ヤフーLODGEに学ぶ、コーポレートコワーキングの可能性
2000年代初頭から使われ始めたといわれる「コワーキング」の概念が、2017年において新たな形態を見せようとしています。その形態とは、WORK MILLが注目する「コーポレートコワーキング」です。会社の「外」にスペースを持ち、仕事やプロジェクトでコラボレーションを模索するのが従来型だとすれば、コーポレートコワーキングはまさにその逆。企業や組織がスペースやコンテンツを呼び水に会社の「中」へ積極的に外部の人を招き入れ、より広範かつ柔軟に交流できるような仕掛けといえます。
今回は、日本国内での先駆例として、2016年11月1日にグランドオープンしたLODGEを訪れました。運営はヤフー株式会社。東京ガーデンテラス紀尾井町に新本社を構えたヤフーが、国内最大級といわれる1,330平方メートルに及ぶコワーキングスペースを設けました。2017年1月現在、いわゆる「ドロップイン」と呼ばれる立ち寄り利用は誰でも無料で、利用に際しての会員登録なども不要。また、スペース内にはカフェレストラン(社員食堂)やキッチンといったスペースも備えられ、利便性の高さもあり多くの人々が集う場所へとなっています。
WORK MILLでは、LODGEのプロジェクトを主導した、ヤフーの植田裕司氏と平野彩花氏に、オープン後の成果や社員の変化などをうかがいました。その言葉からはコーポレートコワーキングが発揮しうる価値、そして成否を握る鍵が見えてきます。
会社に人を招き、新しい技術と出会うきっかけに
WORK MILL:オープンして2ヶ月ほど経ちましたが、社員の方に起きた変化があれば教えてください。
ー植田裕司(うえだ・ゆうじ)ヤフー株式会社 スタートページ事業本部 開発1部長 兼 オープンイノベーション室 コワーク推進部長
普段はアプリの開発・マネジメントを担っているエンジニアであるが、LODGEの立ち上げに参画、現在は運営にも携わっている。
植田:社員全体で見ると、新しいオフィスができたことで、自分の友達や知り合いを呼んで、「うちの会社ってこんなオフィスになったんだよ」と紹介する姿がどこか誇らしげで、遠目で見ていてもうれしいですね。
今までは把握しきれないほど複雑な申請フローがあって、会社に人を招くハードルが高かったんです。でも、LODGEが出来てからは知り合いを含め、外部パートナーを気軽に呼べるようになりました。
WORK MILL:植田さんにとって印象的な出来事はありましたか。
植田:個人的なことでは、新しい技術に触れるきっかけになっています。近々LODGEにVRのような新しいデバイスを設置しようと思っているんです。僕も普段はヤフーでアプリエンジニアなどを務めていますから、VRは領域が異なります。ただ、「VRを置く」と決めると、必要な機器や技術を修得しなくては、と。その機会から自社に足りない観点や技術を実感して把握できることもあります。こういった気付きを、もっと社員にも広げていきたいですね。
WORK MILL:場所を通して、マインドも技術もオープン化していくのですね。平野さんはいかがですか?
ー平野彩花(ひらの・あやか)ヤフー株式会社 スタートページ事業本部 デザイナー 兼 オープンイノベーション室 コワーク推進部
普段はアプリなどのデザインを担当しているが、植田氏とともにLODGEの立ち上げに参画、現在は運営にも携わっている。
平野:LODGEでは社員が持ち回りで受付係を担っているのですが、「偶然の出会い」をよく見るようになりました。来客者同士が高校の同級生だったり、似たようなプロジェクトを進めている人たちから新しい仕事が生まれたり。先日も、ファッション関連の新サービスがLODGEの出会いからローンチされたばかりです。個人的にも友達や知り合いがたくさん増えましたね。
交流生む「コミュニケーター」の存在
WORK MILL:オープン後に大きく変えたことはありますか?
平野:みなさんの使い方を見て、インテリアの配置はだいぶ変えました。家型家具で囲った「プロジェクトルーム」と呼ぶ会議スペースがよく使われていることがわかったので、数を増やしました。「人の流れがよくなるように」とか、「交流が生まれやすくなるように」とか、コンセプト設計などの運営サポートをしてくれた岡村製作所やロフトワークにもご提案を頂きながら、いろいろと試行錯誤はしています。スペース作りのハード面においては、「なるべく変えられるような仕様」で作っていただいたのが功を奏していますね。
WORK MILL:そういったスペース作りについて、他社は参考にされましたか?
