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喫茶ランドリーは、一人ひとりが自由に過ごすための実験場。日常の多様性を可視化させる空間とは(グランドレベル・田中元子さん)

東京・神奈川に3店舗を展開する『喫茶ランドリー』は、「どんな人にも自由なくつろぎ」がコンセプトのまちに開いた喫茶店です。

学生や赤ちゃん連れの主婦、お年寄り、会社員など、あらゆる層の人たちが同じ空間を共有しつつ、お茶を飲んだり、編み物に集中したり、打ち合わせをしたり……。それぞれが思い思いの時間を過ごしています。

2018年、東京都墨田区の住宅街にあるビルの1階に『喫茶ランドリー』の1号店を立ち上げたのが、株式会社グランドレベル代表の田中元子さん。田中さんのもとには、「喫茶ランドリーのような、まちに開かれた1階をつくりたい」という企業からの相談も多いのだとか。

今回は、『喫茶ランドリー』をつくった理由や、地域に開いた1階づくりで大切なことを伺いました。

自由で多様な場所をデザインするための実験場

2016年、田中さんは「1階づくりはまちづくり」をモットーに、1階に特化したデザインを行うグランドレベルを立ち上げました。1階に注目したきっかけを教えてください。

田中

2014年頃から、趣味で「フリーコーヒー」を始めたことです。

「無料でコーヒーを配ったら、みんなどんな顔をするんだろう?」というイタズラ心から始めたといフリーコーヒー。コーヒースタンドになる「パーソナル屋台」で、まちゆく人にコーヒーをふるまった。(提供写真)

田中

屋台を出していると、まちを眺める時間が増えるんです。そのとき、人はまちを歩いていると、基本的に1階の風景しか見ていないことに気づいて。

「1階をより良い状態にすれば、多くの人が良い世界に生きていると思えるのではないか」と思いつきました。

田中さんにとって、理想的な1階とは?

田中

いろいろな人がいろいろなことをしていて、それぞれの生き方が目に飛び込んでくる状態です。

そこで、2017年からはまちづくりの一つとして、まちにベンチを置くプロジェクト「TOKYO/JAPAN BENCH PROJECT」を始めました。

(提供写真)

田中

ベンチって的確な位置や密度、個数を考えた上で設置すると、すぐに誰かが座ってくれるんです。しかも、ただ座るだけではなく、誰かと喋ったり、スマホを見たりと、いろいろな活動をし始めます。

つまり、ベンチを工夫して置けば、同じ空間に多様な人々の多様な様子が見えるようになるんですね。

言われてみると、ちょうどいい場所にベンチがあると、つい腰を下ろして好きなことをしています。

その空間には、年齢や属性に関係なく、誰もが自然にいられるような空気がありますね。

田中

見た目や属性が違う人たちを1箇所に寄せ集めて、それを「多様性」とするのは、わざとらしいなと思っていて。「この人とこの人の属性は同じ」と見える人たちの中にも、実は違いがあるはずじゃないですか。

たしかに、多様性は意図的につくるものではなく、もともとそこにあるものに気づけるかどうか、ですよね。

人々の能動性が発露することで多様性が可視化される、ということが好きになったのは、いつですか?

田中

パーソナル屋台でフリーコーヒーをしてからです。

大半の人は自分の話を聞いてほしいけど、その場所がほとんどないんですよね。だから、「お仕事帰りですか?」と話しかけながらコーヒーをふるまうと、自分の話をどんどんしてくれる。

彼・彼女らが話してくれたことは、知り合いにも話さないような話だったかもしれない。でも、その一つひとつが異質で面白く、自分はそれを知ることが好きなんだな、ということを実感しました。

だから、「多様な人たちが多様に過ごせる場所があったらいいな」「そこでそれぞれに異なる人々がいる様子を見ていたい」と思って、『喫茶ランドリー』をつくりました。

ターゲットもルールもあえて決めない「私設の公民館」

『喫茶ランドリー』では、いろいろな人が自由にくつろいでいますね。

今回取材で伺ったのは『喫茶ランドリー宮崎台』。不特定多数が緊張せず過ごせるよう、デザインと居心地の良さを両立した店内。洗練され過ぎたデザインでは緊張しやすいため、リラックスやワクワクを感じられるデザインとは何かを探る実験をしている。

田中

目指したのは、 “私設の公民館”です。だから、「子育て中の主婦のため、お年寄りのため……」といった具体的なターゲティングはしていません。

本来、公営の公民館だって誰もが利用できるはずですが、実際は高齢者や親子連れなど一部の層だけが使っていて、たとえば一人暮らしの若者などに開かれていないと感じます。

「来週、あの公民館に行くんだ!」とワクワクする人を見たことがないんですよね。自分も同じです。

言われてみると、ワクワクできるような公民館と出会ったことがありません。

田中

だからこそ、不特定多数の人がリラックスできて、ワクワクできる私設の公民館を自分でつくろうと思いました。

ワクワクさせるために、どんな仕掛けがしてあるんですか?

