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差別化の先にあるのは、誰もが幸せに働ける社会 ― ヤッホーブルーイング・井手直行さん

 

私たちは人生の多くの時間を仕事に費やします。豊かな生を望むなら、誰しも「楽しく働きたい」と願わずにはいられません。その願いは現代の日本社会の中で、どれだけ叶っているのでしょうか。
いま、目覚ましい業績の伸びもさることながら、社員が皆、和気あいあいと楽しそうに働いている会社として、注目を集めている会社があります。「よなよなエール」「水曜日のネコ」といった個性あふれるヒット商品を持つクラフトビールメーカー、ヤッホーブルーイングです。笑顔と成長の絶えない彼らの働く環境は、一体どのように築き上げられたのか―その秘訣を探るべく、ヤッホーブルーイング社長の井手直行さんにお話を伺いました。

 

後編では「社内文化」というキーワードから井手さんの思想をさらにひも解き、ヤッホーの働きやすさと強さの本質に迫ります。

 

・記事前編_チームと文化で会社は変わる ― ヤッホー流・楽しい職場の育て方

 

ブレない文化があれば、働き方の制度は要らない?

WORK MILL:昨今では「働き方改革」という大号令の下、数多くの企業が働きやすい職場を目指して、さまざまな制度づくりに注力しています。そんな中で、制度を作らなくても社員同士がフォローし合いながら働いているヤッホーの労働環境は、ひとつの理想像のように感じます。

 

井手:日本の会社には現状でも、いい制度ってたくさんあるんですよ。ただ、制度は使われないと意味がない。有給休暇などは、わかりやすい例ですよね。

 

ー井手直行(いで・なおゆき) 株式会社ヤッホーブルーイング代表取締役社長
1967年、福岡県生まれ。国立久留米高専電気工学科卒業。大手電気機器メーカー、軽井沢の広告代理店での勤務を経て、1997年、ヤッホーブルーイング創業時に営業担当として入社。2008年より現職。著書に『ぷしゅ よなよなエールがお世話になります』(東洋経済新報社)。現在、3児の父。

 

井手:ヤッホーは大企業に比べて、有給休暇や休日の数が多いわけではありません。それに加えて、社員の自発的なプロジェクトが次々と立ち上がるので、労働時間も、残業ゼロというわけではありません。それでも大きなストレスなく働けているのは、制度をうまく使い切ったり、既存のルールを柔軟に解釈したりして、各々が働き方を調整できているからだと思います。


たとえば、ヤッホーには「勤務は原則として8時半から17時半まで」という就業規則があります。だけど、皆あんまり守ってない(笑)。ある社員の子どもが熱を出して、出社前に病院に行かなきゃとなったら、その連絡を受けた誰もが「出勤はいつでもいいよー」と言える。それは、フォローできる体制があることはもちろん、規則に対して「まあ、出勤を遅らせても1日8時間くらい働いておけばいいよね?」という解釈をしているからなんです。

 

WORK MILL:ルールはあくまで目安として捉えられていると。

 

井手:働く上での制度もルールも、社員が働きやすくなるように設けられるわけですよね。ルールを守ることに固執して、本来の目的から遠ざかってしまったら本末転倒です。僕らは働く上での目的意識を、「文化」という形で明文化して共有しています。だから、細かい制度をつくらなくても、その文化からブレない議論と判断を積み重ねることで、自ずと「楽しく、働きやすい職場」に近づいていったのかなと。

 

WORK MILL:その「文化」とは、どうしたら育つものなのでしょうか。

 

井手:こればっかりは、近道はありません。「こういう文化がうちのチーム、会社には必要だ」と感じたら、その価値観が根づくまで、できることを徹底的にやっていく。最初は打てども打てども響かないかもしれませんが、根気強く続ければ少しずつ変化していって、ある瞬間からグワーッと爆発的によくなるものです。そこでトップに求められるのは、決して理想を諦めないことですね。

 

 

WORK MILL:確かに、井手さんの会社との向き合い方を伺っていると、その根底には揺るぎない覚悟のようなものを感じます。

 

井手:僕が「楽しく働く」という文化にこだわっているのは、かつてヤッホーの業績が赤字続きだった時の、絶望的な職場の空気を味わっているからなんです。あの頃は皆が疑心暗鬼になっていて、いい人ばかりだった同僚たちが、会社の悪口を言いながら次々と辞めていきました。本当につらかった。あんな目には二度と遭いたくないし、ほかのスタッフにも絶対に遭わせたくない。どん底を知っているからこそ、諦めずにここまでやって来れたんだと思います。

 

