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お菓子のスタートアップ「BAKE Inc.」の流儀 ― ミッションステートメントを実現するためのwhyとワクワク

WORK MILL編集長の遅野井が、気になるテーマについて有識者らと議論を交わす企画『CROSS TALK』。今回は、焼きたてチーズタルトなどで知られる「お菓子のスタートアップ」株式会社BAKE Inc.(以下BAKE)国内事業本部商品開発部の阿座上陽平さんを迎えました。

  阿座上さんの部署名はもともと「未来創造部」という部署名で、「未来企画室」に所属する遅野井という、肩書きも似通うふたり。2016年11月に開催された「Tokyo Work Design Week(TWDW)」 において、それぞれ異なるプログラムに登壇し、「これからの働き方」についてトークセッションを繰り広げました。そこで共通の課題意識として挙がったのが「主体性」。今回はそのテーマを改めて深掘りしていきます。前編ではまず、阿座上さんがBAKEで取り組む仕事や、新ブランド立ち上げに見る「主体性」について伺います。

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遅野井:昨年のTWDW以来になりますかね。

ー阿座上陽平(あざかみ・ようへい)株式会社BAKE 国内事業本部 商品開発部
出版社、広告代理店、デジタルエージェンシー、商品企画会社を経て、2014年より株式会社BAKEに参画。オンライン事業部統括や店舗ブランドのコミュニケーション責任者を経て、現在は新ブランド企画及び研究開発チーム「OPEN LAB」を運営。WEBマガジン「THE BAKE MAGAZINE」「CAKE.TOKYO」を企画し立ち上げるなど、企業ブランディングも行ってきた。

阿座上:そうですね。僕が登壇するプログラムの前の枠に遅野井さんが登壇されていて。少し時間が経ってしまいましたが、こうやってお話する機会をいただけて嬉しいです。

ー遅野井宏(おそのい・ひろし)WORK MILL編集長
大手製造業での長年にわたる事業企画経験を通じ、日本企業の現場における働き方に強い問題意識を持つ。同社における社内変革経験を経て外資系IT企業に転職し、ワークスタイル変革コンサルタントとしてこの奥深いテーマに挑む。現在は、オフィス環境に軸足を置きながら、組織を超えた人のつながりを探求。Open Innovation Biotope “Sea”の企画立案に携わるほか、社内外様々な場で講演活動や情報発信を行う。

遅野井:あの時は「ひとりひとりの能力と可能性を挽き出す働き方」というテーマで、僕らはディスカッションしていたのですが、「主体性」というのがキーワードに挙がったんですよね。そうしたら、あとの回でも阿座上さんが言及してくださって。

阿座上:僕らは「あたらしい仕事の作り方」というテーマだったので、論点もかなり重なる部分があったんですよね。綺麗なパスをいただいたので、シュートを決めないと、って(笑)

遅野井:ありがとうございます(笑)。今回は、あの時のセッションの延長戦のような感じで、より議論を深められたらと思います。まず、阿座上さんが今、BAKEで取り組んでいる仕事について教えていただけますか。

阿座上:僕が所属しているのは商品開発部というところなのですが、やっていることを端的に言えば、新業態開発と研究開発チームOPEN LABの運営ですね。新業態開発と言っても、僕が何か「思いつきではじめる」というよりは、BAKEの企業戦略としてある程度のロードマップはありつつ、社長(長沼真太郎CEO)の「今、こういうことにチャレンジしてみたい」というアイデアを、形に落とし込んでいくような仕事です。プロジェクトリーダーのような役割でしょうか。
アプローチとしてはマーケティングに近いですね。まず市場リサーチして、この市場だったらこのポジショニング、ターゲットで、ブランディングはこうして……といったように。味に関することは(BAKEのグループ会社である札幌の洋菓子店)「きのとや」の開発チームと協力して、ブランディングやデザインは社内のクリエイティブチームと一緒に考えながら、各所とやりとりして進めていきます。

