働く環境を変え、働き方を変え、生き方を変える。

WORK MILL

EN JP

人と情報の回遊が富士通に変革をもたらす

富士通が開設した二つの共創空間、「HAB-YU platform(以下、HAB-YU)」と「FUJITSU Knowledge Integration Base PLY(以下、PLY)」。デザイナーが軸となり、お客さまとの関係性を築くHAB-YU(ハブユー)と、「SEの道場」として数々のハッカソンやアイデアソンが行われ、社内外の人びとが自由に行き来するPLY(プライ)と、異なる特性が見えてきました。それに加え、重要なファクターとして機能しているのが、社内外メディアである「あしたのコミュニティーラボ(以下、あしたラボ)」と「Digital Innovation Lab(以下、DIL)」です。
これらの共創空間とメディアによって、日本を代表する企業・富士通に大きな変革がもたらされました。後編では運営に携わる柴崎辰彦さんと高嶋大介さんにお話を伺い、コミュニティづくりから始まる変革へのヒントを探ります。 

共創空間とメディアが埋もれがちな人材に光を当てる

WORK MILL:共創空間と社内外向けメディアができたことで、具体的にどのような変化が生まれたのでしょうか。

—高嶋大介(たかしま・だいすけ)富士通株式会社 総合デザインセンター チーフデザイナー 富士通総研 実践知研究センター 研究員。
大手ゼネコンにて現場管理や設計に従事後、2005年富士通入社。ワークプレイスやショールームデザインを経て、現在では企業のワークスタイル変革や自治体の将来ビジョン、地方創生のデザインコンサルティングなどを担当。共創の場であるHAB-YUを軸に人と地域をつなげる研究と実践を行う。

高嶋:いちばん大きいのは、社内の共通認識として「これからは共創だ」と、舵を切り出せたことだと思います。HAB-YU(ハブユー)が社員一人ひとりの変革にどれくらい寄与しているかはわからないけれど、ワークショップをすると、お客さまから「今までもっとこういうことをすればよかった」と言ってもらえることが多いんですよね。社内からも「HAB-YUではいつも面白いことをやっているね」という声が広がっている。何か新たなことをはじめようと思っても、個別場所を借りるとなると、なかなかハードルが高いじゃないですか。デザイナーにとってはHAB-YUが、SEにとってはPLY(プライ)がいわゆるホームグラウンドとしてあって、そこでいろんなことを試しやすくなる。チャレンジしやすくなったと感じます。それに、今までだったらトップダウンで考えていたような部門の戦略を、ボトムアップで一緒に考えていくことも増えてきました。「お客さまとの共創」ということから、その意味合いもどんどん広がりが出てきたと思います。

—柴崎辰彦(しばさき・たつひこ)富士通株式会社 ビジネスマネジメント本部 戦略企画統括部長 あしたのコミュニティーラボ代表(2017年2月時点)。
1987年入社。テレカンファレンスビジネスなど数々の新規ビジネスの立ち上げに従事。CRMビジネスでの経験を踏まえ、2009年からサービスサイエンスの研究と検証を実践。2012年にコミュニケーション創発サイト「あしたのコミュニティーラボ」を設立。

柴崎:場ができたことで、他社のオープンスペースとの交流も生まれたんですよね。ソニーさんのクリエイティブラウンジ(Sony SAP Creative Lounge)や、パナソニックさんのWonder LAB、ヤフーさんのLODGEとか。PLYのオープンイベントで某ネット企業と「ハッカソン5番勝負」のようなものを行いました。某社は5名中4名が女性で、まさにネット企業っぽい華やかな雰囲気。かたや富士通は、「事業部でサーバー開発を○年やってきました」みたいな技術者ばかりで、いやぁ、これは勝てない……と頭を抱えてしまって(笑)。でもいざプレゼンがはじまると、先鋒を務めた川崎工場の技術者のアイデアが素晴らしくて。先の女性たちも「すごーい!」なんて目を丸くして、イベントのあと、技術者の彼がその某社若手の技術アドバイザーを務めることになったらしいのです。

WORK MILL:普段ならまったく交流する機会がないというか、そもそも技術一直線で地道に保守業務に携わっている方が、他社の方にプレゼンする機会もなかなかありませんよね。

柴崎:そう。それまで現場の事業部門であまり光が当たっていなかったような社員に光が当たって、面白いことになるんです。子会社の課長職で、ずっとアプリの開発や設計に携わっていた人がいるんですけど、34歳以下で募集をかけていた第1回のオープンハッカソンにエントリーしてきたんですよ。40歳過ぎなのに(笑)。その道では結構有名だったらしいんだけど、ちょっと冴えない感じのおじさんで。でも1日目のアイデアソンが終わったとき、こう言われたんです。「柴崎さん、私、脳内革命が起こりました!」って。それで2日目のハッカソンでも優勝まではしなかったものの、目覚ましい活躍をして。それ以来、自部門の部下や隣の部門の若い連中を巻き込んで、ハッカソンに参加したり、モノづくりの講座を自主的にはじめたりするようになったんですよ。今では、彼とそのチームメンバーにPLYのファブスペースの運営を任せています。

