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高校野球に学ぶ、際立つチームの意義

「強い組織」に必要なものとは、一体何でしょうか。人材の流動性が少しずつ高くなる中で、会社はどのように人を引きつけ、育て、活かしていけばよいのか……こうした組織づくりの変革は、多くの会社にとって生き残るための、ひとつの経営課題ではないでしょうか。  

組織で勝利を勝ち取るための「スポーツチーム」にそのヒントを見つけ出すシリーズ、今回は高校野球にスポットを当てます。横浜高等学校硬式野球部を率い、甲子園では春夏合わせ出場27回、優勝5回を経験した名将・渡辺元智氏にお話を聞きました。約50年にわたる指導歴をもとに、「上司に求められるもの/僕らが心得ておくこと」の両面を考えます。

神奈川新聞社提供

後編では、渡辺氏が選手に伝え続ける言葉や、高校時代の松坂大輔投手のエピソードを通じて、これからの時代を生きる僕らが心得ておくべきことを教わります。

「平成の怪物」でも関係ない。伝えるべきことは伝える 

WORK MILL:横浜高校からは数々のプロ野球選手を輩出してきましたが、「平成の怪物」と呼ばれた松坂大輔投手は印象の強い選手かと思います。やはり、記憶に残るシーンも多いでしょうか?

―渡辺元智(わたなべ・もとのり) 1944年生まれ、神奈川県出身。横浜高校では外野手を務め、卒業後は神奈川大学に進むが肩の故障で野球を断念し、大学を中退。その後、1965年春に母校の横浜高校でコーチに就任し、1967年の秋に23歳で監督就任。教員免許取得のため関東学院大学へも通った。1973年春に甲子園初優勝、その後も1980年夏、1998年春夏、2006年春と5回の甲子園制覇を遂げ、1970~2000年の各年代で優勝経験がある唯一の監督。甲子園通算51勝(22敗)。

渡辺:いろいろありますよ。松坂のときはこれまでの集大成として、過去の反省から厳しく、しかし愛情をもってやらないといけないと思っていましたから。

WORK MILL:松坂投手の在籍中に、前人未到の高校野球44連勝を成し遂げられました。しかし、その華々しい記録の出発点は、夏の甲子園での苦い幕切れから始まります。

渡辺:そう。彼が高校2年生のとき、横浜高校は甲子園でも断トツの優勝候補と言われていたけど、準決勝で敗退した。最後は松坂のワイルドピッチで試合が決まってしまった。

WORK MILL:今でも、平成の怪物を生んだ「サヨナラ暴投」などと、語り草になっていますね。

渡辺:実は、あれは単なる暴投ではなくて、練習していた「スクイズ外し」を実践した投球だったんです。でも、キャッチャーと噛み合わなかったんですね。大事な局面での失投になり、彼はその悔しさから落ち込んでしまい、チームの士気も下がっていた。私も大会後に体調不良で入院してしまって、チームのケアも十分にできなくてね……。 そうしているうちに、春のセンバツにつながる秋の大会が始まった。退院した私は、状況をどうにかしようと「チームワーク」を押し出すことにしました。彼も「ひとりはみんなのために、ワンフォーオールでいこう」と言葉を返してくれた。
けれど、言葉とは裏腹に、2年生の時から「平成の怪物」と周囲から言われ続けていたから、どこか天狗になってきている部分も感じ取っていました。

WORK MILL:それを強く感じた場面などはあるでしょうか?

渡辺:甲子園へ行ったときに、ものすごく怒ったことがあります。ピッチング練習をした後の松坂が、ベンチにあった水分補給用の氷を、ロージンバッグ(ボールを投げる前に付けるすべり止め)なんかも付いたままの手でつかんで口にふくんだ。疲れているし、喉が渇いたのもわかるが……私はその光景を目撃して、怒鳴りました。「お前、何やってるんだ!ワンフォーオールと言いながら、なぜこんなことをするんだ?」と。もちろん、叱ったのは松坂の体調のため、衛生面の配慮でもあるし、何よりチームのためでもある。彼も私に怒られて意識が変わったし、健康にも慎重になったようです。いくら外野から「平成の怪物」と評価されようと、身近な仲間に本心から慕われ、信頼されなければ、本当の実力とは言えません。それを自覚させるために何を伝えるべきか、どのように伝えるべきかは、指導者が洞察力を持って考えなければならないことです。

WORK MILL:何を、どんな言葉で伝えるかは、指導の上でとても大事なことと思います。

渡辺:思いを言葉で伝えきるのには、すごく忍耐がいるんですよ。でも、熱血をちゃんと言葉に変えて伝えることができると、たとえ世代が離れていても、確固たる信頼関係が生まれます。その中で、伝えた言葉で相手が救われ、返ってきた言葉で自分も救われる瞬間がある……言葉が持つ力には、これまでに何度も救われてきましたね。

 「恩師、目標、ライバル、仲間」をそれぞれ持つ

WORK MILL:高校生に限らず、若い世代と向き合う上で「これだけは伝えるべきだ」という言葉、メッセージはありますか?

