「再解釈」がもたらす日本企業の価値創造 ― イノベーション時代のその先へ
2018年10月2日に発刊された『WORK MILL with Forbes JAPAN ISSUE 03』。第3号では「イノベーションの次に来るものTHE AGE OF POST-INNOVATIONALISM」をテーマにロンドン、北京、東京の3都市を訪れ、ポスト・イノベーション時代における新たな経済の形を探りました。
10月9日、その発刊記念カンファレンスとして行われた「FUTURE WORK STYLE SESSION 2018 AUTUMN」。「再解釈(Reinvention)」をキーワードに、新しい価値創造に取り組む企業などから4人を迎え、基調講演と2つのセッションを行いました。
今回はセッションの様子を振り返りながら、シリコンバレーに代表されるテクノロジー主導のイノベーションとは異なる角度から、企業における価値創造を考えていきます。
「よそ者視点」で見出した老舗企業の真の強み
キックオフとなる基調講演に登場したのは、寺田倉庫代表取締役の中野善壽さん(以下、中野さん)。寺田倉庫は1950年に創業した老舗倉庫会社ながら、クラウドストレージサービス「minikura」をはじめ、BtoC向けのワインやアート、メディアの保存保管事業、本社のある天王洲アイルを基盤としたエリア開発など、ユニークな事業を展開。ベンチャー的な企業風土とともに大きな注目を集めています。中野さんは35年以上、寺田倉庫に顧問として携わった後、当時の社長に請われる形で2010年に入社し、2011年代表取締役社長に就任しました。
1970年代から伊勢丹や鈴屋で海外拠点の立ち上げなどを経験した後、1992年からは台湾の有力企業2社で百貨店事業を担当するなど、長く中華圏でビジネスに携わっていた中野さん。今でも1年の1/3は台湾、もう1/3は他の国で過ごすほど海外生活が長く、「よそ者的な視点」が寺田倉庫の強みを再解釈するのに役立ったと振り返ります。「国土交通省認定第1号となったトランクルーム(1975年)、レストランのT.Y.HARBOR(1997年・現在は別会社)、データセンター(2000年・現在は別会社)など、なかなか面白いことをやってきている。案外良いところがあるじゃない、と思えたんです。」(中野さん)
中野さんが代表取締役に就任した当時、寺田倉庫は収益構造に問題を抱えていたといいます。大手倉庫会社より売上規模も専有面積も少なく、BtoB向けが主要事業のため、価格競争に巻き込まれていたのです。
代表就任以降、1400名規模の会社だった寺田倉庫の事業仕分けと売却を行い、約100名の会社として再出発。ワイン・メディア・アート保管を事業の3本柱とし、不動産も天王洲アイルの土地に集約しました。そして、BtoBメインだった顧客構成をBtoCメインへと転換したのです。
BtoC向けにいかに付加価値を創造するか。そのポイントは「物を動かさず、保管しつづけること」にありました。保存保管事業を「千年倉庫」と位置づけ、長く預ければ預けるほど価値の高まる倉庫作りを目指しました。メディアアーカイブセンターや美術品保管倉庫には保存修復サービスを設け、専門サポートチームを配備。セキュリティに優れた貴重品倉庫や楽器専用倉庫などを開設しました。また、アートギャラリースペースやアワードを創設し、ワインセラーには専属ソムリエによるコンシェルジュサービスやラウンジを併設するなど、顧客にとって価値あるコミュニケーションを意識しました。
そして天王洲アイルという街の特色にも着目。品川にJR在来線新駅やリニア新幹線駅の開設が予定され、羽田空港にも近いなど、日本のみならず海外の人にとっても利便性の高いエリアと再定義したのです。「それなら、感度の高い人が集まるような街にしようと、アーティストに壁画を描いてもらったり、イベントを誘致したり、アートあふれる街づくりを支援しています。」(中野さん)
その他、画材ラボ「PIGMENT」や建築倉庫ミュージアム、電子楽譜専用デバイス「GVIDO(グイド)」など、既存事業にとらわれない事業を展開してきた結果、2011年時点から売上規模は1/7になったもの、キャッシュフローはおよそ8倍に。社員一人あたり約1億円を売り上げる高収益企業へと生まれ変わったのです。
「社員からは『社長』とは呼んでもらわないようにしているんです。『中野さん』って言って、と。僕はフラットな組織の中で、たまたま社長という役割を担ってきただけ」と話す中野さんの持論は、「社員には5年で会社を卒業するくらいのつもりで働いてほしい」というもの。「僕もそのうち会社を卒業します。中小企業は変わりつづけなければ、この時代に生き残れない。社長も社員も含めて変わりつづける手段のひとつとして、転職や転社がある。僕自身、数十年前に“転地”して海外へ行ったからこそ、いまがあるんです」(中野さん)
