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万博会場で共鳴の祭を開催! EXPO酒場からライブパフォーマンスまで人々が“いのち”を響き合わせた「人間響命祭」をリポート

各国の文化や英知、アイデアが集結する世界的イベント「大阪・関西万博」が開催され、会場の夢洲は連日大勢の人でにぎわいました。

各メディアやSNSでも、会場の様子や来場者の感想が日々伝えられ、その熱気は広く伝播。パビリオンスタッフやキャラクターが“推し”化するなど、さまざまな領域で社会現象を生み出しました。

結果的に2500万人以上の人が参加した万博。しかしその開幕前から、世界的祭典の大阪開催をチャンスと捉え、共創の渦を生み出してきた企業・人々がいます。

本連載では、大阪・関西万博に同調するように「勝手に」生み出されたムーブメントに着目し、その仕掛け人たちの胸の内を取材しました。

性別や所属、国籍など、自らを形成するあらゆる概念を手放し「生まれなおす」ことをコンセプトに掲げたイベント「EXPO共鳴フェス -人間響命祭-」が、2025年5月14日・15日に万博会場を舞台に開かれました。関西をはじめ、全国であらゆる表現に取り組む人やチームが夢洲に集結。その手法や活動領域、目的の違いを超えて個性を爆発させました。

このイベントは、シグネチャーパビリオン「Better Co-Being」(以下、BCB)の関連イベントとして企画されました。多様なカルチャーを内包する都市・大阪で開かれる万博に、その担い手たちが集結することで、越境や混沌から新たな祭を生み出し、レガシーとして残すことを目指したものです。

会場となった「EXPO アリーナ Matsuri」には、全国各地で開かれた「EXPO酒場」の“店長”らが集合したほか、通天閣のふもと・新世界の屋台街が丸ごと移設されるなど、大阪府内外から多彩なプレーヤーが集結。アリーナの外にまであふれ出したサウンドやにぎわいに誘われ、幅広い国籍・年代の人々が来場しました。

今回は、熱気に包まれた2日間を振り返りつつ、イベントの様子をお伝えします。

※本取材は大阪・関西万博の開催期間中に実施しました。本文の発言や言い回しは、取材当時のものをそのまま掲載しています。

ジャンルを超えた“響命”は、前夜祭から始まっていた

前夜祭の始まりを告げるように巨大なスピーカーを揺らしたのは、1970年の日本万国博覧会(大阪万博)のテーマソング『世界の国からこんにちは』。トリオユニット「DANKAI Jr. DJs」が先人へのリスペクトを込めて国内外・新旧の名曲をプレイし、前夜祭のオープニングを飾りました。

儀間建太(ぎま・けんた)さん。バンド「愛はズボーン」のボーカル・ギターとスーパーエンターテイナー担当。響命祭ではプロデューサーと出演者の二役をこなしました

続いて現れた儀間建太さんは、翌日に出演を控えたバンド「愛はズボーン」のメンバーで、響命祭のプロデューサーのひとりでもあります。イベントコンセプトを踏まえ「立場も肩書きも取り払って、何度でも生まれなおして、最高の自分で今日と明日を過ごしてくれ!」と高らかに開会を宣言するや、本祭の司会を務めるパフォーマー、BON. 井上さんも駆けつけ、この日のために制作した新曲『波動』を初披露。パワフルな歌声で視線を釘付けにしました。

西陽が差す夢洲を、リラックス感のあるダンスミュージックで彩ったDJ YOKU
大阪ストリートシーンを中心に活躍する「Big Mouth Brass Band」は演奏しながらアリーナを練り歩き、聴衆を従える形でサブステージに降臨

日もすっかり暮れ、メインステージには、世界最古の楽器といわれるディジュリドゥ奏者であるGOMAさん率いる「GOMA & The Jungle Rhythm Section」が登場。電子楽器を使わず、オーストラリア先住民族の伝統楽器であるディジュリドゥとリズム隊のセッションが唯一無二のサウンドを織りなし、アリーナ内外の人々を惹きつけていました。

前夜祭を締めくくったのは、UFOを呼ぶために結成されたというバンド「エンバーン」。スペーシーな演奏だけでなく、来場者と輪になり“交信”を試みたり、芝生に寝転がってUFOを探したりと、参加型のパフォーマンスで地上と空を結びました。

