主体性のある働き方のハブを目指す「やってこ!シンカイ」の試行錯誤 ― ローカルでの店づくり、場づくりのリアル
東京から新幹線で1時間弱、長野市は善光寺のおひざ元、門前町の趣きと生活感が同居する静かな一画。2018年の春、都心からの移住者が、この地の風景に溶け込んだ古い建物を利用して、新しいお店を誕生させました。その名も「やってこ!シンカイ」です。
オープン当初から、現代に即したサステナブルな店舗経営の在り方や、ローカルでの豊かな働き方、コミュニティの広がりを求めて、さまざまな試行錯誤を行なってきたシンカイ。成功も失敗もあった社会的実験の繰り返しの中で、どのような学びや気づきが蓄積されていったのでしょうか。オーナーの徳谷柿次郎さんと、店長のナカノヒトミさんにお話を伺いました。
前編ではシンカイ誕生から現在までの経緯をなぞりながら、移住者がローカルで場づくりをすることの価値や、ご近所づきあいの重要性などについて、話が広がりました。
二拠点生活の意味づけから生まれた「やってこ!シンカイ」
WORK MILL:「やってこ!シンカイ」は、どのような経緯から始めたお店なのでしょうか。
徳谷:大元のきっかけは、僕が長野と東京での二拠点生活を始めたことですね。編集者という仕事柄、取材でいろんな場所に行くんですけど、中でも長野がすごく気に入って、2017年の5月からこちらにも家を借りて住むようになったんです。
ー徳谷柿次郎(とくたに・かきじろう)
1982年生まれ。大阪府出身。東京と長野の二拠点生活中。全国47都道府県のローカル領域を編集しているギルドチーム「Huuuu inc.」の代表取締役。どこでも地元メディア「ジモコロ」の編集長、海の豊かさを守ろう「Gyoppy!」の監修、TBS系列のニュース番組「Dooo」の司会、長野市善光寺近くでお店「やってこ!シンカイ」のオーナー、雑誌「ソトコト」でも毎月コラムを連載。趣味は「ヒップホップ」と「民俗学」。シンカイショップ @kakijiro
二拠点生活を始めて半年くらいして、ハッと気づいたんですよ。東京の仕事を長野でやってるだけで、こっちに拠点があることを全然生かせてないなって。そこで思いついたのが、好きな服やCDなんかを売るような、カルチャー感のある小さなお店をやることでした。自分の拠点に友達が集まってきて、自然と人の輪が広がっていくような感じ、ちょっと憧れてたんですよね。
そういう店やりたいなぁって飲みの席で話してたら、当時この建物に住んでた友だち(小林隆史)が「ここでやってみたらどうですか?」と提案してくれて。
WORK MILL:もともと、この建物はお店だったのですか。
ナカノ:昔は金物屋さんだったんですけど、閉店してからは8年間くらい空き家になっていたそうです。それを地元の大学生たちがリノベーションをして、2011年からシェアハウスとコミュニティスペース機能をかけ持ちさせるような形で、“住み開き”をしていたんです。
ーナカノヒトミ(なかの・ひとみ)
1990年長野県佐久市出身。2017年よりフリーライターとして活動を始めた。どこでも地元メディア「ジモコロ」などウェブメディアを中心に執筆を行う。2018年4月に「やってこ!シンカイ」の店長になり、佐久市から長野市に引っ越す。シンカイで自分の子供を育てることが目下の目標。@jimonakano
徳谷:当時は2階が住居で、1階が地元の人たちのたまり場になっていました。地域にも広く知られていて、なんと言うか、徳が溜まっているような建物なんですよね。その1階部分を借りて、2018年の初めに知人を集めて売り手になってもらって、マーケットを開いて。それが楽しかったし手応えもあったので、その場で「じゃあ、お店やってこ!」って盛り上がって、結構ノリで流れができた感じですね(笑)
それから、クラウドファウンディングで「“お店2.0”を立ち上げます!」と謳って支援者を集めて、その年の6月にグランドオープンしました。
WORK MILL:ナカノさんは、どういったきっかけで店長に?
