際に研究室でつくることで未来を翻訳してみせた。彼らはしばしばテクノロジーの負の側面を伝えるが、決してディストピアが訪れると言いたいわけじゃない。「よりリアルな方法で未来を想像することによって、新たな可能性をつくり出す機会が得られるのです」。
「人間を理解すること」から優れたサービスは生まれる ― Livework
交通機関や医療機関でのユーザー体験から電気代の請求書、空間設計に至るまで。サービスデザインに特化したデザインファームLiveworkは、人々がよりよく暮らす・働くためのあらゆるサービスを設計する。「私たちのすべての仕事は『理解すること』から始まります」と言うのは、リードサービスデザイナーのデビー・ネイサン。「問題を理解し、診断することで、確かな 解決策を見つけ出すのです」。
チームには多様なバックグラウンドをもつメンバーが揃っており、たとえば話を聞かせてくれたジーンは哲学と化学を勉強していたという。「ぼくにとっては哲学もサイエンスもデザインも、世界を理解するための方法なんだ」。どんな技術を手にしても、人や世界を理解することなしに正しく使うことはできない─彼らのアプローチはそう示唆している。
2020年5月6日更新
取材月:2018年9月
テキスト:宮本裕人
写真:ジュリア・グラッシ
※『WORK MILL with ForbesJAPAN ISSUE03 THE AGE OF POST-INNOVATIONALISM イノベーションの次に来るもの』より転載