自然と遊びをこよなく愛するから共創も新規事業も生まれる。ヤマハ発動機の原動力を聞く(福田晋平さん・小倉幸太郎さん)
静岡県磐田市が本社のヤマハ発動機株式会社。バイクからボート、産業用無人航空機まで水・陸・空のフィールドで活躍する製品や事業を展開するグローバルメーカーです。
連結会社も合わせると世界中で約5.5万人の従業員が働く大企業ですが、根底には「遊び」のマインドがあるのだとか。その姿勢を体現しているのが、ヤマハ発動機の福田晋平さんと小倉幸太郎さん。
福田さんは同社が運営する「リジェラボ」の企画を担当し、新たな共創空間を生み出しています。小倉さんは、社内サークルを発端にマウンテンバイクパークを開業し、本業と遊びをなだらかにつなげた活動を展開中。
グローバルメーカーであるヤマハ発動機が、どうして「遊び」と「共創」を大切にしているのでしょうか? その原動力を立場の異なる2人に探っていきます。
社内外の共創を生み出す空間「リジェラボ」の仕掛け

本日は横浜にある「リジェラボ」にやってきました。
先日、「日本空間デザイン賞2025」で金賞を受賞されたそうですね。おめでとうございます!


福田
ありがとうございます。
この空間は「共感がめぐり、共創が生まれ続ける拠点。」をコンセプトとし、2024年10月にオープンしました。


福田
ここの備品は廃材をアップサイクルしたものばかりなのですが……。
あ! ちょっとクイズを出しちゃおうかな。このテーブルは何でできていると思いますか?

いきなり、クイズ!
うーん……、どこかで見たことがある模様ですよね。大きいものであろうと想像はできますが……。


福田
正解は競技用のプールです。
なるほど! プールの底に書いてあるマークですね
しかし、なぜ共創空間に置かれているのでしょうか?


福田
そもそも、ヤマハ発動機が提供している製品やサービスは海、川、山、空などの自然の恩恵があってこそ活躍するものなんです。
しかし、昨今の気候変動や環境変化によって、その恩恵が受けられなくなる未来がやってくる可能性があります。
確かに都市に住んでいても、気候変動などの影響を身近に感じることが増えてきました。


福田
でも、自然の楽しさを知っているヤマハ発動機なら、自然を保護するだけでなく新しい循環で価値を紡ぐことができるかもしれない。
そんなことを考えていく中で、再生を意味する「リジェネラティブ(Regenerative)」というキーワードが浮かびました。


福田
そういうヤマハ発動機らしい、社会共創型事業を作っていきたい。
だからこそ、社内外の人たちが共創できる空間の中に、新しい視座を与える役割として廃材や端材を用いた製品を散りばめているのです。


いろんな刺激がもらえそうな空間で、アイデアもどんどん浮かびそうです。そういう共創が生まれることを期待して、リジェラボを作ったのでしょうか?


福田
そうですね。ヤマハ発動機の本社は静岡県磐田市にあり、主要機能が磐田・浜松エリアに集結しています。
共創を考えるにあたって、正直なところ「やはり首都圏にも拠点は必要だよね」という想いもありました。実際、大学や研究機関、スタートアップ、大企業の多くが首都圏にあり、磐田の本社まで来てもらうってなかなかたいへんなことですから。


福田
それで、まずは共創拠点のコンセプトから考えました。最初は、思った以上に広い空間で驚きましたね(笑)。
リジェネラティブな「遊び」ができる空間を作れたのは、もともと私がやっていた新規事業づくりの視点で取り組めたからだと思います。
そうそう、キッチンも結構こだわって作っているんですよ。


福田
私の料理好きが高じて、食品衛生責任者の資格も取ったのですが……。役員から「とある企業さんをもてなしたいから、シェフやってくれない?」と相談を受けたこともあって。
「それが仕事なのか?」と聞かれたらわからないですけどね(笑)。

おもてなしの料理を……!? 面白すぎますね……!
1年経ったリジェラボはどのように活用されているのでしょうか?


