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あらゆる垣根が“知”の泉に溶けて一体となる ― 近畿大学「ACADEMIC THEATER」の全容

建学の精神は「実学教育」と「人格の陶冶」――ここ数年、大胆な広報戦略と設備投資を展開して、急激に入学志願者数を伸ばしている近畿大学。今や「日本で最も学生が行きたい大学」として全国に知られる学び舎に、2017年春、新たな学術拠点「ACADEMIC THEATER(アカデミックシアター)」が開設しました。 

大学界隈だけでなく建築・デザイン業界からも注目を集めているこの施設では、さまざまな垣根が取り払われた斬新な空間づくりが成され、集う人々にポジティブな影響を与えているとのこと。一体どのような場所なのか……WORK MILL取材チームがその実態に迫りました。

前編ではアカデミックシアターの概要を押さえつつ、写真と共に施設内の様子をお伝えします。

「4+1」構造で文理の垣根を越える、近畿大学の新たなシンボル

近畿大学「ACADEMIC THEATER(アカデミックシアター)」は、2017年4月に誕生した新たな施設です。「人間のあらゆる知的好奇心を揺り動かす“知の実験劇場”」「近畿大学の新たなシンボル」「文理の垣根を越えて、社会の諸問題を解決に導くための学術拠点」――さまざまな言葉で形容されるこの施設には、従来の「大学」や「学び」の枠に囚われない仕掛けが、所々に垣間見られます。
アカデミックシアターは、元より大学にあった機能を再編して組み込んだ4つの建物群(1~4号館)と、それらを繋ぐ「+1」(5号館)の空間で構成されています。

マップを見てみると、それぞれが独立した建物のように思えますが、実際に施設の中に入ると、4つの建物群は「+1」の存在によってシームレスに繋がっており、全体として1つの建物のように感じられる作りとなっています。
ここからは便宜上、1号館から5号館にかけて、順を追ってご紹介していきます。

学びの射程が自然と世界に広がる「インターナショナルフィールド」

1号館は「インターナショナルフィールド」。従来の大学でいう「留学センター・語学センター」の機能をメインとして持っているセクションです。
2016年4月に「国際学部」を新たに開設した近畿大学では、全学的にグローバル教育に注力している最中。ここでは、留学に関する資料や相談できる窓口があるだけでなく、外国語関連の蔵書機能も充実しています。
語学学習の教本や「TOEIC」や「TOEFL」など語学試験の対策資料だけでも14,000冊以上。加えて、メジャーな洋画のDVDや日本の人気マンガの外国語版なども豊富に配架されています。

洋書を読む気にはなれないけど、好きなマンガの英語版ならちょっと読んでみたい……外国語の学びの敷居を下げ、学生の向学心をくすぐるような工夫が見られます。館内には映像を視聴できるAVブースや自習室も備え付けられており、「興味」が「学び」になる好機を逃さない導線が引かれています。

アカデミックシアターには、「文理の垣根を越えて~」というキャッチフレーズが付いていますが、ここでは全体として様々な「垣根」が取り払われ、それらがより機能的に再編集されています。この1号館も「図書館」「語学センター」「自習室」といった要素が統合され、「学び」と「実践」が有機的に繋がるような空間になっていました。

社会との多角的アクセスポイント「オープン・キャリアフィールド」

2号館は「オープン・キャリアフィールド」。ここでは、大学にあった4つの既存機能――就職支援の「キャリアセンター」、産学連携を推進する「リエゾンセンター」、卒業生と大学を繋ぐ「校友会」、自治体との連携を司る「社会連携推進センター」が集結し、“大学と社会との繋がり”をワンストップで提供するフィールドとなっています。

たとえば、校友会を訪ねてきた卒業生がキャリアセンターと繋がれば、就活支援の幅が広がるかもしれない。自治体との合同プロジェクトに、リエゾンセンターが絡むことで、新たな“産・学・官”のコラボレーションが生まれるかもしれない。外部との連携機能を再編して「大学と社会が繋がる場所」として1つにまとめたことで、今までにない化学反応が起こりそうな予兆にあふれる空間となっています。