田中

特に“魔法のような仕掛け”があるわけではないんです。

「ハード(空間の物理的な設計)」「ソフト(仕組み)」「コミュニケーション(関係性)」を同時にデザインすることで、居心地がつくられ、「また来たい」という気持ちにつながると考えています。

私は“空間の質が人のクリエイティビティに影響する”と考えていて。「こんなことをしてみたい」という能動性を喚起して、ワクワクするような空間を意識しました。

人の能動性を喚起させる『喫茶ランドリー』では、利用者がクリエイティビティを発揮。近所のママ同士が開催した料理教室やミシン会だけではなく、親戚一同によるパーティなどが開かれたことも。「自分だと思いつかない企画ばかりで面白い」と田中さん。(提供写真)

田中

ターゲティングしていないのには、もう一つの理由があって、この空間では“ごく個人的な状態であってほしい”んです。

ごく個人的な状態であってほしい、というのは?

田中

年齢・性別などの外的に定義された属性や役割から自由になった状態ということです。

一方で現実は、属性や役割でターゲティングされたスペースばかりです。しかし、たとえばその場で「30代女子」と分類されても、人は24時間ずっと30代女子っぽくいられるわけではありませんよね? にもかかわらず、そのふるまいを求められ続けたら、つらくなるのは当然でしょう。

だからこそ、私は役割以前の、人間の性質に沿った場所として『喫茶ランドリー』をつくりたかったんです。

思い思いに過ごせるとなればカオスにもなりそうですが、ルールはあるのでしょうか?

田中

いえ、特に設けていません。ルールをつくること自体は簡単ですが、一度つくったら取り下げることはなかなかないので、実は大変なことでもあると思っています。

それに、「まだ起きていないことを想定してルール化する=相手を信用していないこと」だと思っていて。だからこそ、最初から禁止事項を並べるのではなく、何か起きたときに都度対処するほうがいいと考えているんです。

その結果、息苦しさもなく、みんなに大切にしてもらえている、というメリットのほうをはるかに大きく感じています。

奥には、ランドリーコーナーも。コロナ禍で、喫茶ランドリー宮崎台は一時撤退の危機に。しかし、この場所で自由に過ごす利用者やスタッフによる署名活動が行われ、存続が決定した。

「こういう風景を見たい」が見つかるまで、たくさん旅をしよう

「『喫茶ランドリー』のようにまちに開いた1階をつくって地域とつながり、マーケティングでは見えない多様な人がいることを知りたい」という企業も増えてきていると思います。

その場合、何から始めればいいのでしょうか?

田中

そのような風景は実際どんな場所に広がっているのか、頭の中のイメージに近い場所を見に行くといいと思います。

いきなり企画書や提案書を作ろうとしても、うまく言語化できなかったり、無理やり資料に落とし込もうとしてイメージとズレてしまったりすることはよくあります。

だからこそ、最初は「こういう感じの空間をつくりたい」と指し示せるようになるまで、いろいろな場所を見学すればいいと思いますよ。

まずは無理やり言語化しなくてもいい、と。

田中

そうそう。実際、1階をまちに開きたいという企業さんからの依頼で、「喫茶ランドリーみたいな場所をつくりたい」と希望されることがよくあります。言語化しきれないことも、現場で「これが欲しい」と指をさせるわけです。

ただ当初は、そんなふうに『喫茶ランドリー』が宣伝効果を発揮するとは微塵も思っていなくて。

予想外の展開だったんですか?

田中

そうですね。グランドレベルの仕事を事業化させる一方ので、『喫茶ランドリー』では大きな利益は生まなくていいと考えています。売上や利益のこと以上に、自分が思う“理想的な1階”を自由に実験にしたかったんです。

でも、そうやって好きなようにつくった場所だからこそ、『喫茶ランドリー』の目的が空間や人々の様子を通して伝わり、「こんな場所がほしい、つくりたい」というリクエストをいただくことにつながっているのだと思っています。

場を支える人に必要なのは、その人らしくふるまうこと

『喫茶ランドリー』のような1階をつくりたい、運営したいという人は、どんな姿勢でいることが大切だと思いますか?

