未来のテレワークを考える – 東京大学 稲水ゼミ
ICTを用いることによってオフィスワーカーは、自宅やカフェ、サテライトオフィスといったオフィス以外の場所でオフィスにいるときと同じように働くことができるようになってきました。これが「テレワーク」という働き方で、日本でも普及が進んできています。今日はこの「テレワーク」について、東京大学の稲水ゼミの皆さん(19名)と考えてみたいと思います。
プレゼンテーション1(東京大学 稲水伸行)
―稲水伸行(いなみず・のぶゆき) 学大学院経済学研究科准教授
1980年広島県生まれ。2003年東京大学経済学部卒業。08年同大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。05年~08年日本学術振興会特別研究員(DC1)、東京大学ものづくり経営研究センター特任研究員、同特任助教、筑波大学ビジネスサイエンス系准教授を経て、16年より現職。博士(経済学)(東京大学,2008年)。主な著作:『流動化する組織の意思決定』(東京大学出版会,第31回組織学会高宮賞受賞)。
テレワークはパフォーマンスを高めるのか?
稲水:テレワークすることが仕事のパフォーマンスの向上に寄与しているかを米国の研究者が調査しています。結論を言えば、テレワークをするとパフォーマンスが高まるとのことです。働く場所や時間を自分でコントロールすることを通じて自律性が高まります。そこで得られる自己決定感は内発的動機を生み、仕事すること自体が楽しくなってモチベーションが高まる。それによって仕事のパフォーマンスが向上するのです。
また、同じ研究者は、上司と部下の間に信頼関係が構築されているか否かテレワークを行った際にパフォーマンスがどの程度高まるかについても調査しています。こちらの結果は少し考えさせられるものでした。上司との信頼関係が不足している人の方が、そうでない人と比べて、テレワークによってパフォーマンスが向上する程度が大きくなることが分かったのです。
これは、上司の目が届かないところで働く場合、自分の仕事が評価されにくくなるという危機感が芽生え、オフィスにいる時より頑張って仕事をしたのでパフォーマンスが高くなったのかもしれません。テレワーク導入時にはこのような心理的な影響を考えなければなりませんし、その影響が周囲の人にどのように広がっていくのかも議論していく必要がありそうです。
テレワークを実現するプロセスとは?
効果があるからといって明日からすぐにテレワークを始められるわけではありません。テレワークを実現するときにはどういったことが必要なのかを考えるために、実際の事例としてサイボウズでの取り組みを見ていきしましょう。同社は今でこそ、多様な働き方、100人いれば100通りの働き方を許容するという方針を掲げている会社ですが、一朝一夕にそこに到達したわけではなく、10年ほどの時間をかけて様々な制度をつくってきました。
売り上げが100億円を突破した事業拡大期には離職率が一時は28%にもなり、大きな問題となりました。青野社長は従業員一人ひとりと面談し、働き方について要望を聞き取り、それをもとにして9種類の選択型人事制度づくりや積極的に副業を促進する施策などに活かしていったのです。
テレワーク(在宅勤務)制度の導入は2010年に行われました。このきっかけは、育児休業明けの社員からの「短時間勤務を選択しているが、会社で終わらない仕事を、子供を寝かしつけた後に家でしている。時間管理のデータベースには出社時間しかつけていないが、在宅での仕事も認めてほしい」との意見でした。生産性が向上するとの判断から制度化されたという経緯です。
このようにサイボウズでの人事制度は、社員からの意見・提案を受け、ワークショップを繰り返し、多くの人の意見を取り込んだ上で草案を策定し、最後は会社として決定するというプロセスを経て構築されてきたものです。
また、実際に制度を運用していくためには、それを受け入れる風土ができていなければなりません。新たな人事制度が導入されるたびに、なぜこの制度が必要なのかを「合理的」に説明し、経営陣の想いを伝える「メッセージ性」のある制度にしなければなりません。さらに、同社で「わびさび」と呼んでいる人情を重んじて柔軟に制度運用する姿勢を示すことも大切だとのことです。「説明責任」に対して、自分が気になったことを質問し、自分の理想を伝える「質問責任」やもちろん「公明正大」であることも風土づくりには欠かせないとサイボウズでは考えているのです。
プレゼンテーション2(オカムラ 池田晃一)
―池田晃一(いけだ・こういち)株式会社オカムラ フューチャーワークスタイル戦略部 はたらくの未来研究所 主幹研究員
2002年、株式会社岡村製作所(現:オカムラ)入社。オフィス研究所にてICTが働き方に与える影響について研究。2007年から2010年まで国内留学として東北大学大学院に派遣。2014年から一年間、サバティカルを使って東北大学大学院医学系研究科助教(広報・コミュニケーション担当)。2012年からテレワークを含む柔軟な働き方に関する研究に従事している。博士(工学)。
