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WORK MILL

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感情に寄り添って変化するオフィス、そこで生まれる緩やかなコミュニティ ― Empath下地 貴明さん、山崎 はずむさん

日本のビジネスマーケットの中でも着々と音声感情解析サービスの可能性を広げてきたEmpath。前編ではサービスの具体的な活用例やこれからの展開についてお話を伺ってきました。
後編では、新しく構えた「変化する」オフィスと、その在り方から見えてくる「コミュニティ」を大切にするマインドについて、また彼らが作り出そうとしている未来像など、Empathの“思想”をさらに掘り下げていきます。 

音声感情解析が働く現場にもたらすもの

WORK MILL:音声感情解析を労働環境に生かしていくと、オフィスや働き方はどう変わっていくと思いますか?

山崎:現在、ある企業との共同プロジェクトとして、オフィス環境に音声感情解析を導入して、働き方を改善していく取り組みを行なっています。
これまでに「会議室空間での盛り上がりを検知して場づくりに生かしていく」といった取り組みはよくあったのですが、そのプロジェクトでは社員が常駐しているワークスペースで音声を採取して、デスク単位、チーム単位のコミュニケーションの盛り上がりやモチベーションの変化を観察しています。

ー山崎 はずむ(やまざき・はずむ)株式会社Empath CSO
東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了(専攻:比較文学比較文化)。2015年よりEmpathにジョイン。主に海外戦略・営業を担当する。米国のベンチャー・キャピタル1776 が主催するピッチコンテストChallenge Cup Japan 2017にて優勝、日本代表に選出される。国内スタートアップ同士の連帯を深めるため、2017年7月よりミートアップ・イベント、Tsumuguを主催。

WORK MILL:デスクごとの元気度を把握できると、各社員が働きやすい環境づくりや、チームづくりのマネジメントに生かせそうですね。

山崎:音声だけでなく、湿度や温度などの環境要因も測定しているので、ここで得られた情報を整理していくと、多角的な要素を盛り込んだ「働きやすい環境の指標」ができてくるんじゃないかと。こうした取り組みは、今後さまざまな企業で広がっていきそうだなと感じています。

下地:リモートワークを進めている会社でも利活用してもらえそうですね。業務上のコミュニケーションは問題なく取れていても、感情の機微や温度感などの非言語的な情報は、オンラインではなかなか伝わりづらいものです。そういった要素を汲み取るための補助として、音声感情解析は役に立つはずです。

―下地 貴明(しもじ・たかあき)株式会社Empath CEO
早稲田大学教育学部卒業後、システムエンジニア、プロジェクトマネジメントの実務経験を経て、2011年にスマートメディカル株式会社 取締役ICTセルフケア事業部長就任し、音声気分解析技術「Empath」の研究・開発を始める。2017年、同社からスピンオフした株式会社Empathの代表取締役に就任。Affective Computing領域におけるEmpathのビジネス活用を推進している。

山崎:オフィス空間以外では、工場の労働環境の改善にも大きく貢献できるのではないかと思っています。ロジスティックスの倉庫の現場ではヒアラブルデバイスが導入されているところが増えてきているので、音声解析と相性がいいんです。今まではスマートフォンなどのインターフェイスに話しかけてもらわないといけなかったのが、ヒアラブルデバイスがあればそこから自然とデータが取れるので。

WORK MILL:その解析結果を、作業員のメンタルヘルスケアに反映させていけると。

山崎:工場勤務などは離職率が高いという話も聞いているので、そのあたりのケアができればいいなと、ハードウェアのメーカーさんと相談している最中です。

WORK MILL:お話を伺っていると、音声感情解析が実用化されていくことで、感情面でのマネジメントがしやすくなって、結果として今よりも働きやすい環境が増えていきそうな予感がします。

下地:そうですね。「もっと働きやすく、元気な職場に変えていきたい」と意欲を持っているマネジメント層の人たちに利用してもらえると、これからさまざまな活用の可能性が広がっていくのではないかなと、期待をしています。

人が集まるようになった、「変化」するオフィス空間

WORK MILL:こちらのオフィスは、2018年の5月に移転されたばかりですよね。

山崎:そうです、紀尾井町の旧オフィスでは1人1畳くらいの窮屈さになってしまったので(笑)。渋谷の神宮前に越してきました。

WORK MILL:新オフィスの空間づくりにおいて、何かこだわられた点はありますか。

下地:時間の流れ、季節の移り変わりの中で「変化」するオフィス空間にしたいという思いがあったので、そのあたりを建築家の方にオーダーして、いろいろと工夫していただきました。
私たちは事業として、人の「感情」を扱っています。感情とは、外の環境や心の内の状態に影響を受けながら、常に変化するものです。そうした感情の移ろいに寄り添えるような空間であってほしいと思い、「変化」をひとつのコンセプトにすえたんです。

山崎:今いるオープンスペースは、置いてあるものすべて撤収して、広くイベントスペースとしても使用できます。カーペットで車座にもなれますし、パーテーションで空間を区切ることもできる。用途に合わせて空間の編集が可能なので、とても使い勝手がいいですね。

下地:移転してからは、イベントを催す機会も増えました。私たちが主催することもあれば、仲の良い外部の方に貸し出すこともあります。

山崎:僕らを含め、うちには酒好きが多いので。オフィスには常に常備していて(笑)。パネルディスカッションをするようなイベントだけじゃなくて、とくに目的もなく集まって飲みながらワイワイするようなことも、よくやってますよ。