遅野井:直近で新たに立ち上げた業態は何ですか。

阿座上:バターサンド専門店の「PRESS BUTTER SAND」と生どら焼き専門店の「DOU」ですね。もともと商品開発に関しては社長が多くを手がけていたのですが、今春に出したブランドを作り始めるところから社長とともに動く実行担当として僕が担当することになりました。

今春のブランド開発では、BAKEの成長に合わせて多くのメンバーが集まってくれたので関わる人数も増え、私が総合的に見るというよりも役割分担をしながら作っていきました。例えば「PRESS BUTTER SAND」というブランドでは「HONEST ENGINEERING」というコンセプトを初めに作り、メインで動いてくれるクリエイティブディレクターやアートディレクターとイメージを共有しながら作り上げてい行ったんです。BAKEには7つの行動指針があるのですが、その中に「HONEST」というものがありまして。「真摯に実直にお客様と向き合おう」ということなのですが、お土産菓子も企画ありきではなく美味しさに向き合った商品であることを伝えたいなと思い、そこから持ってきました。「ENGINEERING」は、今回の商品がすごく手間をかけて作っているので、その職人感みたいなものを表現しつつ、出して終わりではなくこれからどんどんよくしていこうという意気込みを表して見ました。

老舗洋菓子店から受け継がれたベンチャーマインド

ー焼きたてチーズタルト「BAKE CHEESE TART」自由が丘店

遅野井:長沼CEOはもともと札幌の洋菓子店、きのとやの創業者のご子息ということもあって、きのとやの歴史や経験を生かしつつ、BAKEとして新たなチャレンジを仕掛けている点が、非常に面白いなと感じていて。BAKEはどういったビジョンのもと、事業に取り組んでいるのでしょうか。

阿座上:BAKEは「crick on cake(クリックオンケーキ)」 「PICTCAKE(ピクトケーキ)」 というECサービスもあることから、「お菓子のスタートアップ」というブランディングで、SLASH ASIA(スラッシュアジア:フィンランド発祥の世界的スタートアップイベントのアジア版)に登壇したり、オウンドメディアを運営したり、普通のお菓子屋さんとは異なる立ち位置でやってきました。ただ、ともするとBAKEって「企画屋さん」だと思われがちなのですが、そうではないんです。

遅野井:企画屋というと少しネガティブなイメージがあるというか、「花火を打ち上げて終わり」みたいな印象を持たれかねませんね。

阿座上:奇をてらいがちというか、商品そのものの価値というより、ブランディングのほうを優先する、みたいな。味は「こんなもんでいいよね」という感じで、製造効率や商品の見せ方ばかりを考えてしまう。けれども、それは僕らがやりたいことではありません。
「お菓子作りのプロ」であるきのとやの歴史や経験をベースに、「お客さまのことを真剣に考える」BAKEがあって、よりお菓子に向き合い、これまで以上の価値を生んで、いいものを世界に広げていく……それが目指す方向性です。ですから今、自社でも工場運営を始めたり、OPEN LABで「そもそもお菓子はどうなっているのか」と研究したり、お菓子にもっと本気に取り組んでいっています。

遅野井:全国各地の企業が企画部門やデザインセンターなど拠点を東京に置くケースが多いんですよね。ただ、果たして本業への環流がうまくいっているのか……企画側が「考えるだけの集団」になっているのではないか、という課題を乗り越える必要があると思います。開発部門と製造部門に、ある種の温度差みたいなものが出てしまうこともあるでしょうし。その点では、きのとやは北海道、BAKEは東京と物理的な距離はありますが、比較的シームレスに開発に取り組めているということなのでしょうか。

阿座上:社長がもともと「きのとやの息子」なのであまり並列に語れないかもしれませんが、信頼関係が強いことは確かだと思います。僕らBAKEは「美味しいお菓子を世界に広げる」というミッションに取り組んでいて、しかもそれを言うだけじゃなくて、きのとやに頼るだけでなく自分たちでお菓子を開発できる体制を作り始め、自力で動けるようにしっかり実行しています。

