「はたらく」のプロが編集 新メディアが描く働き方の未来
現在、オフィスをはじめ、さまざまな空間提案を行う岡村製作所。これまで時代の変遷とともに、その時代に求められる製品を考えてきた。そして、今取り組んでいるのは「はたらく」のリ・デザイン。
社外の人々が集い、交流する空間であるFuture Work Studio「Sew」や、スピーカーを招いてのトークイベントやワークショップなどを行う実験空間であるOPEN INNOVATION BIOTOPE「Sea」を生み出し、さまざまな角度から「はたらく」にアプローチしてきた岡村製作所が次に取り組むのは、“メディア”です。
ワークスタイルの研究者、オフィス空間のデザイナー、人材を育成する研修プログラムの開発者。「はたらく」に多様な視点から取り組んできたメンバーが編集部員となって、メディアを立ち上げ、企画・運営します。
その名も『WORK MILL』。
「はたらくの見方を変える。はたらくの価値を挽きだす。はたらくを考える時間と。」をテーマにしたメディア『WORK MILL』について、編集部のメンバーに語ってもらいました。
なぜ『WORK MILL』を始めたのか
「働き方」からデザインすることが必要な時代
岡村製作所が『WORK MILL』を始めるに至った理由。それは、顧客ニーズの変化を感じ取ったことが始まりだったそうです。
遅野井:オカムラは、これまで長く家具や空間を提供する仕事をしてきました。最近では、顧客に対して家具や空間を提案する際に、その場で展開される「働き方」が重要になってきています。「働き方」からデザインしなければならなくなった私たちは、これまで以上に知見を溜め、ネットワークを築き、良質な情報を発信をしていく必要が出てきています。
このプロジェクトを主導する遅野井 宏は、『WORK MILL』が社内で立ち上がった背景をそう振り返ります。
これまで、人々のオフィス空間に対するニーズは、どのように変化してきたのでしょうか。
複雑化するオフィスニーズに対応するために
リサーチャーとして『WORK MILL』編集部に参加している山田は、「オフィスへのニーズや要素が複雑化してきている」と語ります。
山田:かつて、オフィスは人が過ごし、働くための最低限の「快適性」が求められる空間でした。その後、生産性を向上させるための「効率性」を、そして新しい価値を生み出すために「創造性」を求めるようになりました。2000年代に入ってからは「多様性」が求められるようになり、最近ではウェルビーイングなどの健康やエンゲイジメントなど人と組織の関係性といったものが求められるようになっています。組織と個人が オフィスに求める要素は次々と増え、オフィスは複雑化してきています。
複雑化するオフィス空間に対応するためには、多角的な視点から取り組むことが必要になります。『WORK MILL』は、多様な職種で編集部を構成することで、複雑化するオフィスへのニーズやこれから重要になる要素を捉えようとしています。
はたらくの関心は「人」へ
企業のオフィスや研究開発施設のデザインに携わってきた神山は「環境だけでなく、そこで働く『人』への関心が高まってきた」と、ここ数年の変化について語ります。
神山:ここ10年ほどの間はどの企業においても『効率性』や『生産性の向上』がオフィス設計の最大のテーマとされてきました。それが、ここ数年は企業の関心のベクトルが働いている人に対して向き始めています。ワーカーにとって、どういった環境だと居心地が良く働きやすいのか、モチベーションを高めるような魅力的な環境とはどういったものかといったことを企業が意識するようになってきているのです。オフィスに対する価値観が変化してきていると言えます。
オフィス空間というハードの部分ではなく、人材育成や研修といったソフトの部分から働くことに関わってきた薄(うすき)は、また違った変化を感じ取っていたそうです。
薄:人材育成だけでは人は変わらないという、研修や人事制度の限界を感じていました。大事なことは、現場で日々どう仕事をしていくかということ。人が会社で働くことをフォローする教育や人事制度はもちろん、実際に働く場であるオフィスのあり方が非常に重要だと考えるようになりました。生産性高くイキイキと楽しく働く、そして社員同士のコミュニケーションが自然と活性化していくような空間。オフィスは、働く人をフォローする環境である必要があります。人が育ち安心して働くための仕組みと、働きやすいオフィス空間が合わさることで、初めて人はイキイキと働けるのだと思います。
それぞれ違った角度から「はたらく」ということに取り組んできた編集部のメンバーたち。彼らが集い、最初に取り組んだのが「はたらく」の再定義でした。
