「MTRL KYOTO」がもたらす、「働く場所」の柔軟性と多様性
2015年12月、京都に新たなコワーキングスペースとして誕生した「MTRL KYOTO(マテリアル京都、以下MTRL KYOTO)」。築110年の三階建物件をリノベーションしたこの施設は、コワーキングやイベントのために来る人、カフェ用途で訪れる人、特に用事もなくふらっと立ち寄る人で、日々賑わいを見せています。
「会社オフィスや街のカフェとは異なる、クリエイティブに寄り添った新しい空間を検証しながら育んでいきます」――コンセプトにこう銘打っている「MTRL KYOTO」は、京都の地でどのような働く場所の創造を目指しているのでしょうか。運営元のクリエイティブ・エージェンシーである株式会社ロフトワークの森内章さん、牧貴士さんにお話をうかがいました。
素材に立ち返る――建物の解体中に生まれた「MTRL」のコンセプト
ー森内章(株式会社ロフトワーク)
「MTRL KYOTO 含むロフトワーク京都」の事業責任者。リクルートグループにてWebエンジニアとしてキャリアをスタートさせた後、ディレクターに転身。以降一貫してWebサイトやサービス、アプリの企画・設計・運用に携わってきたWebディレクター10年選手。東京で体験した震災を機にローカル志向のキャリアプランに目覚め、2013年ロフトワーク京都にジョイン。
WORK MILL:ロフトワークは2011年の秋に、京都支社を立ち上げられていますね。初の地方拠点として京都を選んだ背景には、どんな理由があったのですか。
森内:さまざまな要因が重なった結果ではありますが、事業規模の拡大に伴って支社を設けようと決まった時、京都に本社を置いているクライアントが多かった……というのが、最も大きな理由ですね。立ち上げた当時は3人しかいなかった京都支社ですが、今では社員も十数名になり、仕事もほぼ100%関西圏のクライアントになっています。
WORK MILL:2015年12月に、ロフトワークの新しいオフィス兼クリエイター向けコワーキング施設として「MTRL KYOTO」を立ち上げられましたが、このオフィスの移転はどのように決まったのでしょうか。
森内:弊社代表の諏訪や林には、京都に支社を作った当初から「オフィスがあるだけではなくて、コミュニティができるような場所を併設したい」との考えがあったようです。メンバーも増えて事業も育ってきて「あとはいい場所さえ見つかれば」という状況の中、たまたまこの物件にめぐりあえたことで、移転が決まりました。
WORK MILL:こちらは築110年の大きな物件で、以前は家具屋さんが入っていたそうですね。決め手は何だったのでしょうか。
森内:代表の諏訪のインスピレーションです、「天井が気に入った」と。ただ、そのあたりの感覚は、他のメンバーも共有できていたと思います。いわゆるオフィス環境ではなくて、こういう場所で仕事をしたら、今までと違うコミュニケーションやプロダクトが生まれそうだな……という期待感のある建物でした。
ー牧貴士(株式会社ロフトワーク、クリエイティブディレクター)
滋賀県出身。立命館大学卒業後、大阪の営業会社に入社。2005年に独立し、Webサービス制作や新規事業開発、スクール事業などを展開。2014年地域おこし協力隊として飛騨市に移住、商品開発プロデューサーとして、地域活性の為の事業立ち上げを支援したのち、2015年ロフトワークに入社。
牧:最初にこの建物を見た時には、とにかく「広いな」と感じました。1階はイベントやコワーキングのためのスペースとしてよさそうだけど、2階と3階はどう活用していくのか、想像がつかなくて。建物が決まった時点では、まだ「MTRL(マテリアル)」というコンセプトは出てきてなかったんですよ。
森内:僕も工事が始まる前までは、ここはいずれは「FabCafe」のコンセプトを継承した場所になると思っていました。「FabCafe」は弊社とクリエイティブディレクターの福田俊也氏による合同事業で2012年に渋谷でスタートしたデジタルものづくりカフェで、現在では飛騨やバンコク、台北、バルセロナにも拠点があります。デジタルファブリケーションのものづくりを身近に体験できる場所を作り、そこを中心にコミュニティを発展させていくモデルとして、「FabCafe」は実績を残しています。だから、京都でもこの事例を踏襲していくのだろうと。
WORK MILL:けれども、実際には「FabCafe KYOTO」にはならず、「MTRL(マテリアル)」という新たなブランドが生まれた――それはなぜでしょうか。