下地:オフィスが内外の交流の起点として機能しているので、ここから緩やかにコミュニティが広がりつつあって、とてもいい傾向だなと感じています。

コミュニティに大切なのは、利害関係がないこと

WORK MILL:昨今のビジネスシーンでは、コミュニティづくりが盛んになっているように感じます。Empathにとって、コミュニティとはどのような意味を持つものだと捉えられていますか。

山崎:僕らのようなスタートアップにとって、横のつながりは失敗した時のセーフティネットになるので、とても重要なものだと思っています。なんせ、データ上では9割が潰れますから(笑)。けれども、それは新しいチャレンジをしようとしているからこそ。大事なのは「起業に失敗してもなんとかなる」と思える環境があることで、これをコミュニティが補完してくれるのです。
シリコンバレーではスタートアップ系のコミュニティがたくさんあって、その中で人材が常に流動しています。向こうの起業家が日本に来ると、コミュニティの少なさに驚くことがよくあるそうです。おっしゃる通り、最近ではコミュニティと名のつくものを増えてきていますが、企業の枠を越えた繋がりが薄く、閉鎖的な印象が強いですね。

WORK MILL:本来ならば、横に広く繋がっていくことでより価値を発揮するコミュニティが閉鎖的になってしまうのは、一体どうしてなのでしょうか。

下地:そのあたりは、コミュニティの成り立ちにも起因してくると思います。一概には言えませんが、大きな後ろ盾があるコミュニティだと、それぞれの立場で利害の意識が強く働いてしまっているために、なかなか広がっていかない側面もあるかもしれません。

WORK MILL:利害の意識ですか?

下地:主宰する側の人たちに「育てていきたい事業の方向性」があったり、入る側の人たちも「主催側に気に入られたい」というモチベーションが強かったり、競合他社との関係を気にしたり……そういった思惑が先行してしまっていると、コミュニティとしてうまく機能しない気がします。

山崎:日本は市場規模がある程度大きいので、国内でシェアを取り合う競争が生まれがちなんですよね。だから、ドメスティックな利害関係に縛られてしまう。
たとえば、フィンランドのスタートアップコミュニティは「皆でノウハウを共有し合って、外(=海外)からお金を引っ張ってこよう」といった意識で運営されているところが多い。エストニアやルクセンブルクでも、起業家たちが「国内の市場が小さいから、中で小競り合いしてもしょうがない」との共通認識を持っているため、横の団結力が強いです。

WORK MILL:なるほど。

山崎:いま挙げたような国の企業コミニティは、利害が先立っていないんです。日常的に情報を共有しているし、ちょっとした悩みも気軽に相談し合っている。情けは人のためならず……みたいな助け合いの関係がコミュニティ内で自然とできています。

WORK MILL:それは理想的ですね。

下地:私たちもなるべく利害関係のないところから、周りの人たちと関係を築いていきたいと思っていて。なので、お花見や飲み会などとくに目的を持たせない集まりを、よくやっていたりするんです。もちろん、単に飲みながら人に話すのが好きだから、という理由もありますけど(笑)

WORK MILL:そう言えばお二人の出会いも、利害関係のない飲みの場でした(※前編参照)。

下地:まずはそういうところから関係が始まるほうが、お互いフランクに話せるし、人柄もよくわかると思います。利害関係があると、言えないことばかりになってしまいますから。

山崎:「ぶっちゃけ、資金調達どうしてる?」「これ、どうやって売ったらいいと思う?」みたいな、素朴な質問が投げ合えるといいですよね。経営者は孤独になりがちなので、悩みを吐き出せる場があるだけでも、心の支えになると思います。このオフィススペースで生まれる緩やかなつながりが、意図しない場面で役に立ったり、セーフティになったりしたら嬉しいです。

人の共感、思いやりに寄り添えるサービスに

WORK MILL:感情解析サービスを普及させていく先で、お二人はどのような未来像を理想として描かれていますか。

下地:私たちはこのサービスで、コミュニケーションをもっとスムーズに、そして豊かにしていきたいと考えています。人間関係の中では、気分や感情のすれ違いからさまざまな問題が起こるものです。ちょっとした感情の誤解が、思わぬ不幸に繋がったりもします。

機械が人の感情をブレなく読み取って、認識のすれ違いが起こらないようにコミュニケーションの補助をすることができたら、起こらなくていい争いが減るんじゃないか……そんな世界の実現の一助になってくれたらいいなと思っています。

山崎:社名にも掲げているように、僕らは人の共感や思いやりに寄り添うことを理念としています。それを、もっとダイレクトに表現できるようなプロダクトやサービスを、今後はつくっていきたいです。

下地:現状は企業としての地盤を安定させるために、いかにマネタイズするかという方向に注力している側面もあって、周りから「何かエグいことをやっている」みたいな見られ方をすることもあります。「感情の解析なんてされるのは怖い」と思われる方も、少なくないでしょう。僕らの本意とするところは、そんなに物騒ではないですよ……ということは丁寧に伝えていきたいですね。

山崎:あとは、積極的に海外に展開していって「日本のスタートアップでもこれだけ世界で勝負できるんだ」と、周りに見せていければと。「グローバルな市場を目指すベンチャーのほうが倍以上スケールする」といった統計データも出ていますし、国内で小競り合いをするより、「皆で協力して世界目指そうぜ」って雰囲気になったほうが楽しいと思うんですよ。
「みんな海外に出るべき」という話ではないですが、「出ようと思えば出られるんだよ」ということを、これから実績をもって示していければと思います。

2019年1月22日更新
取材月:2018年10月

テキスト:西山 武志
写真:大坪 侑史
イラスト:野中 聡紀