ナカノ:私は地元が長野で、就職をきっかけに東京に出て、今はまたこちらに戻ってきているUターン組なんです。柿次郎(=徳谷)さんとは東京にいた頃にメディア系のイベントで知り合って、私がライターを始めてからは、少しずつお仕事をもらうようになって。
徳谷:僕がこっちに通うようになってからは、ナカノちゃんとも会う機会が増えてたんですよね。地元の仲間って心強いんで、いろいろ頼りにしていて。
それで、オープン前の3月に仕事仲間の男5人でポートランド旅行に行く予定があったんですけど、なんかの話の弾みで、ナカノちゃんも誘ったんですよ。「ポートランド行く? 旅費なかったら貸すけど」って。そしたら、即答で「行きます!」と。
ナカノ:ポートランドってまちづくりの文脈で有名だから、前々から行ってみたいなとは思ってたんです。お金がなくて無理だと考えていたところ、それも解消されるなら「行くしかない」と、半ば反射で(笑)
徳谷:向こうで一緒に古着屋さんやリサイクルショップを回ったりしたんですけど、すごく楽しそうにモノを選んだりする姿を見て、商品の買付けとか向いてそうやなって感じてたんです。
オープン当初は別の子に店長をお願いしてたんですけど、その子が辞めることになって、誰に頼んだらいいか悩んでた時に、その時の光景がふっと浮かんで。それで軽くナカノちゃんに「店長やる?」って聞いたんですよ。
ナカノ:私は開店前にやっていたマーケットに売り手として参加していて、その時もすごく楽しかったんですよね。オープンしてからも「何かしら関われたらいいな」と機会は伺っていたんですけど、まさか店長のオファーが来るとは思ってもみませんでした。何をやるかは全然わからなかったけど、面白そうだから、悩む前にとりあえずやってみようと。
徳谷:まさに「やってこ!」の精神ですよね。ただ、誘っといてアレですけど、さすがに2秒で即決するとは思いませんでした。「え、なんか聞きたいこととかないの?」って(笑)
「お店2.0」の構想と実践、そして方向転換
WORK MILL:シンカイは当初から「お店2.0」をコンセプトに掲げられていましたが、これはどういった概念なのでしょうか。
徳谷:「お店1.0」がリアルな店舗での売買で成り立つものだとして、「お店2.0」はサブスクリプション的にみんなでお金を出し合って維持するような場所にしようと考えました。その上で、元々のこの場所の機能も引き継いで、東京から来る仲間や近所の爺ちゃん婆ちゃん、地元の企業や学生など全部ひっくるめて、普段なかなか出会わないような人と「斜めの関係性」が生まれるハブになったらいいなと。
WORK MILL:サブスクリプション的とは、日々の売り上げに依存せず、なるべく定額で入ってくる収入で運営をまかなう…といったイメージですか?
徳谷:大体それで合ってます。具体的なお金の話をすると、ここの家賃が月3万円なんですね。そこに光熱費やネット代、人件費も含めて、店舗の維持に必要なのが月あたり大体27万円くらいと見積もりました。つまり、ざっくり月に30万円の収入があれば損はしないと。
その30万円をどう稼ぐかと考えて、まずは知り合いのクリエイターに月5,000円で棚貸しをしました。仮に10人が出店してくれたら、月5万円は定収入になると。プラス、売り上げの10%をお店に納めてもらうようにしています。
それと別に、月額会員制度をつくりました。月5,000円の「やってこ!実践プラン」会員は、コワーキングやイベント、撮影や打合せなど、いろんな用途で自由にスペースを活用できる。月1,000円の「やってこ!応援プラン」会員向けには、店舗運営の裏側やナカノちゃんの店長日記を定期的に発信していくことに。この棚貸しと会員制の二軸で、安定的な店舗を目指していくのが「お店2.0」の構想でした。
WORK MILL:徳谷さんとナカノちゃん、お二人の普段の役割分担はどのように?