WORK MILL:昨年末、井手さんがイベントに登壇された際に「僕は『社員は家族』という価値観を持っていて、できれば定年までずっといてほしいと思っている」と発言されていたことが印象的でした※1井手さんの描く「家族主義」は、かつて多くの日本企業が掲げていた「家族主義」は、おそらくニュアンスが異なるものだと感じているのですが、いかがでしょうか。

 

井手:昔の家族主義は、当時の家庭像がそうであったように「大黒柱たる家長が皆を支える」という関係性でしたよね。上下関係がはっきりしていて、上が皆を引っ張って守る代わりに、下は上の指示に従うといったイメージで。
僕らは「ガッホー文化※2」にも掲げている通り、上下関係がなくフラットで、全員が自分で考えて行動する自律型の組織です。組織としての在り方は、明らかに違いがあります。ただ、社員との付き合いが会社だけではなく、プライベートまで入っていってる所は、昔ながらかもしれません。社員同士も家族ぐるみで一緒に遊びに行ったり、仕事以外の悩みを相談し合ったり。そこでも、歳の差での隔たりなく仲が良くて、本当の家族みたいにお互いを大事にしているんですよ。

 

WORK MILL:「それぞれが自律していてフラットに仲良し」というのは、もしかしたら現代の象徴的な家庭像なのかもしれません。素敵な関係性ですね。

 

井手:それでも、今の職場環境が天国だなんてことは、ちっとも思ってません。現状で満足して維持しようとすれば、待っているのは緩やかな下降です。日々絶えず問題は起こりますし、僕だけでなく社員一人ひとりが「もっと良くなる」と信じて、進化させようと努力しています。そうやってずーっと進化させ続けることで、初めていい環境は保たれるものだと思います。

 

※1 参考記事_ベンチャーの採用は“種まき”が命 優秀な人材とめぐり合うために、経営者が絶対やるべきこと
※2 ヤッホーブルーイングのスタッフが仕事をする上での行動指針。詳細は記事前編を参照。

 

万人受けより、一人の熱狂

WORK MILL:ヤッホーさんの職場の「楽しさ」は、つくっている製品にも色濃く反映されているように思えます。主力製品である「よなよなエール」はもちろん、「前略 好みなんて聞いてないぜSORRY」「僕ビール、君ビール。裏庭インベーダー」など、ネーミングがとてもユニークですよね。

 

井手:製品開発の会議も、真剣に悩みつつも、笑い話を交えながら楽しくやってますね。「裏庭インベーダー? 何だそりゃ!? ガハハ!!」みたいな雰囲気で。若者向け製品だと、僕はもう”ターゲット外”のおじさんだから、ピンと来ないこともありますけど(笑)

 

WORK MILL:そういったとがった製品は、一般的な手法でマーケティングをして、売れる根拠を探して……というやり方では生まれない気がします。

 

井手:たとえば、「裏庭インベーダー」はメインターゲットを30歳前後の男性に設定していますが、「裏庭」「インベーダー」というワードが彼らのニーズに適っているかと言われたら、確実にNOでしょうね。社外の人たちには「そんなものが本当に売れるのか?」と散々言われました。けれども、そんな時にヤッホーではこう考えるんです。「いま存在しないもののニーズは、誰にも判断できない。だからこそ、やってみようよ!」と。僕らはいつでも、氷山の一角の可能性を探って、まったく新しいジャンルの製品・サービスを生み出そうと考えているんです。

 

 

WORK MILL:「誰にも判断できない」新しい製品開発において、井手さんはどういった判断で、最終的にGOサインを出すのでしょうか。

 

井手:そこには2つの軸があります。ひとつは、僕から見て「いまの世の中にない、あっと驚くもの」であるかどうか。もうひとつは、消費者の中に「熱狂的に支持してくれる人」が一定の割合いるかどうか、です。新製品の開発時には、必ずメインターゲット層にインタビューをしています。うちの製品では、そこで全員が「好き」というケースはほとんどありません。多少ネガティブな感想があっても、そこで数人から「すげーいい!」「シビれる!」といったコメントがもらえれば、「これはいけるかも」と考えますね。

 

WORK MILL:ネガティブな指摘について、何か対策は?

 

井手:ケースバイケースですが、「この風味が気に入らない」「このフレーズは意味がわからない」というネガティブな意見をすべて受け入れていたら、結局ありきたりな製品に行き着いてしまうんです。だから僕らは、100人に嫌われないことよりも、1人の熱狂を選択します。その方が結果的に、世の中の消費者の皆さんに喜んでもらえるし、僕らも楽しいですから。

 

未知を進むなら、KPIなどなくていい

WORK MILL:楽しく働く文化、熱狂を生み出す製品づくりが功を奏して、ヤッホーさんは13年間連続で増収をキープし、ITベンチャーのような成長を遂げられてきました。成長を維持するためのKPIなどは、どのように設定されていますか。

 

井手:うち、KPIとかあんまり考えないんですよね。

 

WORK MILL:えっ?