熱気渦巻くパフォーマンスに、個性的なコンテンツやカルチャーが幾重にも交錯した本祭

一夜明けて、いよいよ本祭が開幕! メインステージで落語家の桂九ノ一さんが、Better Co-Beingを手がけたテーマ事業プロデューサー・宮田裕章さん、響命祭プロデューサーの儀間建太さんを迎えてオープニングトークを行いました。

実はこの日が待望の初対面だったという宮田さんと儀間さんですが、息の合ったトークを展開。宮田さんの担当テーマ、共鳴を早速体現しました

前夜祭の盛り上がりを振り返る儀間さんに対し、宮田さんは会場を見渡し「最高ですね」と一言。「共鳴とは、お互いの違いを力に変えていくこと。人間響命祭の、このワチャワチャしている感じはまさにそれ」と感激した様子でした。

儀間さんもアリーナに散りばめられたコンテンツに触れつつ「赤子の気持ちで素直に楽しんでほしい。今日が“生まれなおし”、つまり新しい命を始める日になれば」と改めてコンセプトを説きました。

儀間さんは休む間もなくステージに再登場! 愛はズボーンのボーカル・ギター、スーパーエンターテイナー担当として渾身のパフォーマンスを繰り広げました。

観客と「ボン! ボン! ズボボーン! 愛はズボーン!」の掛け声を交わす儀間さん。ライブハウスさながらの熱気に包まれました
ONIこと佐伯真有美さんがバンドメンバーを率いる「ONI & SUPERFUNCY!」のパフォーマンスでは、アリーナを縦横無尽に駆け回り、コールアンドレスポンスで聴衆を巻き込みました
片やステージ上にはONIさんよりも先に、響命祭の出店者・出演者らが“乱入”。異なる国籍や年齢、宗教が混ざり合い渾然一体となった会場は、まるで名前を持たないお祭りのような盛り上がり。ONIさんは、「人間響命祭ヤバい!」と興奮しながらも壮大なバラード『生き物の証』を歌い上げ、聴衆が酔いしれる一幕もつくりました
日本を代表するレゲエバンド「BAGDAD CAFE THE trench town」はオリジナル曲のほか、Red Hot Chili Peppersによる『Give It Away』のカバーも演奏しました
堺市発の「DENIMS」は、ライブバンドのスキルとホームグラウンドの強みを発揮。『Fools』をはじめファンキーな楽曲を披露しました。翌日に誕生日を控えていた釜中健伍さんは、メンバーから最新の失敗談を暴露されながらも「明日から生まれなおすつもりです」と返し、笑いを誘いました。
出演バンドの中でも、ひときわ異彩を放っていたのが「スーパージェットキノコ」。大阪アンダーグラウンドシーンを代表するかのごとく、サイケデリックな世界観でステージを支配しました

大阪カルチャーを体感できるコンテンツも盛りだくさん

メインステージだけでなく、会場内のコンテンツも大盛り上がり! 主に大阪・関西で活躍するキーマンたちが、それぞれの活動を自ら夢洲に直送しました。

このうち、2日間にわたりグルメやドリンクを提供した「新世界市場屋台街」は、通天閣近くの商店街・新世界市場に誕生した屋台街です。2022年に発足したプロジェクトを経て、シャッター通りに再び活気を呼び戻そうと奮闘しています。今では人通りも増え、新世界の新たな景色を創り出しています。

屋台ならではの距離感の近い接客、そしてひっくり返したビールケースをテーブルにして丸いすに腰かける、というストリートスタイルで憩いの空間を創出しました
大阪府内の運送業者、株式会社河村重機の協力を得て、デコトラ9台とデコチャリ1台を展示。夜になると道頓堀のネオンに負けない輝きを放ち、外国からの来場者もカメラを向けるフォトスポットになっていました
「踊る屋台パーティー」と題し、DJや占いなど個性的なミニ屋台が50店以上集合。社会実験を手掛ける「カモメ・ラボ」によるワークショップをきっかけに活動を始めたメンバーたち。中には、東京から駆けつけたお花の屋台も
EXPO酒場はこれまでの会場名をあしらった巨大熊手などを手にパレードし、会場を盛り上げました

