「横浜スポーツタウン構想」が目指す景色は、スポーツのシリコンバレー
新たなビジネスの萌芽や革新的なアイデアを生む仕組みとして注目されている「オープンイノベーション」。WORK MILLではさまざまな共創空間を取材し、先行事例を紹介しています。
今回新たに取材したのは、横浜DeNAベイスターズが運営する多機能施設「THE BAYS(ザ・ベイス)」です。球団経営を担う会社が、街に開かれたコワーキングスペースやカフェ、スポーツスタジオなどを運営する背景には、一体どんな意図があるのでしょうか。執行役員 経営企画本部 本部長であり、「THE BAYS」の立ち上げに携わった木村洋太さんに、詳しくお話を伺いました。
後編では「THE BAYS」を足がかりにした街づくりのビジョンを中心に、これから見すえる展望について掘り下げていきます。
「THE BAYS」が担うのは、街の「景色づくり」
WORK MILL:「THE BAYS」の特異点は、「球団が行政と協力して作った共創空間」だという事実にあると感じています。空間づくりにおいて、球団づくりのノウハウが生きた要素などはありますか?
木村:ハードの面で言うと……正直、そんなに生かせたノウハウはないですね(笑)。けれども、ソフト面でこれからの展開を考える上では、役に立っていると感じています。
—木村洋太(きむら・ようた)株式会社横浜DeNAベイスターズ 執行役員 経営企画本部 本部長。
米系戦略コンサルティングファームでの勤務を経験した後、2012年に株式会社横浜DeNAベイスターズに入社。横浜スタジアムの球場改修計画『コミュニティボールパーク』化構想の策定などに従事。事業本部チケット営業部部長、経営・IT戦略部部長を経て、2017年11月より現職。「横浜スポーツタウン構想」や「THE BAYS」などの新規事業開発を担当している。
WORK MILL:そのあたり、ぜひ具体的にお聞かせください。
木村:ある側面で言うと、我々が球場でやっていることは「景色づくり」だと捉えています。「みんなでジェット風船を飛ばそう」「試合後に花火を上げそう」などの仕掛けの背景には、「こういう雰囲気を作ったら、お客様の目の前にはこんな光景が広がって、きっと笑顔になるだろうな」という風景としてのイメージがあるんです。
WORK MILL:それが「景色づくり」だと。
木村:そうですね。「THE BAYS」でも、ここだけを見て空間をデザインしているのではなく、「THE BAYS」からどんな賑わいが広がっていくかをイメージして、空間づくりに反映させていく、という考え方をしています。
「1階をおしゃれなカフェとグッズショップにしたら、そこから野球に興味を持ってくれるかもしれない」「ここを起点にランニングや運動をする人が増えたら、街が活気づくだろう」――こうした“景色”から想起したイメージは、実際に「THE BAYS」に落とし込むことができました。
WORK MILL:お話を聞いていると、この施設が「横浜スポーツタウン構想」の足がかりであることがよく実感できます。最終的に目指す「街の景色」があって、そこに向けて「THE BAYS」をどう活用するか、と考えられているのですね。
木村:横浜の街、そして「THE BAYS」が位置する日本大通りは、元より素敵な雰囲気を持っています。また、すぐそばにある球場と公園にも、我々やベイスターズファンが作ってきた雰囲気がある。これらをうまく結びつけ、地域と球団、横浜とスポーツを調和させた景色を作ることが、私たちの目標です。
街と球場の接続には「見える化」が必要
ー窓からはすぐ横浜公園が見える
WORK MILL:ふと思ったのですが……今まで、横浜の街と“ベイスターズ”という球団は、そこまで接続していなかったのでしょうか?
木村:実は、そうなんです。以前「横浜という街のイメージ調査」を行なったことがあって。そこで挙がるイメージの大半は「港町、おしゃれ、国際的」といったワードでした。一方、ベイスターズにそういったワードのイメージがあるか、という質問も設けたのですが、ほとんどの方が「そうでもない」という回答で。
この調査の結果を受け、現在は球団として「横浜っぽさ」を意識し、街に寄り添った取り組みをしていこうと動いています。
WORK MILL:「THE BAYS」はまさに、街との接続を模索する急先鋒といったところですね。
木村:ここと連動する形で、球場の活用も積極的に模索していきたいなと。存在感がある分、シーズン外の閑散とした時期には、要塞のように閉ざされた印象を与えてしまうなと感じていて。試合をやっていない時でも、もっとワクワクする場所になってほしいんですよね。そう思って最近では、日中の練習中は公園側からグラウンド内が見えるようにしたりと、なるべく中と外の境目をなくしていく施策を試しています。
WORK MILL:公園の中にあることを考えると、街の人たちにとって、球場はかなり身近な存在として認識されているように思います。
木村:そのメリットを、現状では生かしきれていないのが悔やまれます(笑)。アメリカのサンディエゴにペトコ・パークという球場があるのですが、ここも公園の中に作られているんです。
ペトコ・パークは、街と球場の接続を意識した空間づくりが随所に見られます。球場の後方には小高い丘があって、そこからはピクニックがてら試合を覗き見ることができたり。球場近くには、子どもがバッティングできるスペースがあったり。
WORK MILL:まさに「ボールパーク」として、いつでも楽しめるつくりになっているのですね。
木村:横浜スタジアムも、2017年11月より大規模な改修を予定しています。このタイミングで「もっと自然に街と交われるような要素を入れられないか」と、社内でもじっくり検討しています。
従来の発想では「外からタダで見えてしまうのはダメだ」という見解が根強かったと思います。しかし、広島のマツダスタジアムなどを筆頭に、後発のスタジアムは街との接続の意識から「見える化」が進んでいる。時代の移り変わりによって、街の景色も、人の生活も変わります。それに合わせて、球場の在り方も模索していかなければいけません。
WORK MILL:球場を空間的に開いて、その熱を外に滲み出させることで、街の景色も変わっていくような気がします。
木村:その熱源として、横浜スタジアムや「THE BAYS」がうまく機能するように、これから調整を繰り返していきたいですね。広い面を生かしたイベントは、いろいろと仕掛けていきたいと考えています。
横浜を「スポーツ×〇〇」が集まる街に
ーTHE BAYSの2FCREATIVE SPORTS LAB内にも野球グッズが設置されている
WORK MILL:今後「THE BAYS」を拠点として、横浜をどのような街にしていきたいと考えていますか? 「横浜スポーツタウン構想」が最終的に目指す「街の景色」は、どんな光景なのでしょうか?
