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失敗と本気で向き合うからこそ、挑戦できる ─ 佰食屋・中村朱美さん

 

京都市内に4店舗を構える「佰食屋(ひゃくしょくや)」は、ステーキ丼、すき焼き、肉寿司などの看板メニューが評判となり、地元客や国内外の観光客で賑わっています。けれどもどんなにお客様が集まっても、1日に売るのは「100食限定」。営業時間はランチタイムの3時間半のみで、従業員たちは残業ゼロで帰宅することができるのです。

 

そんな、「社員の働きやすさ」と「会社の利益」を両立するビジネスモデルで注目されている佰食屋を経営するのが、株式会社minitts代表取締役の中村朱美さんです。

 

中村さんは佰食屋を経営する中で、どんなことを実現しようとしているのでしょうか。そしてその背景にある価値観とは。前編では、特徴的なビジネスモデルの秘訣と中村さん自身の働き方、現在取り組む「佰食屋1/2」についてうかがいます。

 

飲食店なのに「超ホワイト企業」

WORK MILL:やはり、飲食店というと「人手不足で人員を確保できない」「長時間労働」「給与が低い」といったネガティブなイメージを持っている方が多いと思うのですが、「佰食屋」さんが実現されている「一日100食限定」「ランチ営業のみで18時までには帰れる」「残業ゼロ」。勤務時間は短くなっても、給与はそれまでと同じくらいもらえて、フードロスも削減して、スタッフもダイバーシティで……と、いいことずくめ。正直なところ、本当に? と思ってしまうのですが……。

 

─中村朱美(なかむら・あけみ)  株式会社minitts 代表取締役
1984年京都府生まれ。京都教育大学卒業後、専門学校の広報を経て、2012年に「国産牛ステーキ丼専門店 佰食屋」を開業。その後、「すき焼き」と「肉寿司」の専門店をオープン。連日行列のできる超・人気店にもかかわらず「残業ゼロ」を実現した飲食店として注目を集める。2017年に「新・ダイバーシティ経営企業100選」に選出。2019年には日経WOMAN「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2019」大賞(最優秀賞)を受賞。同年6月「佰食屋1/2」をオープン。著書に『売上を、減らそう。たどりついたのは業績至上主義からの解放』(ライツ社)

 

中村:そうかもしれませんね。7年前にお店を始めたときにも、中小企業支援の専門家の方などからけちょんけちょんに言われました。「そんなのアホらしい、うまくいくはずがない」って。

 

WORK MILL:それが、いまや京都市内に4店舗を構えて、どこも毎日のように限定ランチを売り切って、従業員も30名ほど働いていらっしゃいます。どうして、このビジネスモデルを成り立たせられるのでしょうか。

 

中村:いくつかポイントはあるのですが、私たちの強みをあえて言うなら、実はメニューのクオリティです。つまり圧倒的な商品力。原価率も飲食業界ではありえないほど高くて、50%前後あります。「え、うそやん」となりますよね。ただ、実際この1、2年くらいはたびたびメディアに取り上げられたこともあって、よく同業者の方が食べに来られるようになったんです。すると、「いや、このメニューをこの値段では出せないです」「どうやってこんな手間かけてはるんですか?」と。そして皆さん口々に、「うちでは再現できない」とおっしゃいます。

 

 

WORK MILL:ステーキ丼も絶妙な焼き加減で、本当においしいですよね。これだけ食の好みが多様化すると、なかなか万人ウケするものを作るのは難しそうですが、何か秘訣があるのですか。

 

中村:佰食屋ではお客様の注文のたびに、国産牛を1人前ずつ焼いて、バットの上でしばらく寝かせて、絶妙な焼き加減に仕上げてから一枚一枚スライスして、特製ごはんに盛り付けるのです。ソースも自家製で、赤ワインを贅沢に使っています。使っている醤油もウチでしか仕入れられないものですし、オペレーションも含めて、チェーン店でも個人店でも真似できないような工夫をしています。

 

WORK MILL:1店舗目がステーキ丼で、次がすき焼き、3店舗目が肉寿司で4店舗目はカレーとそれぞれメニューが違いますが、どうやって考えているのですか?

