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かけた時間は裏切らない ― 「Zopf」店長・伊原靖友さんの人づくり

千葉県は松戸の街はずれ、最寄駅からバスで10分ほど。徒歩では訪れにくい立地にもかかわらず、日本中からパン好きが集まるお店があります。その名も「Backstube Zopf(パン焼き小屋ツオップ)」。2000年にリニューアルするまでは、とりわけ有名なわけではなかったZopf。一介の「街のパン屋さん」は、どのような変革を経て、全国に名の知れる人気店へと変貌を遂げたのでしょうか。その進化の過程から、これからの理想的な「はたらき方」や、強い組織・事業づくりを考える上でのキーポイントを探るべく、店長である伊原靖友さんにお話を伺いました。

後編では組織づくりの根幹となる「従業員との関係性」の話題を掘り下げつつ、伊原さんの仕事観・人生観に迫ります。

 

・記事前編_聖地と呼ばれるパン屋「Zopf」に学ぶ、ヒットの秘訣と人の育て方

 

伸びる人間の共通項は「素直」

WORK MILL:ここまでのお話を伺っていると、伊原さんは従業員に対して、職人として技術を伝えるだけでなく、もっと本質を見極めて人を育てているように感じました。

 

—伊原靖友(いはら・やすとも) 「Backstube Zopf」店長
1965年、東京生まれ。パン屋を営む父親の影響を受け、18歳でパン職人になる決意を固める。他店で修行を積み、86年より家業に復帰。2000年、代替わりを機に店名を「Zopf」に改めリニューアルオープン。現在はカフェ経営やパン職人の養成も手がける。著書に『ぜったいに失敗しないパンづくり』(柴田書店)など。

 

伊原:そうですね。パン屋として、美味しいパンを作る技術は不可欠です。ただ、お店が車だとすれば、そうした「職人的な技術」はあくまで片側のタイヤでしかなくて。技術力ばかりあっても、片側のタイヤしか動いていなければ、その場でぐるぐる回るだけ。店として前に進めないんですよ。
僕は、そのもう片側のタイヤが「人材の育成」だと思っています。パンを作ること、人を作ることの両方がかみ合って、初めて店として前進できるんだろうなと。大抵の繁盛店が抱えている問題は、技術的なことではなく、人材や人間関係にまつわることがほとんどですからね。

 

WORK MILL:これまで数多くの職人を育ててきた伊原さんから見て、「伸びる人」に共通点はありますか。

 

伊原:人に何かを教わる上での最大の素質は「素直さ」ですね。自分ができないことを認め、教えてくれたり助けてくれたりする人たちに感謝する気持ちが持てることが大切だと思います。
こちらはその子の現状や将来を考えた上で、厳しい指摘をしたり、時には負荷をかけたり、挑戦をさせたりする。それを素直に受け取ってもらえないと、伸びるものも伸びなくなってしまいますから。

 

WORK MILL:そうですね。

 

伊原:教わる側はもちろん、教える側にも「忍耐」が必要なんですよ。新人さんは、できないのが当たり前です。自分が100点だとする水準に、5年で到達する人もいれば、10年かかってしまう人もいる。80点が限界だという人もいるかもしれない。
どんなに時間がかかっても、できるようになるまで腹をくくって付き合う……そういう気持ちを持って向き合わないと、人って育たないと思うんです。

 

WORK MILL:「忍耐」は、かかる時間に対する「覚悟」とも言えそうです。

 

伊原:そう、「時間」に対する意識は常に持つべきですね。職人の世界において、仕事の対価は必ず製造数に比例します。
単純に言えば、10分であんパンを50個作れる人よりも、100個作れる人の方が倍稼げる。サラリーマンのように、時間が対価に結びつく世界ではないからこそ、時間の使い方が重要になってくるんです。

従業員に「いつ辞めるか」と聞くのは、お互いのため

 

伊原:職人の世界の働き方は、一昔前まで丁稚奉公のようなもので、まともに休みなど取れないところも多かったと思います。今では法律などの規制もありますから、ちゃんと休めるお店が増えているでしょう。一方で、丁稚奉公のような働き方が職人には必要なだったりもする。

 

WORK MILL:と言うと?