最後に会場から、7年という短いスパンで結果を出した秘訣を問われると、こう答えました。「明日死ぬかもしれないから、今日ひらめいたことは今日やる。いまできることはいまやって、明日に持ち越さない。社員にもそれを求めます。大変だと思われるかもしれないけど、みんなこの仕事が好きだからやってるんです。一緒に働いていて楽しいから、やってる。部活やサークルみたいに5年もすれば卒業するんだから、せめてその間楽しもうぜ、という感じなんです。」
なぜ僕らがそれをやるのか ― ミッションが導く成功のカギ
基調講演に続く第1セッションでは、スマイルズ代表取締役社長の遠山正道さん(以下、遠山さん)と自然電力代表取締役の磯野謙さん(以下、磯野さん)が登壇。ForbesJAPAN編集次長の九法崇雄さんとともに「企業ミッションを再解釈する」をテーマにディスカッションを繰り広げました。
食べるスープの専門店「Soup Stock Tokyo」やネクタイ専門店「giraffe」に始まり、最近では瀬戸内国際芸術祭に出展したアート作品「檸檬ホテル」の運営、GINZA SIXに海苔弁専門店「刷毛じょうゆ 海苔弁山登り」をオープンするなど、事業領域や業態、形式にすらとらわれないスマイルズ。その意思決定には、「やりたいこと」「必然性」「意義」「なかったという価値」という四行詩を重視していると、遠山さんは語ります。
「Soup Stock Tokyoは来年1号店をオープンして20年で、いま60店舗以上あるんですけど、企画書の時点から50店舗程度を想定していた。別に200店舗出そうと思えば出せるんだろうけど、誰もそんなことをしたいとは言いださない。どんなに儲かろうが、やりたいかどうか、僕らがやる必然性があるかどうかが大切なんです」(遠山さん)
一方、太陽光・風力・小水力など自然エネルギー発電所の開発と運営管理、電気小売事業を行う自然電力は、日本国内は北海道から石垣島まで、そして海外では台湾、フィリピン、インドネシア、ブラジルなど世界中で数々のプロジェクトを実施。20カ国以上から社員やインターンが集まり、そのノウハウを広げています。多様性のある組織ながら、共通しているのは「未来のために投資する」という目的意識だと言います。
「収益性はもちろん重要ですが、もっとも大切なのは大義であって、お金はあくまで手段に過ぎない。その大義は『エネルギーから世界を変える』。そのために周りを巻き込んでいこうとしています」(磯野さん)
東京ガスとの資本業務提携や不動産ファンドKENEDIXとの共同アセットマネジメントなど有力企業とのパートナーシップ構築。そして、発電所を作る地元企業や自治体との合弁会社設立や売電収益の0.5〜1.0%程度を地域へ還元する「1% for Community」など、自然エネルギー発電という社会課題解決方法だけでなく、より多くの人が共感できる付加価値を生むための取り組みを行っているのです。
そんな2つの企業が掲げるミッション。スマイルズは「生活価値の拡充」、自然電力は「energy design(エネルギーの新しいつくりかた)」というもの。そこに込められた思いはそれぞれ異なりますが、企業にとってミッションを掲げることにどんな意義があるのか。その答えは偶然にも、ふたり重なるものがありました。それは「人生」というキーワード。
「前職の三菱商事から独立して、『人生』という言葉をよく使うようになったんです。これまでやってきたことや腹をくくったこと、毎日毎日考えていることや情熱……人生そのものが仕事と重なってくる。20世紀は経済の時代で、儲けられたらそれでよかったのかもしれないけど、21世紀は供給過多になって、ビジネスがうまくいかないことも山ほどある。それでも、『やる意味がある』と思えるものじゃないとつらいんですよ。企業理念やミッション、コンテクストがないとやっていられないし、粘り強く耐えられないし、四六時中考えていられない。なぜこれをやるのか、と立ち戻るときに必要なのが、ミッションなんです」(遠山さん)
「私は『自分が信じるもの以外はやりたくない』という思いで生きているんです。たまたま大学生のときに環境問題に関心を持って、リクルートにも勤めたけど、大きな組織だとなかなか自分の思うような答えが返ってこないところもあって……。それで風力発電のベンチャーに転職して、東日本大震災が起きて、『やはりこれから必要なのは自然エネルギーだ』と確信して起業の道を選んだ。遠山さんも僕も同じく慶應義塾大学出身で、最近よく福沢諭吉の『独立自尊』という言葉を使うのですが、やっぱり自分の人生なので、どんなことも自分ごととして生きる。自分が信じられるミッションかどうか、というのが大切だと思います」(磯野さん)
イノベーションはリベラルアーツなくしては起こり得ない
最後に第2セッションでは、ベストセラー『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』の著者で、コーン・フェリー・ヘイグループ シニア・パートナーの山口周さん(以下、山口さん)が登壇。WORK MILL with Forbes JAPAN編集長の山田雄介をモデレーターに、「イノベーションを再解釈する」というテーマで語りました。
