海外サッカークラブの運営実践から学ぶ、強い組織づくりの秘訣
強い組織に必要なものとは、一体何でしょうか。人材の流動性が少しずつ高くなる中で、会社はどのように人を引きつけ、育て、活かしていけばよいのか……こうした組織づくりの変革は、多くの会社にとって生き残るための、ひとつの経営課題ではないでしょうか。今回は新興国カンボジアのサッカークラブ、カンボジアンタイガーFCのオーナーである加藤明拓氏に、海外サッカークラブの組織づくりの実践についてお話を聞きながら、「これからの組織づくり」について考えました。
後編では、加藤氏がカンボジアのサッカークラブの運営に乗り出すまでの経緯をたどり、「強い組織づくり」のコツをひも解いていきます。
プロスポーツクラブと一般企業における、組織づくりの相違点
WORK MILL:プロスポーツのクラブチームは、一般的な企業よりも強い組織であるように感じられます。組織づくりの観点から言うと、クラブチームと会社組織ではどのような違いがありますか。
ー加藤明拓(かとう・あきひろ)
1981年生まれ。千葉県出身。大学卒業後、株式会社リンクアンドモチベーション入社。組織人事領域のコンサルティング業務に従事後、スポーツコンサルティング事業部の立ち上げ、ブランドマネジメント事業部長を経て、2013年に独立。2015年3月にカンボジアのプロサッカークラブを買収し、現在「カンボジアンタイガーFC」のオーナー兼選手として活動している。
加藤:プロスポーツって特別な世界のように思われがちですが、全然そんなことはないんですよ。少なくとも個人的には、クラブチームと企業の経営原理は一緒だと考えています。まずは自分たちは何のためにあるのか、というミッション(存在意義)と、そこに向かって「どのような未来を描くのか」というビジョンがあって。そこから戦略を立てて、それを遂行する業務プロセスを作り、それを実行する強い組織を作るために採用・教育・人事制度・コミュニケーションなどのシステムを構築していく。このフローはどちらも共通で必要なことです。
WORK MILL:現在のサッカークラブ運営も、今までコンサルティング業務で培われてきたことを、そのまま応用されているのでしょうか。
加藤:基本的にはそうですね。ただ、サッカークラブは選手たちを中心とした「チーム」と、クラブ運営を担う「フロント」の2つのグループに分けられます。このうち「チーム」にフォーカスした組織づくりに限って言及すれば、一般的な企業と少し状況が変わってきます。
WORK MILL:どういった違いがあるのでしょうか。
加藤:一番の違いはスピード感ですね。プロサッカーの世界は、一般的な企業の10倍くらいの速さで、さまざまなプロセスが回っていきます。大企業の場合、新卒社員が一人前になるまで、大体10年ほどの期間で見積もります。一方でサッカーでは、現役で第一線を張れる「選手生命」が10年ほどですから、悠長なことは言っていられません。プロ入り1年目から即戦力として見られますし、シビアに結果を求められます。
WORK MILL:結果に対する意識は、一般社会とスポーツの世界で大きく異なるように感じます。
加藤:それはプロの「チーム」の長所ですね。選手たちはクビがかかっていますから、結果に対して貪欲です。そして「勝利」という明確な目標に向かう団結力がある。だからこそ年齢や経験など関係なく、チームとして強くなるために、お互いが厳しい要求をし合えるんです。
会社を強くするのは「当事者意識」を持った社員
加藤:ただ、いま「プロのスポーツチームの長所」として挙げたことって、本来ならば普通の企業でも必要なことですよね。会社員だってその道の「プロ選手」ですから、プロフェッショナルとしての自覚と意識を持つべきであることは、スポーツの世界と何ら変わりありません。
WORK MILL:組織を強くするためには、一人ひとりに「プロ意識」を持たせることが重要だと感じます。会社で社員にプロ意識を持たせるには、どんなアプローチが効果的ですか。
加藤:最も大切なのは「当事者意識」を育てることです。私たちは、自分たちが生み出した「労働」の対価として「給料」をもらっています。つまりは価値の交換であって、ここにシビアにコミットできるのがプロという存在です。会社の規模が大きくなればなるほど、この価値交換の構図が見えにくくなるので、注意しなければなりません。
WORK MILL:社員の「当事者意識」を育てるために、意識するべきことは何でしょうか。
加藤:ポイントは3つあると思っています。1つ目は「コミュニケーション」。個人が目指している方向性と、会社が目指している方向性を結びつけてあげること。2つ目に「ルール」。個人のパフォーマンスを正当に評価するために、人事制度や表彰制度を整えること。特にルールは運用が命です。そして3つ目に「教育」。座学だけでなく日々のOJTも含めて、スキルを磨く機会の提供をすること。日頃からその会社で働くことの意味付けをしつつ、人が育つ場作りをしていくことが不可欠ですね。
WORK MILL:一般社会でも人材の流動性が増している今、育てた優秀な人材をつなぎとめることも、組織づくりにおいて大事な観点かと思います。
