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場所が新たなワークスタイルを生み出す ー 「北条SANCI」の仕掛け人・横石崇さんに聞いた、ワークプレイスの考え方

WORK MILL編集長の山田が、気になるテーマについて有識者らと議論を交わす企画『CROSS TALK』。今回は、&Co.代表取締役で、コレクティブオフィス「北条SANCI」のプロデューサー・支配人でもある横石崇さんをお迎えしました。

横石さんは、国内最大規模の働き方の祭典「Tokyo Work Design Work」のオーガナイザーであり、著書『これからの僕らの働き方』(早川書房)を執筆されるなど、働き方のスペシャリストでもあります。

後編では、「北条SANCI」を舞台に、これからの働き方や働く場についてお話いただきました。

主体的な行動の積み重ねがイノベーションにつながる

山田:時代背景が変化し、働き方も多様化しています。横石さんは、働き方や日本のワークプレイスについて、どのような課題があるとお考えですか?

ー横石崇(よこいし・たかし)
&Co.代表取締役/Tokyo Work Design Weekオーガナイザー
1978年、大阪市生まれ。多摩美術大学卒業。広告代理店、人材コンサルティング会社を経て、2016年に&Co., Ltd.を設立。ブランド開発や組織開発をはじめ、テレビ局、新聞社、出版社などとメディアサービスを手がけるプロジェクトプロデューサー。毎年11月には国内最大規模の働き方の祭典「Tokyo Work Design Week」を開催。著書に『自己紹介2.0』(KADOKAWA)ほか。

横石:“働き方”って一部の人だけじゃなくてみんなのものであるはずなのに、みんな傍観しすぎじゃないかね。働き方改革も実践されているようで、押し付けやカタチだけで終わってしまうケースが多い。

オフィスは最たる例ですよね。基本的に従業員はオフィス環境を選べない、用意される、与えられるものになっている。そうではなくて、一人ひとりが主体的にオフィスを選んだり、つくったりできるようにならないといけない。例えば、自分のデスクで座る椅子は自分で選んでもいいわけじゃないですか。

ーこの対談も行われた、2階のミーティングルーム。もともとは客間。

山田: ここ3~4年でようやく個人が働き方に関心を持つ時代になってきましたが、どうすればこの動きを加速できるのでしょうか?

横石:ひとつは、一人ひとりが自分のビジョンをはっきりと持つことです。未来について語れる人を育てていくということです。

2つ目は、企業自体を新しい価値創造のための仕組みに転換していくことです。例えば、ほとんどの日本の会社には人事部という部門がありますよね。人事部が生まれてきた結果、プロジェクトを実際に動かす人たちが、人事や採用について考えなくなってもよくなった。「人事のことは人事部に任せようぜ」と切り離してしまえるようになったのです。

経済が右肩上がりのときは、部門を分けたほうが人事や採用のメカニズムは効率的だったのかもしれません。しかし、先行きが見通せない時代では組織づくりや人事のことを人事部門のせいだけにしているのはナンセンスです。いっそのこと、人事部を解体して事業部ごとに人事エキスパートとしてチームにコミットする方法もあるのではないでしょうか。

ー2階のワークスペースからも緑が見える設計になっています

山田:ホールディングス制度を取り入れるような考え方ですね。

横石:オフィスづくりや移転のことを考えるのは主に総務部が主幹です。でも、僕はオフィス作りや運用も総務部だけの仕事じゃないと思っています。もちろん、経営者だけのものでもない。従業員全員で考えないといけない問題であるはずなのに、オフィス周りのすべてのことが総務部に集まってしまうのは大変すぎますよ。

ー山田雄介(やまだ・ゆうすけ) 株式会社オカムラ WORK MILL編集長
学生時代を米国で過ごし、大学で建築学を学び、人が生活において強く関わる空間に興味を持つ。住宅メーカーを経て、働く環境への関心からオカムラに入社。国内、海外の働き方・働く環境の研究やクライアント企業のオフィスコンセプト開発に携わる。現在はWORK MILLプロジェクトのメディアにおいて編集長を務めながらリサーチを行う。一級建築士。

山田:言うだけ言ってあとは総務部に任せる、みたいな進め方を、これからは変えていきたいですね。

横石:いま「WeWork」では大企業のプロジェクトチームが期間を定めて部屋ごと借りるケースが増えています。総務部や人事部ではなく、プロジェクトリーダー主導で環境をつくっていくわけです。

また、今だったら組織の中に新たな価値創造のためにもダイバーシティやインクルージョンの視点を取り入れようという企業は多いと思います。そういった意味では、オフィスは企業の姿勢やメッセージを伝える重要なメディアでもあります。

