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「ベテラン社員×女子高生」で変わる日本のビジネスシーン ー 久保友香さん

話を誇張する際などに使われる「盛る」という表現。これはもともと2002年ごろから女子高生を中心に「自分の姿を実際よりもよく見せる」という行為を表すため使われるようになった若者用語です。女子高生たちは、つけまつげ、カラコン、二重まぶたや涙袋を作る糊などを作ってメイクを施し、プリクラの画像処理技術を活用することで、普段の自分とは違う自分を表現してきました。  

こうした女子高生たちの盛りの文化を長年研究しているのが『「盛り」の誕生 – 女の子とテクノロジーが産んだ日本の美意識』(太田出版)の著者でメディア環境学者としても活躍する久保友香さんです。久保さんによれば、現在世界の高級ファッションブランドが女子高生たちの「盛り」の技術に関心を示したことがあるのだと言います。実際、ある一流ブランドのマーケティング部長が久保さんのもとを訪れ、盛りの概念をビジネスに応用しようと模索しているそうです。

確かに、女子高生たちが実践する「自分をより良く見せる」盛りの技術は、企業活動に当てはめればブランディングに繋がると言えます。そこで今回は盛りの技術のビジネス応用を中心に、久保さんに語っていただきました。

韓国ブランドの躍進と日本ブランドの停滞に垣間見える「盛りの技術」

WORK MILL:久保さんは、これまでプリクラメーカーなどから要請を受け共同研究を行ってきたそうですが、日本企業が「盛り」の技術を実践するべきだと考えるのはどうしてなのでしょうか?

―久保友香(くぼ・ゆか)
1978年、東京都生まれ。2000年、慶應義塾大学理工学部システムデザイン工学科卒業。2006年、東京大学大学院新領域創成科学研究科博士課程修了。博士(環境学)。専門はメディア環境学。東京大学先端科学技術研究センター特任助教、東京工科大学メディア学部講師、東京大学大学院情報理工学系研究科特任研究員など歴任。日本の視覚文化の工学的な分析や、シンデレラテクノロジーの研究に従事。2008年『3DCGによる浮世絵構図への変換法』でFIT船井ベストペーパー賞受賞。2015年『シンデレラテクノロジーのための、自撮り画像解析による、女性間視覚コミュニケーションの解明』が総務省による独創的な人向け特別枠「異能(Inno)vation」プログラムに採択。著書に『「盛り」の誕生ー女の子とテクノロジーが生んだ日本の美意識ー』(太田出版、2019年)。

久保:日本企業の停滞が様々な分野で取り沙汰されていますが、一つの理由として商品の見せ方の面で大きく損をしている点が挙げられます。日本企業は商品の見せ方にこだわる前に、商品自体のクオリティにこだわる職人気質な性格を持ちますよね。その一方で、消費者は技術よりも分かりやすい「見た目」を重視する。つまり日本企業の考え方と消費者が求めているものとの間に大きな溝ができ始めているのです。

WORK MILL:具体的にはどういった点でしょうか?

久保:日本ブランドが影響力を落としている一方、韓国ブランドの躍進が注目されるようになりました。その背景にあるのは、韓国ブランドが盛りを有効活用していることにあります。韓国ブランド、特に韓国のアパレルメーカーはとにかく見せ方が上手です。その理由は韓国のアパレル事情にあります。韓国のアパレルメーカーはいずれも東大門市場とよばれる卸売市場で商品を買い付けるのですが、その時点では商品はどれも同じものです。そこで韓国アパレルメーカーは仕入れた商品を自社商品として加工し、見せ方の面で他社との競争力を高めているのです。

日本企業がマネすべきは韓国ブランドではなく、日本の女子高生

WORK MILL:とは言っても、韓国の盛りの技術が上手くいっているからといって、今から日本が韓国の手法をそのまま取り入れることで勝機は見出せるのでしょうか?

久保:それは難しいと思います。と言うのは、そもそも韓国と日本では「盛り」の目的が違うので、闇雲に韓国の真似をしても失敗してしまうでしょう。韓国の場合、仕入れる商品が同じなので「差別化」を目的として盛りの技術を実践していますが、日本の場合は韓国とは事情が違うので彼らとは異なる戦術が必要です。ここで参考になるのが女子高生たちの盛り事情なんです。渋谷に集まる女子高生たちを長年取材してきて分かったことなのですが、実は彼女たちは他の女の子たちとの差別化のために盛っているわけではないのです。むしろ「協調」のために盛りの技術を実践していました。

WORK MILL:協調のため?

