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社会背景と歴史から紐解くコワーキングスペースの変遷

新形態のワークプレイスとして、各地にコワーキングスペースが次々と誕生しています。独立して働く個人がワークプレイスを共有するコワーキングという新しい働き方は、フリーランスや起業家だけではなく、企業に勤める組織人の間にもイノベーションのきっかけを得る接点として広がり始めています。コワーキングスペースと明確に名乗る施設もあれば、シェアオフィス、イノベーションセンターなどの呼び名で表現されるケースもあるため、正確な数値は把握が困難ですが、全世界には数千、そのうち日本にも数百におよぶコワーキングスペースが存在するといわれています。

とはいえ、形態も業態もさまざまなコワーキングスペースはどのような経緯で誕生したのでしょうか。その歴史をひも解くヒントが隠されている書籍を元に考察していきます。

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コワーキングスペースの歴史的位置づけ

■コワーキングスペース黎明期

コワーキングスペース黎明期の動きについては、タラ・ハント著『ツイッターノミクス』に記載があります。同書では、ソフトウェアエンジニアのブラッド・ニューバーグ氏が一人でオフィスに閉じこもって働くことに飽き飽きし、仕事と他者との交流を両立できる理想的な職場を求めたエピソードが紹介されています。彼はカフェで働くことにトライしましたが、飲食の注文で思った以上にコストがかかること、また他者との交流がそれほど生まれず思惑通りにいきませんでした。そこで、市民センターの一室を借り、在宅で仕事をするワーカーに向けて広告を出したのがコワーキング発案の原点とされています。その後、オンラインコミュニティ上でさまざまなアイデアが寄せられて世界中にアイデアが広がり、明確な第一号のコワーキングスペースについては明言されていないものの、サンフランシスコ郊外に「ハットファクトリー」が誕生する流れが表現されています。

それ以降、SNSの拡大も後押しして全世界に広がるコワーキングスペースですが、ハットファクトリー開設前にはどのような動きがあったのでしょうか?

■1990年代:ボストンのベンチャー産業集積

この時期の動きを知る手掛かりが、ボストンにあります。金井壽宏著『企業者ネットワーキングの世界』には、多くのベンチャー企業や大学が終結するボストンのルート128地域を舞台にした企業者(アントレプレナー)のネットワーキングに関する膨大なフィールドワークがまとめられています。

スタートアップベンチャーを創業した企業者は、さまざま理由で人とのつながりを求めるようになります。

  • そもそも社内に人がいないため、いかに仕事すべきか、企業者としていかに生きるべきかを考える上で寄与する人間がいない
  • 多くの決定やアクションにリスクが伴い、不安を感じることもサラリーマンより多い
  • 企業者として創造性を発揮するため、またスタートアップした会社を成長させるためにも多様で異質な人々と広く接する必要がある

このような企業者のネットワーキングを観察する過程で、著者は「フォーラム型」「ダイアローグ型」の類型の存在を確認します。類型の枠組みは同書に細かく記載がありますが、主だった要素は以下の通りです。事例と共にご紹介します。

フォーラム型ネットワーキング
事例:MITエンタープライズ・フォーラム

  • 「一晩限りの取締役会」としてフォーラム運営委員会によって選抜された会社が自社の事業をケースとして発表し、同じ事業領域の専門家や企業者のパネラーからのアドバイスや意見交換を行う場として毎月開催
  • オープンメンバーシップで誰でも参加が可能。月次発表会には200名、年次発表会には500名が参加。そのときのテーマによって顔ぶれが変わる
  • 広い世界につながるために結合するゆるやかなネットワーキング
     

ダイアローグ型ネットワーキング
事例:SBANEエグゼクティブ・ダイアローグ会

  • ビジネスの同輩と経験をダイナミックに共有する「同輩手段の支援」の場
  • 閉鎖的で限定的なメンバーシップ規定(各社CEO、社長・会長)。10の異なるグループに分かれて、ホストメンバーの会社・自宅で会合
  • なじみの世界に打ち解けるために結合する強固なネットワーキング

ボストン地区の企業者はこういったネットワーキングの場を活用して交流を広げたり、また特定のテーマに対して世界を深めたりしながら、豊かに事業経営するさまが同書には表現されています。
ただいずれも定期的に開催されるイベントで顔を合わせている状態に過ぎず、この時期にはまだ常設のネットワーキング施設がなかったと言えます。

