会社と渋谷駅の往復だけの日常を変える。東急不動産「SHIBUYA MABLs」がつなぐ街の“ご近所付き合い”(大西里菜さん)
その会社のある「街」に愛着はありますか? 会社での飲み会などが減る中、駅とオフィスの往復だけで終わってしまうこともあります。
しかし、日常の中でふとした「寄り道」や「顔見知り」がいれば、この街で過ごす時間はもっと豊かになるのかもしれません。
そんな課題に挑むのが、渋谷で働く人たちを対象にした東急不動産のコミュニティアプリ「SHIBUYA MABLs(マブルス)」です。リリースから2年で13万ダウンロードを突破し、デジタルのつながりをリアルな街の価値へと変えようとしています。
今回は、MABLsの事業責任者を務める東急不動産株式会社の大西里菜さんに、アプリ開発の裏側にある苦労や、「銭湯」に学んだコミュニティ設計、そして100万人が混ざり合う渋谷の未来像についてお話を伺いました。

大西里菜(おおにし・りな)
東急不動産株式会社 都市事業ユニット 渋谷事業本部 渋谷運営事業部 価値創造グループ
青山学院大学卒業後、2018年に東急不動産株式会社へ入社。統合型リゾート(IR)の行政提案業務を経て、渋谷の複合施設 東急プラザ原宿「ハラカド」立ち上げに参画し、「小杉湯」の誘致を担当。2022年より「SHIBUYA MABLs」の立ち上げ責任者に就任。
MABLs責任者は、渋谷の熱量を一手に担う「何でも屋」
まずは、大西さんのこれまでのキャリアや、今どのようなお仕事をされているのかを教えていただけますか。


大西
私は新卒で東急不動産に入社しました。最初はウェルネス事業部に配属となり、入社2年目の時に統合型リゾート(IR)の誘致チームに参画していました。
そこで、現在渋谷事業本部のトップである本部長とも出会い、2022年から渋谷事業本部に所属しています。
すぐにMABLsのお仕事を?


大西
MABLsの立ち上げと並行して、以前は東急プラザ原宿「ハラカド」の中に銭湯「小杉湯」を誘致するプロジェクトも担当していました。
ハラカドも! それはとても忙しいですね。


大西
当時は大変でした……(笑)。
今はMABLsの事業責任者として、リアル拠点の運営からアプリの開発、SNSマーケティングまで、本当に全部自分たちで見ていますね。
具体的には、どのような役割を担っているのでしょうか?


大西
社内のメンバーは私を含めて3人という非常にコンパクトな体制なので、「何でも屋」みたいになっちゃって(笑)。
アプリのプロダクト開発はもちろん、SNSでの発信、ユーザーさんからの問い合わせ対応、さらには静岡県庁さんや渋谷区といった行政の方々との連携まで、私が窓口になって進めています。


大西
新規事業ということもあり、社外の関係者がとても多くて、パートナー企業約10社、40名が所属するチームと一緒にプロジェクトを動かしています。
定例会議だけで週に8~10個くらいあるので、毎日が本当にあっという間ですね。
駅と会社の往復で終わらせず転職しても渋谷との縁が切れない仕組みを作る
そもそも、なぜ不動産会社である東急不動産が、MABLsというコミュニティアプリを立ち上げたのでしょうか。



大西
東急グループでは、渋⾕駅を中心とした半径約2.5kmのエリアを広域渋⾕圏とし注力しています。東急不動産は、個性豊かな街々が隣り合うこのエリアで「人」起点のまちづくりを進め、「新しい」が生まれ続けるワクワクを届けていくという大きな構想があります。
建物という「ハード」だけではなく、そこで過ごす人のつながりという「ソフト」をセットにして、渋谷という街の価値を上げていく必要がある。
もっと言えば、これからは「わざわざこの街に来る理由」を作らなければならないんですね。
なるほど。
そういう視点で見ると、今の渋谷にはどんな特徴がありますか?


大西
渋谷で働く方を見ていると、駅と会社の往復だけで終わってしまう人も意外と多いんです。リモートワークも普及していますし、ランチもコンビニで済ませて、仕事が終わったらすぐ電車に乗って帰る……。
それだと、渋谷に愛着も持ちづらいですし、もし会社を辞めて転職してしまったら、渋谷との縁がプツンと切れてしまうんですよね。それは、街にとっても、もっと「渋谷」を楽しんでいただきたい私たちにとってもすごく悲しいことだなって思うんです。


大西
でも、渋谷に知り合いがいたり、お気に入りのお店があったり、「寄り道」をする場所があれば違う。そういったつながりが街への愛着を生み、結果として私たちの不動産の価値にも返ってくる。
そういう「街を耕す」ような視点で、このプロジェクトは始まりました。
銭湯のような心地よい距離感を作り、「おトク」をきっかけに街に交流を生む
「街に知り合いを作る」というのは素敵ですが、大人になってから新しいつながりを作るのって、すごくハードルが高いですよね。
MABLsでは、つながりをどうやって設計しているのでしょうか?