EXPO酒場は、大阪・関西万博に興味がある人が集まり語らう場を全国で展開する活動です。万博開幕までに青森から鹿児島まで計75回開催し、各地のキーマンたちが店長となって累計5,100人以上の来店者を歓迎。まちを盛り上げたい人々も集い、地域課題への新しいアプローチを考えたり、新しい土産物を生み出したりするきっかけにもなりました。

そんな、万博を“大義名分”にして津々浦々に挑戦の種をまいてきたEXPO酒場が、ついに夢洲に上陸! 歴代の店長らが一堂に会し、再会の喜びも束の間、「日本全国盛り上げ〼神輿」として、パフォーマーらと列をなしてパレードしました。

会場内でもひときわ目を引いていた巨大な熊手は、響命祭に合わせ、EXPO酒場赤坂店が中心となり制作したもの。過去の開催地を記した札や縁起物などをあしらい、お祭りムードを演出。またこれまでに各店で作られた熊手も勢ぞろいし、隊列に加わりました。

サブステージも大盛り上がり!

サブステージの装飾は、流木や廃材を使った空間演出を得意とする「阿波座ハウス」が担当。アンダーグラウンドの一部を青空の下に切り出したような、不思議な空気をまとうサブステージでも、DJやバンドの演奏が繰り広げられました。

KEI a.k.a 単三によるオープニングDJは、海風を感じる会場にぴったりなラテンセット
平均年齢13歳のバンド「Zα SAVAGE」と、ジャンベ奏者の龍成さん(11歳)、ヒューマンビートボクサーの大地さん(15歳)によるセッション
「ミクロムス」は大阪を代表するバンド「赤犬」から派生したユニット。「昨日行ったパビリオンのスタッフさんが、聴きに来てくれてる!」と思わぬ交流も生まれたようです
ロックンロールバンド「ザ・バクマイズ」は岐阜からの出演! 往年のロックを連想させるメロディアスなサウンドで、老若男女を魅了しました
東京都中野区のプロモーションソングを手掛ける「DJマリアージュ & メアリースミス」は、外国人が日本語で歌う「ワールドJポップ」をたたみかけるように歌唱
パチンコ文化の継承と再発信をテーマに活動するDJパフォーマンスユニット「サイバーおかん with 電脳会館」。特定の層に“刺さる”サウンドと電飾で沸き立たせました

祭りはいよいよクライマックス! 万博にちなんだ粋な演出に大歓声

日が傾き始め、佳境を迎えた響命祭。梅田の歩道橋での活動に始まり、今や全国規模の活躍を見せる「梅田サイファー」が現れると、EXPOアリーナはさらにヒートアップしました。

11MC+DJの構成で随一の迫力を見せた梅田サイファー

人気曲を次々に繰り出す中、KOPERUさんは響命祭のテーマになぞらえ「こうやって顔を見てライブして、みんなが反応をくれて、俺たちももっと強いものを送り返す。これこそが共鳴だと思う」と一体感を強調。

テークエムさんが「歩道橋の上で輪になってサイファーをやってきた。今回の万博の象徴もリングなんですよね?」と問いかけると、“リング”つながりで『環状線』のイントロが流れ、マイクリレーに移るという情緒的なシーンもありました。

ニューヨーク生まれ、兵庫県明石市育ちのSAMOさん。ストイックなトラックから感情を揺さぶるボーカル曲まで、幅の広さで人々を惹きつけていました

続いてサブステージのDJブースに立ったSAMOさんもまた、活躍のフィールドを関西から全国へと広げている人物です。テクノ、ハウスを軸に多彩な楽曲をミックスしてアリーナの温度感を保ちつつ、夕刻から夜にかけての移ろいを演出しました。

フェス×電子工作をテーマに活動する電子工作グループ「ヅカデン」(宝塚電子倶楽部)が制作した龍も乱舞しました

一方、闇に包まれたアリーナには大勢のファンが集まり、トリを飾る「Tempalay」を待ち構えていました。流れ始めたSEは、1970年のニュースらしき音声が使用されるなど、大阪万博を彷彿させるものでした。