福田
社外の方に向けては、新しい共創を作る場としてイベントを開催したり、ヤマハ発動機の情報発信の拠点として活用しています。
あと、社内の共創が生まれる場としても機能していて。合宿のように集中してプロジェクトに取り組むチームも増えてきました。あとは採用活動にも使っています。


福田
「リジェラボ」は完成して終わりの場所ではありません。ここの目的は新しい価値を創造し続けること。
新規・既存事業どちらも新しい価値創造、共創の手段として活用していきます。


サークル活動が副業、そして新規事業に? 「ミリオンペタルバイクパーク」
ところで、お二人の隣にあるこれはなんですか?


小倉
マウンテンバイク用の「パンプトラック」です。


小倉
このパンプトラックには、僕が運営に関わっている「ミリオンペタルバイクパーク」の土を使っているんです。
クッション性が高くて、リアルな感覚を味わっていただけます。

小倉さんが取り組んでいる「ミリオンペタルバイクパーク」についても教えてください。
最初は、社内のサークル活動として立ち上がったと伺ったのですが……。


小倉
そうですね。もともとは自分たちの遊び場は自分たちで維持していこうと思って始めた取り組みでした。
2020年、新型コロナウイルスが広がってステイホームが叫ばれていた頃、僕は山の中を趣味のマウンテンバイクで走り回っていたんです。
社内にも同じような人たちがいたので、サークルでも作ろうか、と。「マウンテンバイクやる?」と声をかけたら30人くらいが集まりました。
本当にサークルとして始まったんですね。


小倉
そのうち、たまたま森町の地主さんと出会って「うちの山、使っていいよ」と言っていただいて。
現在の「ミリオンペタルバイクパーク」がある山を整備しはじめたのが最初のきっかけです。

そこから、どうやって事業化を?


小倉
その年、林野庁が補助金事業「SUSTAINABLE FOREST ACTION」を実施していました。優勝すれば補助金がもらえる。それでエントリーしたところ、最優秀賞を獲ったんです。
そこから合同会社を設立し、300万円の補助金でショベルカーをレンタルし、マウンテンバイクが走れるコースを整備し、オープンさせました。


小倉
オープン以降、たくさんの人が集まる場所になっていきました。
最初は副業だったのですが、そのうちに「これはヤマハ発動機でも事業にもなるのではないか?」と考えるようになりました。そこで社内の新規事業プログラムに応募して。
現在は、全国の使われていない山林をマウンテンバイクで遊べるフィールドに変えることを目指す新規事業にも取り組んでいます。

賞が取れたのも、サークル活動から仕事に変えていくのもすごいです。


小倉
世界規模で考えるとマウンテンバイクはメジャーなのですが、日本のマウンテンバイカーはまだまだ少ない。でも、「少ないからこそ伸びしろがある」と思ったんです。
マウンテンバイクを楽しめるフィールドが日本に増やせれば、自然の中に新たな価値を創造しながら、日本の自然を守っていくことができますから。

新規事業をしないとソワソワしちゃう社風
お二人は、ご自身を活かしたプロジェクトを進めていらっしゃいますよね。WORK MILLでも、「もっと、ぜんぶで、生きていこう。」をステートメントに掲げているので、とても素敵だな、と感じます!
会社として、そういう新規事業を応援する風土が根付いているのでしょうか?


小倉
もともと新規事業から始まった会社という影響はあるんじゃないですかね?
ヤマハ発動機株式会社は、日本楽器製造株式会社(現・ヤマハ株式会社)がオートバイの新規事業を始めたことで生まれた会社なんです。
なので、常に新しいものを生み続けていかないとソワソワしちゃうタイプの人が自然と集まっているのかもしれません。

福田
社員の想いを大事にする文化があり、さまざまな場面で「何やりたいの?」って聞かれます。
あと、バイク好きが理由で入社した人が多いかもしれませんね。自社製品が好きだから、新しいチャレンジも面白がってくれるというか。そういえば、うちは骨折している社員がやたら多いんです。
骨折!?