渡辺:失敗を恐れずに一生懸命やることです。仕事はもちろん、遊びでも、何事も一生懸命に。酒を飲むにしたって一生懸命に飲む。それは「多くを飲む、酔い潰れる」という意味ではなく、仲間と人生を真剣に語り合うということです。そうして得たこと、失敗したことには価値がある。

WORK MILL:(前編でも)お話しいただいたように、失敗からの学びはたくさんあるということですね。「失敗を恐れない」のほかにも、言い聞かせていたことはありますか?

渡辺:「目標がその日その日を支配する」ということでしょうか。これは、部員にはずっと伝え続けてきました。漫然とした一日ではなく、どんな覚悟を胸にもって生きるかで、甲子園優勝に限らず人生の道筋も変わります。
それから、さまざまな経験をした大人を大切にすること。若い人たちには「ひとりでは絶対に生きていけない」ということを、部活を含めた学校生活の中で、早く気づいてもらいたいですね。

WORK MILL:「ひとりでは生きていけない」という気づきを早く得るほかに、昨今では就労状況をめぐるニュースも話題に上りますが、若い世代が生きやすくなる心がけはあるでしょうか。

渡辺:まずは精神的な「メンター」の存在を持つことです。メンターとは、「自分と異なる考えを持っている人」とも言い換えられます。できれば、あなたの虚栄心を戒めてくれたり、「どうやって生きていくか」を教えてくれるような人なら、なお良いとおもいます。

WORK MILL:渡辺さんにも、そういう人はいらっしゃいますか?

渡辺:ええ。私にはメンターでもある「恩師」がいます。自分に説教をしてくれるような人は特別に大事にして、人生の師匠として向き合ったほうがいい。

WORK MILL:渡辺さんは「目標がその日その日を支配する」と生徒へも伝え続けたというお話もありましたが、「目標とする人」を持つのは、よいものでしょうか?

渡辺:もちろんです。私が監督していた頃の目標は(2015年まで読売ジャイアンツの監督であった)原辰徳くんのお父さん、東海大相模高校を率いていた原貢(はら・みつぐ)さんでした。
ライバルの存在も大切です。私なら、横浜商業の古屋(文雄)さん、PL学園の中村(順司)さん……他にもいます。それから、共に歩める仲間や良き友人を見つけましょう。恩師、目標、ライバル、仲間という存在を持つのは、生きるために必要な存在なのです。

個人は「集団」があるから光る

渡辺:今日はみなさんに見せてあげたいと思って、持ってきたものがあるんです。

WORK MILL:作文ですか。

渡辺:ふと出合ったものですが、この作文には高校野球の全てが集約されています。書き手の青年は生まれながらにして全身に運動神経の麻痺があり、気管支喘息や肺炎で入退院をしたりと苦労してきました。彼は母親に励まされ、大好きだった野球を見ながらボールを握って、体が動くようにもなってきた。その後でまた事故にあって致命傷を負うけれど、怪我から復帰した球児の言葉を励みに、自分もまた頑張れたと言うんです。

WORK MILL:彼が抱いている野球への感謝や想いが、ストレートに描かれていますね。

渡辺:読んでいて、涙が出てくる作文です。

WORK MILL:渡辺さんは、どうしてこの作文を、今日お持ちいただいたのですか?

渡辺:この作文が教えてくれるのは、「何かに真剣になって自ら立ち向かうこと」と「仲間をつくることの大切さ」です。私も若い人たちには「何事も自分から求めなければ始まらない」と言いたいし、先輩たちも若い人がそう振る舞える環境づくりをして、教えてあげなくてはと考えます。お互いがお互いを支え合い、自分ひとりではなし得ない大きな目標に向かっていくためです。そのためにも、今こそ精神教育の重要性を見直し、「個人」と「集団」の関わりあいを教育では伝えるべきと思うのです。

WORK MILL:なぜでしょうか?

渡辺:いま、世の中には国籍や出身もさまざまな人が「集団」となって、ひとつの社会で暮らしています。その社会を律し、成り立たせるには、日本人が長年培ってきた礼儀があってこそだと考えるからです。礼儀がなくては争いが始まる。つまり、「集団」で生きられなくなるということです。でも、そもそも個人は「集団」があるから光るのです。
野球だってそう。何もない、誰もいない甲子園でやっている試合なんて面白くないでしょう? われわれのような監督や選手だけでなく、報道する人や観戦してくれる人も含めての「集団」があってこそ、選手は光れる。

WORK MILL:野球のみならず、チームや組織での仕事にも通ずるお話に感じます。

渡辺:そう。会社に入るにしたって、いきなり仕事ばかりを教えたり考えたりするのではなく、まずは上司に性格を知ってもらうことです。上司は自分から歩み寄っていきましょう。人生を語り、熱中したスポーツを語り合っていったら、お互いの絆が深まり、多少の失敗は恥ずかしいことではなくなるはずです。そうすれば、失敗を恐れずに動きやすくもなる。
私からすれば、つまらない会議をするくらいなら、今の会社にはそういう無駄な時間こそが必要なのだろうと思います。

2016年12月13日更新
取材月:2016年10月

テキスト: 長谷川 賢人
編集: 西山 武志
写真:中込 涼
イラスト:野中 聡紀