 

 

中村:ステーキ丼はもともと夫が私に作ってくれたメニューで、私が死ぬ間際でも食べたい「最後メシ」なのです。本当においしくて、「これをみんなに食べてもらいたい」という想いからすべてが始まりました。夫は今でもメニュー開発担当なのですが、わたしがいつも「こういうのが食べたい」というお題を考えて、「あとはよろしく!」と。

 

ただ、いくつか開発の条件があって、1.月に1回必ず足を運びたくなる、2.家で再現できない、3.大手チェーン店に真似されない、4.みんなのごちそうになる、の4つ。特に「ごちそう」のイメージが、ハッキリと私の頭の中にあるんですよ。その世界観を作ってくれるような料理が、佰食屋の看板メニューになるのです。

 

WORK MILL:それで、ランチ営業だけで成り立つ仕組みを実現して、従業員たちは18時までにみんな帰っているわけですが、中村さんご自身は今、講演活動で日本中を飛び回っていますよね。「家族と一緒に夕飯を食べる」ことを大切にされている中村さんが、なかなか家に帰れないことも増えてきたのでは?

 

中村:そうですね、でも、仕事でいろんなところに行くのは楽しいんですよ。その土地のおいしいものを食べて、それがまたお店の勉強にもなる。もちろん、毎日子どもと一緒に過ごしたい気持ちはありますけどね。私自身、「自己決定権」を大切にしていて、会社員の頃は、会社の都合で長時間労働を強いられたり、休日出勤をしたりしないといけなかったのが、だんだんつらくなってきたんですよ。それで、夫が「定年したら、自分のお店を開きたい」と言っていたのを、「いつかじゃなくて、今やろう」ってたきつけて、お店を始めました。

 

今は、どんなに忙しくても、地方出張のあった週のそれ以外の日は比較的余裕を持って予定を入れたりと、緩急をつけてスケジュールが組めるんですよね。それこそ、どれだけ忙しくするか、自分で決められる。なので、1週間単位で子どもと一緒に過ごせる時間を確保できればいいかな、と考えています。おみやげを買って帰ると、子どもたちも喜びますしね。

 

 

WORK MILL:自分たちのお店をうまく成り立たせていこう、だけでなく、もっと多くの人に伝えたいというモチベーションはどこから来ているのですか。

 

中村:もともと私も夫も、人が喜んでくれることをするのが幸せなんです。人が笑顔になってくれることができるのが嬉しい。ですから、佰食屋で働くメンバーに「ここで働けて幸せだ」って、思ってもらえるのが最上の幸せだと感じていました。でも、私たちの働き方がテレビやウェブで取り上げられるようになって、それを見た方がお店に来られたり、お手紙で切実な思いをつづってくださったり、実際にご相談をいただくようになって、「私たちの働き方は、もしかしたらもっと多くの方の手助けになるかもしれない」と、感じるようになりました。それで、私たちの身近な人たちだけでなく、もっと周りの人たちの幸せも叶えられるとしたら、チャレンジしてみようかな、と思うようになったのです。

 

フランチャイズに向けてスタートしたものの……

WORK MILL:そうして、今年の6月にオープンしたのがこの「佰食屋1/2」なんですね。

 

中村:「1/2」だから、50食限定です。50食にしたのは、京都じゃない、他の地方でも売り切ることができる量を考慮したからです。ちょうど1年前、ビジネス系の番組に取り上げてもらったとき、「わたしもやってみたい」「地方でお店をやりたい」というお問い合わせをたくさんいただきました。それで、佰食屋の働き方を全国でも実現できる方法を考えて、1日50食、夫婦ふたりだけで運営できるお店を、フランチャイズ方式で少しずつ広げていけたら、と。半年くらい考えて、いろいろと準備をして、やっとオープンしました。

 

WORK MILL:なぜメインのメニューをカレーにしたのですか?

