100年引き継がれる想い。社会資本を共有するコワーキングスペース ― Meet Berlage(ミート・ベルラーへ)
アムステルダム中央駅の正面に位置するコワーキングスペース、Meet Berlage(ミート・ベルラーへ)は旧アムステルダム証券取引所のBeurs van Berlage(ブールス・ファン・ベルラーヘ)の一角を間借りして運営されています。1896年から1903年に建設され、100年以上の歴史を持つ建物です。コワーキング事業は2013年にスタートし、2016年にHans Huijsmans(ハンス・ハウスマンズ)氏が事業を継承。人々が持つ資産、アイデア、思想を持ち寄り、ゆるく心地よいコミュニティを形成しています。
このコワーキングスペースには、建築家であるHendrik Petrus Berlage(ヘンドリク・ペトルス・ベルラーヘ)が掲げた「社会的な資産を独り占めしない」という思想が根付いていました。利用者同士をつなげる工夫や、実際に生まれた人々のつながりについてハンス氏に話をうかがいました。
ーHans Huijsmans(ハンス・ハウスマンズ)
アムステルダム大学卒業後、外務省にてOECD関連の管理業務、住宅省(および環境省)での政策アドバイザー、アムステルダムの大手ソーシャル・ハウジングの理事会事務局長を経て独立。2006年に保育関連の事業を始め2009年に売却。現在はコワーキングスペースMeet Berlage(ミート・ベルラーへ)代表と、住宅協会・保育関連の人材紹介会社Steiger B(スタイガー・ベイ)の代表を務める。
スキルシェアを条件に、無料でスペースを解放
ワークスペースの正面の窓からアムステルダム中央駅を一望できるミート・ベルラーへは、駅から徒歩5分という抜群の立地。それにも関わらず、席もWiFiも無料で利用できます。無料利用の条件はただ一つ。それは、自分が持つ「社会資本」を登録し、利用者同士で助け合うこと。デザイナーであれば「デザイン」「コミュニケーション」、ライターであれば「コンテンツライティング」など、自分が提供できるスキルを事前に登録することで、席を予約することができます。
予約システムを提供しているのは、オランダ最大規模のネットワークを形成するSeats2Meet(シーツーミート)。社会資本で人と繋がるというコンセプトはもともとこのシーツーミートが提唱していたもので、ミート・ベルラーへはその理念に共感し、ネットワークの一つとして加わっています。この仕組みは、誰かが自分のスキルを見て、コラボレーションしたいと思った時に気軽に繋がることを目的としています。この文章を書いている私自身も、ミート・ベルラーへのコワーキングスペースを3年近く利用し、たくさんの出会いを経験しました。
ミート・ベルラーへは、無料のコワーキングスペースのほか専用デスクを持ちたい企業やフリーランス向けに有料のデスクサービスも提供しています。月額265ユーロで、コワーキングエリアよりも高速のインターネットを利用可能。コワーキングエリアは9時から18時までと利用時間帯が限られている上に、イベントがある時期は利用できないこともありますが、オフィススペースは24時間いつでもアクセス可能です。建築・Webサービス・デザイン・サーキュラーエコノミーのコンサルティングサービスなど様々な人たちが入居しています。
つながりを促進するイベント
コワーキングエリアとシェアオフィスのエリアは明確に分かれており、普段顔をあわせる機会は多くはありません。また、コワーキングエリアで働く人々も、「どんな仕事をしてるの?」「調子はどう?」などの軽い会話はあっても活発に仕事の話が飛び交っている訳ではありません。このため、利用者同士のつながりを促進する機会やイベントを積極的に行っています。
例えば、11時30分から14時まではランチタイム。この時間はコワーキングエリアもシェアオフィスエリアの人々も一緒になってランチをとることができます。普段からコワーキングエリアを利用している人もいれば、その日偶然立ち寄った人もいて、様々な話が飛び交います。
クリスマスの時期には、1階と2階のイベントスペース全体を使ったクイズイベントも実施。「1階の会議室の照明の名前は?」「今年に入ってからMeet Berlageに入居した企業は?」「ハンスのお気に入りのspotifyのプレイリストは?」など、様々なクイズが各部屋に用意されていました。利用者は、他の人たちと一緒にクイズに回答しながら、会場に用意された軽食を楽しみます。建物内にある部屋を見学する機会は普段はほとんどありません。「古い建物内を見学しながら歩く」というのも、一種のアクティビティで楽しめました。
コワーキングスペースを無料開放して、どうやって利益を出しているのか疑問に思う方もいるかもしれません。収益は、有料のミーティングスペース、イベントスペース、企業向けのデスクスペースから生み出されています。私も2019年11月からシェアオフィスを利用していますが、コワーキングエリアを利用していた時には気づかなかった、多くのイベントがこの建物内で開催されていました。
