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WORK MILL

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東京から地方の課題を解決するチームビルディング

2011年の東日本大震災は、多くの日本人の仕事観・人生観を変えました。仕事を通じた社会貢献や、人と人とのつながりを強く意識する変化のなか顕在化した、「何のために働くのか」という“働く意味への大きな問い”は、二枚目の名刺やリモートワークなど、より柔軟なワークスタイルへのムーブメントへと発展しています。  

今回紹介するのは、そんな文脈と関連する新たなワークスタイルのストーリー。震災を機に新しい取り組みを始めた事業者と、彼らの挑戦に参加したいサポーターをつなぐ、Googleが展開する復興支援事業「イノベーション東北」から生まれたプロジェクトのひとつ「女川とびらプロジェクト」のメンバーたちです。

東京で別々の会社に属し、それぞれプロデューサー、広報、営業、デザイナーと職種もまったく異なる4人。さらに課題解決のフィールドとなる宮城県・女川町とは縁もゆかりもない…。そんな一見つながりのない彼らが、それぞれの強みを活かしながら、東京を拠点に女川町の復興に貢献してきたといいます。

共通点は、都内で開催されたとあるイベントで「イノベーション東北」のことを知ったというきっかけだけ。そんなユニークな彼らのプロジェクトストーリーから、組織を超えて目的仲間とはたらく、東京で地方とはたらく、新たなワークスタイルのヒントを探っていきます。

人口減少地域と人を結びつける被災地支援プロジェクト

WORK MILL:みなさんの「女川とびらプロジェクト」は、どのような経緯で始まったのですか。また、主にどのような活動をされてきたのでしょうか。

柳川:震災によって、女川町の人口は約1万人から約7000人にまで減少してしまいました。町を建て直すため、女川町のみなさんは議論を重ねたそうです。そこから生まれた取り組みのひとつが、「女川とびらプロジェクト」です。
女川駅前に新たにできたフューチャーセンターを拠点に、県外から人を招き入れるには、どんなプログラムを実施したらよいかというのがオーダーでした。提案様式も決まっておらず、オーダー自体もふわっとしたものだったので、そこから何を組み立てていくかは自分たち次第でした。最初の活動期間は2015年1月末から3月末まで。3月25日の女川町への最終プレゼンテーションでは「できるだけ気軽に女川町に来てもらえること」を目指したツアーの具体的プログラムを提案しました。ツアーは2015年9月に第1回、2016年2月に第2回が実施され、私たちも現地に向かい、ツアーに同行しました。

WORK MILL:4人とも東京近郊在住ですよね? 東京と女川町の物理的な距離は大きなハードルになりませんでしたか?

金内:メンバーが決定してすぐ、女川町のことを知るために4人で現地を訪れました。そこで用意されていたのは、これ以上にないくらいの盛りだくさんの体験でした。本当にたくさんの人に会わせていただき、話を聞くことができました。女川町のことが凝縮された内容でしたね。その後の活動は東京が拠点になりましたので、現地との打合せは基本的にはビデオ会議で行いましたが、この最初の訪問で濃密な時間を過ごすことができたおかげで、一気に町のことを吸収することができ、その後はスムーズに進めることができました。
現地へ行く前は、みなさんの辛く壮絶な震災体験を聞いて、それらをまずは受け止めないといけないと覚悟していたところがあったんです。でも、女川町の方々は、想像とはまったく違って、エネルギッシュで常に前を向いていました。辛い経験してもなお前向きな姿に何度も心を打たれ、話を聞きながら号泣してしまうこともありました。
そんな町の方々の前向きなエネルギーに触れ、帰りの新幹線の中で「みなさんの思いに応えるものを作らなければならない」とメンバーで話をしたのを覚えています。

体験と想いの共有が、いい意味の強迫観念と熱量に

WORK MILL:忙しく働きながらもこの女川町プロジェクトに強くコミットできているのは、どうしてなのでしょうか。

上原:やはり最初の訪問で、強烈な体験を4人で共有したからだと思います。町をよくしたいという女川町の方々の強い思いに私たちが感化されたんです。「女川町の人たちのために私たちには何ができるだろう」「できる限りのことをしたい!」という思いになりました。

柳川:私たちを頼ってくれて、これから私たちが作るものに対して本気で期待してくれているのが分かり、いい意味での強迫観念のようなものを持ったところがあります。力を貸してほしいとストレートに伝えてくれたので、中途半端なことは絶対にできないという責任も感じました。他のメンバーも同じ思いだったと思います。だから、東京に戻ってから多いときには週に2日~3日、仕事が終わった後に集まり、議論を重ね、企画を練り上げていきました。
全力でエネルギーを傾けたので、3月の最終プレゼンテーションが終わった後は、しばらく燃え尽きた抜け殻のような状態になっていましたね(笑)。

リーダー不在、フラットかつキャラの異なるチームワーク

WORK MILL:体験と想いを共有したことでチームの結束を強くしたのはわかりました。とはいえ、一緒に仕事をしたことがないキャラクターの違うメンバーでチームを組む点で難しさはありませんでしたか?

上原:同じキャラクターがいないこと、それぞれ本業の仕事もバラバラだということが、逆にチームのバランスのよさにつながっていると思います。きっちりと役割を決めているわけではないのですが、それぞれの強みを活かした立ち位置みたいなものはあると思います。

柳川:何をするにも4人で議論して決めるフラットなチームです。それぞれが本業を抱えながらこのプロジェクトに参加しているので、どうしても参加が難しくなる時期があります。そういったときに、メンバー間でサポートし合える関係性であることが重要でした。忙しい人がいたら手が空いている人が自然と助けることができていたので、うまくまわっていました。あえて役割を決めなかったからこそ、スムーズに進んだのだと思います。

金内:柳川さんは、みんなのアイデアを引き出し、企画書にまとめてくれます。上原さんは、人材関連の仕事をしているので人を募る方法をよく知っていますし、また将来地元の長野にUターンして事業をする目標があるため、地域創生に関する情報を収集し、メンバーにシェアしてくれます。青柳さんはデザイナーなので、デザイン全般を担当してくれて、プロジェクトの方向性をロゴにしてくれました。私は一番年上ということもあり、プロジェクトの進行を管理することが多かったですね。役割は決めていないけど、得意領域で協力し合う関係なんです。

柳川:上原さんの人材派遣の知見には、ツアーの企画を詳細化するうえでとても助けられましたよね。

金内:「人を募集するのにはこれくらいの時間が必要で、次のアクションをこれくらいのタイミングで起こさないと」など、上原さんはそういった人を動かすための調整がとても上手です。
実は、プロジェクトのプレゼンまでお互いの会社や仕事について詳しく話したこともなかったですし、それまでニックネームで呼び合っていたので、今こうして本名で呼び合うことに少し違和感を感じます(笑)。ただただ良いものをつくりあげようとそこだけに集中できたことが、結果的にパフォーマンスを上げたのかもしれません。
このチームは誰も自分の意見を押し通そうとする人がいません。全員がそれぞれの意見を出し、ポジティブにお互いの意見を受け止めることができています。それができるチームだからこそ、深いところで目的を共有し合い、長く続くチームになっているのだと思います。最初の段階からこのスタンスが成り立っていたので、メンバーに対する信頼はとても大きいですね。そう思えるメンバーに出会えたことも、このプロジェクトに参加した大きな財産になっています。

テキスト:まきだ まどか
写真:岩本 良介
※女川現地写真のみ、「女川とびらプロジェクト」提供
イラスト:野中 聡紀