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特派員コラム ― オランダにおけるワークライフバランス くらし≧しごと

2017年からオランダに駐在しているCMFデザイナー 細谷によるコラムです。オランダで暮らす中でみた「はたらく」をお伝えしていきます。

オランダのくらし

ここで生活していると、ふとした違いにはっとさせられます。
ある雨の日の通勤路。自転車にまたがり、ズイズイと出勤する人々の波にのまれると、傘をさしてとぼとぼ歩いているこちらが一人浮いているような、取り残された気分になります。気まぐれな気候と昔から付き合ってきたこの国の人々は、雨はもちろんのこと、突然の大雪にも動じず、私の目には、どこかとてもたくましく、エネルギッシュに映ります。

そして仕事の合間、スマートフォンには、最寄のスーパーから「私へのおすすめの特売品情報」が届いたり(買い物履歴から嗜好を自動分析)、家の電気のON/OFFを確認することができたり…スマートフォンを介し、その場にいなくとも自分の生活に有益な情報を得ることが出来ます。はじめのうちは、誰かに生活を覗かれているようで、そのスマートさにゾッとしたものでしたが、慣れてしまうと大変便利で気になる存在です。

スーパーのセルフレジ 

オランダは欧州の中でも、カード(デビット)での買い物が主流となっている国の一つです。仕事を終え、現金を1円も持たずに、スーパーに向かい、セルフレジにカードをピッとかざし、見えない誰かからの私へのおすすめを手に入れるのです。

ここで過ごす効率的でスマートな暮らしは、人々のエネルギッシュなパワーによって生み出されてきたように感じます。そんなオランダのくらしでみた「はたらく」をお伝えしたいと思います。

焼きたてパンの香りただようワークプレイス

オフィスビル内のパン屋

朝、事務所のあるビルのエントランスは、地下にあるパン屋からくる焼きたてパンの香りであふれています。午前中、事務所の窓からは、中庭の託児所にいる子どもたちの元気いっぱいな笑い声をのせた風が、吹き込んできます。仕事をしている間でも、人の暮らしを垣間見る瞬間が多くあり、働くことと生活することの距離の近さを感じます。そして、それがこの国ではごくごく自然なあり方であることに気づかされるのです。

時間のシェアリング

オランダでは、夫婦共働きが多く、子育ても夫婦が協力して分担している印象を受けます。自転車に子どもを載せ、託児所に送り迎えする父親の姿も、普通の日常風景です。オランダでは、託児所に通う子どもを持つ働く両親に、国から補助金が出ます。
還付金額は所得によりますが、託児所に通う子ども一人の費用に対し、およそ80%の還付を受けることができ、働いた方がより給付額が多くなる仕組みとなっているそうです。

また、託児所のサポートも手厚く、子供が熱を出していても(38.5℃以下に治まっていれば)、水疱瘡にかかっていても(互いに免疫力を高められるという考えのもと)、多くの託児所が預りを受け入れているそうです。その様な背景からか、女性の就業率が他国に比べ高くなっています。

オフィスビルの中庭にある託児所

オランダでは、1980年代から、パートタイムを「短時間で働く正規雇用労働者」と位置付け、フルタイムで働く人と同一労働同一賃金の原則のもと、ひとつの業務を複数人でシェアリングする「ワークシェアリング」という働き方が推奨されてきました。対象となる業務に限りがあると思われがちですが、オランダでこの「ワークシェアリング」は、責任のあるポジションにおいても適用されるケースがあるそうです。

私たちの職場においても「ワークシェアリング」を採用しています。ひとつのポジションを二人で担当しています。ふたりがオフィスで一緒になるのは週一度のみで、それぞれが自分のライフスタイルに合わせ、週に計18~24時間の勤務時間を調整しています。出勤しない日は、休日同様、家族と過ごす時間を大事にしているそうです。また、出勤日を夫婦でずらし、子どもの託児所への送迎や食事の準備は、出勤しない方が担当するという人もいます。