 

伊原:休みなく働いている人間は、休みもあって定時で帰れる人間より、多く経験を積んでいることになります。そうすると、前者なら3年で身につく技術が、後者なら5年以上かかってしまう。単純な時間差だけでなく、日夜ずっとパンを触っている人間の方が、確実に上達は早いですからね。
休みが守られることを喜んでいる人間もいれば、悲しんでいる人間もいるんです。早く仕事を覚えたいのに、定時で帰されてしまうし、休まないといけないから。無理をさせないことは大前提にしつつも、僕はやる気のある人が、もっと自分の意志で就業時間をコントロールできるような仕組みがあったらいいなと思っています。

 

WORK MILL:なるほど。

 

伊原:法律で労働者が守られるのは、正しいことです。けれども、単純に就業時間が法律で制限されると、「できない人間」が「できる人間」に追いつくチャンスを奪ってしまう可能性もある。これは職人の世界だけでなく、サラリーマンの世界でも同様じゃないでしょうか。

 

WORK MILL:バランスを取るのが難しい問題だなと感じます。時間を制限しない働き方を許容するには、雇用する側とされる側の信頼関係が重要になりますね。

 

伊原:そこは、日々のコミュニケーションで築き上げていくしかない部分ですね。部下に仕事の喜びや楽しさを伝えたり、出来のいい仕事をした時に適切にほめたりするのって、本当に難しいなと思います。これまでのパン作りでそうしてきたように、思考錯誤の連続です。

 

WORK MILL:伊原さんは、雇用主と従業員の関係性において、どんな状態が理想的だと思われますか。

 

伊原:個人的に目安にしているのは「その子が辞める時に、自分の気持ちがどれだけ動くか」ということです。事前に相談を受け、その子を応援したい気持ちと同時に、やはり一緒に働けなくなることが寂しいと思える相手とは、僕らとしては良好な関係が築けているのかなと思います。
雇用側からすれば、従業員にやられて最も困ることって「急な離職」なんですよ。うちではそれを防ぐために、毎年「いつ辞めるか」というアンケートを取ってます。もし辞める可能性や意思があるなら、早めに伝えてほしいので。

 

WORK MILL:それは大胆な方法ですね。

 

伊原:ほかのお店の方に話すと「そんなこと怖くてできない」って言われますよ(笑)。アンケートでは「いつ辞めるか」だけでなく、「あと1年は絶対にここで働きたい」とか、「3年後には独立したい」など、先のビジョンについても聞いています。もし3年後に独立したいのであれば、その3年間で何を教えるべきか、こちらも考えられますからね。それは相手のためでもあり、雇用主である自分のためでもあります。

やりたいことは諦めるな、全部手に入れろ

 

WORK MILL:伊原さんはご自身の店の従業員に留まらず、製パンの専門学校の講師を務めたりと、広く後続の育成に注力されていますね。パン職人を目指す若い世代を指導する中で、何か感じられることはどはありますか。

 

伊原:なんと言うか、のんびりしている子が多いなと。今の世の中、たくさんの情報と選択肢であふれているから、若い子たちは必要以上に時間をかけて「自分探し」をしてしまいがちですね。

 

WORK MILL:それは彼らからすると、「やりたいことが見つかってない」という状態なのでしょうか。

 

伊原:そんなことはないと思います。実際、学校で生徒に「これからの人生の目標」を10個挙げさせて、それに優先順位をつける作業をやらせたりするんですけど、みんなちゃんと書けるんですよ。

 

WORK MILL:それで、優先順位が高いものに的を絞れと?