ナカノ:「お店1.0」的な部分、実店舗の運営は私の担当です。営業日にお店に出て、接客や在庫管理、発注などの作業をしています。柿次郎さんはオーナー的な立ち回りで、全国各地を回りながら出店してくれるクリエイターさんを見つけてくれたり、「この商品、お店に置いてみたら?」とアドバイスをくれたりします。
徳谷:オープンしてから最初の3カ月は、僕もすきま時間を見つけてはお店に顔を出して、接客や事務作業をしてたんですよ。けど、それやってたら休みがなさすぎて、めちゃくちゃしんどくなってしまって(笑)。それに「僕がいるからお店に来てくれる」と属人的な場所になりすぎてしまうのも、お店としてよくないなと感じ始めたんです。
WORK MILL:それで、途中から方針を切り替えていったと。
徳谷:半年くらい経ってからは、あまり店には行かないようにして。現場のことをできるだけナカノちゃんに任せて、僕はイベントやPRのアイディアを出しつつ、本業で動き回りながらシンカイとしてのメディア露出を担う役回りをしています。
現場のサポートしてくれるメンバーを増やしたり、大学生のインターンを入れてみたりと、内部的にはいろいろ試行錯誤をして、ようやく最近落ち着いてきました。このタイミングだから言えるけど…「お店2.0」は無理ゲーでしたね(笑)
WORK MILL:それはどうして?
徳谷:いくら「お店2.0」のシステムを導入してても、リアルな店舗を構えている以上は「お店1.0」の営みもしっかりやっていかないとダメで。それは分かっていたつもりだったんですけどね…まったく経験値のない「お店1.0」をやりながら、新しい仕組みとしての「お店2.0」を同時に試行錯誤するのは、想像以上に大変でした。
今は負荷をかけすぎずに、ゆっくり足元を固めていこうという感じです。その中で、ここに集う人たちやインターンのみんな、そしてナカノちゃんが自主的に「やってこ!シンカイ」を利用して、面白い企みを仕掛けていってくれたらいいなと思っています。
「やってこ!」スピリットが実を結んだ、白湯配り大作戦
ナカノ:最初の頃は、慣れない接客や在庫管理にひたすら戸惑う日々だったんですけど、昨年の10月にインターンの子たちが入ってきてくれてから、少しずつ「やってこ感」が出てきたなって気がします。
WORK MILL:やってこ感、ですか?
ナカノ:彼らは「いつか自分たちで古着屋をやる」という目標を持っていて。「シンカイを手伝いながら、ここでポップアップ的にお店をやってみたい」と言ってくれていたんですね。
インターンの子たちが入ってからすぐ、柿次郎さんとみんなで飲みに行く機会があって。その場で柿次郎さんから「冬の間、お店どうする? 人があまりこないだろうし、閉めとこうか?」と相談されたんです。私は、せっかく彼らが入ってきたばかりのタイミングだったんで、できればお店は開けておきたいですって話して。
徳谷:その時、なんで思いついたのか分からないんですけど、「店の前で白湯を配ろうぜ!」って話になったんですよね。「京都の夏の打ち水に対抗して、俺たちは信州の冬の白湯配りだー!」とか、酔った勢いで盛り上がって(笑)
でも、よくよく考えたら原価もかからないし、若い子たちが道行くおじいちゃんとかに「寒いですね~、これどうぞ」って白湯配ってたら、なんとなく好感度高いじゃないですか。これはお店のPRとしても筋がいいんじゃないかと。そしたら、ナカノちゃんとインターンの子たちが、翌日からすぐに実行し始めたんですよ。
ナカノ:次の日から朝7時半から1時間、店前に立って白湯を配り始めました。お店の前が通学路になってるので、人通りは少なくないんですね。もらってくれるか少し不安でしたが、喜んでくれる人が多くてホッとしました。
徳谷:それから毎日、1カ月間も朝の白湯配りを続けたんですよ。そしたら、口コミでその活動が広まって、始めて2週間で地元のテレビ・ラジオ・新聞から取材が来ました。やっぱりね、と。僕が逆の立場だったら、絶対取材するよなと思っていたんで。
ナカノ:インターンの子たちは寄付で募った古着に持ち主のストーリーを乗せて販売する「ドネーション古着」という取り組みを考えていました。そこで、彼らの活動のPRも兼ねてインターンの子たちに取材の受け答えをしてもらいました。「自分たちは古着屋さんをやりたいと思っているので、古着をください!」と告知したら、一気に大量に集まったんです。近所のおばちゃんが、袋いっぱいに詰め込んで持ってきてくれたりして。あれは嬉しかったなあ。
それで弾みがついて、4月から毎週日曜日、彼らはここでポップアップの古着屋を始められるようになりました。私も、そして彼ら自身も、こんなに早く目標に近づけるなんて、思ってもみなかったです。
