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未経験からの銭湯再生 ― 「サウナの梅湯」を救った「顧客体験アップデート」

かつては人々の生活のインフラとして街の至る所に存在した、地域の憩いの場「銭湯」。部屋の中に内風呂を設けることが当たり前になった現代、客足が遠のいてしまった銭湯は数多く、廃業の知らせも後を絶ちません。

  そんな逆境に立たされた銭湯文化を救おうと、20代という若さで銭湯を継いだ挑戦者が、京都にいます。「サウナの梅湯」店主、湊三次郎さんです。脱サラ直後に廃業寸前だった銭湯の経営を引き継ぎ、2年間かけて客数を倍以上伸ばした手腕は、テレビや雑誌など、さまざまなマスメディアでも注目を集めています。
ひとりきりで、いきなりレガシーな業界に飛び込み、予想もしなかった障壁に苦悩しながらも、成功への道を切り開いていった湊さん。その過程には、これから新規事業や既存サービスのイノベーションに取り組もうとしている人にとって、学べるエッセンスがあふれていました。

前編は湊さんに、銭湯を継ぐことになった経緯と、現在に至るまでの苦労や葛藤、そして銭湯という「場づくり」で意識したことなど、「未知の業界でゼロから一事業を立て直したストーリー」の一部始終を伺いました。

知らない街でも居心地のよさを感じた、銭湯との出合い

WORK MILL:湊さんと銭湯との出会いは、いつ頃だったのでしょうか? 小さい頃から通われていたとか?

—湊 三次郎(みなと・さんじろう)銭湯活動家、「サウナの梅湯」経営者。
学生時代には全国各地、数百軒の銭湯を回るほどの銭湯フリーク。新卒ではアパレル会社に就職。2015年5月、会社を辞めて「サウナの梅湯」の経営者に。現在は梅湯の経営に携わりながら、「若者が銭湯に!」をテーマに銭湯にまつわる情報発信や、銭湯業界の活性化のための運動を行なっている。

湊:いえ、全然そんなことはなくて。僕の地元の静岡は銭湯の数が少なくて、あまり身近な存在ではありませんでした。初めて銭湯に行ったのは、高校生の時です。友達と一緒に旅行で横浜に行ったんですけど、泊まったのが安宿だったので、そこにはシャワーしかなくて。それで、近くの銭湯に足を運びました。

WORK MILL:初銭湯の感想、覚えてますか?

湊:勝手が分からなかったので、おっかなびっくり足を踏み入れた……という感じでした。そしたら、中にはヤクザっぽい人や、怪しい雰囲気のおじさんがいたりして。後から知ったんですけど、僕たちが泊まっていたのはいわゆる「ドヤ街(日雇い労働者が多く住む街)」だったんですよ。だから、余計にカルチャーショックを受けました(笑)

WORK MILL:鮮烈な出会いだったんですね(笑)

湊:でも、不思議と居心地の良さは感じていたんですよね。銭湯を出た後に「広いお風呂っていいな」って友達と言い合ってたのは、今でも覚えています。

WORK MILL:それから銭湯好きに?

湊:本格的にのめり込んだのは、もう少し後のことです。大学進学を機に京都に出てきたんですけど、京都市内にはいろんな銭湯があるんですよ。立て構えや内装が、それぞれとても個性的で。自転車が趣味だったので、休みの日に街を走り回ってシメに銭湯に入る……という流れを繰り返していたら、徐々にハマっていきました。

WORK MILL:確か、大学でも銭湯サークルを立ち上げられていたとか。

湊:当時は「銭湯が好き」と言うと、なんだかアングラな趣味として認識されることが多くて。僕は「カフェ巡り」と同じくらい、「銭湯巡り」も普通の趣味になってほしいなと思っていて。もっと同世代の若い人たちに、銭湯に親しみをもってもらいたくて、銭湯サークルを作りました。

WORK MILL:具体的にはどんな活動を?

