ロフトワークがデザインするコラボレーションとワークスタイル
「オープンコラボレーション」を志向し、Webコンテンツや空間、コミュニティなどさまざまな領域をデザインするクリエイティブエージェンシー・ロフトワーク。クリエイターのポートフォリオが集積するプラットフォーム「Loftwork.com」に始まり、Fabスペースを備えたカフェ「FabCafe」やクリエイティブラウンジ「MTRL」など、オンラインとリアルをシームレスにつなげ、さまざまなコミュニティを生み出しています。
前編ではロフトワークのオープンさと透明性が生み出す多様なコミュニティとイノベーションについて、その背景にある価値観や方法論について代表取締役社長の諏訪光洋さんに伺いました。後編では、他企業とのプロジェクト事例から見える日本企業の課題とその解決方法、新たな価値を生むために必要な要素やアクションなどを考えていきます。
ビジョンを描き、デザイン思考で戦略を立てる共同経営者の役割分担
WORK MILL:ところで、諏訪さんと共同経営者の林千晶さんとは、何か役割分担のようなものはあるのでしょうか。
—諏訪光洋(すわ・みつひろ)ロフトワーク代表取締役社長。
1971年米国サンディエゴ生まれ。慶応大学総合政策学部(SFC)卒業後、InterFM立ち上げに参画。クリエイティブ業務を経た後、同局初のクリエイティブディレクターに就任。1997年渡米。School of Visual Arts Digital Arts専攻を経て、ニューヨークでデザイナーとして活動。2000年に共同創業者の林千晶代表取締役とともにロフトワークを起業。
諏訪:林は花王のマーケティング部門にいて、それからボストンでジャーナリズムを学んでいましたから、もともとは林がビジネスサイドやマネジメントを担当していたんです。僕はデザイナーとして、クリエイティブ周りを担当して、クオリティチェックなんかもしていた。けれども2007年くらいから、何がきっかけだったというわけではないけど、いつの間にか役割が逆転してきたんです。
たとえば、「飛騨の森でクマは踊る」は、林業コンサルティングを手がけるトビムシと飛騨市と共同で2015年に設立した会社ですが、トビムシの竹本(吉輝 代表)さんから声をかけられたことがきっかけでした。林が実際に現地へ行って、飛騨の自然とポテンシャルに惹かれて「やる」と決めたわけですけど、ビジネスモデルは決まってなかったんですよ。いろいろと検討すべきことを考える前に、まず林の勢いが先にあった。彼女が飛騨市やトビムシと会社を設立するかたわら、僕がビジネスモデルと仕組みを考えることになったわけです。
着目したのが、建築家のコミュニティ。意外なことに建築家は素材としての木との接点が少なかった。フローリングなどプロダクト化されているものは使えるけど、さまざまな樹種が存在する木材そのものは怖くて設計に取り込みづらい。天然の素材ですから反ったり強度問題など木の特性に合わせた設計が必要になります。一方で世界的には木の建築が見直されています。その中で、もっと木と向き合い、学べる場所を作って、そこに建築家が集まる場所をつくることで木材も流通するのではないかと仮説をたてました。結果、初年度で3000万円分の木材が流通しましたから、滑り出しとしては上々じゃないかと。それだけじゃなくて、メーカーショールームのディスプレイ用に「葉っぱを2トン分用意できないか」という相談などいろいろな「森の価値」を建築家やクリエイターが見つけてくれるのです。飛騨に建築家のコミュニティを作ったことで、森と木材の新たな価値のフローが生まれたのではないかと思います。
WORK MILL:つまり、林さんがビジョンを描いて、諏訪さんが戦略を立てる、という役割分担ができているんですね。一般的なイメージとして、クリエイターは感覚的に物事を考えていくような気がしますが、もともとデザイナーだった諏訪さんにそれは当てはまらなかったのでしょうか。
諏訪:僕の頭の中では、やっていることは変わっていません。役割は変わっても、思考の構造はあまり変わっていない。世界的な潮流として、デザイン思考が注目されているというのもありますが、「どう仕組み化するか」を考えるのが、僕にとってのクリエイティブです。ビジネスや価値の構造を考え、オープン性やコミュニティと繋げながら健全性とフローをどうつくるか、というのを考えることに僕自身のデザイン性が活かされていく。一方で林が担うクリエイティブのベースは知的好奇心と人への興味。外へ出かけてたくさんの人と出会い、人と人とをつなぎ合わせていく。その人から生まれるクリエイティブを、どうプロジェクトに織り込んでいくかという力がすごく強い。
WORK MILL:確かにデザイン思考は、企業の課題が多様化し、さまざまな要素が複雑に絡み合うことが多い今だからこそ、解決への道筋を立てるのに重要な考え方です。そこで、チームのビジョンを明確にすることも必要ですね。
