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健康とイノベーションを職場にもたらす、サポーズデザインオフィス「社食堂」

WORK MILL編集長の山田が、気になるテーマについて有識者らと議論を交わす企画『CROSS TALK』。今回は、建築事務所SUPPOSE DESIGN OFFICE Co.,Ltd.(サポーズデザインオフィス)共同主宰の谷尻誠さん、吉田愛さんをお迎えしました。

 2人が社員の、そして社会の健康をデザインするため、東京の事務所内に「社食堂」を開設したのは、2017年4月のこと。“社員のための食堂”であるとともに、一般に開かれた“食堂”でもあるこの施設は、そこで働く人々にどのような変化をもたらしてきたのでしょうか。

前編では、社食堂をオープンさせた経緯や、社食堂を含めたオフィス全体の空間づくりにおいて大事にした思想などについて、詳しくお話をうかがいました。

 社食堂は会社のマニュフェスト

山田:谷尻さん、吉田さん、今日はよろしくお願いします。まず入ってビックリしたのですが…食堂スペースとオフィスの距離感がものすごく近いですね! いまは食堂スペースの方をお借りしてお話を伺っているわけですが、サポーズの社員の皆さんが打合せや作業をしているのが、こちらからも間近に見えています。

吉田:よろしくお願いします。初めて来たクライアントの方には、大体同じようにビックリされますね。

―吉田愛(よしだ・あい)
1974年広島県生まれ。1994年に穴吹デザイン専門学校を卒業。その後、株式会社井筒、KIKUCHIDESIGNを経て、2001年より建築設計事務所Suppose design officeに所属。2014年、谷尻と共にSUPPOSE DESIGN OFFICE Co.,Ltd. を設立。

谷尻:最初は社員もビックリしてましたよ(笑)、今はもう慣れてきてるようですけど。

―谷尻誠(たにじり・まこと)
1974年広島県生まれ。1994年穴吹デザイン専門学校を卒業。その後、本兼建築設計事務所、HAL建築工房を経て、2000年に建築設計事務所Suppose design officeを設立。2014年より、SUPPOSE DESIGN OFFICE Co.,Ltd.の共同主宰に。現在、穴吹デザイン専門学校特任講師、広島女学院大学客員教授、大阪芸術大学准教授も務める。著書に「談談妄想」(ハースト婦人画報社)、「1000 %の建築」(エクスナレッジ)など。

山田:まずは、この「社食堂」をつくられた理由からおうかがいできたらと思っています。何かきっかけなどがあったのでしょうか。

吉田:大きな理由は2つありました。一つは、「社員みんなでごはんを食べる時間をつくりたい」という思いがあったことです。社員の人数が少ない時は、一緒に昼ごはんや晩ごはんを食べる機会が自然とできていて。その中で仕事と関係のない話も含めて、いいコミュニケーションが取れていました。

ただ、社員の数が増えてくると、「皆で一緒に」というのがだんだん減ってきてしまって。意図的に機会を儲けようとしても、全員で入れるお店を予約したり、スケジュールを調整したりするのには、とても手間がかかりますよね。それなら、オフィスに食べる場所をつくってしまえばいいじゃないか、と。

山田:たしかに、理に適っていますね。

吉田:もう一つは、「社員に健康的に働いてもらいたい」という思いからです。一般的に、設計事務所は「寝食を惜しんで長時間働く」といった環境になりがちですが、私たちは「いい環境で健康的に働いてこそ、いいクリエイティブが生まれる」と考えていて。社食堂が、その一助になってくれればと思っています。

ー山田雄介(やまだ・ゆうすけ) 株式会社オカムラ WORK MILL編集長
学生時代を米国で過ごし、大学で建築学を学び、人が生活において強く関わる空間に興味を持つ。住宅メーカーを経て、働く環境への関心からオカムラに入社。国内、海外の働き方・働く環境の研究やクライアント企業のオフィスコンセプト開発に携わる。現在はWORK MILLプロジェクトのメディアにおいて編集長を務めながらリサーチを行う。一級建築士。

吉田:会社を立ち上げてから、ただ一生懸命に目の前の仕事をするだけではなく、「一緒に頑張るチームに対して、どういう環境を与えてあげられるかな」と考え続けていました。それで行き着いたのが「従来のアトリエ系事務所の労働システムから脱却して、持続可能でクリエイティブな組織をつくりたい」という願いでした。

「人が何のために働くのか」と言ったら、やっぱり「ハッピーでいたいから」だと思います。いいものをつくって顧客に利益をもたらしているのに、自分たちはどんどんすり減っていくなんて、全然ハッピーじゃない。美味しいごはんを食べて、気持ちよく仕事をして、相手に喜んでもらって、次はもっといい仕事をして…そんな循環を、会社の中でちゃんと回していきたいんですよね。

