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大ヒット商品「黒霧島」の生みの親に聞く「ワクワクするような」新・研究施設

焼酎好きの方なら、「クロキリ」の名を知る人も多いのではないでしょうか。宮崎県都城市の本格焼酎メーカー・霧島酒造が造る芋焼酎「黒霧島」は、今に続く焼酎ブームの火付け役とも言える代表銘柄。熱心なファンも多く、2017年に発表された焼酎メーカー売上ランキングにおいて、霧島酒造は5年連続1位を記録しています。その「黒霧島」開発を率いたのが、霧島酒造の代表取締役専務、江夏拓三さん。1998年の発売当時、常識を覆すようなアイデアで見事、黒霧島を大ヒットさせました。 

そんな霧島酒造が新たに建築したのが、研究開発施設「霧島バイオテクノラボ」です。そこには、新たなアイデアを生み出し、研究開発に邁進できるヒントが潜んでいました。前編では、霧島酒造の躍進を辿りながら、霧島バイオテクノラボの狙いや働き方などについて、江夏さんに話を伺います。

ー江夏拓三(えなつ・たくぞう)霧島酒造株式会社 代表取締役専務
1949年宮崎県都城市生まれ。早稲田大学商学部卒業後、1977年霧島酒造入社。1996年、霧島酒造二代目の江夏順吉氏死去に伴い、兄の順行氏が三代目社長に、拓三氏が専務取締役に就任。1998年に本格芋焼酎「黒霧島」を開発し、ヒット商品に育てる。2000年から現職。

黒麹仕込みなのに芋臭くない…常識を覆す「黒霧島」の誕生

WORK MILL:霧島酒造さんといえば、「黒霧島」で有名ですね。会社ではずっと焼酎を造りつづけてこられたのでしょうか。

江夏:祖父の吉助が焼酎を造りはじめたのが1916年ですから、もう100年以上になります。主にさつまいもを原料とした芋焼酎を造っているわけですけど、この宮崎、都城という地に芋焼酎が根づいたのも不思議なものですね。弊社では2009年から「KIRISHIMA ROOTS PROJECT」といって、さつまいものルーツをたどる広告企画を展開しているのですが、さつまいもの原産地は中南米だと言われているんです。

学術的には三方向伝播説というのがあって、ヨーロッパからアフリカ、インド、中国のルート、それとメキシコからフィリピンに伝わったルート、そしてペルーからポリネシアの国々を拠点に、パプアニューギニアなどへ伝わっていったルートと、3つのルートがあるんです。どうしてこれほどまで世界をぐるぐる回って日本へたどり着いたのだろうと不思議で、マダカスカルやガラパゴス諸島、アマゾンなどさまざまな国に赴き、現地の農家や農業試験場、大学なんかを訪ねました。現地にはまだ原種に近いさつまいもが残っていて、それを現地の方が普通に食べているんです。

一方で、焼酎醸造のルーツを辿ってみると、これも諸説ありますが、16世紀頃にシャム王国(タイ)から琉球(沖縄)へ蒸留酒がもたらされて、泡盛になったという説があります。泡盛は黒麹菌で仕込むのですが、黒麹を使うとクエン酸が発生して、他の微生物を寄せつけないようなバリアとなる。ですから、暑い沖縄の地でも腐敗することなく、酒を造ることができるのです。いずれにせよ、さつまいもと蒸留酒の製法、それぞれ異なる国や時代から伝わり、この都城に根づいているんです。

WORK MILL:黒霧島は、その黒麹を使って仕込んでいるのですね。

江夏:創業当初は弊社も黒麹を使った芋焼酎を造っていました。祖父が初めて仕込んだのも黒麹の芋焼酎です。ただ、芋焼酎の需要がビールや日本酒など他の酒に押されて下火になる中、「芋臭い」と敬遠されるようになってしまっていた。やがてほとんどの芋焼酎が、あっさりとした味わいとなる白麹で仕込まれるようになったのです。1998年に黒霧島を発売した当時は、麦焼酎やそば焼酎が売上を伸ばしていた。弊社でもそれにならって、麦焼酎を市場へ投入したものの、思うように売上は伸ばせませんでした。そこで、弊社の原点でもある黒麹を使いながらも、最新鋭の設備で仕込むことで、芋臭くなくて軽やかな味わいとなる黒霧島を開発したのです。

当時、酒造メーカーの中ではキレイな女優さんを広告キャラクターに起用して、「〇〇はうまい酒」というような広告を出すことが多かったのですが、私は「焼酎文化は食文化の基にありき」という考えのもと、「食文化とのコラボ」というのがを念頭に置いた広告を打ち出しました。とろりとした甘さと切れ味の良い後口を「トロッとキリッと黒霧島」というコピーで表現して、食事と合わせた飲み方を提案したのです。高級感と重厚感を表すため、黒地に金色の文字を入れたラベルデザインも、はじめは社内からは「葬式みたいだ」と不評だったけれど、「これからは『本物』が求められる時代だ」と、数回の役員会議を経て押し切りました。それが、おかげさまで大ヒットとなり、群雄割拠の焼酎業界にあって、5年連続売上高日本一になることができたのです。

WORK MILL:なぜ、黒霧島というヒット商品を生み出すことができたのでしょうか。

江夏:「何か変化が起こるぞ」というときには、すでにその流れは起こっているわけです。その流れを捉えられる先見性や時代感覚は非常に重要となってきます。
今や、その流れを読むのは国内に限らない。海外にも可能性は広がっています。実際、アジア諸国や北米、ヨーロッパなど、販路は広がってきています。先日立ち寄ったハワイの寿司屋さんでは、お店に置いてあるお酒の7割が弊社のものでした。タイでも海外赴任中の方が和食店に行って、「クロキリないの?」と聞くことも多いようで、仕入れてくれる店が増えているんです。国内の実力が即、海外にもつながるような時代だと感じます。