福田
バイクが趣味の人も多いので、プライベートでしょっちゅう転んで怪我するんですよ。
でも、それを怒ったり、咎めたりはしない。「あぁ〜、またやっちゃったんだ」って受け入れられる風土があります。遊ぶことが好きな人たちが多いからかな? 自然のこともよくわかっているし。
やりたいことや興味があるものを発言しやすい環境があって、好きなことをやっても許される風土はあります。
なるほど。
会社の気質もありますし、同時にコントロールできない「自然」を相手にしているからこその寛容さなのかもしれませんね。


小倉
目まぐるしく変化していく時代ですけど、僕たちがやっている製造業って、漁業、農業、林業、全部の目線を持たなきゃいけないって言われているんです。
短期で結果を出すだけじゃなく、1年先、10年先、50年、100年先まで見据えて事業や人材を育てていく。本社のある静岡には山も海もあるので、身近に長い時間軸が見える環境なのもポイントかもしれませんね。
“ぜんぶ”で生きていくことが世界平和につながる?
お二人にとって働くってどんなものなのでしょうか?


小倉
究極を言うと、「仕事は自分がやりたいことをするための手段」だと思っているんです。
大きな声では言いにくくなりましたが……。自分の場合、オンとオフの境目ってほとんどないんですよ。

福田
年の半分以上、山にいるからね!

小倉
山にいるのも仕事ですから!(笑)


小倉
僕の場合、運良く自分のやりたい事業に賛同してくれる仲間が社内にいた。それなら巻き込んでいった方が面白くなるだろう、と進めた結果が今なんだと思います。
もちろん誰を巻き込むかなど準備して策を練っていた部分もありますが、色々なことが噛み合うタイミングってありますからね。

福田
僕自身は本質的に、人が好きだからこの仕事が続けられているんだと思っています。
共創を掲げるリジェラボで、人と関わらずにはいられない。目の前の人を好きになるためにも、自分のできることを最大限やっていく感覚なのかな?
小倉さんが言った手段で例えるなら、料理もリジェラボも僕が人を好きになるための手段だと思います。
人を好きになってこそ、共創が生まれていくんですね。


福田
人間っていろんな面があるでしょ?
仕事をする、趣味を楽しむだけがその人じゃない。いろんな面があるからこそ、共創力が高まっていくんだと信じています。多様な価値観が集まらないと、みんなが同じ方向を向いてしまう……。
かといって、職場で「ぜんぶ」の面をさらけ出さなきゃいけないか? というと、そうじゃない気もするんです。
確かにそうですよね。


福田
オン・オフを完全に切り替える人がいてもいいし、小倉さんのように仕事と趣味の境界線が曖昧な人もいていい。
多様な価値観をリスペクトしながら、”ぜんぶ”を受け入れていくことが共創を生み出すポイントだと思います。
ありがとうございます。大きなヒントになりました。最後に、これから挑戦したいことを教えてください。


小倉
野望でいえば、日本中の山と森を自由に使えるようにしたいっていうのはありますね。
おお、かっこいい……!


小倉
もっと言うと、世界中その場に行かなきゃできないリアルな体験を提供できる企業になっていきたいですよね。僕の事業もそのひとつだと思っています。
よく「同じ釜の飯を食う」って言いますよね。ベタですが、自然の中で一緒にご飯を食べたり、遊んだり、コミュニケーションしたりする中で、お互いの相互理解って進んでいくと思うんですよね。
わかります。


小倉
僕の場合、マウンテンバイクを通じてお互いを理解できるようになったら、言語なんか飛び越えて戦争のない世の中を作っていけるのではないか? と考えていて。
「もし世界中のフィールドで自由に遊べるようになったら、世界平和にもつながるんじゃないか?」って本気で思うんですよ。

福田
昔、何かの社内研修の時に「世界平和のために、俺たちはどうしたらいいんだ?」って小倉さんと議論していたのを思い出した!(笑)
うん、確かに究極は世界平和でしょうね。

小倉
言い続けていくと「そういうもんか」っていう気持ちになるんですよね。私たちは、遊びで世界を平和にしていければ、と思いますね。
こんなふうに楽しく本気で、仕事の中で世界平和と言える大人がいるってとても素敵です! なんだか勇気が湧いてきました。今日はありがとうございました!


2025年9月取材
取材・執筆=つるたちかこ
写真=栃久保誠
編集=鬼頭佳代/ノオト