WORK MILL:まさに「やってこ!」の精神でうまく事が運んだ好事例ですね。
徳谷:最初はナカノちゃんも店長なんてやったことがなかったし、インターンの子たちも目標はあるけど、何からやればいいかわからない状態で。そういう「何か面白いことをしたい」と思っている人たちにとって大事なのって、「面白いことをやってる大人と出会うこと」だと感じています。
東京だと面白い大人と出会える機会はたくさんありますが、長野をはじめとした地方にはまだまだ少ないのが現状であり、それはローカル特有の課題だとも捉えていて。この白湯の事例みたいなのが何個か生まれていって、シンカイが「ここに来たら面白い人たちがいて、何か面白いことができる」と思ってもらえる場所になってほしいんですよ。
WORK MILL:さまざまな人の試行錯誤の中で、都会とは一味異なる、ここらしい新しい働き方が生まれてくるかもしれませんね。
徳谷:あんまり大げさなことは考えてないですけど、「やれ!」って言われるような働き方って、続かないじゃないですか。本来、モチベーションなんて管理されるものでもないし。
なにか「やりたい!」って気持ちを持った人たちが集まる場所がある。そこで、みんなでお互いに「それ、やってこ!」って声をかけ合う。その中で、主体的な働き方が自然に生まれてくる。そういうのが、理想的やなと思ってます。
抜かっちゃいけない、ご近所づきあい
WORK MILL:「やってこ!シンカイ」を人が集まるようなハブになるように、場づくりとして何か気を付けていることはありますか。
徳谷:何をやるにしても、まずは「ご近所付き合い」を大切にせなアカンなと。夜のイベント後とか、遅い時間まで騒がしくなっていることもありました。そうするとご近所さんから通報があったようで、何度か警察にも呼ばれてしまって。違法なことをしているわけじゃないんですけど、しばらくマークされちゃったりもして(笑)
それで、長野の空き家問題の解決に取り組んでいる知人に相談しにいったら「個人でお店を始める時はこんなことを注意しようね」といろいろノウハウを教えてくれたんです。そのアドバイスを受けて、すぐにご近所さんにあいさつ回りをしました。
ナカノ:実際に皆さんに話を聞いてみると「どういう人たちが、何をしている場所なのか分からないから不安だった」という声が多くて。地元の方々からしたら、当然ですよね。
なので、お店の説明と責任者である私の名前、連絡先を載せたチラシをつくって、一緒に手渡すようにして。「何か気になることがあったら、遠慮なくここに連絡してくださいね」と皆さんに伝えてからは、幸いなことに、警察の方々のお世話になることもなくなりました(笑)
今でも大きめのイベントがある時には、告知のチラシをポストに投函しておくようにしています。事前にお伝えしておくだけでも、だいぶ印象は変わってくるかなと思って。最近ではお店にいると、ご近所さんの方から声をかけてもらえる機会も増えてきて、理解を得られるよう地道にコミュニケーションを取ることの大切さを実感しています。
WORK MILL:ご近所付き合いを意識的に大事にするようになってから、何かお店にポジティブな変化は現れましたか。
ナカノ:お店に置いてある商品は若者向けのものが多いんですけど、近くに住んでいるお年寄りがお店に入ってきてくれるようになったのは、とても嬉しい変化です。あるお婆ちゃんはここに置いてある靴下が気に入って、周りのお友だちにも「あれいいよ」って薦めてくださったおかげで、結構売れていたりして。
また、ご近所さんは「もうちょっとこういう商品も置いてくれる?」と意見を言ってくれたりするので、仕入れの参考になりますね。遠方から来てくださるお客さんとは違って、気に入るものがあれば頻繁にリピートしてもらえる可能性も高いので、身近で日常的なニーズにもできるだけ応えられたらなと思っています。
徳谷:1年目は分からないことだらけで、とにかく慌ただしく過ぎていきました。思い通りにいかない部分もありましたけど、自分たちの意図しないところから需要が生まれて、それを柔軟に取り入れて変化していって…3年後くらいにようやく、シンカイらしいスタイルが定着するのかなと。だから、焦らず無理せず、この土地の時間に溶け込みながら、持続可能にやっていきたいですね。
前編はここまで。後編では、シンカイが意識している「場の編集」という概念や、ローカルのお店が持つ働き方、生き方の「拡張性」について、さらに話を掘り下げていきます。
2019年7月2日更新
取材月:2019年4月
テキスト:西山武志
写真 :小林直博
写真提供:シンカイ
イラスト:野中 聡紀