山田:誰がどう使うか、何のために使うかとか、そういう視点が問われます。

横石:そうですね。例えば、ダイバシティーを考えてみるとトイレは男女の2つに分けるだけでいいのか、という問いが生まれます。実際に海外でも増えてきていますが、LGBTと呼ばれるセクシャル・マイノリティに配慮した3つ目のトイレをつくってみようとなってもいいわけです。これは経済性や効率の話ではなく、価値創造のための風土づくりの話です。環境やチャンスは与えられるものだという状態に慣れてしまっている人があまりにも多い。従業員が主体的にならない限り、企業が多様性を認めていかない限り、イノベーションや新しい価値は生み出されません。

山田:勝手に生まれてくる、と思ってしまうけれど、イノベーションは与えられたり自然に起こるものではないですよね。

横石:そうです。だからこそオフィスづくりは、イノベーションに直結します。椅子ひとつにしても、コーヒーの味ひとつにしても、自分で選んで使えるとか、自由と責任のトレードオフを伴う行動や判断の積み重ねがその会社全体の価値創造に跳ね返ってくるのではないでしょうか。

ーダイニングキッチン

「余白の空間」がゆとりを作る

山田:横石さんが企業に依頼されてオフィス作りをするとしたら、何を提案しますか? こういう感じでやりましょう、とか、これは取り入れましょう、とか。

横石:僕が「北条SANCI」でこだわったひとつにメディテーション(瞑想)ルームがあります。ちなみにニューヨークの国連本部にある石の置かれているだけの瞑想ルームにヒントを得てつくりました。すべてのオフィスに瞑想ルームを作ってほしいぐらいです。

ー1階にある瞑想ルームの入り口。シンプルな扉に座禅のサインが。

山田:瞑想ルームが一番のお気に入りですか?

横石:何もない、ただ暗くて狭い空間ですけどね(笑)たまに入って無になる時間にします。僕らにとっては原っぱみたいな場所です。効率を考えると無駄なものと思われるかもしれないけれど、こういう場所があることによって、空間にゆとりができたと思います。空間に余白を与え、思考を深めるためにも瞑想ルームはなくてはならない部屋です。入ってもらったらわかるのですが、PCも携帯も取り上げられると内省するしかないんですよね。

山田:出版された書籍のテーマ、自己紹介を考える上で、内省は必要ですよね。

横石:ははは(笑)。そうですよ、「自己」とは内省によって生まれるものですから。

フルリモートワークから生まれた次世代の悩み

山田:オフィスに対する考え方や、従業員が自らの意思で使うという意味では、西洋はよく考えられているので参考になると思います。とはいえ、それが日本でフィットするとは限らない。横石さんは、これまでにいろいろな企業の働き方に触れられていると思いますが、日本企業や、日本の働き方の特性で、いい部分、伸ばしていきたい部分はありますか?

横石:先日TWDW※のキックオフで、平成生まれだけを集めてキャリアの悩みを聞く会を開きました。ある参加者から「会社はフルリモートワークを導入しているのですが、リモートワークでの後輩の育成に悩んでいます」と育成方法の悩みを打ち明けてくれました。平成生まれらしい働き方の悩みです。

山田:なるほど。確かにリモートワークという考え方は昭和時代にはなかったですからね。

横石:リモートワークによる人材育成術については、ほとんど事例がないわけですから。誰に聞いてもどこを探しても見つからないのです。実践して失敗しながら学んでいくしかないわけです。ちなみにそのときのアドバイスですが、江戸幕府が諸大名を遠隔で統治した「参勤交代に学ぶべきだ」という結論になりました(笑)

いずれにしてもリモートワークの流れは加速します。もう少ししたら、僕ら昭和生まれが平成生まれから学ぶことも多いでしょう。デジタルネイティブとも言える平成生まれの働き方は合理的で柔軟なグローバルの動き方と近しいものを感じます。

山田:確かにそうかもしれません。

横石:僕が日本企業のオフィスで随一に優れていると思うのは、島型のデスクレイアウトです。あれは自分の周りにいる人たちのスキルや働き方を知ることできるし、新人教育という面においても最強のレイアウトです。リモートワークにとっては“暗黙知”の共有が最も苦手なところですが、島型レイアウトは、目に見えない、数値化できないものを共有できる素晴らしい陣形なのです。

