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両生類タイプだけが生き残る ― Takram・田川欣哉さん

この記事は、ビジネス誌「WORK MILL with Forbes JAPAN EXTRA ISSUE  FUTURE IS NOW『働く』の未来」(2020/06)からの転載です。

デザインとエンジニアリング。異なる分野であり、分業が当然とされていた2つを組み合わせた「デザインエンジニアリング」という手法で、幅広い領域のクリエイティブ支援をするデザイン・イノベーション・ファーム、Takram。メルカリのブランディングサポート、日本政府の地域経済分析システム「RESAS」のプロトタイピングなどさまざまな大規模プロジェクトに携わってきた。英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アートの名誉フェロー、そしてTakramの代表取締役を務める田川欣哉は冷静に、かつさまざまな分野を超越した視点で現在の危機を見つめる。「昔のノーマルと新しいノーマルが行ったり来たりする非常に不安定な状況」のウィズコロナ時代を乗り切るためには? 田川は明快かつ実践的な“生存戦略”を語った。

ぼくらは、急速なデジタルシフトによって生まれた新たな日常、ニューノーマルに対応しなければいけません。今回改めてわかったのは、「デジタルが優れている」「やはりリアルがいい」というような単純な二択ではないということです。

Takramでは2月中旬から8割のメンバーが在宅でのテレワークに移りました。その時点ではオフィスに行くことも自宅で作業することも選べたので、メンバーからは「働き方の選択肢が増えた」とポジティブに受け取られていました。

状況が変わったのは、4月17日、全国に緊急事態宣言が発令されてすべてのメンバーが在宅でのテレワークに移行したとき。問答無用で在宅勤務になり、個々人の働き方の選択肢が狭まったのです。例えば広いワンルームに2人以上の同居人がいる場合、両者のオンラインミーティングがバッティングしてしまったり、ひとりの作業がもうひとりの作業のノイズになってしまったりすることが起きます。重要なことは、「デジタルかリアルか」という二者択一ではなく、選択肢が担保されていることだと実感しました。

しかし、ぼくらは在宅勤務が半ば義務のようになった日常に対応していかなければいけませんでした。チームのメンバーがそれぞれの場所から仕事をする場合、リアルとデジタルのコミュニケーションの違いに意識的にならなければいけません。デジタルで仕事をする場合は「自分が何をしなければいけないか」を認識する力が重要で、その力が高い人ほどパフォーマンスが上がる。一方で、自分が何をしなければいけないか把握しづらい人はパフォーマンスが下がりやすい傾向があります。

オフィスにいれば、リーダー的立場のひとが“カジュアルなコミュニケーション”をしてサポートできますが、デジタルではそうはいかず、“意識的なコミュニケーション”をするしかありません。この2種類のコミュニケーションはまったく別物です。“意識的なコミュニケーション”は目的のある、非人間的なやりとり。だからこそ、デジタル上の「新しい作法」を構築しないとチームワークが成り立たなくなるのです。

そしてTakramでは、「デジタル上の新しい作法、ワークスタイル」について日々議論をすることにしました。この議論は2月中旬からスタートし、細かいノウハウをまとめ、集積し続けています。具体例を挙げると、この期間に社内外ともにオンラインで行う打ち合わせやミーティングの時間を50分に統一しました。隙間時間を確保するためです。オフィスで会議をすれば、社外の人を送り出したらエレベーターの空きスペースなどで「次はぼくが〇〇をやります」「よろしくね」など二言三言立ち話をしますよね。次のアクションの目線合わせをしたり、次の仕事へ頭を切り替えたりする余白時間は非常に大切です。

全員がリモートワークの状況では、60分のオンライン会議が終わり、次の会議にすぐ移るので目線合わせや頭の整理ができない。だから意識的に余白の時間を確保するのです。仕事場の近くでランチをしたり、通勤や訪問で外の陽を浴びて体内時計を整えたりと、オフィスへ行くことで無意識に享受していたさまざまなメリットがあります。それらを何も意識せずデジタルに移行すると、そのメリットが欠落してしまうのです。僕らはニューノーマルのワークスタイルを急速に試行錯誤し、ベストプラクティスを共有していかなければいけません。