 

伊原:いえ、むしろその逆です。僕は「全部手に入れろ」と思うんですよ。目標が10個あったら、10個全部クリアできるのがベストじゃないですか。最初から諦めるな、と。もちろん、歳を取れば諦めざるを得ないことも増えてきますけどね。
やりたいことをすべて諦めないとすると、一番ネックになるのは「時間」なんです。だからこそ、目標を全部クリアするための一番の近道は「迷わないこと」。ある目標をクリアするために3年かかるのか、10年かかるのか……それは人によって変わります。そこで大事なのは、かかる時間を想像して立往生することなく、目標に向かってわき目も振らずに突き進むことです。

 

 

WORK MILL:余計なことは考えずに最短距離を突き進め、ということですね。

 

伊原:もちろん、走り出す前の道選びで熟考することは大前提ですよ。専門学校の生徒たちには「最初で働く店選び」がいかに重要か、再三伝えています。考え抜いて決めたら、あとは迷わず進む。職人の世界では、「時間」は裏切りません。かけた時間は、すべて技術に還元されますから。

最初から楽しい仕事はない

 

WORK MILL:伊原さんご自身には、今後の目標としていることは何かありますか。

 

伊原:静かなるフェードアウトですかね(笑)。目標とは少し違うかもしれないですが、現役をリタイアした後のことは、ちゃんと考えなきゃなと感じています。今が忙しいと、なかなか難しいですけどね。
誰にだって、今と同じように働けなくなる時がやってきます。そこまでに何をやっておきたいのか、やるべきなのかを設定して、来るべき時までにクリアできるように。そうしないと、働けなくなった瞬間から、一気に不幸せになってしまうかもしれない。人生って「残り時間」ですから。

 

WORK MILL:そうですね。私たちは皆、死ぬまでの残り時間を生きている。

 

伊原:しかも、どれだけ残されているのかは、誰にも分からない。だからこそ、やりたいことがあるならば、最短距離で走っていけと思うんです。「30歳で自分の店を持つこと」が目標なら、「29歳までにはこうなる、28歳までにはこうなる」と、逆算しながら具体的にやるべきことを把握して、ひとつずつクリアしていかなきゃ。漠然と「店をやりたい」と思っているだけじゃ、何も実現できないんです。

 

WORK MILL:胸に刺さる言葉です。最後にもうひとつ、聞かせてください。伊原さんにとっての「理想のはたらき方」とは、どんなイメージですか。

 

伊原:自分の楽しみと仕事のバランスが取れているような状態、ですかね。もちろん「仕事が楽しい」と思えるのがベストだけど、皆がみんな、そうなれるわけじゃないから。ほかにもっと楽しいことを見出しているのならば、仕事は仕事として割り切ってもいいと思います。ただ、仕事についてこれだけは覚えておいてほしい……ということがあって。

 

WORK MILL:何でしょう?

 

伊原:最初から楽しい仕事があるわけではなくて、できるようになるから仕事は楽しくなるんです。できるまでの大変さ、つらさを抜かして、楽しさだけ手に入るなんてことはありえない。うちの店に入る子には「自分の仕事を疑うな」と言うんです。「続けていれば、絶対に楽しくなるから」と。

 

WORK MILL:それもまた「時間は裏切らない」という真理に繋がりますね。

 

伊原:仕事の楽しさは、いつだって後からくっついてくるんですよ。できるようになればなるほど、楽しい時間は増えていく。最終的に「24時間ずっと楽しい」という状態になるのが、本当に理想的な働き方であり、生き方なんだと、僕は思っています。

 

編集部コメント
Zopfに長く通う中で、多くのスタッフの入れ替わりを私も見守ってきました。顔馴染みのスタッフがいなくなることは寂しいですが、こうして成長と巣立ちのコミュニケーションを経ていたのだなということを今回改めて実感。しっかり働き、しっかりオフを楽しむ伊原シェフは間違いなくパン職人としてのロールモデルのおひとりですが、豪快に笑うその内面には、人生の目標を定めたら一心不乱に突き進む、残り時間を逆算した綿密さがあることを知りました。自分が活躍していくことは、そのまま後進の目標の姿になる。このことの重要さにも気づいたインタビューでした(遅野井)。

2017年9月12日更新
取材月:2017年7月

テキスト: 西山 武志
写真:岩本 良介
イラスト:野中 聡紀

 

 

 

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