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ビジョンも目的もない「逆張り」マネジメント TIME IS VALUE ― 寺田倉庫

この記事は、ビジネス誌「WORK MILL with ForbesJAPAN ISSUE03 THE AGE OF POST-INNOVATIONALISM イノベーションの次に来るもの」(2018/10)からの転載です。

私たちは今回、イノベーションに代わる新しい経済のかたちを探す旅に出た。訪れたのはロンドン、北京、そして東京。くしくも今世紀、オリンピックの開催地に選ばれた3都市だ。企業や大学、専門家への取材を続けていくうちに、「2020年」後の日本を考えるヒントが見えてきた。

東京・品川、天王洲アイル。運河に隣接するボードウォークと「ボンドストリート」と呼ばれる通りにはさまれた一画を中心に、この数年めざましい変化を遂げている。ビルの壁面に大きく描かれたグラフィティアートに、運河に浮かんだ木製の船、倉庫をリノベーションした雑貨店やレストラン……。さながらニューヨーク・ブルックリンの倉庫街のよう。その街開発に大きく携わっているのが、1950年創業の寺田倉庫だ。
「倉庫会社としては“圏外”だし、相対として負けている。でも、預かっているモノは面白いな、と考えたんです」。そう話すのは2012年に寺田倉庫の代表取締役社長に就任した中野善壽。それまで35年以上顧問として会社に関わっていたが、当時の社長に請われ、10年に入社した。

当時、寺田倉庫は長引く不況と価格競争に巻き込まれ、低迷していた。日本で初めて国土交通省の認定を受けたトランクルーム事業(75年スタート)や、フィルムやアナログテープなどメディア保管事業(83年)、湿温度管理の行き届いたワインセラー(94年)など、目的に特化した倉庫事業を展開していたが、利益構造に課題を抱えていた。「倉庫業の常識は“いかに早くモノを動かすか”。今後、ロボティクスが本格的に入ってくることを考えれば、広いワンフロアの倉庫がもっとも効率がいい。けれども当社の有するスペースは、他社と比べれば小面積ですし、預かっているのもあまり動かさないものばかり。そこで“逆張りの発想”をしてみたんです」  

社長に就任後、1,500人規模だった会社を事業ごとに切り分け、売却。約100人の組織体制に生まれ変わった。天王洲に広がる30万m2ほどの空間にフォーカスし、各地に点在していた不動産も売却。ワイン・メディア・アートを3本柱に事業を整理した。「トランクルームに収められていたのは、高価なものとは限らない。『捨てられない』とか『思い出の品』とか、モノ とともに記憶が収められている。ある意味、アーカイブすること、すなわち保存・保管は“価値の創造”なんです。年を経るごとに価値が高まる。そこに投資をすれば、可能性があると考えた んです」

2012年以降、寺田倉庫は次々に新事業を展開しはじめた。クラウドストレージサービス「minikura」を皮切りに、専属ソムリエによるコンシェルジュサービスやラウンジを併設した個人向けワインセラー、アーティストを発掘し、賞金や制作活動場所、発表の場を提供する「Asian Art Award」、電子楽譜の専用デバイス「GVIDO(グイド)」……。「倉庫業」という既存の枠組みにとらわれず、その本質を再定義し、「いかにいまあるモノの価値を高めるか」という視点で発想された事業の数々だ。「承認を得たら、その日のうちに着手」とスタートアップさながらのスピード感で、さまざまなプロジェクトが動いている。事業化の判断基準が何か明確にあるというより、 その人の“覚悟”を問う。

「僕はほとんど否定しません。『やってみたら?』、それだけです。でも、結果はシビアに見る。そこでうまくいかないのを外的要因に求めるのは、 好きじゃない。ただ、社員たちは本当に頑張ってくれているんです」