新型コロナウイルスが蔓延している状況は、「サバイバル」「ウィズコロナ」「アフターコロナ」の3つのモードに分けられます。「アフターコロナ」はワクチンが普及し、パンデミックが収まった安定した世界。現在ぼくらが直面しているのは「サバイバル」と「ウィズコロナ」という困難な局面です。特に飲食、観光、航空、イベントなど一部の業界は、今日明日のことを考え、何とかして生き抜かなければいけない厳しい状況が続いています。そのサバイバルを抜け出した人から、ウィズコロナのフェーズに入る。

ウィズコロナはまるで振り子のように、昔のノーマルと新しいノーマルが行ったり来たりする時期で、目まぐるしく移り変わる状況を「ダンス」と表現する人もいます。ウィズコロナでは、経済活動がリスタートしても感染者が増えれば緊急事態宣言が発令され、経済活動は再び制限される可能性が高い。これまでの安定した状態を前提に作られていた社会のシステムが再度機能不全になるのです。

ぼくらはこの不安定な状況をどのように生き抜けばいいのでしょうか?その方法のひとつが、デジタルとリアルの領域を行き来できるよう、両方の環境やツールを整えることです。例えば小売業の人なら、緊急事態宣言が解除されているときは実店舗で営業し、緊急事態宣言が発令されたらイベントや店舗を休み、ECに注力するというように。

「リアルでは経済活動できないからデジタルに完全移行しよう」と、0か100で考える極端な思考ではなく。生物界では、両生類がエラ呼吸と肺呼吸を使い分けながら厳しい自然環境を生き抜いているように、ぼくらがウィズコロナを生き抜くには、リアルとデジタル両方に対応していかなければいけないのです。

イノベーションはエッジから起きる

厳しい局面が続きますが、未来の明るい兆しも見えています。ひとつは、デジタルシフトが急速に進んだこと。5年くらいかけてゆっくり行われるデジタルシフトが5倍速くらいのスピードで行われているように思います。例えば病院のオンライン診療が認められたのは象徴的な出来事でしょう。昭和から続いていた旧来的なビジネスプラクティスが令和のデジタルトランスフォーメーションによって変化しているのは、日本にとってポジティブな変化だといえます。

さらに、デジタルとアナログの両方を使えることで生活者の選択肢が増え、ぼくらが甘んじて受け入れていた「会社に通勤すること」「第一線で仕事をするためには都市部に住むこと」という、暗黙の制約から解き放たれる可能性もあります。さまざまなライフスタイルを許容する寛容な社会が実現する日もそう遠くないのではないでしょうか。もうひとつ、社会全体としてイノベーションが起きやすい“エッジ”の状況にあることは新型コロナウイルスのポジティブな副産物だといえます。イノベーションが起きる場所の特徴は、“エッジ”です。海を例に説明しましょう。海の沖合は環境が安定していて、魚類が多くを占めている、いわばメインストリームです。一方で波打ち際は海水や淡水が混在し、多様な生態系が混在しています。両生類や爬虫類もいて、鳥も往来する。ここが“エッジ”です。波打ち際は、時間や気候によって海になったり陸になったりするので、環境に揺らぎがあります。その結果、いろいろな環境に対応できる生物が生まれ、その生物が新たなフィールドを開拓していくのです。

いま、世界全体が波打ち際の状態にあります。つまり多様なビジネスや技術革新が生まれる可能性が非常に高まっています。今後、いまとはまったく違う分野に挑戦する人が出てくるかもしれませんし、クリエイティブの仕事に携わる人にとってはいまこそ仕事のしどころです。これから3年くらいの間、日本だけでなく、世界中のマーケットでぼくらが想像もしなかったビジネスが次々と誕生するはずです。ぼくら自身が、危機的で不安定な環境を生き抜いてイノベーションを起こそうとする挑戦者となり、他方でそんな人たちを応援できる存在でありたいなと思いますね。

―たがわ・きんや
1976年生まれ。Takram代表。東京大学機械情報工学科卒業。ハードウェア、ソフトウェアからインタクティブアートまで、幅広い分野に精通するデザインエンジニア。英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アート名誉フェロー。著書に『イノベーション・スキルセット~世界が求めるBTC型人材とその手引き』(大和書房)がある。

2020年10月21日更新
2020年4月取材

テキスト:田中 一成