 

井手:中途で入ってきた社員は、同じように「KPIは立てないんですか?」と聞いてきます。でも、世の中にないものを生み出す時って、成果を判断する基準もないに等しいんですよ。「どうせ根拠がないから、立ててもあんまり意味がないよ」と話すと、同じように「えっ!?」と言われる(笑)


KPIや目標に囚われすぎてほしくないんです。一応「これくらい売れたらいいね」みたいな話はしますけど、真面目な人ほど「そこには絶対届かないと……」と縛られて委縮してしまうし、達成できなかった時にモチベーションが下がることが多い。ネガティブな影響しかないのなら「そんなKPIなんて要らないよ!」と思ってしまう。たとえば僕が「こんどの新製品は、前回の初月売上げの2倍くらいを目指そう!」と言ったりする。2倍って、えらい大変ですよ(笑)。そこを目標としたら、普通のことをやっていても絶対に到達しない。そこで「今までとは違うことをやらないとダメだな。さて、何をしてやろうか!」とワクワクしてほしいんですよね。そういうイメージを伝えたいから、すごく高い目標を掲げているだけで。

 

WORK MILL:なるほど。

 

井手:達成しなかったらどうこうする話じゃないんです。会社の規模が少しずつ大きくなっている中で、新しく入ってくる社員たちに、こういった目標に対するイメージの共有をするのには、なかなか苦労しますね。これも文化のひとつで、一緒に働く中で時間をかけて、ゆっくりと浸透していくような考え方なのかなと。

 

真似できないから、文化は強い

WORK MILL:井手さん自身も、2020年までに「ビール市場のシェア1%を獲得する」「全国ドーム球場縦断ファンイベントツアーを開催する」と大きな目標を掲げて、ここまでヤッホーブルーイングを牽引されてきました。

 

井手:経営者としては、目標は高く掲げるべきです。「ちょっと無理かな」なんて怖気づかずに、真っ直ぐ理想を追い求める。そして、ワクワクをかき立てる目標を打ち立てる一方で、それが絵に描いた餅にならないように、逆算して計画を立てることも大事ですね。2020年でこの規模の売上を目指すなら、2019年はこれくらい、2018年はこうと、数字を出していく。そこで具体的な目安が見えてきて、「毎年140~150%の成長が必要だね、普通に考えたら無理だ」とわかる(笑)。そしたら、普通じゃない新しい製品づくり、新しいしかけを考えよう。取り巻く現状が「そんなの無理だ」と言うなら、誰もやったことないことをやろう……そんな風に考えつつ、皆で一丸となって頑張ったら、本当に10年前に立てた計画通りに業績が伸びていったんです。

 

WORK MILL:それもチームビルディングをしたからこそ、でしょうか。

 

井手:チームづくりをしたからこそ、社員の個性と会社の文化が育ちました。それらがそのまま、ヤッホーの製品やコミュニティの独自性に結びついていると感じます。テクノロジーを駆使すれば、ヤッホーが出すものと限りなく近い味のビールは、おそらくつくれると思います。でも、味は真似できても、ヤッホーの会社文化は決して模倣できない。僕らは周りが真似できない文化を起点にして、さまざまな「真似できないもの」をつくって、シナジーを生み出しています。

 

 

WORK MILL:真似できないことは、すなわち唯一無二の価値に繋がる。そういった意味で、その会社らしい「文化」は、会社にとって何にも代えがたい財産になりますね。あらゆる会社が、それぞれのらしさを持った文化を形成できたら、そもそも競争する必要もなくなりそうです。

 

井手:そうなんです!本当にそうなんですよ。いまの社会には既存のルールや慣習に縛られた会社が多くて、それらはピラミッド型の階層に押し込まれています。ピラミッドの中では皆似たような会社になるし、個性も出る杭として打たれてしまう。そこから抜け出して、独自性の高い会社、チームを育てるには多大な時間と労力がかかります。それでも、取り組む価値はあるんだよと、僕は自身の経験を持って伝えたいです。


一人ひとりの個性を伸ばしてチーム化を進めれば、常識に囚われない企業文化ができて、そこから新しいイノベーションが生まれます。イノベーションとは究極の差別化であって、その先に待っているのは競争する必要のない、誰もが幸せに働ける社会だと、僕は思っています。

 

2018年6月26日更新
取材月:2018年4月

 

テキスト: 西山 武志
写真:岩本 良介
写真提供:ヤッホーブルーイング
イラスト:野中 聡紀

 

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