遅野井:考えるだけではなく、実践しているということですね。

阿座上:そうですね。それに、きのとやの成り立ち自体がそもそもベンチャー的なところがあって。きのとやの会長(長沼昭夫氏)ご本人はパティシエではなく、未経験から洋菓子店をはじめたんですよ。最初はケーキを仕入れて売って、パティシエを雇うようになって自社製造をはじめて、日本初のケーキの宅配もはじめたんです。

遅野井:きのとや自体、もともとベンチャーマインドのある会社だった、と。

阿座上:僕らのバリュー(社是)のひとつに「SPEED 1秒でも早く実行しよう」というのがあって、これはきのとやにもあったものなんですよ。「50%でもいいから、やろう」っていう。「まずやってみることが大事だよね」なんて言いつつ、ときにはちゃんと振り返らなくて、社内で怒られもするんですけど(笑)。机上の空論になって、考えても考えてもやらないことって多いじゃないですか。PDCAというよりは、走りながらでもいいから振り返りつつ、ノウハウにしていければいいかなと思うんです。

新ブランド立ち上げに必要な「Why」と「ワクワク」

遅野井:根本に共有しているものがあるから、シナジーを生み出せているんでしょうね。BAKEで特徴的なのが、1ブランドで1商品を展開するシンプルな店舗戦略。新たなブランドを立ち上げるにあたって、意識しているのはどういった点なのでしょうか。

阿座上:先日TWDWのプログラムで登壇されていた安斎勇樹さん(東京大学大学院情報学環助教)が、主体性に関連するキーワードとして「問い」と「遊び」を挙げていましたが、それにまさに当てはまるんですよ。

遅野井:安斎さんはあのセッションで、主体的になっていれば自然と学びが起こるものであって、その学びを得られる瞬間が「問い」と「学び」に出会ったときだ、とおっしゃっていました。

阿座上:僕らの場合、「なぜ僕らがそれをやるのか」という「Why」を常に問いかけています。僕らの掲げる「お菓子を進化させる」というミッションステートメントと照らし合わせて、「それをやることで、どんなお菓子の進化につながるのか」というのがベースとしてあるんです。ただ、あまりにそれを突き詰めすぎると、硬くなってしまう。そこでポイントになるのが「遊び」の部分。僕らの場合は「ワクワクするか」というところですね。いいブランドって、独特の匂いがあるというか、「ワクワクする」感じがある。僕たち自身が楽しみながら作って、それがお客さまにも伝わるといいなと思っています。

遅野井:OPEN LABの試みなんて、まさにその「遊び」なのかもしれませんね。「OPEN LAB Review」 には「音で味の変わるチョコレート」とか、「分子料理の実践」とか、興味深い記事が並んでいます。

阿座上:そうなんですよ。ワクワクしますよね(笑)。ラボでは大きく3つのことに取り組んでいて、ひとつはお菓子作りに熱や水分などの化学反応がいかに影響しているかを調べること。もうひとつは、五感のうち、味覚以外の感覚がどのように味の認識に影響しているのかを調べること。そしてそれらを実際にやってみて、商品やサービスにつなげることです。
こないだニュースアプリにも取り上げられてうれしかったのが、VRの仕組みを使った「メタクッキー」 。プレーンクッキーの見た目をVRによってチョコクッキーにすると、7割の人が「チョコクッキーの味がする」と認識してしまうんですよ。ゆくゆくはそういうものを体験できる「OPEN LAB FES」を開催して、来てもらう人みんなにワクワクしてもらうのもいいんじゃないか、って思っています。


後編では、主体性を引き出すのに必要な「心の起伏」や「フォロワーシップ」について話が及びます。

2017年7月11日更新
取材月:2017年6月

テキスト: 大矢 幸世
写真:岩本 良介
イラスト:野中 聡紀