 

 

中村:いちばんはじめにステーキ丼のお店の事業計画書を作ったときから、実はカレーも構想にあったんです。お肉をさばくとどうしてもスジの部位が出てくるのですが、なんとかそれを使いたかった。煮込むとおいしく食べられますからね。

 

ただ、今回の「佰食屋1/2」では、これまで飲食店を経験したことのない方でも再現可能なメニューにしよう、ということを念頭に入れました。基本的にふたりでお店を回すことになるので、営業中に包丁を持つことなく、ルーをすくってお皿に盛り付けるだけのオペレーションにできるようなメニューを考えました。

 

WORK MILL:この取材をしているのがちょうど開店前なのですが、カレーを仕込むいい香りでお腹が空いてきました(笑)

 

中村:でも……実は6月のオープンから2ヶ月間、ずっと試行錯誤を繰り返しています。メニュー開発をしていたときは少量ずつ作るので「これだ!」というものができていましたが、50人分をいっぺんに作るとき、まだ納得のいく味が出せていないのです。合格点を100点とすると、85点くらい。だから、「もっとカレーと向き合わなきゃ」と思って、この2ヶ月間、いろんなお店に行って市場調査をしました。「私の体からスパイスの香りがするんじゃない?」ってくらい、家でも試作して。子どもたちの分は夫が別メニューを作ってくれますが、私たちはずっとカレー、カレー、カレー。

 

どうしたら私たちが、「絶対食べに来て!」ってみんなに言えるようなメニューにできるだろうか、と考えてきたのですが……そもそも、考える出発点が違ったなと気づいたのです。

 

WORK MILL:……というと?

 

 

中村:はじめてステーキ丼を食べたとき、そしてこれをお店にしようと思ったとき、もう、死ぬほどおいしくて大好きなメニューで、みんなに食べてもらいたいからお店にしたのです。でも、今回は……いつのまにか、「フランチャイズをするためにはどんなメニューにするべきなのか」と、目的のすり替えが起こってしまっていた。月に1回必ず足を運びたくなって、家でも大手チェーン店でも真似できなくて、なにより「みんなのごちそう」である、という部分がおろそかになってしまった。

 

それに今回このお店をオープンするにあたって、物件選びも内装工事もそうですし、椅子なんかも自分たちで組み立てましたが、やればやるほど「これ、未経験の方でもできるのだろうか……?」と不安になって。開業って起業と同じで、毎日が決断の連続なのです。食材を仕入れて、備品を補充して、光熱費がかかって、ゴミ処分もしなくちゃいけなくて……オープンするまではどんどんお金が減っていく。

 

これまではやってこられたけど、フランチャイズを想定すると、どんどん難しい部分が出てくる。この店のオープンにあたって採用したスタッフの中には、「いつか起業したい」「カフェを開きたい」という夢を持って入社してきた人もいます。でも、やっているうちに「やっぱり、やめときます」って。

 

WORK MILL:それだけ、お店をオープンするのは大変なことなのですね。

 

 

中村:やっぱり、自分のお金で始めるのは大変なのだと思います。しかもそれまでまったくお店をやったことがない、ましてスタッフとして働いたこともない方ならなおさら。一方で、「フランチャイズをしてみたけどやっぱりうまくいかなかった」となったら、その人の人生を私が潰してしまうことになる。それは私、全然ハッピーじゃない、そこまでのリスクを背負えないな、と思って……。「いや、これはちょっと軌道修正が必要やな」と考え、今はいったん、フランチャイズを辞めようと思います。

 

WORK MILL:えっ……。

 

中村:「フランチャイズ」という制約をやめて、本来の佰食屋らしさを提供する。国産牛を贅沢に使って、佰食屋1/2では原価率も38%くらいに抑えていたのをまた50%くらいにして、思いっきり「ごちそう」にしようと思っています。分厚い国産牛の塊がドン!とルーに乗っかっていて、それをホロホロとくずしながら食べるようなカレーです。

 

WORK MILL:ただ、そうなると「日本全国に佰食屋の働き方を広げる」という想いの実現が、少し遠のくかもしれません。

 