1階にあるのは、350人を収容できる「実学ホール」。学外からゲストを招いた特別講義やイベント、産学連携のプロジェクトの発表会など、さまざまな用途で使用可能です。ここもまた「大学と社会との繋がり」を増幅させる機能の一端を担っており、建物としてのコンセプトの一貫性を強く感じさせられます。

キャリアセンターの執務スペースは、フリーアドレス制になっていました。席は毎日、くじ引きで決まるとのこと。このシステムの導入に合わせて資料の電子化を進め、なんと70%以上の紙を資料を削減したのだとか。その分、空間に余裕が生まれ、学生が入りやすい開放的なスペースに生まれ変わりました。

使いたくなる自学の場「ナレッジフィールド」

3号館は、自習室と講義室を備えた「ナレッジフィールド」です。天井の高い広々とした自習室では、照明にオーガンジー(平織で薄手、軽く透けている生地)を合わせています。これにより、明かりに柔らかさと揺らぎが生まれ、ホッとするような居心地のよさが感じられます。24時間使える自習室や、女性専用の自習室など、バリエーションにも富んでいます。

自習室の使用は予約制で、アカデミックシアターの公式アプリより手続きをします。新幹線や映画館のチケット予約のようなシステムになっていて、直感的に操作しやすい作りになっています。また、この公式アプリ上では、アカデミックシアターで繰り広げられている産学連携プロジェクトの進捗や大学にまつわるニュースが日々配信されている模様。学生が学部横断的に“大学”の様子を伺い知れるプラットフォームとして、効果的に機能しています。

アカデミックシアター全体には、所々に「学びの意欲をくすぐる仕掛け」が施されています。湧き上がった意欲が冷めやらぬ内に駆け込める場所として、近くに使い勝手の良い自習室があることは、学習心を育てる上でとても合理的に感じられました。

憩いと学びが交差する「アメニティフィールド」

4号館は、「アメニティフィールド」と銘打たれた施設。1階には大阪発のサードウェーブコーヒーブランド「ALL DAY COFFEE」、2階にはアメリカのニュース専門放送局・CNNと提携した「CNN Cafe」が入っています。共に国内大学では初出店です。

「CNN Cafe」では、店内に4つモニターが設置され、そこでは常時CNNのニュースが流れています。ここは1号館「インターナショナルフィールド」との境目がほとんど感じられないように接続していて、学生にとって“の憩いの場”と“学びの場”が違和感なく同居しています。

モニターの1つの前には大きな正方形のソファが設置されていて、そこには寝そべる学生の姿が。
館内を案内してくださった職員さんに聞くと「寝てもOK」とのこと。「冬になると、ソファで冬眠している小動物のように丸まっている学生がよく見かけられ、可愛らしいなあと思いつつ眺めています」と、何とも懐の深い回答をいただきました。

すべてを“知”で繋げる「BIBLIOTHEATER」

そして、これら4つのフィールドを繋ぐ「+1」として中央に位置するのが、5号館にある「BIBLIOTHEATER(ビブリオシアター)」です。約150万冊の蔵書を誇る中央図書館のサテライト的な役割を持っており、そのうちの約7万冊の書籍が配架されています。
注目するべきは、その分類方法です。編集工学研究所所長・松岡正剛氏をスーパーバイザーに招き、従来の図書整理の指標である「日本十進分類法」をドラスティックに再編集した「近大INDEX」が採用されています。

「近大INDEX」は、2つの分類体系に分けられています。1階は「NOAH33(ノア33)」。NOAHは“New Order of Academic Home”の略で、文理を融合させた33のテーマによって構成されます。テーマはそれぞれ近畿大学のシラバスに則っており、「02 光と物質のドラマ」「22 数は雄弁である」「23 言葉と文学の方舟」などと質感あるキャッチーなフレーズを用いながらも、大学での学びと根底で結びつくように設計されています。

内容はもちろん、見せ方のこだわりもひとしおです。本を浮かび上がらせるような照明、違い棚や引き棚を活用したディスプレイなど、見た目のスマートさと利便性を兼ね揃えた意匠が随所に施されています。