湊:基本的には集まって銭湯を巡るんですが……普段の活動の参加率は悪くて、結局一人で銭湯を回ってました(笑)。それと、「銭湯展」というイベントを開催しました。
銭湯に関する展示をしたり、日本に3人しかいない銭湯の背景画を描く絵師さんを呼んで、ライブペイントをしてもらったり。イベントはちょくちょくやっていましたね。

WORK MILL:そういった活動をしていると、銭湯関係の方々との付き合いも深くなりそうですね。

湊:サークルとして活動を始めてから、銭湯を経営されている方々に覚えてもらえるようになりました。銭湯でアルバイトをするようになったのも大きいですね。大学3回生の頃、この梅湯が番台のアルバイトを募集し始めて。僕はその時、ほかの銭湯でも働いていたんですけど、迷わず梅湯のもやることにしました。

正直に弱音を吐いたら、仲間が集まった

WORK MILL:番台のアルバイトをしていた時から、現状のような「自分が銭湯を経営する」未来は、想像していましたか?

湊:「将来的にはどこかの銭湯を継いでやりたいな」とは、思っていましたね。ただ、学生の頃はそこまで現実的に考えられていなかったので、卒業後はアパレルの会社に就職しました。けれども、やっぱり会社では、自分のやりたいことが思うようにはできなくて。このままじゃ行き詰まると思い、仕事を辞めたタイミングで、ちょうど梅湯が廃業するという話を聞いたんです。「これは自分がやるしかない!」と感じて、梅湯の方から経営を引き継ぎました。

WORK MILL:「未経験で銭湯を引き継ぐ」ということに、不安はありませんでしたか?

湊:なかった……というより当時は無知すぎて、不安を感じられるレベルにも達していなかったなと(笑)。だからこそ、飛び込めたんでしょうけど。「銭湯好きな自分なら、どうにかできる」という妙な自信があったのですが、やっぱりそれは根拠のない過信でしかなくて……始めてからしばらくは、次々と見えてくる課題にぶつかって、ギリギリなんとか乗り越える毎日でした。

WORK MILL:なるほど。

湊:最初の頃は、本当に日々の営業をなんとか回すので精一杯でした。前任者からは「一日60人の客が入っても、月20万円ほどの赤字だ」と言われていて。僕はまず、重油で沸かしていたのを薪に変えたり、人件費を削ったりすることで、経費を大幅に削減したんです。これで、月におよそ20万円分は節約できました。

WORK MILL:すごい! 今までの月の赤字分を、ほぼ補填できる額ですね。

湊:ただその分、僕の業務的な負担は重くなって。番台での接客、40~50分に1回の薪入れ、終わった後の掃除、設備のチェックなどを全部一人でやるのは、想像以上に大変でした。加えて、設備は老朽化が進んでいて……僕が継いでから、修理費で大体400~500万円は使っていますね。

WORK MILL:そんなに……!

湊:毎週1日ある定休日も、日ごろ手が回っていない雑務に費やされてしまって、まともな休みも取れない。「お客さんを増やすための施策を考えなきゃ」と思う一方で、そこまで考える余裕のない日々が続いて……精神的にも疲弊してしまって「いつ辞めようか」ということばかり考えるようになった時期もありました。

WORK MILL:そこから抜け出せたのは、何がきっかけだったんでしょうか?

湊:なんでしょうかね……運が良かったのと、周りに恵まれたのと、って感じです。一緒に銭湯の運営を手伝ってくれる仲間が、少しずつ増えていったんですよ。こうやって番台に座ってお客さんと話していて「銭湯好きなんだよね」「だったら今日、掃除とかしてみない?」「やるやる!」と会話が弾んで、本当に来てくれて。

WORK MILL:それはボランティアで?

湊:そうなんです。そういう輪が、少しずつ広がっていきました。今でもLINEで「今日、掃除を手伝いに行ってもいい?」って、向こうからメッセージをくれたりするんです。

WORK MILL:手伝ってくれる方々は、どんな層ですか?

湊:みんな、熱烈な銭湯ファンというわけではないです。なんとなく銭湯が好きで、「銭湯、なくなっちゃうのは悲しいね」という気持ちは持っている、同世代のふんわりとした集まりです。

WORK MILL:そういった方々が集まるようになった契機は、何かあったのでしょうか?