柔軟な働き方(テレワーク)の試行
池田:台風のさなか会社に行かなければならない人が都心近郊の駅に溢れかえったというニュースを良く耳にします。これは、決められた仕事を決められた場所に同じ時間に集まってするという旧態依然とした働き方を続けていることが引き起こしているのです。こうした会社にとっても個人にとっても良くない状況は無くしていきたいものです。働く時間と場所を自分で自由に選択できるような働き方を取り入れていかなければなりません。
オカムラでは20年前から、自宅や社内の他拠点、サードプレイスなど、オフィス以外の場所で働いてみる実証実験を行ってきました。これらとスーパーフレックス制やブロック時間制といった勤務時間を柔軟にとらえる取り組みを掛け合わせて、自由な働き方の試行を続けています。その中から効果が見込めるものについては制度化を進めていますが、人事部と話しているのは、社員全員が同じ働き方をするのではなく、工場勤務の人、営業の人、スタッフ部門の人、それぞれにあった働き方を選ぶことが大切だということです。オカムラでは、今日のテーマであるテレワークも含めた「柔軟な働き方」を目指しているのです。
これからの働き方を考える際のキーワード
柔軟な働き方をしていくときに大切なキーワードが二つあると私たちは考えています。それは「主体性」と「一体感」です。
PCやスマホを手にした私たちは、いつでもどこでも働くことができるようになっています。働くことのできる場所と時間管理の制度をいくつかの中で、どの組み合わせが自分にとって、あるいはチームとして、最も効率的に働けるかを一人ひとりが自律的に考えていかなければなりません。柔軟な働き方は各自が「主体性」を持っていなければ成立しないと考えています。
一方で、バラバラの時間、違う場所でチームのメンバーが働くようになると、チームを誇りに思う気持ちやチームに対する愛着が薄らいでいく恐れがあります。チーム全体のパフォーマンスを高めるためには、時間と場所を共有して、チームとしての「一体感」を醸成することが欠かせません。
働き方の自由度を捉えるための3つの軸
柔軟な働き方を設計する際は、「時間」と「場所」、そして「タスク」を考えていかなければなりません。自分のパフォーマンスを高めるにはどの「時間」に働くのが良いかを考えなければなりません。また、一緒に働きたい人と働けるように時間設定することも大事なことです。
在宅勤務やサテライト勤務、出張先での勤務など、どの「場所」で働くと効率がいいのかを考えなければなりません。ここでも協働する他の人のことも含めて働く場所を決める必要があります。
最後に「タスク」です。今、自分のやるべき仕事は何なのかを自律的に考えなければなりません。目先のことだけでなく、少し先のことまでを視野に入れて、その時その場所で行う仕事を自らが設定する。タスクについても自由度を求めていきたいものです。
柔軟な働き方のメリット・デメリット
オカムラの社内で柔軟な働き方を試行した人に対してアンケート調査を行っています。その結果から柔軟な働き方のメリットとデメリットをまとめてみましょう。
新たな働き方に取り組み始めた当初は、通勤地獄を回避できたことによって「肉体的な疲労が軽減」されたことをメリットとして実感している人が目立ちましたが、柔軟な働き方の経験を重ねていくうちに、「集中して作業ができる」「作業効率が向上する」といったパフォーマンスに関するメリットを挙げる人が増えてきています。個人が受けるメリットだけでなく、組織としてもメリットがあることは、柔軟な働き方を推進する際、経営層に向けてのアピールポイントだと言えそうです。
一方デメリットとして回答者が多かったのは「プリンターなど出力ができない」「書類や資料が手元にない」という「紙」にまつわる問題です。これらはテクニカルに解決できそうな問題なので、情報システムを担当する部門と協調していく必要があると考えています。離れ離れで働くことで「コミュニケーションが不足する」という声は少なからず出ています。こちらについても既に全社に導入済みのグループウェアをもっと使いこなすようにするなどして解決していこうと考えています。
これからの時代におけるテレワーク
柔軟な働き方は、メリットがあると働いている人たちが感じているだけでなく、1日の超過労働時間や個人を拘束する時間を短縮している調査結果も出ています。徐々に効果検証が進んできたことを受け、柔軟な働き方に対する一般企業の認識はこうした働き方を肯定する方向に向かっているようです。時間と場所を固定して働いていた時代に比べ、人が動くことでそれまで出会ったことのない人との新たな交流を生む可能性を秘めたテレワークを含めた柔軟な働き方は、企業の存続性に対しても貢献しうるのではないでしょうか。
質疑応答
Q:テレワークしているチームは一体感を持つことが重要だと考えたきっかけは?