谷尻:豊かに働いていない人が、豊かな提案をできるとは思えないですから。リゾートホテルに泊まったことのない人が、リゾートの提案なんかできないのと一緒で。場の設計は、働き方や暮らし方のデザインともつながっています。だから、いい生活者がいい設計者になる。いい設計者でいるためにできることは、なるべく取り入れていきたいです。

山田:旧来的なアトリエ系事務所では、まだまだ徹夜で模型を作り続けるような、がむしゃらな働き方をしているところが多そうですね。

谷尻:この業界は、昔から「好きなことをやるんだから、労働時間が長くて薄給でも我慢しろよ」という風潮が根強くて、しかも「それを我慢して耐え抜いてこそ一人前である」みたいな美意識もあったと思います。

けれども、今はそういった文化が残っているアトリエ系事務所には、新卒が集まらなくなってきています。若い子たちが、働く環境や組織自体に目を向け始めているんです。そんな時代の中では、会社として自分たちの思想や仕事のスタンスを、社会に向けてはっきりと表明していかないと、きっと人は集まらないだろうなと感じています。

山田:社食堂は、そういった“次世代的な働きやすいアトリエ”を模索する、ある種の実験でもあるのですね。そして、このオフィス全体が「私たちはこういう思想で、こんな働き方を目指している」という主張を表現した、サポーズデザインオフィスのポートフォリオであり、マニュフェストにもなっている…とも言えそうです。

谷尻:そうですね。「健康的に好きなことをやって、ちゃんと稼いでいる」というのが一番かっこいい働き方だと思うので、その実現のために新しいチャレンジをしていきたい。いや、しなきゃいけないなと。

豊かに働くための施策って、みんな「やりたい」とは思っているじゃないですか。でも、大抵は「やりたい」のまま止まっている。「want(やりたい)」を「have to(しなければならない)」に変えていかなければ、物事は進まないんです。なので、「ここまでにこれをやります」と先に宣言したりなどして、「want」を「have to」にしていく意識は常に持っています。

不安や問題意識が、イノベーションを連れてくる

山田:社食堂の空間づくりのプロセスで、とくにこだわったポイントなどはありますか。ハード面の工夫はもとより、人の導線などのソフト面のデザインは、相当に計算されているように感じます。

谷尻:いろいろありますが、一言で言うと「分けないこと」でしょうかね。

山田:たとえば「オフィスと食堂を分けない」とか?

谷尻:それもありますし、もっと根本的な部分で「分断しない」ということを、細部で意識しています。用途や機能を分断しないことで、外から想定外のものが入り込んでくる。その想定外がインスピレーションを生み、クリエイティブな発想につながっていきます。

山田:確かに…さきほど社食堂の本棚を眺めていたのですが、建築以外のジャンルの本もたくさん置かれていて「どうしてこの児童書があるのだろう?」などと気になっていました。ほかにも空間の中に「これはなぜ?」と考えさせられるフックが数多くあって、想像力がかき立てられますね。

谷尻:新しい何かを生み出そうとする時に、最も厄介になるのは既成概念です。「新しい働き方の実験のために食堂をつくろう」と言っても、食堂のある会社なんて別に珍しくない。そういう既存のイメージに沿った空間を設けても、新規性はまったくないですよね。過去にないものを目指しているなら、それはもう実際につくらないとわからないわけで。

山田:そういう思考から、この型破りな空間が形づくられていったのですね。一般の方々も入れる、いわば生活のテリトリーと、オフィスの空間がシームレスに接続しているようで、すごく刺激的に感じています。

吉田:「騒がしくて仕事に集中できないんじゃないか?」と聞かれることもありますが、慣れてくるとそこまで気になりません。それに、奥の方のスペースにいくと、社食堂側の雑音はほとんど聞こえないようになっています。

谷尻:細かい設計の部分は、吉田と議論しながら決めていきました。二人とも基本的にイノベーティブ推奨なんですけど、僕は結構アクセルをベタ踏みしてしまう性格なので、彼女にバランスを取ってもらう感じで。

吉田:本棚の裏には引き戸をつけていて、それを出すと事務所スペースを一部区切れるようになっています。それは、私が「必要だ」と推してつけました。ちょっと騒がしい催しをする時に、別の仕事をしている社員たちのために使うことがあります。

ただ、設計段階で谷尻は「絶対にいらない」と言い張って、そこだけかなりケンカになりました(笑)。「仕切りがあると結局シームレスではないのと同じ」という彼の主張もわかるんですけど、私はさまざまなケースを想定しつつ、ある程度の選択肢は残しておきたいと思ったので。

谷尻:「不安要素がある」というのは、裏を返せば「事例がない」ということ。その問題に対する一般的な解答が見当たらないから、人は不安になる。不安とちゃんと向き合って、誠実にひとつずつ解消していけば、そこには新しい価値が生まれ得るんです。

問題意識がたくさん出てくる環境とは、可能性の宝庫なんですよ。社食堂をつくることで、オフィス全体がそういう場所になってほしい…という狙いはありました。問題のない“新しいもの”なんて、存在しないですから。

山田:問題こそが新たなイノベーションを生み出すカギになると。確かにおっしゃる通りですね。

吉田:新しいことをしようとして問題が出てくるのは当たり前というか、むしろ健全なんですよ。問題を回避するのではなく、向き合って解消することで、新たな一歩を踏み出せる――これは、普段の仕事の中でも強く意識していることです。

快適すぎるオフィスは、社員がダメになる?