湊:明確な契機などはなくて、日々のコミュニケーションの延長線上というか、少しずつ仲良くなった末に……というパターンが多いです。あとは、手伝ってくれる仲間が自分の友人を連れてきてくれたり。当時の僕の様子があまりに悲惨すぎて、情をかけてくれた面も、多々あると思います(笑)。SNSでは結構、「やばいなあ」とか「全然お客さんが増えない」とか、正直に弱音を吐いていたので。

WORK MILL:周りにちゃんとSOSを出すこと、大事ですね。

湊:今ではボランティアだけでなく、スタッフとして開店から閉店まで業務を任せられるスタッフも増えてきていて。そうやってガッツリと手伝ってくれる人たちが、大体10人ほどいます。そのほかに、気が向いた時にふらっと手伝いに来てくれる人や、イベントなどのプロジェクトごとに協力してくれる人も合わせると、結構な数になりますね。本当にありがたいなあと、日々感じています。自分が毎日店にいなくても回るようになって、本当に楽になりました。

WORK MILL:皆さん、梅湯が好きなんですね。

湊:多分、遊びに近い感覚で手伝ってくれているのかなと思っていて。小学校の頃とか、別に約束したわけじゃないのに、放課後に公園とかに集合したりしていた、あの感覚。「とりあえず梅湯にいたら、何か面白いことが起こりそう」「今後、梅湯がどうなっていくんだろう」というワクワク感があって、皆それを楽しんでくれている気がします。僕も、そういう場をこれからも提供できるよう、頑張らなきゃなと。

未経験だからこそ大切にできた、当たり前の気遣い

WORK MILL:仲間が増えて余裕ができ始めてから、少しずつ客数を増やすための場づくりに着手されていったかと思います。どんなところを変えていったのでしょうか?

湊:ハード面に関しては、番台をなくしてフロント型にしたことと、脱衣所を少し狭くしてその分ロビーを広くしたことが、大きく変えた部分です。脱衣所を狭くしたことで常連さんにはだいぶ怒られましたけど、その分ロビーで待ち合わせしたり、顔を合わせたお客さん同士がゆっくり世間話をしたりと、コミュニケーションが生まれやすくなりました。

WORK MILL:番台をフロント型にしたのも、店の人とお客さんとで隔たりがなくなる感じがしますね。

ロビーを作り番台をフロント型にすることでお客様とのコミュニケーションが生まれやすくなるように改築。

外から中の様子が見えるようになっており、外のお客様にも声がけがしやすい

銭湯に不慣れなお客様むけにエチケットをイラストで伝える工夫

湊:あとは、入口のすりガラスもやめて、外から中の様子が見えるようにしたら、興味を持って立ち止まってくれる人が増えましたね。そういう方には、「銭湯ですよ、ひとっぷろ浴びていきませんか?」ってキャッチするんです。前職でのアパレルの時より、キャッチはしやすいんですよ。うちは手ぶらでも、貸しタオル込みで500円で入れますから。
ただ、店の経営全体のことを考えた時に、ハード面の作り替えはあくまで変わるきっかけでしかなくて。やっぱり、ソフト面の改善を根気強く続けていったことが、客数の増加にはつながっていると思います。

WORK MILL:ソフト面の改善というと、たとえばどんなところですか?

湊:本当にシンプルなことです。お客さんのことを考えて、シャンプーやボディソープは備え付けにするとか。コンビニ接客にならないように、会話することを心がけるとか。それと、月に一度くらいの頻度で「梅湯新聞」を作って、浴室内に貼っています。

WORK MILL:新聞にはどんなことを書かれているんですか?