中村:本にも「私たちの良いところを真似してください」と書きましたし、引き続き講演活動もしていて、直接お伝えし続けることは変わらないと思います。その中で、いろんな方々からご相談をいただいていて。どこまで実現できるかはわかりませんが、障がい者雇用のための就労支援施設を運営されているところで、ランチだけ営業するレストランをつくりたいというお話や、飲食店経営を手伝ってほしいといったお話もあります。障がい者の方の就労支援施設の仕組みづくりはまさに、社会構造を考えることにもなると思うので、さまざまな方と意見を交換しながら、私たちができることを探しているところです。

 

現実はゲームよりエキサイティング

WORK MILL:先ほど「未経験かつ自己資金でお店を開くのは大変」とおっしゃっていましたが、中村さんご自身はそれをされたわけですよね。しかも、専門家の方に批判されたうえで。なぜ中村さんは意志を通すことができたのですか。

 

 

中村:「何かに挑戦する」って、エキサイティングですよね。私、もともとゲーマーで、最後まで「ラストエリクサー※1」を使わないタイプなんです(笑)。ゲームって、なかなかクリアできない「無理ゲー」のほうが面白いじゃないですか。難しいゲームに挑戦すればするほど達成感が得られると小さい頃から知っていたので、それを私は現実でもやっているだけなのです。レベルが低いくせに、「アカン」って言われてもラスボスに挑んでいく。それを現実でやると、ゲームよりもっとエキサイティングなのです。

 

WORK MILL:得られるものもありますしね。

 

中村:そうなんです。みんな、「失敗したらどうしよう」とか「お金がなくなるかも」と考えがちですが、実際のところ、失敗について本気で深く考えたことがないだけなんじゃないかと思うのです。本当に失敗したらどうなるのか、と一度でもいいから深く考えてみる。すると、意外と何も失くさないんですよね。別に、死ぬわけでもない。

 

WORK MILL:多くの人は失敗を恐れるあまり、「失敗したくないから、あえて失敗のことを考えない」のかもしれません。

 

中村:でも本当の意味で、失敗について真摯に向き合って考えてみると、「え?意外とどうってことないやん」ということに気づけるのです。「まかない付きのバイトなら食事は確保できる」とか、「このルートもそれはそれで笑いながら生きていけそうだ」と考えると、大丈夫だとわかる。そうすれば、挑戦はできるんですよ。私たちもお店を始めるときに、とりあえず1年間やってみて、ダメだったらまた会社員に戻ろうってふたりで話していました。いつもケースバイケースを想定しておいて、自分の許容範囲内だったら、失敗しても全然OKなのです。

 

※1 スクウェア・エニックスによって開発・販売されているRPGシリーズ『ファイナルファンタジー』に登場する全回復アイテム

 

 

ですから「佰食屋1/2」は、お店も継続するし、工事の必要はないし、名前やレシピ、食材が変わるだけですから、何も問題はありません。フランチャイズの構想は「失敗」だったと、はっきり言うこともできます。でも、失うものは何もない。もし私にプライドや見栄があったら、ズタズタになるかもしれませんが、そういうのは私、全然ないのです。むしろ「うまくいくはずがない」「やめたほうがいい」って言わはった方々が、もしかしたら「失敗したんや。まぁ、頑張りや」って、応援してくれるようになるかもしれない。それなら、失敗にもメリットがあると思うんです。

 

 

WORK MILL:ポジティブシンキングですね。

 

中村:人生って、平等にできていると思っていて。すごく悪いことがあったら、その後で絶対に良いことがあるって、信じてるんです。というか、信じないとやっていけないかも(笑)

 

***

 

前編はここまで。後編では、中村さん自身のキャリアや価値観、仕事観を掘り下げながら、ダイバーシティを実現するそのマネジメント手法、マインドセットについてうかがいます。

 

2019年9月10日更新
取材月:2019年8月

 

テキスト:大矢幸世
写真  :笹木祐美
イラスト:野中 聡紀

 

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