WORK MILL:でも確かに、全社員数16万人ともなれば、なかなか隅々まで目を光らせることは難しいですよね。それがメディアと共創空間によって、うまく機能してきたんですね。

柴崎:PLYができたとき、普段は交流のないSEからもたくさん感謝のメールが届いたんですよ。開発の合間に息抜きとしてスペースを使って、また新たなアイデアが生まれたり、他部門と交流したり……朝から晩まで予約が入っているんですけど、さまざまな形で活用してくれているんですよね。夕方に社員がレーザーカッターでプラ板を切り出し、IoTの電球をつけて花を作っていたり、「従業員の生きがいや働きがいを考える」というところから労働組合の人と仲良くなって、アイデアソンの手法を教えてあげたりね。

WORK MILL:PLYのノウハウをSEに限らず、広く社内にも共有するのですか?

柴崎:そうですね。SEがハッカソンやアイデアソンに参戦して一等賞を取ってくるという「ハッカソン戦士」としての能力も必要なんですけど、部門を問わず、さまざまな場でハッカソンやアイデアソンを運営する能力も、実はとても重要だと思っているんです。我々は「FUJI HACK」というハッカソンを行っていて、社内はもちろんスズキ自動車さんや大日本印刷さんなど他の会社のチームも参加しているのですが、その事務局スタッフはSEに限らず、他部門の所属者もいるんですよ。事務局でノウハウを身につけて、たとえば金融事業部独自のアイデアソンやハッカソンを、ぜひやってみてください、ということですね。そうやって、どんどん社内外問わずハッカソンを実践していって、2015年には社外の方々を含めて述べ1500名もの人が参加しています。

WORK MILL:社内にいらっしゃる方々の意識そのものが変わってきたという感じでしょうか。

高嶋:社内の新たな個性に気づくこともありますね。

柴崎:ハッカソンやアイデアソンという場を使うと、違う才能が目に見えてくるんです。本人も気づかないような才能に火をつけるというか。

高嶋:「ソーシャルスター」のように注目される人材が生まれていますよね。

柴崎:ついこないだ、我々のメンバーで「ハッカソン戦士」として有名だった社員がひとり卒業したんですよ。社内版で「ハッカソン戦記」という寄稿コーナーがあって、その常連だったんですけど、起業することになって。今までは「会社辞めるなんて、もったいない」みたいな言われ方をされていたはずだけど、ポジティブな理由だから全然かまわないよね、と。外で「富士通のOB」と名前をアピールして、優秀な人材を輩出する会社だと思われればいい。2016年からは「カムバック制度」という復職制度もできたんですよ。だから「外での経験を活かして、4、5年したらまた一緒にやろうぜ」と言えるようになったのはいいことですよね。

複雑なデジタルビジネスを導くシェルパに

WORK MILL:他にも何か変化はありましたか。

高嶋:デザイナーが以前よりも外に出られるようになったと思います。昔はインハウスのデザイナーって、ある程度製品とセットになっていたから、中でゴリゴリデザイン描いているような感じでした。それが表に出てくるようになったのって、大きな変化なんですよね。お客さまの生きた声を拾うために前に出て、よりよい提案をする。さっき柴崎さんが紹介したような特徴的なSEのような例は、デザイナーにはあまりいませんが、大きいのはデザイナー一人ひとりの意識の変化なんじゃないかな。
それと、仕事の入り方が変化してきたんです。これまでは営業がお客さまから受注して、それをシステム部門やデザイン部門に指示する。お客さまのフロントにいるのはあくまでも営業なんですよね。お客さまのいるところにその都度出向いていたわけです。けれども場ができたことで、お客様をここにお呼びして、「一緒に何か考えましょうよ」と営業やデザイナー含めてみんなを巻き込んでビジネスが始まる。関係性そのものが変わってきましたよね。

WORK MILL:以前よりもお客さまと接する機会も増えてきたということでしょうか。

高嶋:そうですね。付けくわえて言うなら、この場所ができたから接点が増えたわけじゃなくて、お客さまと接点を作って、ともに考えられる人が育ってきたからこそ、そういう関係性が築けるようになってきたんだと思うんです。

WORK MILL:お客さまとの接点が増えてきたことで、デザインの提案が変わってきた部分はありますか?