事実、寺田倉庫はコンパクトながら高収益を上げる企業体質になっている。売り上げはかつての7分の1だが、キャッシュフローは8倍に。社員1人あたりに換算すると年間1億円を売り上げているという。「僕は彼らがいなければ、何もできない存在ですよ。単に『社長』という役割を果たしているだけ。だから、『中野さん』と呼んでもらっている。自分が管理されるのが イヤだから、人を管理しようとは思わないんです」

社員を「管理」するのではなく、「成し遂げたこと」を評価する。上司や部下などがフラットにやり取りする「コイン」はユニークな制度のひとつだ。よいこと、頑張っていることには、最高5万円と交換できる金貨や銀貨が付与される。ミスや迷惑をかけたことには「ドクロ」コインが渡される。

「別にその人を否定するわけじゃない。 瞬間の出来事を認め合うことで、“自分が何をできるか”深く考えることができる。僕は、将来の予測はしたくないんです。『いま頑張ったら、いつか何千万プレーヤーになれるよ』とは言いたくない。だって、明日僕が死ぬかもしれないし、会社がなくなるかもしれない。今日のことは今日評価しよう。今日を楽しむために頑張ろうよ、と」

「PIGMENT(ピグモン)」に展示されるように並ぶ筆やはけ。4,500色に及ぶ顔料、200種類を超える古墨など豊富な画材を揃える

PIGMENT
日本ブランドの希少な画材を取り揃え、 専門知識豊富な画材のエキスパートが常駐。初心者からプロまでが参加できるワークショップも定期的に開催される。店舗デザインをしたのは、建築家・隈研吾。

特注の棚に数々の建築模型が並ぶ「建築倉庫ミュージアム」

ARCHI-DEPOT Museum
建築模型に特化したミュージアム。倉庫を生かした空間に、国内外で活躍する日本人建築家や設計事務所による建築作品の模型が並ぶ。

将来を憂うより、いまを生きる

1年の3分の2を海外で過ごし、日本で過ごすのは100日ほど。旅をすることより、その道すがら出会う人との対話に価値を見いだす。誰も知らない、名もない場所のざわめきのなかにわけ入っていくことで、インスパイアされる。新宿から品川まで歩き、通りがかりの店に入るのもしばしば。旅先で出会ったクラフト作家の作品をギャラリーで販売したこともあるという。「僕は昔から、目的意識はないんです。社長としてのビジョンもない。ただ、目の前にある仕事を瞬時に判断して、今日一日必死にできることは何か、と考える。でも、どうせやるなら、楽しいほうがいいですよね」。その根底には、物事の本質を見抜き、変化を楽しむ哲学がある。

「僕は戦時中に生まれて、祖父母に育てられて、小学校から孤独感のなかで生きてきた。いまも身ひとつ、家も車も時計も持っていない。何も守るものはないから、人より少しは素直に モノを見る目があるかもしれませんね」。 台湾、マレーシア、シンガポール ……成長めざましい国を行き来するなかで、これからの日本を思う。

「みんな暗い話題ばかり探しているけど、それだけじゃないでしょう。身近に微笑ましい出来事もあるはず。せいぜい100年しか生きられないんだから、どう生きるかが大切。どうせみんな地獄に行くんです(笑)。ここも地獄?それなら、今日を楽しまなきゃ」

「その日その日で判断してるから、僕の言うことを信じちゃダメですよ。あくまでこれは『今日の僕の考え』だから」。そう笑って、中野は颯爽とサングラスをかけた。

「T-LOTUS M」の両脇にはVIP専用の 宿泊スペースも設けられている

T-LOTUS M
天王洲運河に浮かぶ船上のイベントスペース。こちらも隈研吾が監修。地下・1階・トップデッキの3層で構成され、最大170人の収容が可能。運河からの風と水面の光に包まれ、パーティに最適だ。

取材月:2018年7月
2020年5月27日更新

テキスト:大矢幸世
写真:大中 啓(D-CORD)
※『WORK MILL with Forbes JAPAN ISSUE 03 THE AGE OF POST-INNOVATIONALISM イノベーションの次に来るもの』より転載