湊:ホントに、ご近所さんに話すようなことですよ。最近どこに行って来ましたとか、お風呂にこんな機能をつけましたとか、大きなお祭りがありましたねとか。それと、これから梅湯をどうしていくかという意気込みも、たまに書いたりしていて。これが意外と好評で、新聞を出し始めてから、お客さんとの距離は縮まったなと感じています。共通の話題があると、話しかけやすいんですよね。

WORK MILL:お風呂の中に貼ってあるというのが、また効果的なのかなと。

湊:そうなんですよね。ひとりで来ている人だとなおさらですけど、意外とお風呂に入っている時って、することってないんです。お風呂に入っている人たちを観察していて、掲示物をずっと眺めている人が結構いるなと気づいて、この新聞を思いつきました。

WORK MILL:お金がかからないのもいいですね。

湊:ハード面の変更って、お金がないとできないじゃないですか。それでお客さんが来るようになっても、再現性がないなと思っていて。僕は銭湯業界のことをよく知らずに、銭湯の経営に携わるようになりました。その中で「ここ、変えた方がいいんじゃない?」という、当たり前に感じた違和感を大切にしたくて。それは、外から入ってきた僕だから言える、変えられることだと思うんです。
お金をかけずに、ちょっとしたサービスやコミュニケーションに気を遣うことで、お客さんの満足度が上がって、売り上げに繋がる――それを実践できたら、ほかの銭湯でも真似ができるはず。だから僕は、なるべくどの銭湯でも応用できるような改善策を見つけて、試して、ちゃんと成果を上げていきたいなと思っています。

WORK MILL:銭湯経営が上向いてきたターニングポイントなどはありましたか?

湊:精神的には、初年度の設備の修理が全部終わった頃から、少しずつ楽になっていきました。客数で見ると、昨年(2016年)の8月に朝風呂を始めてからグッと伸びて、「なんとかやっていけるかもしれない」と自信を取り戻して。そこからじわじわと客数は落ちずに伸びていって、今年に入って1日の平均客数は120人を超えるようになりました。

WORK MILL:引き継いだ時の倍ですね!増えていく中で、客層に変化はあったりしましたか?

湊:一部の古参の常連さんがいなくなって、新しい常連さんが付き始めましたね。僕が引き継いだ当初と比べて、雰囲気は大分変わったなと感じています。

WORK MILL:客層の入れ替わりのフェーズで、何か苦労などは?

湊:「新規の人のマナーが悪い」という苦情は、やっぱり多かったです。それが僕のところに来ればいいのですが、時にはお客さん同士の言い争いになってしまうこともあって。僕もまだまだ若輩なので、なかなか間に割って仲裁することができず、歯がゆい思いをしました。

WORK MILL:常連さんとのコミュニケーションで、意識していることはありますか?

湊:これも、銭湯だからというよりは、接客業として当たり前のことを、忘れないようにしています。自分がお客さん側だったしたら、「また来てくれたんですね」と声をかけてくれたり、以前の会話を覚えていて「この前言ってたあそこ、行ってきました!」って言われたりしたら、やっぱり嬉しいなと感じる。心の通ったコミュニケーションになるよう、相手の顔を見て話しています。

WORK MILL:仕事というより、ご近所さんや人付き合いの基本と、ほぼ同じですね。

湊:当たり前のことを、当たり前に続けるのが難しかったりするんでしょうね。でも、何かスペシャルなことをしようとするより、やっぱり大切にしなきゃいけないことだなと、日々の接客の中で感じています。


前編はここまで。後編では、新しいことに挑戦する上で湊さんが大事にしている哲学や、困難に立ち向かう覚悟の本質について、さらにお話を掘り下げていきます。

編集部コメント

開花が遅れたおかげで、散り際の桜が楽しめた4月中旬の京都。夕方、日が暮れようとしていく中で湊さんがカウンターに立ち、お客さんに応対する日常の営業の傍らお話を伺いました。インタビューの間にも来店・退店するお客さんに小気味よく丁寧に声をかける湊さんの姿は実に風情のあるものでした。「広いお風呂に入ること」の価値を純粋に愛し、経営者としては素人だったからこそ利用者目線でサービスの変革を実現できた湊さん。このことはインタビューが思わず中断するくらいロビーで世間話に花を咲かせるおばあちゃんがしみじみ語った「身体がいくら弱ってもここのお湯に入りに来たい」という一言に集約されていたように感じました。(遅野井

 2017年6月27日更新
取材月:2017年4月

 

テキスト: 西山 武志
写真:映像家族yucca 成東 匡祐
イラスト:野中 聡紀