森内:ここを借りてから、まずはいらないものを取っ払ってしまおうと、解体工事を始めました。壁や柱を抜いたりする過程で、建物の構成要素が見えてきて、それがとても美しかったんですよね。そこから着想を得て「素材(=マテリアル)と向かい合う」ってキーワードが出てきて。ただ、物質的な素材に限ってしまうと広がりが少ないから、「クリエイティブの素材」と解釈することで、人や場所も幅広くカバーして……そんなことを、諏訪や他の立ち上げメンバーと議論をしながら、少しずつ「MTRL(マテリアル)」というコンセプトが形作られていきました。
牧:僕は立ち上げのコアメンバーではなかったんですが、端から見ていると日に日にコンセプトが膨らんでいたので、「最終的にどうなるんかな」とワクワクしていました。構想が広がって、やることがどんどん増えていたから「予算どこから出んのかな?」とも思ってましたけど(笑)
森内:現場を見ながら考えていると「こうしたら面白いよね」ってインスピレーションがどんどんわいてきちゃうんですよね。その中で「ここはFabCafeと異なるコンセプトが必要だ」というのも、はっきりと分かったんです。「FabCafe」は渋谷の道玄坂という立地で、そこに集まる人たちが考えて生み出したブランドです。同じロフトワークの社員ではありますが、京都と東京は場所も違えば、集まる人のキャラクターも違います。だから、できあがる空間も自ずと違うものになるんですよね。最終的に「MTRL KYOTO」は、京都のメンバーでゼロから作り上げた、僕たちらしい場所になったなと感じています。
これまで京都になかった、敷居の低いクリエイティブイベント
WORK MILL:「MTRL KYOTO」がオープンしてから半年弱が経ちました。この地でコワーキングスペースを運営する中で、周辺に何か変化を感じることはありますか。
森内:個人のコワーキングスペースの利用者はまだまだ少ないのですが、ときどき会社員の方が打ち合わせやグループワークに使ってくれているのがうれしいですね。ここがあることで、みなさんの働き方の選択肢が増えてくれたらいいなと思っています。
WORK MILL:1階のスペースを利用して、高頻度でイベントも催されていますよね。
森内:現時点ではコワーキングスペースとしてよりも、イベントスペースとしてうまく活用してもらっている手応えがあります。多い時には1週間で4回催したこともあり、3月は延べで520人ほどの来場がありました。東京から京都に来てまだ3年の私たちが作ったスペースにしては、すごくうまく回っているのかなと。
WORK MILL:イベントの中で「これはやってよかった」と感じているものはありますか。
森内:毎月定例で主催している「Fab Meetup Kyoto」には手応えを感じています。これは、東京やバルセロナ、バンコク、台北でも開催している「Fab Meetup」の京都版企画です。さまざまなジャンルのクリエイターたちに「つくる」をテーマに各自10分のプレゼンテーションをしてもらいながら参加者と交流ができるミートアップイベントです。「MTRL KYOTO」を象徴するような場になってくれればと思いながら、毎回自分たちでゼロから企画しています。
WORK MILL:これまで、どんな方々がプレゼンをしたのでしょうか。
森内:大学の教授が宇宙工学について語ったり、西陣織の若手職人が取り組んでいる新しい挑戦を紹介したり……先日は、自分で狩りをして仕留めた鹿の骨を使って、アクセサリーを作っている若手クリエイター女子にも登壇してもらったり。
牧:その子は僕が滋賀から呼んだんです。僕たちロフトワーク京都のメンバーは、クライアントワークをやりながらも、イベントの企画や運営にも積極的に関わっています。これまで京都には固定されたコミュニティはたくさんありましたが、「Fab Meetup Kyoto」のような「誰でも気兼ねなく参加できて、ここから仲間探しができる敷居の低いイベント」があまりなかったんですよね。通常業務とは別のタスクがどんどん増えていくので大変ですが、毎回たくさんの人たちが楽しみにしてくれているので、やりがいがあります。
森内:そうなんですよね。平日夜の開催なのに、毎回60人くらい来てくれるんですよ。参加者は多様で、学生やクリエイターはもちろん、近所のおっちゃんおばちゃんや通りすがりの外国人も覗きにきたりします。渋谷や新宿でイベントをやると、その土地柄や登壇する人のタイプで、参加者の属性がわりと固まってしまうと思うんですが、「MTRL KYOTO」では人の流動性や多様性を大事にしています。だからこそ、思いもよらない出会いが生まれる、刺激的な場になっているのかなと。
牧:来場者にとってもそうだし、僕らにとっても刺激的で、かつ有意義な場に育ってきていますよね。「Fab Meetup Kyoto」に参加してくれた方が、後日仕事の打ち合わせでMTRLを使ってくれるようになったり、そこで僕らが雑談に混ざって、ポロッと提案したことが仕事につながったりすることもありました。イベントで出会って仲良くなった人たちと仕事ができるのは、とてもうれしいことですね。