山田:社食堂ができたことによって、働く社員の皆さんにはどんな変化が現れましたか。

吉田:先にお話しした「社員みんなでごはんを食べる時間をつくりたい」「社員に健康的に働いてもらいたい」という2つの要素については、いい変化が見えてきてますね。社員同士で話す機会も増えましたし、みんな「社食堂でごはんが食べたい」と言って、外出しても食事の時間にはオフィスに帰ってくるようになりました(笑)

山田:食事の時間が一定になることで、生活のリズムも安定してきそうですね。

谷尻:食堂スタッフがオカンでほかの社員が子どもたち、みたいな感じですよ。ごはん時になると、食堂スタッフが勝手に注文を取りに来て、食事ができたら呼ばれるんです。できたのに子どもがゲームしてたら「冷めちゃうから早く来なさい!」って怒られるじゃないですか。それと同じような関係性です(笑)

吉田:みんなで美味しいもの食べてたら、自然と健康になるし、やっぱり楽しいです。

山田:働き方についてはどうですか? かきねのないオフィス空間に、皆さんすんなり馴染んだのでしょうか。

谷尻:いや、結構慣れるまで苦労したと思いますよ、みんな(笑)。でも、それがいいというか、工夫が必要なほうがいいんです。

吉田:便利すぎる、全部守られたような環境にいるのって、すごくつまらないと思うんですよね。社員には、この空間におけるノイズに反応して「どうしたらもっと快適にできるか」と考え、積極的に試行錯誤できる人でいてほしいなと。設計の仕事において最も大切なことは、気遣いだと思うから。

山田:確かに、いろいろ考えながら働くようになりますね。打ち合わせをするにしても、カジュアルな雰囲気でアイディア出しをするなら食堂寄りのスペース、プライバシーに配慮するなら奥の方で、とか。「よりよく」と意識して工夫することは、場の生産性を高めるクリエイティビティにつながるし、それは設計にもそのまま生かせる発想になりそうです。

谷尻:そう、快適すぎるオフィスはアホが増えます(笑)。至れり尽くせりで考えなくていい環境になればなるほど、脳は怠惰になっていくわけですから。実際、ここはクローズドなオフィスに比べたら、相当騒がしい場所です。でも、各々が工夫する意識を持てば、「騒がしくても集中できる人間」や「騒がしい環境下に集中できるスペースをつくれる人間」が育つんです。

吉田:社食堂を含めたこの空間全体の特徴は「移ろうこと」だと思っています。谷尻はよく「“間の概念”をデザインする」と表現してますが、ここはオフィスでもあり、会議室でもあり、食堂でもあり、くつろげるスペースでもあって。用途ごとに、環境をどう変えていけばいいか考えるんです。そうやってさまざまな状況に気を遣えるようになると、そこに集う人たちを思いやれる、広義の設計力が養えます。

山田:その考え方には共感します。建築とは単に図面を書くことではなく、社会全般の課題解決の手段であり、かつ表現であると。

吉田:設計についてスタッフ同士で相談をしていると、細かい技術的な話に終始してしまうことも多いんですよ。そうすると「それは誰のため、何のためにやるのか」という視点が抜け落ちてしまいます。

山田:家具の世界でもディティールの改良にフォーカスしすぎると、本来の目的を見失ってしまいがちになるので、気を付けたいですね…。

谷尻:先ほど「ポートフォリオ」と言ってもらいましたが、会社の人格は働いている場所に現れます。だから、うちのオフィスに来てこの場所を気に入ってくれるクライアントとは、おそらくいい仕事ができるんですよ。

僕らは誰かを変えようとするより、自らが変わり続ける姿を見せて、そこに共感してもらって仕事を頼んでもらうことを選んでいます。価値観が合わない人と一緒に仕事をするのは、お互いに不幸ですから。

山田:オフィス空間に自社の思想をしっかりインストールさせることで、社員だけではなく、社外の人たちとも価値観を共有し得ると。そうやって「私たちはこういう思想、こういう空間をよしとする集団です」とあらかじめ伝えることができれば、仕事でもいいマッチングが期待できそうですね。自社のオフィス空間の在り方も、そういった視点で見直していきたいと思います。


前編はここまで。後編では、2人のオフィス空間づくり、働き方のデザインにかける思いについて、さらに深く話を掘り下げます。

2019 年 5 月 28日更新
取材月:2019 年4 月

 

テキスト: 西山 武志
写真:黒羽 政士 
イラスト:野中 聡紀