田中

まず「自分はこれがしたい!」と表明する姿勢ですね。

共創の前に、こちらが何者であるか、伝わることが大事だと思います。形式的な言葉で「地域の人たちと共創したい」と言う人もいますが、地域の人たちは共創を特に意識しながら生きているわけではないし、相手が何者なのか分からなくては共創が始まることは難しいですよね。

確かに、そうですね。

田中

形式的な言葉で取り繕ったり、よき共創をする人々としてこちらから相手を定義したりするのではなく、まずはみんなで音楽を聴いたり、食事をしたり、自由に意見を言い合ったりすることから始まると思います。

そのためにも、“自立して自由に生きている”という、お互いのコンディションが大事なんです。

場をつくる人も、まずは自分らしくいる必要があるんですね。

田中

そうです。その場にいる人たちに、主(あるじ)の緊張感や下心は驚くほど伝わりますよ。そのくらいまちの人は馬鹿じゃないので、私も「自分のことなんか見抜かれてしまう」と思っています。だから、できるだけ正直でいられるようにしたい。

いわば、場を支える人のコンディションが、その空間の品質そのものなので大事にしてほしいと思いますね。

グランドレベルが手がけるプロジェクトでも、1階づくりをしたいクライアントに「本来の自分でいましょう」と繰り返し伝えるんですか?

田中

いえ、言葉で何度も伝えるのではなく、どんな方にも『喫茶ランドリー』で「1日体験入店」してもらうようにしています。実際の体感で、ここでのふるまい方をすぐに理解してもらえるので。

はじめは、よかれと思って接客のプロっぽいふるまいをする人もいます。でも、『喫茶ランドリー』ならではの、のびのびとした雰囲気を見て、「これくらいラフでいいんだ」とわかってくれます。その「これくらい」が普段の生活では遠くなってしまいがちなんです。

そして、その場にいるいろいろな人の生き方が見えることで、「自分も自由に生きよう」というきっかけになったら何よりです。

グランドレベルがプロデュースした「安井建築設計事務所」の1階にも、担当者の自由な発想が活かされている。(提供写真)
「パル薬局」は1階にカフェをオープン。1階では月1回、演歌歌手のコンサートなどが行われ、お年寄りが集う場に。気取らない雰囲気を受け入れた担当者の柔軟さがあってこそ実現できた空間だ。(提供写真)

自然体で生きる風景から、「人間らしいふるまい」を思い出す

改めて1階づくりをしたくても、予算などの都合でハードを整えることが難しい場合もありますよね。そんなとき、何かできることはありますか?

田中

大がかりなことをしなくても、店先にベンチを置いたり、お花を飾ったりするだけでいいんです。まちの風景である1階に、いろいろな人の個性や「ひと気が感じられるもの」があることがコミュニケーションだと思うので。

その風景の中に、人間の姿はなくてもよくて。“水が滴る花の様子”や“店先の真っ白なのれん”から、それを手入れする「生きた人間がちゃんといる」とわかることが重要です。

田中さんの好きな1階のイメージは、台湾でよく見る「騎廊(きろう)」の風景。建物の1階部分、屋根が付いた半屋外の空間で食事をしたりくつろいだりする、自然体なまちの人たちの様子が目に入ってくる。(提供写真)

なぜでしょうか?

田中

まちの人たちの過ごし方がうっかり見えることは、その社会の秩序や生き方にも影響を与えると思うからです。

社会的な役割をよりもまず自分という個人として生きる人たちの様子を目にすれば、「自分こそのあり方」「自分にとっての自由」を思い出すきっかけになると思うのです。

殺風景な風景では、体験できないことですね。

田中

そうなんです。AIが何でもやってくれる時代だからこそ、 「人間にしかできないこ」「その人だからこそ」を発揮することが価値になっていくはずです。

そのためにも、属性や役割を抜きにして、一個人いられる時間や場所が重要になると思います。少なくとも『喫茶ランドリー』は、そんな場所であり続けたいですね。

宮野 玖瑠実
宮野 玖瑠実

【編集後記】
「意図的にわくわくを仕掛けるような魔法はないんだ。限られたターゲットだけではなく、誰もが気後れせずに、肩の力を抜いて存在できる場所をつくることが大切なんだ。」
共創空間の企画運営に携わる者として、取材中、田中さんの言葉が雷のように胸に落ちる瞬間が何度もありました。
でもやっぱり、企業で場づくりに取り組むとき、どうしてもKPIや定量評価に引っ張られ、「誰のための場か」「どんな成果があるのか」と考えすぎてしまう。そのもどかしさに、共感される方もきっといらっしゃるのではないでしょうか。
私自身、組織の中でこの両面に板挟みになることはよくあります。でも、自分の五感で体験したこと、身体で感じ取った実感を信じて、まずは小さく小さく、堂々と、かっこつけずに空間運営をしていきたい。そんな思いを強くした取材でした。(株式会社オカムラ WORK MILL 編集員 / Sea コミュニティマネージャー 宮野 玖瑠実)

2025年5月取材

取材・執筆=流石香織
写真=栃久保誠
編集=桒田萌(ノオト)