木村:横浜駅からみなとみらい側を通って、中華街のあたりまでは「おしゃれ・アート」な雰囲気で人が集まる景色が広がっています。一方で関内から海側につながるこちら側のエリアは、みなとみらい方面と比較すると、少しダウントレンドな印象があります。
そこで、私たちは「THE BAYS」を拠点として、関内側のエリアを「スポーツ」で盛り上げていきたい。こちら側では今後、横浜文化体育館が再整備されて、大規模なメインアリーナとサブアリーナが建設されます。エリアとしてスポーツの文脈が色濃くなっていく中で、「横浜はスポーツで盛り上がっている街でもあるんだ」という空気を牽引する存在になれればと思っています。
そして、最終的には「横浜はスポーツで盛り上がっている街なんだ」と、住民が誇りを持って言えるような景色を作りたいですね。
WORK MILL:一方ではアート的な賑わいがあり、他方ではスポーツ的な賑わいがある……という状態が生まれると、それらが混ざり合うことで、また新たなクリエイティブの余地が出てきそうです。
木村:私たちはそんな街の中で「スポーツ×〇〇」の受け皿になっていきたい。そのための「THE BAYS」です。スポーツには産業としてもっと盛り上がる可能性が、まだまだ広大に残されています。それは、スポーツ業界の外でのビジネス経験を持っている社員が多い私たちが、今なお肌で感じているところです。
「スポーツ」という言葉を意識しすぎると視野が狭くなりがちですが、私たちが持っている球場は「集客力のあるエンターテイメント・スポット」であり、ビジネス的なライバルは横浜中華街やディズニーランドなんですよね。そういうものだと捉えると、アパレルや飲食、アプリを開発しているようなインターネット関連の企業に留まらず、どんな業種の企業さんとでも協業できる余地があると思っています。
WORK MILL:なるほど。
木村:これもひとつの目指す景色ですが、弊社の社長の岡村とはよく「THE BAYSを中心にして、この一帯を『スポーツのシリコンバレー』にしたい」と話しているんですよ。
WORK MILL:「スポーツのシリコンバレー」……とても具体的でキャッチーな情景です。
木村:球場のすぐ近くに横浜市庁舎がありますが、2020年に新庁舎への移転が決まっています。数千単位のビジネスパーソンがいなくなることで、ここ、関内エリアが、空きオフィスだらけになる可能性があるんです。そのタイミングまでに「THE BAYSのあたりがスポーツ絡みのスタートアップで盛り上がっている」という雰囲気を作れたら、スポーツに興味のある会社さんがドッと集まる……なんて未来が、あり得るかもしれません。
WORK MILL:それは楽しみですね。
木村:ともあれ「THE BAYS」はできたばかりで、まだまだ発展途上です。今後もさまざまな人や企業を巻き込んで、一緒に空間づくり・街づくりができたらと思っています。
編集部コメント
都内から関内の駅を降りて、横浜スタジアム・横浜公園を通り抜けて「THE BAYS」へ。取材時は折しもクライマックスシリーズでセ・リーグの代表を決める真っ只中で、ホームゲームを迎える設営を各所でしている時期でした。レンガ造りの「THE BAYS」に足を踏み入れるまでの一連の風景そのものが、この街ならではの景色だと感じました。個人の働き方は今後一層生き方の一部として捉えられ、生活のシーンと共に議論が深まっていくことは必至です。オフィス自体が居住性に配慮されているかはもちろんのこと、働き方は街の光景の一部になっていくことは自然の流れではないかと考えます。どの町に住み、どのような生活を送るのか。働き方と同様に暮らし方や居住する都市の選択についても、一層主体的な選択を求められることになるのでしょう。「THE BAYS」はおそらく国内外のさまざまな都市のモデルになるのではないでしょうか。(遅野井)
2017年11月28日更新
取材月:2017年10月