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第9話「室内」から「地球」へ

働く環境、働き方の調査・研究を30年以上続ける業界のレジェンド、鯨井による連載コラムです。働く場や働き方に関するテーマを毎月取り上げ、『「〇〇」から「××」へ』という移り変わりと未来予想の視点から読み解きます。

 

言葉は世につれ、世は言葉につれ

言葉の意味は時代と共に変わっていくものですよね。今私たちが感謝の意を伝えるときに使う言葉はもちろん「ありがとう」です。でも平安時代には、存在するのが稀なことを意味していたということをご存知でしたか。いつごろから感謝の意味に変わったのでしょう。言葉の意味は、多くの人が新しい意味で使うようになり市民権を得た時点で確定するのですが、いったい何割くらいの人が支持するとその意味が認められるようになるのでしょう。現時点では間違って使われているけれどもう少し時がたつと意味が変わるかもしれない言葉には「さわり」「潮時」「煮詰まる」「割愛」などがあるようです。皆さんは正しく(?)使っていらっしゃいますか(自信のない方は今すぐ辞書を開きましょう)。ちなみに最近話題になっている「やばい」は、危険や悪いことが起こりそうな様子を意味する言葉ですが、文化庁の調査によると既に27%の人がとても素晴らしいという意味で使っているのだそうです。これもそのうちに意味が変わってしまうのでしょうか……。

 

今回は昔と今で意味が変わってきた言葉をテーマに話を進めてみようと思います。ここで取り上げる言葉は「環境」。オフィスをつくったり運営・管理していくときにとてもよく使われる言葉です。「環境」は、人間または生物を取り巻くまわりの状況のことを意味していて、その意味自体は変わってはいません。変わったのは環境の指す対象です。私たちを取り巻くものすべてが「環境」に含まれるので、当然いろいろな「環境」が存在することになります。ですからどの環境を対象にしているのかを宣言しなければ話が通じなくなってしまうのです。そこで私たちは「○○環境」と環境の前に対象物をつけて表現することになります。例えば「自然環境」「社会環境」「住環境」「開発環境」のように。

 

 ー鯨井康志(くじらい・やすし)
オフィスにかかわるすべての人を幸せにするために、はたらく環境のあり方はいかにあるべきかを研究し、それを構築するための方法論やツールを開発する業務に従事。オフィスというきわめて学際的な対象を扱うために、常に広範囲な知見を積極的に獲得するよう30年以上努めている。主な著書は『オフィス事典』、『オフィス環境プランニング総覧』、『経営革新とオフィス環境』、『オフィス進化論』など。

 

オフィスの広さは七難隠す?オフィスの「室内」環境 

今から40年ほど前、オフィスづくりの現場で「環境」といえばオフィスの室内環境のことを指していました。働く人たちが日ごろ直接的に影響を受ける光、音、熱、広さなどの環境要素がその対象です。以前このコラムで書いたように当時の日本のオフィスは、もともと十分な広さが無いところにコンピュータがどんどんと導入され、働く環境は劣悪きわまるものでした。ですからこのオフィス環境問題は喫緊の課題として認識されていたのです。

 

その当時私はオフィスの改善提案をする仕事をしていました。現状のオフィス環境を調査して、悪いところを見つけ問題点を指摘し、その解決策を提案するというのがざっくりした業務フローです。オフィスの立ち入り調査時にはカメラを持っていき、悪い環境があれば動かぬ証拠として撮影するのです。天井の蛍光灯がコンピュータ画面に映りこんでいて仕事がしづらくなっていたらパチリ。物が立て込んでいて空気の流れが悪くなっているところには自衛策として扇風機を置くことがありますが、そうした状況があればすかさずパチリ。脚が入らないくらいに机の下に書類が積み重ねられるような環境があればまたパチリ。人のオフィスの粗 さがしをして悪い環境を見つけると「よし、しめた!」。嬉々としてシャッターを切るイヤな奴でした。今思うと最低ですね……。

 