久保:はい。女子高生たちの盛りの技術は3つの要素から成り立っているんです。それは「協調」「反抗」「好奇心」です。まず「協調」に関して。かつて渋谷に集まっていた女の子たちは「イケてる」格好をしているかどうかで仲間を見分けていました。女の子たちのコミュニティはそれぞれ「イケてる」基準があります。そのコミュニティに入るために彼女たちは日焼け、ルーズソックス、ミサンガといったアイテムを取り入れてきました。

次に「反抗」です。女の子たちはイケてるグループに参加したい一方、常に大人に対する何らかの反抗心のようなものがある。なのでコミュニティの外にいる大人が入りづらくするような表現をします。最後に「好奇心」。彼女たちの「盛れている基準」は常に変わり続けます。常に基準が変わることによって「分かる人には分かる」状況を作り出し、それによってコミュニティを守っています。

WORK MILL:これら3つの盛り要素を企業の自社ブランディングに当てはめてみると、どのようなアプローチが考えられるでしょうか?

久保:3つの要素に関して次のような考え方ができると思います。まず「協調」は、企業の考え方を共有できるコミュニティを構築することが重要です。これまでの大量生産・大量消費の時代には「すべての人」をターゲットにビジネスが行われてきました。しかし、今はそういう姿勢は求められていません。むしろ、「特定の人」だけが共感できるブランドに支持が集まる時代です。

次に「反抗」は、既存のブランドに対するアンチテーゼのような存在が支持を集めます。例えば「私たちは、単に高級品を売っている企業ではない」といった従来のビジネスのあり方に対する反抗心のようなものが垣間見える企業が共感を集めます。最後に「好奇心」は、常に新しい挑戦や変化を見せることです。今は簡単に競合他社の真似ができる時代です。だからこそ、常に「イケてる」基準を自ら刷新し、常に自分からムーブメントを起こし、自分たちの輪に割り込ませないという姿勢が重要だと言えます。

ビジュアルコミュニケーションが、盛りの3要素を引き出すカギ

WORK MILL:確かに、「盛り」を3つの要素に分解すると、女子高生たちが実践してきたことを企業活動に応用できそうです。

久保:さらに付け加えると、3つの盛りの要素を最大限に引き出すために必要不可欠なのが「分かる人には分かる」という世界観を作り出すことなんです。韓国の場合は国内マーケットだけではペイできないこともあり、世界で受けるものを目指す傾向にあります。実際、韓国のアイドルはパリコレに出ていた服をすぐにファッションに取り込んだりする。しかし日本の場合、「分かる人に分かる」という攻め方の方が合っていると思います。日本で成功している男性アイドルグループのファッションはどうみても世界基準ではないけれど「日本人には分かる」良さがありますよね。

WORK MILL:はい、しかしそれではいつまでたってもドメスティックなところから抜け出せないのでは?

久保:必ずしもそうではないと思います。例えば、日本のマンガやアニメなどはもともと「分かる人には分かる」日本のサブカルチャーでしかありませんでしたよね。しかしデジタルコミュニケーションの時代になって、地球の裏側にいる人たちにも世界観を伝えることができるようになりました。もともとファンの母数が少ないサブカルチャーも、世界中の人と繋がれる時代においては、世界中の「分かる人」と繋がり母数を大きくすることができる。その結果、メインカルチャーになることだってあるんです。ポケモンだってそうだったはずです。最初は日本のサブカルチャーでしかなかったポケモンも、次第に「分かる人」の母数が大きくなり、今ではポケモンGOにまで発展するほどメジャーなものになりました。

WORK MILL:なるほど。では、「分かる人には分かる」の輪が広がっていく場合とそうでない場合とでは何が異なるのでしょうか?

久保:それはビジュアルだと思います。つまり「分かりやすさ」ではないでしょうか。日本の場合、日本語という言語の障壁が非常に高いです。そのため、言葉の壁を超えて世界に届くビジュアルコミュニケーションでその魅力を伝えていくのがもっとも効果的です。マンガやアニメが世界で受けたのは圧倒的なビジュアルの強さがあったからだと思います。

日本は見るに値するものが豊富にある「ビジュアル資源大国」

WORK MILL:そう考えたら、日本にはビジュアルで魅力を表現できるものが他にもありそうですね。

久保:はい、日本はビジュアル資源大国だと私は思います。例えば、YouTubeなどを見ていると、日本人の匠が包丁をつくる動画が数百万回も再生され視聴者の大半が外国人です。つまり日本の生産プロセスに対して評価を示す人がそれだけいるということなんです。それに今はソーシャルメディアを使って、企業の世界観を世の中に伝えることが容易な時代なので、日本企業にとって大きなチャンスがある時代なのです。