大西
大きなヒントをもらったのは、高円寺にある老舗銭湯「小杉湯」の三代目・平松佑介さんとの出会いでした。
平松さんとお話する中で、今の若い世代の人間関係が「ものすごくクローズドなコミュニティ」か「SNS上の顔も知らない赤の他人」かの二極化している、という指摘をいただいて。ハッとしたんです。


大西
銭湯では、毎日同じ時間に行くと「あ、今日もあの人いるな」ってなんとなく顔を覚えるじゃないですか。あの「同じ空間を共有している、顔なじみ」という心地よい距離感がある。
でも、「ものすごくクローズドなコミュニティ」と「SNS上の顔も知らない赤の他人」の中間にある「ご近所付き合い」のような関わりがぽっかり抜け落ちている。だからこそ、そこをつくっていきたいと思いました。
なるほど。
でも、アプリというデジタルなツールで、どうやって「銭湯のような空気感」を作っているんですか?


大西
まず、いきなり「つながりましょう!」と正面から誘わないことです。それだと重いし、ちょっと身構えちゃいますよね。
だからMABLsでは、まず「おトク」を入口にしています。「渋谷でランチが無料になる」「ポイントが貯まる」という、ワーカーさんにとって実利のあるポイ活アプリとして使い始めてもらうんです。
入口としての「おトク」感は、とっかかりやすいですね。


大西
でも、そこから先がポイントなんです。
ランチを食べるためにアプリを開いて、渋谷に「チェックイン」をすると、マップ上に自分のアイコンが表示され、同時に「今、同じエリアにチェックインしている人たち」が可視化されるようになっています。
「誰がそこにいるか」がアイコンで見えるわけですね。
でも、それだけでつながりが生まれるのでしょうか?


大西
「見かける頻度」が重要なんです。毎日チェックインしていると、「このアイコンの人、よく見かけるな」とか「いつも素敵なカフェにいるな」というのが自然と目に留まるようになります。
これ、いわばデジタル上での「すれ違い」を演出しているんですよね。

オンライン上で、挨拶もできるんですね。


大西
アイコンや名前を繰り返し見かけることで、脳内に「見知らぬ他人」ではなく「なんとなく知っている人」としての記憶が蓄積されていく。
この「デジタルな顔なじみ」の状態を作っておくことが、実際に会った時の爆発力につながるんです。
デジタルの「顔なじみ」が、リアルの「つながり」に変わる瞬間がある……?


大西
そうなんです。
実は、月に一度ほど、200人規模が集まる「SHIBUYA MABLs NIGHT」というリアルイベントを開催していて。
そうすると、「あ! あのアイコンの〇〇さんですよね?」という会話が至る所で発生するんですよ。

リアルでつながる仕掛けもちゃんと用意されているのですね。


大西
交流会などで、ゼロから「初めまして」をやるのは疲れます。でも、アプリですでになんとなく認識している相手なら「いつもチェックインされてますよね」って、挨拶の延長でスッとつながれる。
アプリでのチェックインは、実はリアルで会うための「予習」であり、デジタルな「会釈」のような役割を果たしているんです。
この「気配の可視化」こそが、孤独を解消し、共創へと向かう第一歩になるんだと信じています。
挨拶をデジタルで送り合いリアルな拠点で実際に顔を合わせる安心感
デジタルのつながりだけでなく、2026年3月には渋谷・桜丘にリアル拠点「MABLs SHIBUYA BASE」もオープンされました。
なぜ、物理的な場所を持とうと思われたのですか。



大西
デジタル上の「挨拶」の先に、リアルで会える場所があることが重要だと思ったからです。
アプリでなんとなく知っている人たちが、実際に顔を合わせられる「街の交差点」のような場所が欲しかったんですよね。
具体的には、どういった場所になっているのですか?