高嶋:変わってきたと言うより、デザインそのものの領域がどんどん拡大しているということだと思います。グラフィック的な色や形だけじゃなくて、お客さまのやりたいことを可視化するデザインや、体験やサービスをデザインするといったふうに、デザインの仕事自体がどんどん変わってきている。極端な話、僕はグラフィックデザインを一切しないし、プロダクトも作りません。けれどもコミュニティを作ったり、ビジネスの仕組みやビジョンを作ったり、アイデアを可視化したりする。お客さまとの関係性が変わってきたからこそ、できることは広がってきていると思います。デザインの役割が変わってきたと感じます。

WORK MILL:SEとお客さまとの接点はいかがでしょうか。

柴崎:変わってきましたね。DILでとあるSEが「金型業界のアマゾン」とも言われているミスミさんの紹介記事を書いたら、1週間で1500いいね!を超えて、広報さん直々にお礼をいただいて、その2カ月後には専門誌の特集が組まれたんです。その記事を書いた社員はコツコツ調べて書くことがうまくて。アメリカのとあるITベンダーの3Dプリンタについて記事を書いたら、今度はそのベンダーから「最新の工場を富士通のSEのみなさまにご案内します」と招待がきて、工場見学することになったんです。メディアが出会いの場にもなっているんですよね。そんなこと、まったく予測していなかったんですけど。

WORK MILL:それまでだったら、ともすると業務にも見なされていなかったようなことが、新たな接点を生み出しているんですね。

柴崎:最近、「デジタルジャーニー」という呼び方もありますが、デジタルビジネスって旅なんですよね。受託型開発はゴールが明確だから、一直線のまっすぐな道になるけれど、共創型は試行錯誤しながらうろうろと歩くわけです。登山にたとえるなら、そこにはシェルパが必要なんですよ。山に暮らし、その山の特性や気候、地理をよくわかっているシェルパが。我々の活動にはやはり抵抗感を持つ人もいるわけです。「それはSEの仕事じゃない」「ウェブ記事を書くのはマーケティングの仕事だろ」と。けれども、こういう世の中をきちんと調べて見識のあるSEでなければ、お客さまにも受け入れてもらえないのではないかと思うんです。

WORK MILL:技術者だからこそ、その情報の本当の価値がわかっているということですよね。

柴崎:まさに、そうなんです。あくまでSEのトレーニングとしてやっているんですよ。メディアではよくシリコンバレーなどが取り上げられているけど、実はアジアやヨーロッパにも注目すべきデジタルテクノロジーやトレンドがたくさんあるんです。そういった記事を載せると、やはり技術者から多く反応をいただきます。業界を知らなければ、シェルパにはなれません。

場と人のハブが新たなビジネスを生む

WORK MILL:大企業になればなるほど、それまでとは異なることをはじめたり、多くの人を巻き込んで変革したりすることは難しいように思えます。成功するためのカギはどういったことなのでしょうか。

柴崎:おそらく、一本槍じゃダメなんですね。共創空間を作ったからといって、イノベーションが生まれるというのはありえない。多面的に考えることが重要です。今日、私がお話ししたような社会背景、メディアと共創空間によるSECIモデル、既存のお客さまだけでなく広く社会の人びとと進めるコラボレーション、社内人材のモチベーション活性……あらゆることが実践されることで、予期せぬ変化が出てきます。

高嶋:僕自身、HAB-YUでの活動はそれまでの仕事を100としたら、+αの部分で動いてきた感じ。でもなぜその+αをやるのかというと、好きだから、やりたかったから、なんですね。そうやっていろんな人を巻き込んで、イベントやワークショップを行っているうちに、だんだんその+αがビジネスになってきて、会社の仕事とHAB-YUの仕事が80:20になってきたんです。自分がやりたくてやっていたことが、会社のミッションとしても認められるようになってきたんですね。その比率は今後どんどん変わっていくかもしれません。80+20=100になったと思ったら、またさらに新しい仕事が生まれたりするんですよ。

柴崎:熊本のベンチャーで、服を企画したい人と服作りができる工場を繋ぎ合わせるシェアリングエコノミー型のマッチングプラットフォームを運営している企業なのですが、これはもともとあしたラボで取材したのがきっかけで、彼らの仕組みを我々のクラウド上で実装することになったんです。通常なら「ベンチャー企業向けのシステムは作っていないから」とお断りするようなことなのかもしれないけど、社長からご相談いただいたので、「なんとかできないか」と社内の開発部隊と研究者を巻き込みました。開発部隊も「ちょうど今クラウド上でそういう仕組みを作りたいと考えていたから、持ちつ持たれつでやってみよう」とのことで実装がはじまったんです。そこはもう、「柴崎さんに聞いてみたら、誰かいい人を連れてきてくれる」というふうに社内外の人から思われていて、極めてアナログなコネクターとして仕事をしている感じですけど(笑)。今ではこの仕組みをサービスとして提供開始しました。

WORK MILL:場のハブと人のハブ、両方があるからこそ機能するということなんですね。

柴崎:いい言葉ですね(笑)。

2017年4月18日更新
取材月:2017年2月

テキスト:大矢 幸世
写真:中込 涼
イラスト:野中 聡紀