編集部がミル ― イノベーションの次に来るもの -THE AGE OF POST INNOVATIONALISM- ロンドン編
WORKMILL with Forbes Japan ISSUE 03の発売から2週間が経過しました。特集の取材にあたり、編集チームは北京とロンドンを訪れています。9月に公開した北京編に続き、今回はロンドンについて編集後記を綴っていきましょう。昨年の創刊号で初めてロンドンを訪れてからちょうど一年。また今年もほぼ同じ夏のシーズンにロンドンに滞在してきました。
POP BRIXTON
ロンドン南部の街ブリクストンは治安の悪い地域として知られていたようですが、ここ数年で印象は変わってきているとのこと。その変化の一翼を間違いなく担っているのが2015年にオープンしたPOP BRIXTONでしょう。コンテナを積み上げた構造の中で、数多くの独立したビジネスが集積するコミュニティモールです。南ロンドンのクラフトビールだけを販売するビールスタンドがあったり、日本の刃物を取り扱う店舗や日本人によるラーメン店があったり。また、いくつかのデザインスタジオがオフィスを構えていたり、昨年訪れたコワーキングスペースImpact HUBもPOP BRIXTONの中に拠点を持っていたりと、ワークプレイスとしての一面も併せ持つクリエイティブな場です。2層~3層構造になっているコンテナの合間の路地を行き交う人々の流れはゆったりとしていて、デンマークで見たInstitute for (X)を彷彿とさせる、ゆったりとした時間を感じる空間でした。
Boxpark Shoreditch
POP BRIXTONと同じくコンテナを活用した商業施設でありながら、大きく雰囲気の違うBoxpark Shoreditchは洗練されたスタイルのコミュニティモール。グラフィティやストリートアートに満ち溢れたショーディッチ地区に2011年にオープンしたこのモールは、黒で塗られたコンテナの印象もあって一見締まって落ち着いた雰囲気を感じさせますが、夜にはDJが繰り出すビート溢れる音楽に若者が集うコミュニティの場に。2016には南ロンドンのCroydonに2拠点目が、そして今年の12月にはWembley Parkにもオープン予定で、食と文化とファッションの集積地として、大きな成功を収めているようです。
ustwo
BOXPARKの道向にそびえたつのが、1930年代にリプトンの紅茶をパッキングしていた倉庫が由来のTEAビルディング。ロンドン訪問前にタクラムの田川さんにも、このビルにはクリエイティブな企業が多く入居していると伺っていました。その一角に入居しているのが、ビルディングデジタルプロダクトスタジオustwoです。以前WEBマガジンで「コーチ」という新しい役割についてPetter Mellanderさんに取材していましたが、オフィスへは初めての訪問となりました。ustwoはApp Storeでも大ヒットを記録したMonument Valleyの絵画に始まり、オフィスの中は「WE ARE FAMPANY」の言葉に象徴されるような楽しい雰囲気に満ちていました。
SKY
ヨーロッパ最大級の放送事業者であるSKYの本社を訪問しました。セキュリティチェックを経て広大な敷地に踏み入れれば、そこは自然あふれる素晴らしいキャンパス。TVメディアのオフィスや働き方は時間的にも労力的にも負荷が高いという先入観がありますが、そんなイメージを払拭するかのように、従業員のウェルビーイングに十分に配慮された働き方を実現できるオフィスが広がっていました。新社屋であるスカイ・セントラルは天井から降り注ぐ上階まで貫く吹き抜けと、それを取り囲むような多層構造が印象的な素晴らしいオフィスでした。
MONOCLE
WORKMILLの創刊を検討していた際、バンコクのとあるライブラリーで初めて見かけたのがMONOCLEでした。正確にはMONOCLEの別冊でしたが、サイズやデザインにとても惹かれたのを昨日のことのように思い出します。実際にWORKMILLを創刊するにあたり、MONOCLEと同等の版型を選択したという経緯もありましたので、MONOCLEのロンドンにある編集部を訪問できたのは本当に感慨深いものがありました。SKYの巨大なオフィスとは対照的に、雑誌のイメージそのままのミニマルで心地の良いオフィス。公園の隣に立地していて、窓から入る風がとても爽やか。雑誌の編集という仕事を手掛けてから、本格的な編集の現場を訪れるのは初めての経験でしたが、編集主幹のアンドリューさんの柔らかな編集主幹のアンドリューさんのダンディな佇まいには、憧れるものがありました。
Brexit
イギリスに関わるグローバルな話題といえば、やはり欧州連合からの脱退でしょう。ロンドンのクリエイティブシーンに多大な影響を与えるのではないかという想定のもと、あえて各取材先でBrexitについてどう思うかを伺いました。やはりグローバルシティであるロンドンの多様性が失われることを危惧する人が大半で、程度の差はあれどBrexitへの否定的・批判的な意見が中心。しかし「まだEUを離脱したその日が来たわけではないし、そのあとのことはよくわからない」という意見も。離脱までのプロセスがまだまだ継続する中で、あえて今のイギリスに滞在しようという外国人も増えているという話も聞きます。政局も絡みまだまだどう変化するか未知数ですが、引き続き注目していきたいと思います。
初めての東欧
ロンドンとは直接は関係ない話を少々。今回のロンドンへの航路はポーランド・ワルシャワ空港を経由するルートを選択。乗り継ぎという短い時間であり、空港から一歩も外に出ていないのですが、個人的にはこれが初めての東欧でした。小学校から冷戦下の国際情勢を前提とした教育を受けてきた世代として、東欧というのは心理的に遠かった地域です。しかもその東側諸国の軍事同盟設立の地であるワルシャワに降り立つというのは極めて感慨深いものでした。しかし、もちろんここには人の営みがあり、旧西側諸国とも、日本とも変わりません。これは頭ではわかっていたことですが、体験がようやく理解に追いついた印象を持ちました。
まとめ
昨年パリ・アムステルダム・ロンドンの順で取材をした時に初めて訪れたロンドンの印象は、三都市の比較を無意識にしていたせいか、ロンドンはせわしない都市というイメージが第一印象でした。しかし今回改めて昨年とは違った世界に触れて、この町の多様性と懐の深さを強く実感。上述のブリクストン地区もジャマイカやアフリカ系の人々が多く、商店の店構えや取り扱っている商品などは確かにほかの地区とは異なる様相でした。1月にデンマークを訪れ、オルタナティブを許容する風土を知ってから再度ロンドンを体験できたことも幸いでした。昨年訪れていた際に、「ロンドンにはイギリス人が少ないんですよ」とImpact HUBのコミュニティマネージャーであるローレンさんに聞いていましたが、それをまさに実感する旅になりました。
ロンドンだけでなく、北京・東京で得られた「イノベーションの次に来るもの」をまとめたWORK MILL第3号、是非お読みください。
2018年10月16日更新
取材月:2018年8月
テキスト:遅野井 宏
写真:ジュリア・グラッシ、遅野井 宏