植田:実は、僕は見に行かなかったんです。先入観で「あれもこれも」と詰め込んでしまわないかなと思って。もともと興味があった平野からの意見と、外部パートナーの知見を聞くようにしました。意思決定者だったのもあって僕は「決める人」で、平野が「夢想する人」と役割を分けたといいますか。とはいえ、平野のドリームをまだ僕は叶えきれていないみたいです(笑)。
平野:他社事例は見るべきところが意外と難しいんです。LODGEのように企業の中にあるからこそ価値が生まれる部分は、一般的なコワーキングスペースには見当たらないこともあって。「参考にできる部分」と「参考にしてはいけない部分」があると感じました。
WORK MILL:その「部分」について、ぜひ具体的にお聞かせ願えますか。
平野:コミュニティづくりがうまくいっているコワーキングスペースは参考になりました。とあるスペースでは「コミュニケーター」という役職を持つスタッフがいて、利用者と利用者をつなげるようなお仕事をされていたんです。LODGEのコンセプトは『みんなで「!」を生み出す場所』で、オープンなコラボレーションを生みたいと考えていたので、私たちも似たようなコミュニケーター制度をつくりました。
参考にしなかった部分ですと、すごく静かで、自分のエリアが区切られているようなコワーキングスペースはLODGEが目指している方向とは違いましたから、あまり参考にはしていないですね。
植田:他のコワーキングスペースだと「アイコンになる人」を置いているところもあります。小規模なスペースで、「この人がいるから来てくれる」「運営している人に会いたいから行く」といったような。ただ、LODGEの場合は社員と来客者が入り交じる空間になると考えていましたし、これだけの広さのスペースを埋められるアイコンなんて、弊社にも経営陣くらいしかいないだろうと。ただ、経営陣がずっといるわけにもいかない。ですから、「誰かひとりに引き寄せられて来る」よりは、「とがった才能を持つ、いろんな人と出会える」という価値に重きを置きました。
平野:当初から利用者のクラスタを制限したくなかったんです。ハッカソン系、NPO系といったように特色のあるコワーキングスペースもあるのですが、LODGEは色付けをしたくなかったんですね。ハッカソンもあれば、NPOもあれば、地域創生、ニュース、IoTなど多岐にわたるようにして、特色を持つコミュニケーターをバランスよく少しずつアサインして、いろんなクラスタの方に来てもらう方針を取りました。そうすると、たとえば女子高生とNPO職員が出会ったり、漁師と政治家が出会ったりといったことが期待できると考えました。
コネクション、新規事業、採用…「つながり」がもたらす価値
植田:そういえばこの間、僕がVRで遊んでいたんです。すると、ヘッドマウントディスプレイを外した瞬間に、他県からイベントでいらっしゃった方たちが興味津々に僕の周りを囲んでいて(笑)。彼らにとってVRや3Dプリンターといったものは、まだあまり触れる機会がなかったのでしょうね。そういった偶然の接点が生まれて、「ヤフーに来社したら発見がある」と体験できるのは、すごくいい場所になったなと思います。
WORK MILL:思わぬ発見というわけですね。
植田:そんなLODGEの発見をきっかけに、別の場所を案内してもいいかなと考えています。いくらFab機器を用意したいと思っても、さすがにDMM.make AKIBAさんほどには置けない。だからこそ「Fabに興味が出たならDMMさんを紹介しますよ」と仲介して、そちらに人を流すようにしてもいい。僕たちは利用者を囲い込もうとは思っていませんから、場所と場所がうまくつながっていくと面白いかなと。
WORK MILL:面白いですね。人と人がつながったのと同時に、場所と場所もつながっていくのですね。
植田:そういった「面白い働き方」ができると実感している人は、ヤフー社員でもまだ少数しかいないようです。だからこそ、僕はLODGEのようなオープンスペースで働くことは「面白い」という意識づけの機会を増やしていきたいです。ゆくゆくはこのオフィス全てがLODGEになればいいかな、ぐらいのことを思っています。
WORK MILL:オフィス内すべてがコワーキングスペースに!
植田:そうなる頃には働き方も大きく変わって、家で仕事をしていても問題ない時代が来ると思います。弊社は「どこでもオフィス」という制度があり、月に5回までは自宅や外部の好きな場所で勤務が認められているのですが、すでにその上限を超えて取れる部署もあります。そうすると、だんだん会社に来る意味も変わってくるはずです。「誰かと知り合って、何か発見を得たい」という人は会社に来て、「このプロダクトは自分が開発したい!」みたいに集中して取り組みたい人は自宅で作業をする、といったことが実現できたら面白い。
WORK MILL:LODGEにおける本来の目的は、植田さんがおっしゃるようなオープンイノベーションやオープンコラボレーションにあるのだと思いますが、社内と社外がつながって新しいことが生まれている事例も起き始めていますか?
植田:私が受付にいる時に「エンジニア向けの勉強会を開きたい」という方が来訪されたのですが、僕もエンジニアですから話すうちに意気投合しました。実はその方は、Unityというプログラム言語の教本を書かれている人だったんです。その教本はUnityを学ぶ人なら鉄板の一冊といわれるもので、そこから盛り上がってイベントが頻繁に開催されるようになりました。イベントを通じて、醤油メーカーや化学メーカーなど、仕事上では接点のない方と知り合える機会も増えました。
その最たる例がプロのチアリーダーです。VR関連の企画で「来てくれた人を全力で応援するようなコンテンツを作りたい」とある人に相談したら紹介していただいて。早速、来週に撮影をします。
平野:来社された方からお話をいただくこともあれば、幾多のつながりを経て、業務につながっていく事例も大なり小なりあります。それから採用に結びついたこともあります。LODGEによくいらっしゃる学生さんが人工知能を研究していると聞いたので、ヤフーの社員と引き合わせたら「ぜひ入社してほしい!」となったそうです。採用から事業まで、「つながり」が生んでいる効果はさまざま起き始めています。
前編はここまで。
後編は、LODGEがコミュニケーションを生むためにしている工夫について、具体的な事例も交えつつ、さらに掘り下げていきます。
2017年3月7日更新
取材月:2017年1月