諏訪:最近公開したパナソニックとの共同プロジェクト「100BANCH」も、もともとのオーダーは、「プロダクトを生産する人は社内にいるけど、考える人をもっと増やしたい。起業家精神を持っている若者、新しいアイデアを考えられる人が集まる仕組みをつくりたい」という課題があっただった。そこで、渋谷駅近くの3階建てのビルにプロトタイピングやさまざまな研究ができるスペースを作ることにしました。1階にはカフェ・カンパニーさんと組んで、食の研究もできるカフェを置いて。その中で最初に林が掲げたのが「毎月プロジェクトの公募と審査会をやる」っていうずいぶんとタフな仕組みだったんですよね。「いや、それは回せないからやめたほうがいいって!」と止めはするんだけど、「いや、大丈夫」って言われて(笑)結局それは実現され、審査を通過したチームは3カ月間100BANCHに入居できるという仕組みになり、「100のプロジェクトが実践され、次の100年をつくる」というコンセプトになった。
林は「アクセラレーションプログラムを作ろう」と思って作っているわけではないんです。でも、結果としてそれが企業にとって新しい事業を生むあるいは引き込むアクセラレーションプログラムになっている。人を中心につくることで大きな力を生む仕組みが出来ています。先ほどお話しした「YouFab Global Creative Awards」では前回特別賞としてYAMAHA賞が設けられ、その後、受賞者とヤマハ社が共同で発案した作品を制作する取り組みが進んでいます。そうやって「世界中をハックしながら、最適なチームと新しいモノやサービスをつくり、企業とともに取り組んだ結果、新規事業が成り立っていく」という仕組みが作れるようになってきた。その中で僕の役割としては、それぞれの事例を分解して整理立てて、僕らの方法論を考えながら、健全な外部性をどう保っていくのか、ということなのかなと思います。
知的好奇心がパフォーマンスを上げるカギ
WORK MILL:ロフトワークにとって、外部性や透明性というものの重要性を感じるのですが、どのようにそれを高めているのでしょうか。
諏訪:社員に副業を認めているのも一つかもしれません。よく「会社の事業に関係しない領域であれば副業可」という企業もあるけど、僕らはそれすらも自由。デメリットってそんなにないと思うんです。もちろん、失敗したケースがないわけではないし、両立できずに辞めてしまった人もいるけど。うちの社員に劇作家をしながら働いている人がいて、演劇のシーズンに入ると、いなくなっちゃうんですよね(笑)。「あれ、最近見ないな。あ、公演中か」みたいなことが起こる。けれど、彼女の持っている特異な能力を大きなスペックとしてみんなが認めています。いろんなことを掛け持ちして多忙な人でも、社内の仕事に専念している人でも「その人が会社でパフォーマンスとして何を生み出しているのか」というのをちゃんと俎上に載せて、できる限り透明性を保つ。そうすれば不公平感は生まれないと考えています。
そこに「これはやっていけない」「これを守っていますか」みたいなチェックリストというか、性悪説的なものを加えはじめると、逆に透明性は失われてしまう。チェックリストに囚われているうちに、本来、見なくてはいけない部分……その人のパフォーマンスであり、「どんな楽しいことをしているのか」というのを見失ってしまう。僕らがサービスを提供しているのはクリエイティブの領域なので、プレイヤーの知的好奇心を押し込めては力が生まれません。たとえば子育てと両立することとあまり変わらないと思うんですよね。
WORK MILL:確かに。「子育てを制約する」みたいな企業があれば、それは問題ですよね。クリエイティブな企業にとって、知的好奇心が重要だというのもうなずけます。
諏訪:僕らの業務はプロジェクトがほとんどなのでルーティーンの仕事が極端に少ない。だから、トランザクションを最大化しようとした時、新しいことにチャレンジできなくなると、プレーヤーのパフォーマンスが下がるんですよ。業界によっては、ルーティーンを重ねることで熟練性が生まれたり、生産性があがることも多いかもしれません。ただ、我々のような業態にとってはプレーヤーのモチベーションが上がって、新しいことに取り組む好奇心を失わないこと、学びつづけることが生産性を高める上で重要です。短絡的には利益が下がったとしても、それが合理的な判断なのです。
WORK MILL:ロフトワークには採用基準のようなものはあるのでしょうか。
諏訪:素直かつ好奇心が強いまま育った人。僕らは外部のクリエイターや建築家、あるいは有識者とチームをつくりいろいろな課題解決をしたり制作物をつくります。クライアントは医療機関もあれば製造、流通、金融やファッション、農業までさまざまです。できるだけ早くその業界の環境を学び、課題を理解する必要がある。また外部のクリエイターやクライアントだけではなくさまざまなステークホルダーと信頼関係を上下関係なくつくれないとプロジェクトは成功しません。
例えばプロジェクトチームに20代でキレッキレのデザイナーもいたり、同時に50代の経験豊富な研究者もいる。そこで「この目標に向かって、みんなでがんばっていきましょう」と照れずにきちんと言うことが求められます。また、情報量も圧倒的に多くなるので、情報処理能力も必要になってくる。それ自体がプロジェクトの推進力になりますから。さばいてもさばいても情報が入ってくる中で、それでもがんばろうと思うにはやはり、「クリエイティブが好き」という思いも重要です。
