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WORK MILL

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なぜ、ヤフーLODGEには人が集まるのか?

WORK MILLでは、ワークスペースを呼び水に会社の「中」へ積極的に人を招き入れ、より広範かつ柔軟に交流を図る「コーポレートコワーキング」に注目しています。 

ヤフー株式会社が運営し、2016年11月1日にグランドオープンしたLODGEは、日本国内での先駆例といえそうです。新本社を構えた1,330平方メートルのスペースには、連日多くの利用者が集うようになり、イベントも頻繁に開催されています。今回はLODGEのプロジェクトを主導した、ヤフーの植田裕司氏と平野彩花氏に、オープン後の成果や社員の変化などをうかがっています。前編に続き、後編ではイベントを通じた発見や、今後の展望を聞きました。

「入館証フリー」の雰囲気がつくる、行きやすさ

WORK MILL:LODGEで驚いたのが、入口に警備員の方はいらっしゃいますが、入館証が不要だったことです。

ー植田裕司(うえだ・ゆうじ)ヤフー株式会社 スタートページ事業本部 開発1部長 兼 オープンイノベーション室 コワーク推進部長
普段はアプリの開発・マネジメントを担っているエンジニアであるが、LODGEの立ち上げに参画、現在は運営にも携わっている。

植田:利用者からすれば「企業内にあるスペース」という時点で入りづらいですよね。しかも、社員にアポを取り、受付で名前を書き……と手順を踏むと、さらに行きづらい。そこを解消するために、ビル側と何度も相談して、社員の執務エリアのセキュリティを確保しつつ、セキュリティレベルを下げられたのは集客にも大きく働いていますね。
ヤフーには約6,000名の社員が働いていますから、社外の方がヤフー社員とミーティングをする機会は多いはずです。そのミーティングをきっかけにLODGEを知ってもらえれば、「入りやすさ」も功を奏して、訪れてくれる人はいるだろうと踏んでいました。

ー平野彩花(ひらの・あやか)ヤフー株式会社 スタートページ事業本部 デザイナー 兼 オープンイノベーション室 コワーク推進部
普段はアプリなどのデザインを担当しているが、植田氏とともにLODGEの立ち上げに参画、現在は運営にも携わっている。

平野:一度でも訪れたことのある場所って、やっぱり行きやすいと思うんです。今はイベントをフックにして、初めてお越しいただく方も多いですね。

WORK MILL:入口に置かれたホワイトボードには、多岐にわたるイベントが開催されていますね。イベントの誘致も行っているのでしょうか?

植田:僕らから積極的にはしていません。むしろ、社内からの発案も多い。LODGEをつくったことによって、「ヤフーの社員がこれほど発信したがっていたんだ」というのがよくわかりました。僕らはその人たちが簡単にイベントを行えるような環境づくりを進めています。それから来訪した方から「ここで何か一緒にやりませんか」とお声がけいただき、呼び込みせずとも企画が集まっているような状況です。

平野:これほどイベントが開かれるのは、私たちも想定外でした。今では毎日のように何かしらのイベントがあります。外部の方に関しても、今までは弊社の業務と関わりがあるものでないとセミナールームが借りられなかったのですが、LODGEについては一般の方でも申請を経てお貸し出しをしています。

快適中毒をふせぎ、「あえてアナログ」にするメリット

WORK MILL:会場を借りるためにはどういったプロセスがありますか?

植田:そこはアナログに、申請書を書いていただいています。WebでPDFを配布したり、申請フォームを作ったりしてもいいのですが、やはり現場を見てイメージを掴んでいただきたいのと、申請書をわざわざ書きに来ることで受付にいる社員とコミュニケーションをとってほしいのです。そこで「この内容ならヤフーの社員をつなぐので、一緒に何かできそうです」といった相談もできる。あえて便利にし過ぎないほうがいいのかな、と思っています。

平野:そうですね。イベントに際して、今は利用料をいただいていないんです。ですから、一度は対面でお会いして、「どういうことを考え、何がしたいのか」をお話したくて。

植田:以前にとあるイベントで、予防医学者の石川善樹さんが「快適中毒」という指摘をなさっていました。それはLODGEのイベント申請ひとつとっても、ぴったりくる言葉だと思っています。世の中がどんどん便利になり、どんどん楽になっていっているけれど、必要なコミュニケーションもどんどん減っているのではないか、と。
僕らも本業のアプリ制作をする中で、ユーザーインサイトも大事にしますが、それ以上に「どう使ってくれるか」を観察していく方法を取ることもあります。むしろ、初めは少し不便にして、ユーザーの使い方を観察した上で、どんどん変えていく。そうすると、初めから便利すぎるものをつくろうとして時間とお金をかけるより無駄が省けることもあります。

平野:それから、申請書を書いていただくのは、セキュリティ面の担保でもあります。Webから申請だけをして、当日にいらっしゃらないようなことがあると困ってしまいますから、当社にまず足を運んでいただいて、シートを受け取りつつ、ヒアリングと面接を兼ねるイメージでしょうか。今のところは、その進め方でスムーズに運営できています。