※勤労感謝の日前後の7日間に開催される“働き方の祭典”「TOKYO WORK DESIGN WEEK」 

山田:おっしゃる通りかもしれないですね。フルリモートワークまではいかないにしろ、フリーアドレスやABW(Activity Based Working)が増えてきて、後輩育成や新入社員のマネージメントが難しくてできない、という課題はここ5、6年で皆さんが感じている共通の課題ですよね。

そこに対するソフト面の工夫であったり、チーム、部署単位でエリアを決めてそのエリアの中だったらどこに座ってもいい、完全なフリードレスではなくグループアドレスを導入するというのも考えられますね。

横石:確かにグループアドレスという方法は有効ですよね。

ー1F庭園へと続くテラス付きダイニング

山田:なかなか日本企業の今の裁量だとか、雇用だとか、仕組み、マネージメントを考えると人材を育成していくっていうのは、海外に比べてタスクが多いですよね。その部分をオフィスという場でどうケアしていくか、っていうのはひとつの重要な部分かな、と改めて思いました。

横石: まさにです。BTC人材と呼ばれる越境人材を活かすためにはそれなりの環境やケアが必要です。旧来型のオフィスで、越境人材をサポートするための環境やルール整備は急務ではないでしょうか。

山田:フルリモートワークの若い世代はFace to Faceに対する意識はどうなっていくのでしょうか。

横石:さっき話した平成生まれを対象にした働き方の相談会は、今までで一番キャンセル待ちが多かったぐらいに反響がありました。また、女性の参加者が多かったのが印象的です。若い世代ほど、大事なことは対面で話をしたいっていうのは根源的にもとめているのではないでしょうか。

山田:その欲求があったうえでリモートワークの部分でどう解消していくかが課題ですね。

横石:リモートワークは、ロー・コンテクストである仕事や作業を効率よく進めていくためにはいい方法だと思いますが、ハイ・コンテクストである暗黙知の共有やマナーづくりには不向きです。多様性が広がれば広がるほど、リモートワークでの組織風土づくりは難しいところはあるかもしれません。

山田:なるほど。横石さんご自身はFace to faceについてはどうですか? 結構リモートワークされていて、思うところはありますか。

横石:通信環境も整ってきて、なんでもかんでもFace to faceじゃなくてよいですよね。 日本人はルールや習慣を変えたり打ち破ったりするのが不得手ですが、もっとフレキシブルに自律的に対応できる力を身に着けたほうがいい。さすがに台風などのときでも出勤しなきゃいけない状況というのは変わってほしい。

山田:そうですね。まさに自分で考えて、その状況に応じた働き方を選べるようになっていく必要があります。

「創造的に働く」が世の中を面白くする

ー畳の応接室。正座で打ち合わせするのも新鮮です。

山田:最後に、働く個人やチームにおいて、これから必要とされる能力や、伸ばさないといけない点などありましたら教えてください。

横石:テクノロジーが進んでいくと働き方やオフィスも変わっていきます。一方で仕事ってどんどんつまらなくなっていきます。

山田:というのは?

横石:ここまで数字やデータに支配される仕事が増えると、「パソコンと一日と見つめ合って、一日が終わりました」という人もいるわけじゃないですか。システムやデータの奴隷になってしまい、自分じゃなくても構わない仕事に飲み込まれてしまうと、人はどんどん心が蝕まれて、病気になってしまったりする。これからの働き方の問題は、金銭でも時間でもなく心の問題にスポットライトをあてていかないといけません。

そして、こういった状況は、今が過渡期だと思いますが、その類の仕事はAIに任せてしまって、人間はいち早く抜け出せた方がいい。本来の人間らしさを取り戻すことを加速させるために「WORK MIL」も「TWDW」もこの「北条SANCI」も生まれてきたはずです。

行き過ぎってしまったテクノロジー思想に抵抗したいし、創造的に働く、主体的に働くって人たちが、一人でも増えたほうが世の中はもっと面白くなる。仕事って本来、楽しいわけですから。

山田: テクノロジーを活用した効率的な働き方に変えていく一方で、私たち一人ひとりが創造的に、主体的に働くことにこそもっと意識を向けて考えていかないと、これからの日本は面白くならないのかもしれませんね。今回は、働き方のスペシャリストである横石さんが手掛けたコレクティブオフィス「北条SANCI」や横石さん自身の働き方や考えについてお話していただきました。人と出会うのが好きで常に多様な人に触れ合っている横石さんだからこそ、自分の考えだけにとらわれず、平成生まれの働き方を学ぼうというエピソードなど視野の広いお話をうかがうことができました。

今日は、ありがとうございました!

 

2019年8月27日更新
取材月:2019年6月

テキスト:ふくだりょうこ
写真  :マスモトサヤカ