イノベーションを山口さんの言葉で定義すると、「社会課題解決につながるような出来事」のこと。イノベーションの語源はラテン語の「in-(イン)=内向き」「novare(ノバーレ)=新しい」という言葉で、つまりこれまでのモノの見方と異なる見方をして課題に気づき、それを解決することで結果的に起こるのがイノベーションだと山口さんは語ります。
けれども残念なことに、近年イノベーションという言葉の意味が矮小化していると山口さんは指摘します。「経営者の方に話を聞いていると、どうも『イノベーション=大儲けできる画期的な事業』と捉えている節がある。となると『イノベーションを起こせ』ってつまり『会社を儲けさせてくれ』という意味ですから、そんなの企業経営ではありませんよね。」(山口さん)
山口さんは2013年に著書『世界で最もイノベーティブな組織の作り方』を出版するにあたって、数々の「イノベーター」と呼ばれる人を取材し、あることに気づいたと言います。それは、「イノベーションを起こそうと考えて、イノベーションを起こした人はひとりもいない」という事実でした。
「みんな、自分がいらだっている社会課題や具体的なアジェンダが明確にあって、どうやったら解決できるのか必死に考えて、その方法をなんとか見つけたことが結果的にイノベーションを起こしている。常にアジェンダが先行しているのです。」(山口さん)
また、イノベーションが起こるもうひとつの条件として、アメリカの科学哲学者トーマス・クーンの1962年の著書『科学革命の構造』をもとに挙げたのは、「パラダイムシフトを起こす人は年齢が非常に若く、その分野に入って日の浅い新参者である」というもの。一方、日本の組織ではそういった人の発言権は弱く、権力者によって叩かれ潰されてしまいがちだと、山口さんは指摘します。「日本人の可能性を考えると、個人単位で世界的に活躍する人はいても、組織になると影響力のある人が個人の強みを消してしまっていることもある。やはりもっと組織として寛容に見る必要があるのではないでしょうか。」(山口さん)
山口さんは、著書『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』を手がかりに、これからのイノベーションはアートや美意識なくしては起こり得ないと論じます。「コンサルティングというのは、フレームワークやロジックによって必ず答えが出せる前提の方法論ですが、経営のセオリー通りにやったところ、似たような商品ばかりが複数の企業から発売され、価格競争に陥ってしまうこともある。アートや哲学の特徴は、『効果関数が規定できない』ということ。つまり、定量的な評価ができないということなんです。もはや、正解を出すだけでは戦えない時代。効果関数を規定するには人間よりも圧倒的にコンピュータのほうが優れている……となると、センスのある人がアートや美意識に基づいて決定したほうが、サイエンティフィックに意思決定するよりも勝てる可能性が高いんです。」(山口さん)
つまり、イノベーションを起こすのに必要なのは、社会課題(アジェンダ)が明確に定義できていること。そしてそのアジェンダを定義するために必要なのが、「世界はかくあるべき」という自分なりのビジョン――。そこには、アートや哲学などといったリベラルアーツが不可欠なものとなるのです。
イノベーションを改めて解釈した今回のセッション。最後に投げかけられたのは、こんな問いでした。アジェンダを定義する力……問いを立てる力を磨くために、どんなことをすべきなのか。山口さんの答えは、意外なものでした。「平たい言葉でいうと、“わがまま”になったほうがいいのではないか、と。ヘルマン・ヘッセは著書『わがままこそ最高の美徳』のなかで、『わがままな人が少なくなると、社会はどんどん悪くなる』と説いています。世の中にはまだ、理不尽なことや醜いもの、憤りを感じるものがたくさんあふれている。それらに対して、『しかたない』とあきらめてしまうのか、あるいは『なんとか解決したい』と考えるのか。後者のような考え方がなくなってしまっては、問いを立てることは難しくなるでしょう。あらゆることを素直に受け取ってしまうだけでは、何かに違和感を覚えるセンスが鈍ってしまう。『なんでこうなっているのか?』『どうしてこんなことをしなきゃいけないの?』と、もっと自分の感情や疑問に目を向けてみてはいかがでしょうか。」(山口さん)
寺田倉庫、スマイルズ、自然電力といったユニークな企業の価値観や理念、ミッションを例に、その再解釈によって、これからの時代に企業が取るべきアクションを探った今回の「FUTURE WORK STYLE SESSION 2018 AUTUMN」。
現在発売中の『WORK MILL with Forbes JAPAN ISSUE 03』では、今回登壇した4人の言葉が違う角度から綴られています。また、東京だけでなくロンドン、北京の企業事例も多数紹介しています。ぜひご覧ください。
2018年11月6日更新
取材月:2018年10月