大西
この場所にはMABLs専属のコミュニティマネージャー常駐して、「街のインフルエンサー」の役割を果たしています。
誰かが一人で来ても、マネージャーが「あ、〇〇さん、この前チェックインしてましたね!」と声をかけることで、そこから会話が広がるんです。

コミュニティマネージャーという「人の介入」が、つながりの質を変えるわけですね。
ただリアルに会うとなると、安全面も気になります。


大西
セキュリティは、かなり厳重にしています。
プラットフォームがある強みを活かして、不適切な振る舞いをする人がいれば裏側で確認をとり、場合によっては強制退会にする仕組みも整えました。
その土台があるからこそ、安心して「違い」を楽しめる共創の場が生まれるんだと確信しています。今は、特に女性のユーザーさんからは「MABLsのイベントなら安心して参加できる」と言っていただけることが多いですね。
大切なことですね。
ちなみに、13万人というユーザー規模を考えると、運営側だけで盛り上げるのは限界があるようにも感じますが、いかがでしょうか。


大西
おっしゃる通りです。だからこそ「MABLsクルー」という、渋谷が大好きでビジョンに共感してくれる仲間を募集しました。
今クルーには、大学生から社会人まで多様なメンバーがいて、彼らが自分たちでイベントを企画したり、このBASEで新しいアイデアを練ったりしています。
運営が一方的に提供するのではなく、ユーザーさんと一緒に街を作っていく。この「共創」のプロセスそのものが、MABLsのエネルギー源になっているんです。
建物というハードに人のつながりというソフトを掛け合わせ街を耕す
これまで蓄積された13万人以上のユーザー行動データは、今後の東急不動産のまちづくりにどう活かされていくのでしょうか。


大西
今はまだデータの活用については議論の途中ですが、将来的には「街を理解する」ための強力な武器になると考えています。
どの時間帯に、どんな属性の人が、街のどの場所に滞在しているのか? それがデータとして可視化されることで、商業施設のテナント提案をより最適化できるかもしれません。
一方で、データだけでは語れない「体感」も大事にしたいと思っています。

数字だけじゃ捉えられないものを、コミュニティを通して捉えているのですね。


大西
そうです。不動産会社として建物を建てるという「ハード」の仕事はこれからも重要ですが、そこに「人のつながり」という「ソフト」を掛け合わせる。
そうすることで、その街に通い続ける理由ができる。13万人のデータと、現場でのリアルな手触り。その両輪を回しながら、次世代の都市開発の形を模索していきたいと思っています。
地方自治体との連携についても伺いたいです。
二拠点生活の推進などは、渋谷という街にどのような影響を与えると考えていますか。


大西
渋谷は地方出身の方がすごく多いんです。たとえば、「九州出身者集まれ!」というイベントをすると、一瞬で枠が埋まるくらいです。そんな彼らの中には「いつかは地元に貢献したいけれど、今は渋谷で働きたい」という葛藤を抱えている人もいます。
だからこそ、渋谷だけに人を囲い込むのではなく、渋谷を起点に人が循環するようなインフラになりたい。それが結果的に、日本全体を元気にすることにつながると信じています。
あらゆる層が混ざり合うカオスな渋谷を共創の力でアップデートする
大西さんにとって、渋谷はどのような存在ですか?


大西
私が渋谷を愛するようになった原体験は、大学時代に連れて行ってもらった道玄坂の奥にあったライブハウスにあります。
最初は「え、何この年季が入っているドア……」と怖かったんですけど(笑)。一歩中に入って地下に降りたら、見たこともないカルチャーが広がっていました。そこで、自分の世界観がガラガラと崩れる、大きな衝撃を受けたんです。
渋谷は自分にとって新しい価値観を与えてくれた場所。だからこそ、この渋谷に感謝しているし、街に恩返しをしたいという想いがあります。
学生時代の体験が、渋谷愛の原点なのですね。


大西
そうです。なにより渋谷って、「働く、遊ぶ、暮らす」が混じり合っていて、ワーカーやクリエイター、ご高齢の方といったあらゆる層が同じ時間帯に存在している。でも、今はまだ交流はそんなに生まれていないんですよね。
もし、その異なる層がMABLsを通じて「混ざり合う」ことができたら、もっともっと面白いことが起こるはず。それが私の根底にある想いです。
最終的には、MABLsを通じて、渋谷をどんな場所にしていきたいですか?


大西
今、MABLsの利用者はまだ13万人ですが、6年後には100万人を目指したいと思っています。
渋谷に来る人はみんなMABLsを持っていて、それが当たり前のインフラになっている状態。そこまで辿り着けたら、私の「渋谷への恩返し」が少しは形になるのかなって思っています。
将来のMABLsが本当に楽しみです。
大西さんのパワフルさに、終始圧倒されました!


大西
私は、自分が特別に戦略家だとか、企画の天才だとは思っていません。ただ、誰よりも「やり続けること」と「走り続けること」だけは負けないつもりでやっています。
アジャイル開発と同じで、やってみてダメだったら修正して、また走る。その泥臭いプロセスの先にしか、本当の共創は生まれないと思っています。
まずは「おトク」からでいいので、ぜひ渋谷という街の余白を楽しんでみてください。きっと、昨日とは違う景色が見えてくるはずですよ。

2026年4月取材
取材・執筆=ミノシマタカコ
撮影=栃久保誠
編集=鬼頭佳代/ノオト