■2000年代:フリーエージェントの出現と台頭

続いて、ダニエル・ピンク著『フリーエージェント社会の到来』で、2000年代初頭の動向を追っていきましょう。
2000年代に入りビジネス環境が大きく変化する中で、従来の労使間の社会的契約が崩壊し、企業は個人に安定を保証することが困難になります。一方、個人の生活水準が向上したことで、生活の糧を稼ぐことだけが仕事の目的ではなくなり、人々は仕事にやりがいを求めるような変化が現れます。また、テクノロジーの進化により生産手段が低価格化・小型化し、個人に広く普及するようになりました。そしてそのことがビジネスのスピードをさらに加速させ、起業から出資を受けて株式公開に至る期間を短くし、また企業が消えてなくなるまでの期間もさらに短くなっていきます。
こういった時代背景のもと、フリーエージェントと呼ばれる新たな働き方を選択する人が、全米で増え始めていることを描いたのがこの書籍です。

二一世紀前半のアメリカを象徴する人物像は、フリーエージェント ーすなわち、きめられたひとりの上司の下で働くのではなく、大きな組織のくびきを離れて、複数の顧客を相手に、自分にとって望ましい条件で独立して働く人たちである。

フリーエージェントたちはさまざま小規模のグループをつくり、お互いにビジネス上のアドバイスをしたり、助け合ったりするようになりますが、この時期もまだ常設された特定のネットワーキングの場所が存在していない点は1990年代と同様です。
しかし、注目すべきは、この書籍の中にコワーキングスペースの誕生を予言する「フリーエージェントの山小屋」と称される新しいワークプレイスが登場することです。

もうひとつの新しいタイプのオフィスは、そうした人とのふれあいを得ることのできる場だ。私はそれを「フリーエージェントの山小屋」と呼んでいる。ここでは、フリーエージェントたちが集まって、前の晩のテレビドラマの話題で盛り上がったり、仲間と一緒に共同のプロジェクトに取り組んだりすることができる。この「山小屋」は、仕事場といっても、キュービクル(個人用の仕切りスペース)全盛の90年代のオフィスより、キンコーズやスターバックスに近い。

フリーエージェントたちは金を払って会員になり、同僚と噂話に花を咲かせたり、仕事中に誰かに話しかけられるなど、今は会社勤めの嫌な点だと思っていることをするために、こうした仕事場に出かけていくようになる。人とのさりげない接触は、創造性や革新性を促すうえで不可欠なものなのだ。仕事のしすぎで頭痛が抜けないときや、ビジネス上の問題が解決できないでこまっているとき、あるいは大きなプロジェクトに共同で臨んでいるときは、誰もが名前を知っていてくれて歓迎してくれる「山小屋」は生産的な仕事場になるはずだ。

この「フリーエージェントの山小屋」は、以下のような性格の場所であると筆者は続けて描写していきます。

「山小屋」の場合は、フリーエージェント専用の施設だ。グループ用のスペース(打ち合わせや娯楽用のために使うことができる)と「着陸スペース」(電源コンセントと電話のジャック、テレビ会議用設備を備えた小型のデスクがある)とで構成される。職業団体などがこうした施設を運営するケースも出てきそうだ。たいてい、年会費を支払って会員になれば「着陸スペース」の利用資格が与えられ、所定の利用料金をその都度支払えば会議室なども借りられるという形になるだろう。こうした「山小屋」は、キンコーズと同じような設備を備える反面、近所のパブのような肩の凝らない雰囲気をもった場所になる。

この描写は、まさに現在のコワーキングスペースそのもの。ハットファクトリーの登場から何年も前に、このような場所が登場することが予言されていることが興味深いポイントです。

歴史的位置づけのまとめ

1990年代にボストンで描写された企業家たちは、2000年代になってフリーエージェントという呼称によって対象が拡張され、ベンチャーの集積地区だけではなく全米で確認されるようになります。しかし、あくまでもフリーエージェントたちの活動の場は自宅・大学といった場所で定期的に開催される場に限定されており、ネットワーキングの機能をもった常設の空間はまだ存在していませんでした。それが2000年代後半から2010年代に入る過程で、理想的な常設のネットワーキングの場であるコワーキングスペースを獲得するに至った、と捉えることができます。

後編では、コワーキングスペースが豊かなネットワーキングの場として維持発展するための重要な要素について、筆者のフィールドワークを通じて得られた成果も交えてご紹介します。

【参考】
タラ・ハント(著)村井 章子(訳)(2010)『ツイッターノミクス』文藝春秋
金井 壽宏(1994)『企業者ネットワーキングの世界』白桃書房
ダニエル・ピンク(著)池村 千秋(訳)(2002)『フリーエージェント社会の到来』ダイヤモンド社

テキスト:遅野井 宏
写真:loftwork
イラスト:野中 聡紀