加藤:そうですね。そこでカギとなるのが、大元のビジョンとミッションです。プロスポーツの世界では、給料がチーム選びの大きな要素であることは否定できません。お金の勝負にしてしまったら、優秀な選手はみんな資金力のあるチームにいってしまいます。だから私は今、カンボジアンタイガーではビジョンとミッションを作りこみ、「ウチで頑張れば、こんな世界を実現できる」と選手たちに何度も語っています。目指す世界が魅力的であれば、給料が多少安くとも、優秀な人材がついてきてくれる可能性は十分にある……これは、会社でも同様です。僕の会社では安くしようとは思っていませんが(笑)
夢と希望と勇気を与えるサッカークラブに
WORK MILL:カンボジアンタイガーFCは、どんな世界を目指しているのでしょうか。
加藤:「カンボジアの国民にとっての夢と希望と勇気の象徴になって、日々の心の潤いになること」を目標に掲げています。
WORK MILL:とても大きなミッションのように感じますが、どのような考えからこの目標は生まれたのでしょうか。
加藤:ちょっと話はさかのぼるんですが……15年前に一度、カンボジアにバックパックで貧乏旅行をしたことがあって。それが、ちょうど内戦が終わったばかりだったんです。道はぐちゃぐちゃで、田舎に行ったら電気もまともに通っていなくて。
その旅の道中、路上で遊んでいる子どもと仲良くなったんですけど、ふと「君たち家どこなの?」と聞いたら「ストリート!」って言うんですよ。つまりは路上生活ですよね。「いま欲しいものは何?」と聞いたら、「サッカーボール!」って返ってきて。私は「家が先だろ!」って思ったんですけど(笑)
WORK MILL:カンボジアとは縁があったんですね。
加藤:そうなんです。だから「カンボジアでサッカークラブを運営する」って話が決まった時、彼らの希望になれるような存在にできたらいいなと。それで、まずはカンボジアの歴史を勉強し直しました。そうしなければ、カンボジアの人々に寄り添うクラブ作りはできないと思ったからです。
カンボジアでは1970年から1993年まで、23年もの間ずっと内戦が続いていました。中でも、1975年から行われた「ポル・ポトの粛清」は凄惨な事件です。医者や弁護士、教師などの知識層を中心とした人々が虐殺され、学校や図書館は軒並み焼かれました。この粛清によって命を落とした国民の数はおよそ300万人、当時の国内総人口の1/3にあたります。
WORK MILL:ポル・ポトは格差や階級などから生まれる差別をなくすため、「知識」を排除しようとしたんですよね。
加藤:その影響が、カンボジアでは今でも色濃く残っています。ほかのASEAN諸国に比べると、経済や文化、そしてサッカーでも大きく遅れをとっています。加えて、国内では貧富の差が激しく、教育インフラも整っていない。一度貧乏な家庭に生まれたら、そこから抜け出すことが難しい……そんな現状が「頑張ってもしょうがない」という諦めにつながってしまう。行ってみて感じたのですが、カンボジアで現地民と話していると「どうせタイやベトナムには勝てないよね」と冗談交じりで言ったり、感じている人が多い。だけどみんなカンボジアが好きで誇りを持ちたいという気持ちが強いと感じました。
そんなカンボジアの人たちを、サッカーの力で変えていきたい。消滅しそうになったクラブをよみがえらせて、成り上がっていけば、その過程できっと勇気づけられる。カンボジアンタイガーFCがタイやベトナムのクラブチームに勝てたら、「僕たちも頑張ってみよう」と心を動かせる……このクラブで掲げた目標は、決して不可能なことではないと、私は思っています。
WORK MILL:サッカーをすること、強くなることが社会貢献につながる。そのビジョンの下には、たくさんの人が集まってくるような気がします。
加藤:実は今年、ナイジェリアでもサッカークラブを運営することが決まって、準備のために飛び回っています。そのクラブはスラム街にあって、周辺の治安がすごく悪い。でも、サッカーに打ち込んでいる人間は、犯罪なんかに手を染めないんです。選手に話を聞いたら「両親や両親の代わりになる人はここまで育ててもらって、好きなサッカーまでやらせてもらっている。だから、オレはサッカーで稼いで家族を助けたい。犯罪なんかしてるヒマはない」と言いました。
WORK MILL:サッカーで夢を追えることが、犯罪抑止につながっていると。
加藤:スラム発のクラブを国内トップリーグに押し上げて、ナイジェリア代表になるようなスター選手を輩出できたら、もっと多くの若者たちをサッカーに引き込めます。そしたら、その地域だけでなく、ナイジェリアの少年たちの犯罪はどんどん減っていくはずです。ナイジェリアの人口は1.7億人。その半分が20歳以下でその男の子の半分ぐらいがサッカーをやっている、と言われています。それは国に対してすごいインパクト。これが実現できればナイジェリアの国自体が変わっていくと思っています。僕たちがやっているのはサッカークラブ経営ですが、それを通じて国を良くしていくことがクラブのビジョンです。
社会をよくするビジョンは、人だけでなく企業も引きつけます。そこには経済の循環も生まれてくる。今後もビジネス面での基盤をしっかりと担保しながら、関わる人々に夢と希望と勇気を与えられるサッカークラブを育て、2035年までに「メッシ超え、バルサ超え」を達成するため、一歩一歩ステップアップしていきたいと思います。
加藤氏が出資・共同オーナーを務める、ナイジェリアのイガンムFCでクラウドファンディング実施中。