「研究者である前に、ひとりの人間として」快適な環境を追求

WORK MILL:創業100周年にあたる2016年に「バイオテクノラボ」を建設されたのには、どんな意図があったのでしょうか。

江夏:黒霧島のように、この20年を牽引するような新たな商品を研究開発する拠点を作ろうと考えたのです。商品を生み出すのは、そこで働いている人ですから、その人たちにとって快適に働ける環境でなければいけない。「研究」といっても一人ではなく、さまざまな人と関わりながら働くので、コミュニケーションが取りやすいような環境が重要です。顔を合わせる距離感、明るさ、広さ……圧迫感のないように天井を高くする、といった細かいところまで、配慮しました。
それと同時に、いかに集中できるか、というのも重要です。私たちは研究者である前に、ひとりの人間ですから、「人が居住する空間として快適かどうか」というのを考えました。

WORK MILL:「研究所」というと、一般的に無機質な印象を覚えますが、こちらは光を採り入れていて、清々しい場所だと感じました。働いている皆さんの様子はいかがですか。

江夏:格段に変わりましたね。以前は、フラスコやビーカーが雑然としていて、どんな研究をしているのか一見してわからない。通路も狭い中で、なんとなく「一生懸命研究している」という雰囲気ではあったけど、それではコミュニケーションも取りづらいですよね。やはり、研究所にも「見える化」が必要だと思ったんです。もちろん、場所によってはクローズドな部分も必要なんでしょうけど、「あそこで〇〇さんが酵母の研究をしている」「あの部屋では〇〇と〇〇が会議している」と一見してわかるように見える化するのは、つまりコミュニケーションの一環なんです。今、焼酎を製造している工場でも見える化を推進していこうとしています。「見られている」という意識が働くことで、社員たちも自発的にルールを決めて、常に整理整頓するようになったんです。環境によって人の行動が変わるんだ、ということを実感しています。

WORK MILL:バイオテクノラボを作るにあたって重要視されたのは、どんなことですか。

江夏:日本ではどうしても環境を整えると、「経営側が従業員のご機嫌取りをしている」と見られがちですが、本当に心から、従業員の心身の幸せを願い、深謀遠慮(将来を見据えて綿密に計画)して働きやすい環境を整えることが重要なんです。これまでは多くの企業がコスト削減や合理化ばかりを追求して、同じ椅子や机を使いつづけて、壊れたら買い換えて……「辛抱しなさい」と、それぞれバラバラなものを使わせていた。もちろん、働くうえで、成果が出るまでは辛抱や我慢が必要な局面もありますけど、そういう類いの辛抱って必要なんだろうか、と。快適な環境の中で、みんながシャキッとした気持ちで「働こう」という意欲を生み出すほうが大事なのではないかと思ったんです。

 豊かなアイデアを生み出すため、研究者は「芸術家」であれ

WORK MILL:江夏さんが実現しようとされているのは、まさに「ナチュラル・ビーイング(Natural-being)」な働き方ですね。

江夏:そうですね。さらには、会社に行くという行為が、行楽に出かけるときのようにワクワクする行為になるのが良いのではないかと考えています。「明日から沖縄に行こう」となると、ワクワクするじゃないですか(笑)。どことなく風を感じたり、植物の緑が心地よかったり……オフィスが究極まで快適なら、仕事へ行くこともワクワクするようになるかもしれない。そういった環境になるまで追求したいと思っています。

仕事柄、さまざまなオフィスへお邪魔しますが、日本を代表するような企業でも、あまりに無機質で驚くんです。植物ひとつ置いていなくて、ガラス張りでステンレスのフレームで仕切られていて……セキュリティチェックだけがやたら厳しい。人間らしさとは真逆のあり方ですよね。人本来のあり方を考えれば、緑を見て癒されたり、水の流れに安らぎを覚えたりするような環境を求めるのは自然なことです。

WORK MILL:確かに、無機質な空間で「アイデアを考えろ」というのは難しい話です。感性を豊かに刺激してくれるような体験が必要ですよね。

江夏:研究者は、ある種の芸術家でないといけないと思うんです。普通なら見逃してしまうような些細なことに気づき、まったく関連性のないように見える事柄を結びつけることで、新たな発見や発想につなげるのですから。
この応接室の壁がまさに象徴となっているのですが、ガラス作家や流木作家、漆喰作家などアーティストの方々とのコラボレーションで制作したのです。あちらは霧島連山をイメージした流木アート、これは太陽を模したガラス細工……と、お越しいただいた方との会話のきっかけになれば、また新たなアイデアにつながるかもしれない。

「従業員」というのは、「生業(なりわい)に従事する人」のことですから、役職問わず、勤める人すべてを大切にするという思想があれば、働く環境をよりよいものにしよう、という発想が自然と湧いてくるはず。ただ、「働き方改革」という言葉だけ取り入れて、労働時間の短縮とか、形式的な制度の問題に矮小化してしまう企業が多いかもしれませんが、いかに人を大切にするか、という本質にたちかえれば、やるべきことは見えてくるんです。


前編はここまで。後編では、江夏さんから見た日本企業の課題や、それに対する解決方法、そして市場を変えるほど大きなインパクトをもたらす商品を生み出すために必要なことを伺います。

2018年2月27日更新
取材月:2017年11月

取材協力:科学新聞社
テキスト: 大矢 幸世
写真:綾 順博
イラスト:野中 聡紀