見た目で判断することも大切ですが、そこで働いている人たちが身の周りの環境をどのように感じているかを知ることも重要です。そうした要求を受け1990年代にはオフィスのサプライヤーはこぞってオフィス環境を定性評価するためのアンケート調査を行い、環境上の問題点を明らかにしていたものです。公的な機関でも調査手法は開発され、建築研究所の「POEM-O」やJFMAの「JAST94」、NOPAからも「改善効果測定技法」が発表され、POE(Post Occupancy Evaluation:居住後評価)という考え方が日本に定着したのはこの頃です。

 

当時の日本のオフィス環境は本当に劣悪で提案のしがいがあったことに間違いはありません。そんな中で、明るさと騒音のうるささ、暑い(寒い)といった働く上での環境問題と広さ(狭さ)感との関係性に明治大学の山田由紀子先生が着目されました。その研究結果をみて「なるほど」と唸った覚えがあります。先生の研究結果によると、オフィスの広さが一人当たり7㎡を超えると、明るさやうるささ、暑さに対する不満が減少するというのです。人間は広い空間にいることによって他の環境要素の問題を感じにくくなる。まるで「色白は七難隠す」みたいなものです。人の感覚って面白いですね。世間には物理量つまり定量的なエビデンスを重視する人が大勢いらっしゃいます(大勢を占めていると言ってもいいかもしれません)が、この分野においては人の感じ方、定性的な評価がとても大事だと思った次第です。

 

「地球」環境がオフィスを変える 

さて劣悪だったオフィス環境は次第に改善されていき、今ではかつてのように室内環境が問題視されるオフィスは少なくなったように思われます。オフィスの室内環境改善を希求する波が一段落した2000年代、それに代わってスポットライトが当てられたのが地球環境問題でした。1997年に行われた気候変動枠組条約第3回締結会議(COP3)であの京都議定書が発効され、世の中的に「環境」といえば地球環境を指すようになっていったのです。オフィスづくりの現場にもこの流れは押し寄せ、地球環境を保全するためにオフィスづくりですべきことは何かが問われるようになっていきます。対象とする環境は室内から一気に「地球」へと膨らんだのです。

 

COP3は地球温暖化を食い止めるために温室効果ガス排出規制に関して国際的な合意形成を得ることを目的としたものです。これを受けて、温室効果ガスの発生をいかに減らして温暖化防止に貢献するかを官民がこぞって知恵を出し合うことになります。政府主導の施策としては「クールビズ」がありますね。夏場、軽装で働くことで室内の空調(冷房)温度を高めにして省エネを図ろうとするものです。言うまでもなく、省エネが目的であって、「ネクタイを外してもいい」キャンペーンではありません。最近どうも目的が違う方向にいっているような気がしてなりませんが……。

 

 

オフィスにおいて一番わかりやすい対策は何と言っても省エネ対策です。もちろん国全体の消費電力を考えると、製造現場や物流で消費されるエネルギーに比べてオフィスで使われる電気量などは圧倒的に少ないことは分かっていますが、何か少しでも貢献したいという意識からか(はたまた少しでも電気代を安くするためか)、オフィスでも省エネ対策を積極的に取り入れる企業が増えていきました。この潮流の中で起きた東日本大震災後の電力不足なども、不幸なことではありますが、省エネブームを後押しすることになりました。

 

オフィスづくりで提案される具体的な省エネ対策としては、照明の分野では、天井照明をLED照明に切り替える、タスク&アンビエント照明で部屋全体の照度を落とした上で必要に応じて机上面だけを手元照明で照らす、反射板や光ダクトなどによる自然光利用などがあげられます。空調の分野では、窓開け(高層ビルにおいても)による自然換気、空調運転と自然換気のバランス制御、実現例はまだ少ないものの全体空調と個別単位の空調を組み合わせたタスク&アンビエント空調などがあります。

 