A池田:自分たちが離れた場所で働いてみたときにチームとしてのまとまりがとたんに弱まった感覚を持ったことと、チームが受けた仕事をメンバーで分担する際には責任もそれぞれが担うことになりますが、チームとして一体となっていないと、その分担作業がやりづらくなると感じたことがそのきっかけです。
Q:テレワークの仕方をいかにして学ばせるか?
A:研修などではなく実際の体験(具体的にはオリ・パラ開催期間の交通渋滞緩和のためにこの3年間行われてきた「テレワーク・デイズ」等)を通じて習得してもらうようにしています。その際、つまずく可能性のある事項に気づいているときは事前にその解決・回避方法を流すようにしています。
Q:個人のメリット(負担軽減)と会社のメリット(効率性向上)をすりあわせる必要はあるか?
A:働き方改革法案が施行され、残業時間の上限が厳しく設定された今、所定の時間内で個人にかかる心身の負担を減らしながら一定の成果を残し企業の生産性を確保することは労使の共通の目標になっています。したがって個人と会社双方にとってのテレワークの目標・メリットは相反するものではありません。
Q:将来的にはオフィス以外の場所で働くことを目指すべきか?
A:人が集まらないと成立しない仕事は必ずあります。例えば物理的な「モノ」を一緒に扱うような仕事であればオフィスに集合せざるをえません。一方、一人で資料を作成するような仕事であれば、集中できる自宅やシェアオフィスの方が効率よく働けるでしょう。両者のバランスをうまくとることが肝要です。
ディスカッション
稲水:これから皆さんには、テレワーク推進派と反対派に分かれてディスカッションをしてもらいます。推進派はテレワークすることによるメリットとデメリットをグループ内で議論してください。反対派はテレワークをしないことによるメリットとデメリットを考えてもらいます。その後、それぞれに議論した結果を発表してもらい、テレワークについて考えていきたいと思います。
※グループは推進派2グループ、反対派2グループの4つに分かれて議論が行われましたが、ここでは便宜上、推進派、反対派それぞれをまとめ、発表された内容をレポートします。
賛成派グループ
〈テレワークすることによるメリット〉
- 肉体的、精神的疲労が軽減される
- 集中して作業ができ作業効率が高まる
- 働ける時間が増える
- 働く時間や場所を自分が選択することによって自律性が増す
- 柔軟に働くことができることで採用がしやすくなり、離職率を減らせる
- 家事との両立が可能
〈メリットを高めるためのプロセス〉
普及を進めメリットを高めるためには、テレワークの目的や効果を周知徹底することが必要
〈テレワークすることによるデメリット〉
- Face to Faceのコミュニケーションが不足する
- リテラシーが必要
- プリントアウトができない
- セキュリティ
- 労務管理や業績評価が難しい
〈デメリットを消すためのプロセス〉
- 現行の不十分な評価制度をテレワークの導入を期に定量的で納得感のある評価制度へと見直す
- その人にあった働き方を模索したり、納得できる評価を行うために「1on1」を実施する
- 意思の疎通を円滑にするため、良好な人間関係を構築できるように努める
反対派グループ
〈テレワークしないことによるメリット〉
- オフィスでは非言語情報を共有でき、コミュニケーションがとりやすい
- 適切な評価を受けることができ、まわりの人間も納得感を得られる
- 健康状態を把握しやすい
〈テレワークしないことによるデメリット〉
- 災害時の対応が難しい
- 時間的な拘束があり、育児・介護などがしづらい
- ハラスメントなどによりストレスが増える
- 自律性を育てづらい
〈デメリットを消すためのプロセス〉
- ABWを採用するなどして、オフィスを働きやすくする
- 職住接近の実現、託児所の設置、介護に対する補助金の支給を行う
まとめ(東京大学 稲水伸行)
日本企業の喫緊の課題ともなってきているテレワークですが、海外に目を転じると、オフィスで仕事をすることへの回帰も一部で見られたりするようです。テレワークかオフィスかと言う対立軸で考えるのではなく、人それぞれで生産性の上がる場所や時間の使い方は異なるはずであり、それを許容すると言うことが重要なのかもしれません。
テレワークのメリット・デメリットや、主体性と一体感のバランスという論点にこの点が見て取れるように感じました。このことを実現するには、人事の各種制度の見直しが必要となりますが、サイボウズの事例のように一朝一夕ではできず、長い年月をかけて取り組まなくてはならない課題であることも改めて浮き彫りになったワークショップだったかと思います。
2020年1月9日更新
取材月:2019年12月
テキスト:鯨井 康志
写真:大坪 侑史