遅野井:まず、私たちは「はたらく」を再定義しました。私たちの定義では、「はたらく」とは、人が資源を投入して、価値を創出し、報酬を得ること。主役は「人」であり、そこから生み出される価値は、無限であると考えています。「はたらく」ことから得られる価値に対する考え方や価値観も多様化していますが、中心には常に人がいる。そうやって「はたらく」ということを「人」を通じてみると、場所があって、ルールがあり、道具を使って働いています。私たちはワークプレイスの会社ですが、人事制度・ポリシーやITなど「はたらく」に関することを広く捉えて情報発信していきたいと考えています。
『WORK MILL』とはどんなメディアなのか
「はたらく」ことに対する変化を敏感に感じ取った彼らが運営する『WORK MILL』は、一体どんなメディアになるのでしょうか。
「はたらく」を“見る”、価値を“挽きだす”メディア
遅野井:『WORK MILL』では、働く人を観察して本質を引き出していきたいと考えています。世間的にいくら素敵だ、綺麗だと言われている他社のオフィスでも、そのオフィスをそのまま自社に適応できるわけではありません。その会社のマネジメントや文化など、オフィスを取り巻くさまざまな要素が関係してきます。良い場に必要な本質を引き出すために、まず現場の人、プロセスを「見る」こと。「MILL」には、 “挽く”という本来の意味に加えて、日本語の“見る”にかけています。そしてSeaやSewもスペルは違いますが見る(See、Saw)の英単語そのものですし。場も含め一貫した表現になっています。
働いている人たちが、いまどんな課題に直面しているのか、それを乗り越えた事例にはどんなものがあるのか。「はたらく」ということについての、今、未来、そして過去も振り返りながら、さまざまな時間軸で捉えていきたいと考えているそうです。
そして、『WORK MILL』の観察対象となるのは、ワークプレイスや道具、ルールだけではありません。『WORK MILL』では、「ライフ」も見る対象となっています。
「ワークインライフ」の時代
山田:いまや、ワークとライフは切り離すことは難しくなってきています。「ワークライフバランス」という言葉がありますが、最近ではワークを生活の中の一つの事象として捉える「ワークインライフ」という考え方のほうがしっくりきます。これからは、ワークとライフをどうコーディネートして調和させていくかが求められます。『WORK MILL』では、ライフにも焦点を当てていく予定です。
「ライフ」まで観察対象の範囲を広げつつ、これまでメインテーマとしてきた「プレイス」も、『WORK MILL』では掘り下げていきます。
神山:企業のワークプレイスも、最近では社内だけではなく、社外とつながる場づくりを意識したものが増えてきました。オフィスの一部をオープンにすることによって、自社にとって有益で新鮮な情報と触れる機会を増やしていこうという動きです。サードプレイスとは異なるこうした企業内オープンスペースが、どのような役割をもって、どう機能しているのか等を実際に聞きに行ったりできればと考えています。
社外の人と共に考えるメディア
社外の人間とのつながり方にはいろいろな方法があり、岡村製作所でも、「Sea」や「Sew」といった「働き方」に関する実験的な場を設けています。今回生まれる『WORK MILL』も外部の人たちとつながる新たな場所になりそうです。
取材や記事を通じて社外の人たちとつながり、共に「はたらく」について考えていきたい、そう山田は語ります。
山田:私たちとともに、記事を読んでくださる読者の人たちも「はたらく」に対する見方を変えるような記事を提供していきたいと考えています。「はたらく」ことを見つめなおし、一緒にこれからの働き方を考えて、「はたらく」の価値を挽きだしていきたい、そう考えています。
『WORK MILL』が目指すこと
『WORK MILL』を運営することで、編集部のメンバーはどのようなことを目指しているのでしょうか。ひとつは、新たなことに挑戦する人を取材することを通じて、多くの会社に変化をもたらすこと。
失敗も含め、さまざまな挑戦を取り上げたい
神山:『WORK MILL』は私たちが自発的に立ち上げたプロジェクトですが、我々と同じように企業内において新しい事業を立ち上げたり、既成の枠からはみ出た試みにチャレンジしているような『イントレプレナー(社内起業家)』に取材しながら、同じように企業内で自分のアイデアや想いをカタチにしたいと考えている人たちの刺激になるような情報を発信したいと思いますね。
ただ、挑戦には失敗がつきもの。『WORK MILL』はさまざまな取り組みの明るい部分だけではなく、暗い部分にも光を当てていきたいと遅野井は語ります。
遅野井:企業は、事業の衰退や撤退など、資本や人といったさまざまなリソースを投入したけれどもうまくいかなかった経験を持っています。ただ、表に出てくるのは成功の話ばかり。失敗には数多くの学びがあるので、『WORK MILL』では失敗と呼ばれるような事例も取り上げることで次の成功を生み出す土壌にしていきたいと考えています。