土日は結婚式やイベントスペースとしても利用できます。オランダ皇太子やミート・ベルラーへのコミュニティーマネージャーもこの場所で結婚式を挙げています。代表のハンス曰く、「施設の規模から考えても莫大な収益は期待できない。それでも、この美しい建物に魅力を感じているし、長い時間をかけてコミュニティを育てていきたい。」
社会資本を共有するということ
ブールス・ファン・ベルラーヘを建設したヘンドリク・ペトルス・ベルラーヘは、社会の資産を独り占めするのではなく、多くの人々と共有することを理想としていました。下記の写真は、もっとも古いイベントスペースに置かれた、本棚の一部です。お金を独り占めするかのように囲い込む人間を批判する彫刻が印象的でした。ハンスもその考え方や美しい建物に共感し、ミート・ベルラーへを経営しています。
シェアオフィスにはそのコミュニティごとに特徴がありますが、ミート・ベルラーへにも不思議と同じような考え方の人が集まってきているように感じます。自分だけではなく、社会の課題に目を向けて向き合う起業家が入居しています。ハンスは、ミート・ベルラーへだけではなく住宅協会・保育関連の人材紹介会社Steiger B(スタイガー・ベイ)も経営しています。住宅分野は、低所得者に向けて優良物件を紹介するソーシャル・ハウジング領域での人材紹介、保育分野は、子供を預かってくれる保育施設の人材紹介です。ワークライフバランス先進国として知られるオランダも、少し前までは待機児童の問題があり、さらに住宅に関しても不当に価格を吊り上げ私腹を肥やす企業があったそうです。住宅も子育ても、人々の生活と幸福に大きな影響を与えます。この分野に社会課題を感じたハンスは、公平性や働きやすい環境を作るため起業しました。
「柔軟な働き方ができれば、自然と生産性も高まるはず。僕の会社も はライフスタイルや個人の事情に合わせて働き方を調整している。毎日会社に早く来る必要はないし、何か事情があるなら話して欲しい。会社のために頑張ってくれるから、出来るだけみんなが働きやすいようにしたい。」
もともとは、スタイガー・ベイもミート・ベルラーへに入居する一企業でした。しかし2016年に元オーナーが事業をたたむと聞いて、ハンスが事業継承に名乗りをあげます。事業を継承してから、居心地の良い場所を作るためにハンスは様々な取り組みをしてきました。これまでに紹介したイベントの他、2019年には新たにコーヒーバーを設置。個性的なスタッフを雇用し、ソーシャルメディアで積極的に情報発信を行っています。ハンスは、スタイガー・ベイを経営する前に友人と事業を興し売却した経験があります。その際に得た資金をミート・ベルラーヘに投資しています。人々が自然と集まるような、居心地の良いコミュニティを作ろうとするその姿勢からは、資本を人々と共有しようとする強い意志を感じます。
Meet Berlageで生まれる、ゆるやかなつながり
無料でコワーキングスペースを開放した結果、利用者同士のつながりも生まれています。例えば、オランダの水道水をブランディングする会社krnwtr(カランウォーター) の創業者Tom(トム)は、もともとはミート・ベルラーへのコワーキングスペースから作業を始め、事業の拡大に伴いミート・ベルラーへにオフィススペースをレンタル。2020年からはさらなる事業拡大に伴い事務所を移転しました。移転後もミート・ベルラーへにはカランウォーターの商品が置かれており、多くの人が利用しています。ティム自身は、Webサイトを作る際にミート・ベルラーへで知り合ったデザイナーに制作を依頼しています。
「屋根裏部屋」と呼ばれる3階のスペースには、若い起業家たちが入居。Lifestyle Ventures(ライフスタイル・ベンチャーズ)は、恋愛におけるパートナーとの悩みを持つ男女に向けて多くのワークショップやオンラインコースを提供しています。代表のMathijs(マチアス)も、無料のコワーキングエリアからスタートし有料スペースに移動。ミート・ベルラーへのミーティングスペースで打ち合わせをし、休憩時間にはバーでコーヒーを楽しんでいます。
100年前にヘンドリク・ペトルス・ベルラーヘが掲げた「資本の共有」への想いは今もなおこの場所に引き継がれ、多くの人を引き寄せています。企業に属さないフリーランスにとっては貴重な居場所の一つになりますし、すぐにオフィスを借りることができない小規模事業者は、事業が成長するまでにオフィススペースとして活用できます。短期的な目で見ると大きな利益を生み出すことはできませんが、長い目で見たときに社会に役立つ事業の成長を助け、人とのつながりを生み出すことができるのではないでしょうか。
2020年4月14日更新
取材月:2020年1月
テキスト: 佐藤まり子
写真:Mark Koolen、佐藤まり子