場の力で変わる働き方、生まれる新たな発想
WORK MILL:「MTRL KYOTO」は、1階と2階をコワーキングスペース及び展示スペースとして開放して、3階はロフトワークのオフィスフロアになっていますね。オフィスに人の流動性が生まれたことで、働き方に何か変化は起こりましたか。
牧:僕ら社員も、空いている時は下のコワーキングスペースを自由に使っています。そこで仕事をしていると、知り合いがふらっとやって来て世間話に花を咲かせる……なんてことは度々あります。当然、その間に自分の業務は止まっているんですけど(笑)。でも、そういう何気ない世間話から、新しいアイデアが生まれるケースって結構多いんです。「基本的に社員しかいないオフィス」ではあり得ないことですよね。このオフィスは、セレンディピティ(素敵な偶然に出会ったり、予想外のものを発見すること)に満ちた場所だなと感じています。
森内:ワークスペースもソファ席やテラス席、和室などバリエーションがあって、いろいろと気分が変えられます。商談をする場所も仕事をする場所も、とくに区切ったりはしません。「働く場所は風通しよくオープンに」というのは、ロフトワークのカルチャーですね。そこに共感してくれた大企業の方が、自社の会議室を使わずにここをミーティングで使ってくれたりするのは、やっぱり「場の力」がクリエイティブに大きく影響するからだと思います。
牧:パナソニックがここでアイデアソンをしてくれたのは、僕らにとって理想的な事例でしたね。
※2016年3月25~26日の2日間、「MTRL KYOTO」でパナソニック主催の「2025年の健康維持をITを活用して整えるワークショップ」が開催された。
森内:そうですね。パナソニックのある社員さんが、個人的にここを気に入って、打ち合わせなどで頻繁に使ってくれていて。自然と仲良くなって「ロフトワークってこういうことをやっている会社なんです」という話をしたら、「一緒に何か面白いことできませんか?」と話を持ちかけてくれたんです。それで、パナソニックの社員さんと僕たちが集めたクリエイターと合同で行うアイデアソンを企画しました。
牧:「僕らでいろんなクリエイターを30人集める」って話になって、最初は「そんなに集まるのかな」と不安でした。けれども、リストを作って声をかけてみたら、意外とすぐに集まったんですよ。しかも、そのほとんどが「Fab Meetup Kyoto」で出会ったクリエイターで。1年前は名前も知らなかった人たちと、こんなにつながりが持てて、一緒に面白いことができる……「MTRL KYOTO」の場の力を、あらためて感じた瞬間でした。
森内:同年2月にはオムロンのセンサーデバイスの開発チームが、「MTRL KYOTO」で泊まり込みの合宿をしました。この合宿にはロフトワークのパートナーでもあるエンジニアコミュニティからも4名合流して、ソフトウェアのコアの設計を一気に行うことができました。
※2016年2月、「MTRL KYOTO」でオムロン株式会社のHVC-C(人理解センサー)開発合宿が開催された。
牧:大企業にとって、前例がないようなオープンコラボレーションが生まれる場所として「MTRL KYOTO」 を活用してもらえるのは、とてもうれしいですね。
森内:ロフトワークには、あまり「会社としての自分」と「個人としての自分」を区別せず、いい意味で「公私混同」しながら働く風土があります。牧の地元は滋賀なんですが、毎回滋賀から個人的に推してるクリエイターを「Fab Meetup Kyoto」のプレゼンターに入れ込みますからね、今じゃ「滋賀枠」って呼ばれてます。でも、これってクリエイティブにおいて大事なことなのかなと。パブリックとプライベート、オフィスとコミュニティスペース、個人クリエイターと大企業の社員――境目をなくして、コントロールできない結びつきやぶつかり合いが生まれると、そこから思いもよらないインスピレーションが走り出します。創造的な動きが生まれる場、多様な働き方を提供し定着させていく場として、これからも実験を続けながら、「MTRL KYOTO」を大事に育てていきたいです。
お二人の話から、「MTRL KYOTO」が単なる「新しい働くスペース」ではなく、「新しい働き方が生まれるスペース」として育ちつつあることが感じられます。後編では焦点をひとつの場から街に移し、「京都で働くこと」というテーマで、さらに掘り下げていきます。
テキスト: 西山 武志
写真:映像家族yucca 成東 匡祐
※インタビューカット以外loftwork提供
イラスト:野中 聡紀