それにも関わらず、日本人、特に年齢が高い人ほど自分が作業している様子を見せたがらないものです。日本人は作ることに全力をつくし、そのプロセスを重要視しています。それゆえ、その結果をプレゼンテーションすることは、なにかカッコ悪いことのように感じています。盛りを取り入れることはその国の特徴によって応用の手法を変えなければなりません。韓国の場合、仕入れる商品に特徴がないからこそ見せ方に注力したにすぎません。日本の場合、商品の品質が非常に高いので、「製造プロセス」を見せることがアピールに繋がるんです。そして先ほどお話した盛りの3つの要素「協調」「反抗」「好奇心」すべてを満たすことができるのが、日本人の商品に対する「こだわり」を見せることなんです。

WORK MILL:ビジュアル資産大国なのにも関わらず、その資産を有効活用できていないんですね。

久保:はい、「うちは商品に力を入れているから、流行には流されたくない」という人もたくさんいますし、「盛る」という行為自体に嫌悪感を抱く人も少なくないと思います。でも、女の子たちの行動を見ていて感じるのは、「盛る」という行為を否定する考え方はすごく原始的だと思うんです。大昔は腕力が強い人が評価されましたが、時代を経るごとに道具を使ってレバレッジを聞かせる人が評価される時代になりました。同じように、生まれ持った容姿を評価するというのは大昔の基準であって、道具を使って「盛る」人が評価されることが文明的だと思います。

これを企業活動に当てはめてみると、これだけモノが溢れる時代において、モノを作る能力だけでなく、見せる能力も、容易に手に入れられるものではなく、評価されるべきです。もちろん嘘をつく必要はありませんが、会社や商品のストーリーを見せることが当然の時代に、それをしないのは大きなハンデとなってしまうでしょう。

ベテラン社員×女子高生で、日本のビジュアル資産をフル活用する

WORK MILL:「見せ方」に注力して、インスタグラムなどを活用する企業も増えてきました。しかし上手くいっているのはほんの一部です。どうすれば良いでしょうか?

久保:社内をよく知るベテラン社員と、インターネットでのビジュアルコミュニケーションに慣れた若者が手を結べる仕組みがあれば上手くいくのではないでしょうか。若い人たち、特に女の子に顕著ですが、彼女たちは細かな説明は面倒臭いけれど、でも誰かと繋がっていたいという気持ちから、LINEでスタンプや写真を使ったビジュアルコミュニケーションに長けています。そうした女の子たちの姿勢を学べれば良いです。

ビジュアルコミュニケーションって企業や国は苦手ですよね。それに、大人たちはビジュアルコミュニケーションを馬鹿にする傾向がある。でも、思い出してください。絵文字や自撮りだって最初はバカにされましたが、世界に広がった今となってはある種ステータス化していますよね。

WORK MILL:とは言っても企業の視点で考えると、若い人たちにブランディングを任せることは少し抵抗があるはずです。企業が自ら盛りの技術を実践するとまずいでしょうか?

久保:盛りの基準、つまりトレンドのようなものは変化し続けるので、常に追いかけていないと外してしまうんです。だから変化を追いかけていない「偉い人」がトップダウンで方針を決めて形だけ真似すると、世間では「イタい」と言われてしまいますので、それは気を付けなくてはなりません。調べていると、新しい盛りの文化やトレンドは、「お金はないけど、時間はある人」によって導かれることが多いです。シリコンバレーで生まれた企業だってそうです。創業当初、彼らは資金はなかったけれど、時間は十分にあった若者が、ガレージの中で作り上げたものから新しいトレンドがうまれました。結局、面白いものというのはそうした状況からしか生まれないのではないでしょうか。

とは言っても、企業にとって「お金はないけど、時間がある」という状況は死活問題です。だからこそ、「お金はないけど、時間がある」若者の力を借りるべきなんです。そういう、若い人たちの発想や能力を生かせる場所を企業側が提供できるとよいのではないでしょうか。現状、そうした場所が整っていないから、若い人ならではの発想や能力を持っていた人たちは「来年からは“ちゃんとした”社会人になります」と言ってギャル文化から“卒業”してしまう。先ほどお伝えしたように「盛れている基準」は常に変動するので、一度卒業してしまうと、もうトレンドが分からなくなるんです。だからこそ、そういう人たちを卒業させないために、彼らの活躍する場を企業側が提供することから「日本企業の盛りのビジネス転用」は始まるのかもしれませんね。

2020年2月18日更新
取材月:2019年12月

テキスト:高橋将人
写真:久保耕平