2階の分類体系は「DONDEN(ドンデン)」。こちらは32にテーマ分けされた約22,000冊のマンガと共に、関連する文庫や新書、グッズなどが置かれています。エンターテイメントとして関心を持ちやすいマンガから、共鳴するテーマ性を持った文庫・新書へと読書体験を誘発させ、“知のどんでん返し”を起こすことを狙いとしています。

時代を超えて読み継がれている名作から最新のコミックスまで、蔵書の幅広さは大型の書店にも引けを取りません。加えてこちらも「04 マンマシーンと変なエンジニア」「16 革命ごっこと戦争モード」「21 モザイク模様の愛」「27 どついたるねん」など、想像力を掻き立てられるワーディングでテーマが設定されています。

本棚には黒板になっている部分があり、そこにはマンガの登場人物のイラストや名言などがあしらわれていました。これらは有志の学生ボランティアが、実際に作品を読んだ上で印象に残ったシーンやセリフを書き出しているそうです。アカデミックシアターには、こうした“余白”とも呼ぶべき自由度の高い空間や機能が点在しており、それらは学生たちの自主的かつ自由な働きかけによって、どんどん拡張しています。

学生ボランティアが印象に残ったシーンとセリフを書き出した黒板

産学官との連携、実学教育を加速させる「ACT」

ビブリオシアター内には2分類の蔵書スペース以外にもう一つ、重要な役割を持った空間を内包しています。それは、プロジェクトルーム「ACT(アクト)」です。書架の合間を縫うように点在する42室の部屋は、学部の垣根を越えた教員・学生主体の統合型教育や、産学連携プロジェクトの実践の場として活用されています。

現在「ACT」を拠点とした企業・地域・大学の合同プロジェクトは数にして30ほど。衛星を利用してマグロの行動を追尾し生態解明を試みる「宇宙衛星・近大マグロ(宇宙マグロ)」や、UHA味覚糖株式会社とコラボして『キス力をUPさせる夢のキャンディ』の開発を目指す「KISS LABO」、行政と共に東大阪の都市ブランドデザインを創造していく「近大デザインラボ」など、多種多様な企画が進行中です。

ー取材時に遭遇した「宇宙マグロ」の活動風景

「ACT」は部屋ごとに少し作りが異なっていて、天井までの仕切りがある部屋とない部屋があり、用途に合わせて使い分けが可能です。たとえば、天井まで仕切りのない部屋は、声が外に聞こえることで中に入りやすくなるので、オープンなワークショップに適しています。
共通しているのは、すべての部屋がガラス張りであること。産学官が連携したプロジェクトにて、社会人たちと肩を並べ、生き生きと活動する学生たちが可視化されることで、ここを訪れる学生たちにとって大きな刺激となります。

2階にある天井まで仕切りのないプロジェクトルーム
図書館ボランティア主催のしおりを作るワークショップ

時に迷路のように思える空間も、予定調和の外にある蠱惑的な“学び”との出合いの誘いとして、緻密に計算されているように感じられました。それでいて作り手のコンセプトの押しつけ感は一切なく、ただただ学生にとって、使い勝手のいい自習室であり、オシャレなカフェであり、少し暇ができたら立ち寄りたくなるような気持ちのいい空間として、彼らのスクールライフに寄り添っています。

「人間のあらゆる知的好奇心を揺り動かす“知の実験劇場”」「文理の垣根を越えて、社会の諸問題を解決に導くための学術拠点」という言葉を耳にしただけでは理解しにくいかもしれませんが、実際に足を踏み入れてみると、それらのコンセプトが見事に空間に落とし込まれている様が、肌感にも伝わってきました。アカデミックシアターは“多様性を有機的に包括する空間”として、大学だけでなく企業の空間づくりにおいても参考になる事例と言えるのではないでしょうか。


前編はここまで。後編では関係者へのヒアリングを繋ぎながら、アカデミックシアターの空間づくり――コンセプトを具象に落とし込んでいく過程をひも解きます。

 2018年1月23日更新
取材月:2017年12月

 

テキスト: 西山 武志
写真:大坪 侑史
※一部写真(オープンキャリアフィールド、CNN Cafe)近畿大学提供
イラスト:野中 聡紀