植田:昨日のイベントでは、テーブルに日本地図をつくって、70人ほどの参加者から「予算は500円ぐらいで構いませんから、お正月の帰省に合わせて、おみやげを買ってきてください」という催しをしたんです。そうしたら、地図の上にいろんな名産が並んで、「これはこの県の名産だったんだ!持ってきたのは誰ですか?」といったコミュニケーションが生まれていました。やっぱり出身地は、みんなの興味や関心を強く引くのでしょう。

WORK MILL:これまでも「部署内」といったクローズドな空間で行われていたはずのおみやげ交換を、オープンな場でやることが面白いですね。

植田:そうなんです。今まではおみやげを買ってきても、「ここに置いておきます」なんて社内メッセージで流して、お知らせするくらいだった。誰に渡しているかは見えない、何だか変な関係だな……と。

WORK MILL:ソーシャルメディアが普及し、インターネットでもリアルな人間がつながれるようになったけれど、「ネットではできないネットワーク」「検索しきれない価値」もあると、今のお話を聞いて感じます。

平野:人間は肉体を持っている以上、物理的距離を超えるものはありません。やはり物理的距離で縮めたほうがいいものもあれば、ネットワークで縮めたほうがいいものもある。「何でもかんでもインターネットで解決はしないよね」という実体験を、あえてインターネット企業であるヤフーが得られるのは面白いのかなと思っています。でも、本当にまだまだ想定していたことはできていません。

植田:何もできてないよね。

平野:全然です。

植田:思い描いていたことを、20パーセントもできていないんじゃない?

LODGEの成功点は「未完成」というコンセプトに集約される

WORK MILL:成し遂げたい残りの80パーセントには、どんなことが含まれますか?

植田:たとえば、「あの人がいるならLODGEを覗いてみようかな」と思えるようなシステムづくりとか……。今はイベントの申請だけでなく入館もアナログな手法をとっていますが、システム化することで(座席後方にあった大型の液晶タッチパネルを指して)ここに来ている人やその人のスキルが表示されて、「話してみたいなぁ」という人がつながっていくようなことを考えています。

平野:そこは私も同じ展望を持っています。現状では来客のほか、毎日100名ぐらいの利用者がいらっしゃいますが、全員とコミュニケーションを取りきれているとはいえません。そこで、今後はものづくり、デザインワーキング、データソリューションといったように、多少は「空間」に色付けをしていくことを考えています。その「空間」を訪れると、同じ分野の人たちに出会いやすくなる仕掛けですね。
来てくださった方々を無駄に帰らせず、より楽しんでもらいながら、お互いにコミュニケーションが取れるような空間にしていきたいです。コミュニケーションの可視化というか、「つながりの可視化」を進めていくようなイメージです。
インテリアや空間設計といったハード面は出来上がってきましたが、ソフト面はまだ10%も……受付のそばにいるPepperも、実はある社員の私物なんです。もっと数を増やして、質問したらすぐに説明や案内をしてくれる……なんて想像をしています。

植田:あとは、本当はもっと社員からもあいさつをしてもらいたいですね。不慣れな社員もいるとは思うのですが、そのあたりは是非して欲しいなと。

WORK MILL:自分からも接点を持っていきましょう、ということですね。

植田:社員から積極的に話しかけられる場所だったら、何かしら「悪いこと」をしようとしている人にとっても嫌じゃないですか。そういった抑止にもなるかなと思いますから。

WORK MILL:なるほど、声かけ運動のようなものですね。最後に(取材中も続々と利用者が増えていく)LODGEは、現状では集客も問題なく、ひとつの成功を見たと感じます。その要因は何だとお考えですか?

平野:コンセプトキーワードのひとつに「Hackable(ハッカブル)」を置いたのが最大の成功点じゃないかと思います。どんどんハックして改善していく、つまり「常に未完成である」という意味合いです。ほんとうに未完成なところがあっても、「これ、コンセプトなんです」って言い切れちゃうところはラッキーでした(笑)。

植田:たしかに「未完成」はすごく大きかった。その時々に合わせてフィットさせていって、とった行動が成功か失敗かも、その都度判断できる。改善の過程として「とりあえずやってみて、だめだったら戻せばいい」というのもカンタンにできる。「未完成」というワードには助けられていますね。

WORK MILL:今後は「LODGE」をどういった場所として発展させたいですか?

植田:「偶然の出会い」に対して、価値があるとわかっている人と、価値にまだ気付けていない人がいると思います。「LODGE」は後者の人を変えていける場所になりたいですね。仕事につながる出会いだけでなく、ふいに生まれたもやもやした気持ちとか、心にぽっと火が灯るような感覚を味わっていただけるだけでも、新しい価値に気づく第一歩になりますから。社内の人も、社外の人も、「LODGE」に来ると何かが起こるというワクワク感をもって足を運んでいただいて、「自分には何かができる。それをどうやって表現するか」を考える企画の場所になれたら嬉しいです。

2017年3月14日更新
取材月:2017年1月

テキスト: 長谷川 賢人
写真:岩本 良介
イラスト:野中 聡紀