また、CSR的な観点から企業やオフィスビル、オフィス空間として地球環境に配慮していることを証明する制度も確立され、その認証を取得する動きも2000年前後から活発になっていきました。企業の活動を対象とする認定制度としてはISO14001シリーズがありますし、建築や空間に環境保全対策に向けては、米国のLEEDや英国のBREEAM、日本ではCASBEEがあります。これらの認証取得が顧客の獲得や人材確保に有効であったことからも取得件数は世界的に伸びていくことになります。

 

「室内」環境は「地球」環境に通じる 

将来CADやBEMS(Building Energy Management System)が発展し、機器や建材、家具などそこに配置されるもののデータベースが完備された暁には、オフィスを計画する段階で××部長席の××月××日××時の照度は××lxで、温度は××度でとても快適、なんてことが分かるようになるかもしれません。ローパーティションで仕切られた打ち合わせコーナーに周囲から伝わってくる騒音レベルは××dBであることを知った上でレイアウトプランを行うことが可能になるかもしれません。また、そのオフィスを構成しているすべての材料のカーボンフットプリントからLCCO2(Life Cycle CO2:生涯二酸化炭素排出量)の総和が簡単に算出され、その数値がプランの良し悪しを評価する際の評価項目になる時代が来るかもしれません。

あまりに行き過ぎた管理はかえって息苦しい思いをさせるだけで、そこで働く人を幸せにすることはないかもしれませんが、こうして「環境」のことを改めて考えてみると、私たちの身近にある「室内」環境と「地球」全体の環境とはつながっていることに気づかされます。両者にある問題をうまく紐づけて解いていく努力をこれからは(これからも)していかなければならないのでしょう。

 

人と環境、環境と人

 

最後に「環境」と人間の関わりについて今回の話を終えようと思います。私たちの身体の周りにあるもの、それが環境です。私たちは良くも悪くも環境から影響を受けながら活動していて、両者の間には図aのような「朱に交われば赤くなる」的な関係性があります。オフィスの室内環境が悪ければ私たちの労働生産性はダウンし、環境が良ければ仕事がはかどることになります。一方で地球環境との関係性は図bのように表せます。今度は逆に私たちの活動が地球環境に影響を及ぼすことになります。温暖化や資源の枯渇などの問題は人類が引き起こしたものですから、これまでのところは私たちは地球に悪い影響を与え続けてきたのです。

 

本来、環境と人間はこのように相互に影響を及ぼし合う関係にあるのですが、私たちが働いているオフィスでは図aの方ばかりを意識してきたように思われます。もっと図bのようにできないものでしょうか。働く人たちがオフィスの室内環境に影響を及ぼすことを、それも良い方向に環境を変えていくことを考えてみる必要があると私は思います。建築家の多木浩二は著書『生きられた家』の中で、良い家とは居住した人間の経験が織り込まれた時空間だと述べています。それこそが人に生きられた良い家、良い建築なのだと……。

仕事をした私たちの足跡(フットプリント)をそこに残しましょう。私たちの証しを前向きに残すことのできるオフィスこそが「働かれたオフィス」と言える良いオフィスです。人間と環境のよい関係がこれから永く続いていくことを願ってやまない今日この頃なのであります。

 

それでは今月はこれで失礼します。来月またお会いしましょう。ごきげんようさようなら!

 

第9話 完
2017年4月4日更新

 

■働くを考えるシリーズ 過去掲載記事

第1話「オフィス」から「ワークプレイス」へ
第2話「みんなにひとつ」から「ひとりにふたつ」へ
第3話「効率」から「創造」へ
第4話「指定席」から「自由席」へ
第5話「座りなさい」から「立ってなさい」へ
第6話「多・遠・長」から「少・近・短」へ
第7話「ピラミッド」から「フラット」へ
第8話「灰色」から「薔薇色」へ
第9話「室内」から「地球」へ
第10話「机上」から「屋上」へ
第11話「キーホルダー」から「カードホルダー」へ

 

テキスト:鯨井 康志
写真:岩本 良介
イラスト:
(メインビジュアル)永良 亮子
(文中図版)野中 聡紀

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