世に送り出されたときには、高く評価された取り組みも、しばらく時間が経ってみると人知れず終わっていた、なんてことは珍しくありません。失敗から学び、次に活かしていくために『WORK MILL』では失敗事例も取り上げていきたいと考えているそうです。そして、上手くいっている事例として取り上げるのは、継続性があるもの。
薄:環境を変える、変化を起こすことは継続してこそ意味があります。変化が継続して機能する仕組みを生み出している事例を取材していきたいですね。特に、私は多様性に関する取り組みを深く見ていきたいと思います。たとえば、日本企業はうまく女性が働けていないと感じています。海外では女性活躍推進やLGBTに関する取り組みが進んでいますが、日本は職場の多様性に関する取り組みが遅れています。どうしたら日本の職場に多様性をもたらし、女性の活躍を促すことができるのか、さまざまな事例を取材してきたいですね。
個人と組織の新たな関係性を探る
『WORK MILL』が目指しているのは、組織と個人の関係性を捉え直し、一人ひとりの働き方をもっと自由にすること。
山田:新たな価値を生み出すため、組織として成長するために組織は多様な個人にどうやってパフォーマンスを出してもらうかが重要な課題となっています。個人も、ITというツールを使って、情報の収集と発信、ビジネスができるようになり、自己実現がしやくすなったことからいろんな働き方が生まれました。こうした変化を踏まえて、組織と個人のマッチングといった雇用の多様化もこれからの大切なテーマです。
遅野井:経営学的に見れば、人間が組織で働くようになったのは産業革命で工場が誕生してからなんです。そう考えると、人間が組織で働くようになってから、200年くらいしか経っていません。工場が生まれるまで、人は家や街中で働いていました。組織で働くようになってからというもの、生産性が追求され、次第に人間は本来の姿から離れた状態で働くようになっていきました。本来の姿から乖離するわけですから、そこには我慢や抑圧があります。これからは、より自然に人のふるまいに寄り添うような働き方を追求することがテーマになると考えています。編集部が心地よいと思うものや自然に働いているものから、働き方のエッセンスを抽出していきたいと思います。
組織で働くという文化はなぜ、いつ生まれたのか。それを知ることは、現在の働き方や組織を見つめなおすことにつながります。組織のあり方を見つめ直していくことで、個人と組織の関係性を変化させていくことが求められています。
薄:個人は、つい組織を大きく捉えてしまいがち。組織は絶対的なものではありません。個人でも、自ら働きかけることで自分が働きやすいように変えていけるものなんです。個人が組織に働きかけていくことで、組織もより良いものになっていくことができます。個人が主体的になって、組織にはたらきかけていくための一歩を後押しできたらいいですね。
個人が主体的に「はたらく」に関わる社会を目指して
働き方を変えていくために、組織だけではなく、個人も見方や考え方をリフレーミングしていく必要が出てきています。
神山:我々は『WORK MILL』を通じてさまざまな視点で「はたらく」を見て、情報を蓄積・発信していきます。ワークだけでなく、プレイスやルール、ライフなど、だれでも入りやすい新しい入口を用意してあげることで、「はたらく」ことを改めて意識するきっかけを作っていけたらと思います。
薄:イキイキと楽しく、生産性高く働いていくためには、働く本人がどうありたいかが非常に重要です。働くことには自由も必要ですが、それには責任を持って仕事をする覚悟も大切になります。自由な働き方を実現していくためには、まず個人のキャリアデザインに対する意識を変えていくことが必要だと思います。
働き方を変えるために出来ることは、個人にもある。編集部のメンバーは、『WORK MILL』の読者に対して、そんな「勇気」を提供していきたいと考えています。
遅野井:これまでの高度経済成長期後の社会は画一的な働き方で、自由度は高くありませんでした。現在は社会が変化してきています。働き方が社会に合わせて、一気に変わることは難しいですが、これから少しずつ変化していくはずです。『WORK MILL』では、人々が当たり前だと感じているコトやモノを疑い、新たな視点を提供して「働くことについて、主体的に考えてみよう」と読者に呼びかけていきます。
多様な選択肢が与えられるようになった社会において、人は自らの働き方をよりカラフルに描くことができるようになりました。「はたらく」ということをもっと考えていきたいという方は、はたらくの見方を変えて、価値を挽きだしていく『WORK MILL』の活動に参加してみてはいかがでしょうか。
テキスト:モリ ジュンヤ
写真:押尾 健太郎
※スライドショー2枚目の写真のみ、岡村製作所提供