お迎えは父

家族がいちばん

「仕事のシェア」というと、とても高度な事のように思われますが、実際はWeb上に業務上の引継ぎ事項を残し、社外とのやり取りのメールも履歴を確認できるようにしているので、想像よりもスムーズに効率良くできるようです。また、業務のやり方を統一しているので、ミスをしても他の人が気づき易く、フォローをし合えるという利点もあります。そして、ひとつのポジションを複数人で担当しているため、お互いフォローをしながら、長期のホリデーも取りやすいという声も聞かれます。

冬。とっぷり日が暮れた20時。スーパーも閉まり、街から人通りがなくなり、オフィスのライトが消えつくすこの国では、「家族と過ごす時間が何より優先され、生活の中心にある」と感じることができます。

場のシェアリング

オランダには145万7千人の個人事業主がいます(CBS:オランダ中央統計局調べ)。個人事業主とは、日本では多く「フリーランス」と呼ばれる方々のことで、全て自分で自分の仕事をプロデュースしている方々をさします。オランダの労働人口が861万人(IMFによる2018年4月時点の推計)ですので、これは全体の17%にものぼります。これは非常に多い割合と言えると思います。オランダで出会ったスタイリスト、庄司康人さんもその一人です。

Hair Studio Picnic(https://hairstudio-picnic.com/

庄司さんは、ロッテルダムにある自分の店舗Hair Studio Picnicとアムステルダムにある別の店舗を間借りし、二ヶ所で流動的に仕事をされています。別の店舗は、自ら歩いて他の店舗をまわり「良さそうと感じ、間借りの交渉・条件が合った」ので働くことにしたそうです。庄司さんの店舗で働くスタイリストの方々もまた、同じように自分に合う店舗を探し、交渉して間借りしている個人事業主になります。ひとつの空間ではありますが、スタイリスト一人ひとりが個人事業主からなっているので、売り上げはそれぞれ別です。

このスタイリストの間借りは、日本でもここ数年で増えているそうですが、オランダでは、複数店舗で間借りをすることも珍しいことではないようです。本来、サービスと場が一体となっていることで固定化されていた「はたらく時間」が、店舗という場が複数あり、その場をシェアすることで、スタイリスト個人がコントロールして流動的に働くことになるため、各自の生活のなかに主体的に「はたらく時間」をつくり出せる、良い事例であると感じました。こうした場や時間を固定しない働き方は、個人事業主が多いオランダだからこそ生まれやすい発想であると思います。

スタイリストの庄司さん

とりあえず、やってみる。ということ

ふらりと立ち寄ったホームセンターのペンキ売場で、その色数の多さと、人々がそれらを躊躇なく選び、調色し、颯爽と購入していく姿に驚きました。くらしに関わる全てにおいて、自分仕様にカスタムすることが得意なオランダの人々の間では、自分で考え、良いと感じたことは何でも試しにやってみようという精神が自然と根付いているように感じます。

欧州を中心に活躍されているあるデザイナーと交流した際、彼女は「オランダの人々は、主体的に物事を進めることに慣れており、自己プレゼンテーション能力が高い」と話をしていました。そのようなオランダ人の気質を思うと、個人事業主が多いことにも納得がいきます。加えて、オランダに個人事業主が多い理由のひとつに、起業における経済的なハードルの低さも挙げられると思います。申請にあたり、膨大な量の書類を書かなくてはいけないそうですが、国から支援が出ることもあるそうです。

ホームセンター

オランダでは、毎年1月1日に新法律が施行され、新しい法律に改定されます。「こうしたらより生活が豊かになるのでは」とそれぞれが声を挙げ、良いと思うことは積極的に取り入れる組織の姿勢がごく自然で、何でもルールはカッチリと決め過ぎていないように感じます。このような点から、新しいアイディアにとても柔軟な国であると思います。(法律に関しては「ころころ変わるので、安定せず、良くない」という意見も聞きますが…)

この組織の柔軟性とエネルギッシュで主体的な人々の気質が、スマートな生活と多様化する働き方の発展につながっているような、そんな気がします。

2018年7月4日更新

テキスト:細谷らら
写真:Hair Studio Picnic、若原小百合、細谷らら