曲間にほとんどMCを挟まないTempalayのパフォーマンスの中で、ギター・ボーカル小原綾斗さんの口からその思いが語られることはありませんでした。しかし、後日SNSで公開された動画には「万博の映像っぽいサウンドにしたかった」と語る姿が収められており、選曲や楽曲アレンジには確かな思惑があったようです。

終盤の『大東京万博』は前奏が流れた瞬間に歓声が沸き起こり、曲中では「らっせーら」の掛け声の大合唱も。オリエンタルかつ祝祭感のあるサウンドでクライマックスを演出し、宴に花を添えました。

2日間にわたるフェスのラストは、世界各国のレーベルから楽曲をリリースし「大阪の奇才」と呼ばれるALTZさんが彩りました。メインステージの妖艶なムードを受け継ぐように、時折アカペラのようなトラックも織り交ぜながら、日常に回帰していくようなサウンドスケープを構築しました。

万博後の大阪に何を残す? 越境・協働したプロデューサーたちが見据えるレガシーとは

会場では、人間響命祭を仕掛けたプロデューサー陣にも突撃! 一見するとカオスとも取れるこのフェスですが、どのような思いを込めたのでしょうか。テーマ事業プロデューサーの宮田裕章さんと、響命祭プロデューサーの儀間建太さん、トミモトリエさんに話を聞かせてもらいました。

人間響命祭は、未来の社会に必要な「共鳴」のモデルになった

宮田裕章(みやた・ひろあき)さん。慶応義塾大学医学部教授で、専門はデータサイエンス、科学方法論など。大阪・関西万博ではテーマ事業プロデューサーとして、シグネチャーパビリオン「Better Co-Being」を手掛ける

人間響命祭には、Better Co-Beingとは随分異なる印象を抱きました。両者はどのように共鳴しているのでしょうか?

宮田

実は私が、パビリオンのトーンとは対極になるイベントを望んでいたんです。BCBというコンセプトのコアには、日本人が大切にしてきた「共存」の概念があります。より良い未来を創出するには共鳴することが必要ですが、それは異なる個々が同質化するのではなく、違ったままで響き合い、新たな価値を創出していくことなのです。BCBの関連イベントとして人間響命祭が空間に立ち現れていること自体が、そのあり方を示しています。

この祭を通じて、大阪にはどのようなレガシーを残せたと考えていますか?

宮田

そもそも「祭」といっても、収穫祭のような集落の祭から街の祭、地域コミュニティを広げるための祭まで、さまざまな属性があります。今回の響命祭はそれらとは異質でありながら、旧来の祭とも響き合える余地を持った、素敵な祭になったと感じています。ここに集った人たちには、会場で共鳴し合った体験を持って未来へと歩んでいただきたいですね。祭というソフトレガシーを紡いでいくことで、形のある財産の形成にもつながるはずです。

立場や矢印の向きはバラバラでいい。混沌こそ美しく熱源となり得る

響命祭における自身の立ち位置について儀間さんは「プロデューサーとしての自分が、『愛はズボーン』というアメ村のバンドにオファーを出した」と振り返ります

万博開催前からさまざまな関連企画に参加、出演してきた儀間さんにとって、響命祭はどのような位置づけになりましたか?

儀間

16歳のころに見た太陽の塔が、クリエイティブに没頭するきっかけになった僕にとって「万博」は特別な存在。2025年に再び大阪で万博が開かれると決まり、そこに関わることができないかと模索していく中で、いろんな人と出会い、この響命祭にも携わることになりました。大小の苦労はありましたが、尊敬するクリエイターたちとひとつになり表現の場をつくれた。自分の活動に、ひとつ句点を打つイベントになりました。

トミモトリエさん(写真右)。大阪の編集プロダクション「株式会社人間編集舎」の“代表取締役舎長/デストロイヤー”であり編集長。儀間さんと共に響命祭のプロデュースを担当しました

儀間さんのキャリアにおける区切りになったのですね。普段、編集者としてさまざまなコンテンツのディレクション、制作に携わっているトミモトさんにとっては、どのようなイベントだったのでしょうか?