実践することが硬直した組織を変えるきっかけになる
WORK MILL:「同じものを作りつづけて売りつづける」会社はどんどん少なくなってきているわけですから、もはやクリエイティブな企業か業界か、というのは関係ないかもしれませんね。
諏訪:自分の頭の中で考えても新しい発想が出ないから、他の誰かと話してブレストしてみる、というのは個人単位でもしていること。組織にオープン性を作って、新しい才能を呼び込まなければ、新たなイノベーションは起こりません。多くの企業が実践しつつありますよね。オープンイノベーションスペースを作って、イベントを開いて……という。でも「場は作ったけどうまくいかない」という企業があるのも仕方ない。硬直している筋肉はなかなか動きませんからね。そこをロフトワークのように「おりゃー!」ってスパルタにリハビリしてあげる必要がある(笑)
WORK MILL:まだ、実践しようとしている企業は芽がありますよね。一方で、いわゆる画一的な日本企業で、官僚型の組織体系を保っているところも多い。そういった企業は、今後どうすればいいのでしょうか。
諏訪:反復しつづけて、生産性を極限まで高めている人たちからすると、「なんでそんな無駄なことしなくちゃいけないの」っていうことですよね。新しいことを始めると、少なからず一時生産性は落ちますから。けれども要はそれをきちんと経営陣がデザインするべきということなんですよね。どれくらいの分量で新しいことを取り入れて、どのセクションやどんな人がそれに取り組むのか戦術を立てる。「社員全員が新しいことをやらなきゃいけない」ということではないと思うんです。でも端から見ても、日本型の企業体を頑なに保っていたところがどうなったかは、火を見るよりも明らかですよね。
WORK MILL:「変わらなければ」という危機感を切実に持って、競争相手や打ち込まないといけない領域を明確にできている企業は、しっかり現実と向き合えているのかもしれません。
諏訪:日本企業というか日本人は本当に真面目だから、まだ「イノベーション」とか「デザイン思考」とかピンときていなくても、とりあえずフレームワークとして取り入れて、実践してみると、意外と上向いていくような気がするんですよね。ストレッチしているうちに、「おぉ、いい感じになってきたな」と。企業も風通しが良くなってきている。「地道な改革」みたいなものは得意ですよね。そういう小さなところから始めることでも、結果的に大きな変革につながるのではないのでしょうか。
WORK MILL:企業の中で、新しいことを始めたいと考えていても、なかなか踏み出せない人もいると思います。彼らにメッセージをいただけますか。
諏訪:仕事柄、経営陣や決定権者に会うことも多いのですが、机上の空論やでっち上げた数字は、まず通らないですよね。たとえば、「農家にはおそらくこういうITサービスが必要だ」とデータを積み上げて企画を出しても、なかなか通らない。「実際に農家に行って、話を聞いて、こんな課題があるからこんなサービスを立ち上げたい」という定性的なデータや現地の声は意外に評価されます。「うちの経営陣はわかってくれない」とボヤく若手社員もいるかもしれないけど、実は経営陣は定量的なデータを参考にしながらも、その人がまず何かを実践しているのか、本当に覚悟があるのか、というのをちゃんと見ている。新しいことを始めている人は、だいたいまず先に行動しているんですよね。頭の中で考えて、パワーポイント作って……とかじゃなく、現地に行って当事者の話を聞いていたり、ダーティプロトタイプでもなんでもいいから作ってみたりして、どんな形でもいいから発表して「こんなポテンシャルがあるんです」と表明している。
幸いなことに、今っていくらでもそういうことができる時代なんですよね。できないのはもしかしたら仲間が足りないのかもしれません。仲間をつくるには情熱が必要です。情熱を持ち仲間を集めはじめる。なんか昔っぽいですが、ゼロから1をつくる一番最初はきっと変わってないのです。一方でブログやFacebook、あるいはリーンスタートアップの手法やオープンソースのツールなど1から10の加速は昔よりもずっと楽な時代です。そしてその先に大切な力は組織の外、自分の知っている知見の外にある。それをどう手元に手繰り寄せるか。その先、社内でも社外でも参加する人が増えるムーブメントをつくれれば、勝負は勝てていると思います。
編集部コメント
個人のパフォーマンスを中心に組織のワークスタイルやルールを考える。働き方が多様化する中で、組織としての働き方や制度構築が複雑化している現代において非常にシンプルに考えていたことに驚きました。それは、彼らのパフォーマンスの源泉である知的好奇心を尊重することである。クリエイティブというKPI(価値)に重要な知的好奇心を養うためであり、前編でも語られていた「オープンさと透明性」を高める仕組みにもつながる。多くの企業が制約や規制する方向性の中で、このような発想は働き方改革におけるひとつの示唆になるとも思いました。前後編を通してロフトワークという組織の強さの根源を知ることが出来た取材でした。(山田)
2017年8月29日更新
取材月:2017年6月