トミモト

demo!expoは、EXPO酒場をはじめ、2021年から万博をまちから勝手に盛り上げる活動を行ってきました。そんな、ある種の“一揆”のような活動体が、読売新聞社さんとのご縁もあって万博公式イベントに関わらせていただくことになった。まずそれを感慨深く感じます。

人間編集舎のオウンドメディア『ヘンとネン』の出張マーケットとして登場した「超生命体バザール」の一部。これまでに超生命体に認定された個性豊かな面々が、フードやグッズを販売しました

トミモト

また今回出演、出店してくれた人たちも、大阪を盛り上げるまち重要人物として『ヘンとネン』で取材してきた、エネルギーのかたまりのような存在です。普段はアンダーグラウンドな場所で活動している人も多いですが、そんなみんなを、いつか表舞台に連れて行きたいと思っていました。私にとっても、今まで敷いてきたあらゆる伏線を回収する場になりましたね。

2日間のプログラムの中で印象的だったシーンはありますか?

トミモト

メインステージで歌ってくれたONIちゃんは、超生命体の中でも特にアイコニックな存在。そんな彼女が空間をかき回すように走り回り、お客さんを巻き込んでいった今日のライブは、自由な生き方・生き様をそのまま表しているように感じました。「人間響命祭」の名前の通り、みんなが命を震わせているようで、象徴的なシーンになったと思います。このネーミングは、BCBパビリオンと連動する「EXPO共鳴フェス」を命を響かせる「命響」にアレンジしたものなんです。私たちと宮田さんは、普段は違う領域で活動していますしアウトプットも異なりますが、深いところでは共鳴しているのだと感じました。

多ジャンルが大集合するイベントになりましたが、どのようにひとつの場に落とし込んでいったのですか?

トミモト

儀間ちゃんと私は以前から「全国から人が集まるお祭りを、大阪につくりたい!」という思いで共鳴していたんです。だからアイデアはたくさんあったし、呼びたい人たちもいました。会場の気候などの条件と折り合いを付けるために、頭を悩ませたこともありましたが、新しいアイデアや奇跡のような出会い、そして仲間たちのおかげで、やりたかったことを形にできました。新世界市場屋台街のくまがいはるきさん、カモメ・ラボの今村謙人さんなど、各所に仕切ってくれる人がいて、それぞれの起こした小さな渦が合わさって、大きな台風になったイメージです。

儀間さんは音楽活動をしてきた立場でありながら、イベントの運営側にも立つ形となりました。実施まではどのようなことを大切にしてきましたか? 今後の展望も聞かせてください。

儀間

とにかくみんなをエンパワーできる場にしたかったんです。僕が、これまでの活動を通してミュージシャン同士、あるいはお客さんと「共鳴できた!」と感じる瞬間を何度も体験してきました。その経験は、このイベントをつくり上げるうえでも希望になったんです。立場や矢印の向きがバラバラでも、その違いこそ美しいし、エネルギーを生み出せる──この連鎖を未来につないでいきたいです。

すでに、将来に向けた構想もあるのでしょうか?

トミモト

私たちが目指しているのは、この熱を大阪のレガシーとして受け継いでいくこと。全国津々浦々から人が押し寄せる祭を大阪の人たちの力で作り、残したいと思っています。私はそれを編集する立場になれたら、と考えています。

生まれなおしの祭典から、新たな日常へ。変化のきっかけとなることを祈って

アカデミアとストリート、演者と観客、そして各々異なる自己表現の手法……人間響命祭は「EXPO共鳴フェス」の名にふさわしく、あらゆる境界を超える瞬間が連続するイベントになりました。全てのプログラムを終えて音楽が鳴り止んだステージ上では、MCたちが来場者をお見送り。

このうち前夜祭から進行を務めた落語家、桂九ノ一さんは「生まれなおす、がテーマということで、今日をきっかけに新しいことを始めるのもいいのでは?」と提案。最後は「打ちまーしょ」の掛け声で、アリーナに残った人たちと一緒に「大阪締め」を行い、縁起の良い結びと相成りました。

2025年5月取材

取材・執筆:山瀬龍一
撮影:北川暁
編集:人間編集舎/南野義哉(プレスラボ)