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「日本一働きがいがある会社」に見る、働き方の定義

世界約60カ国で「働きがい」に関する調査を行っているGPTW(Great Place to Work)の「働きがいのある会社」ランキングにおいて、2019年の従業員25~99名部門で日本の1 位、アジア地域の5位に選ばれた株式会社アトラエ。CEOである新居佳英さんと、主力商品の開発スタッフである森山雄貴さんに、実際にアトラエではどのような働き方を実践しているのか話を聞きました。

「日本の労働流動性の低さ」は、「社員のやりがいの低さ」につながる

WORK MILL:今、「働きがいのある会社」として注目を浴びているアトラエの経営方式ですが、その発想は新居さんが就職活動をしていたときから着想されていたそうですね。

新居佳英(以下 新居):大学生の時に就職活動を始めたころ、OBと話をして驚いたのは、「仕事楽しいですか?」と聞いても、「楽しいです」と言う人がほとんどいなかったことです。私から見て生き生きと面白そうに働いている社会人がほとんどいない。これは想定外でした。でも「仕事は遊びじゃないよ」と言う人はすごく多かったんですよね。これは本当に不思議でした。なぜなら、私が大学時代に仲間と一緒にイベントビジネスをしていた時は、楽しかったんですよ。クライアントも喜んでくれたし、お金も稼げる。そこには間違いなく「働きがい」があったんです。

ですから、私の場合は、就職活動中から、将来は起業しようと考えていました。当時の会社にはない、いわゆる「働きがい」のある会社を創ることが目標でしたね。スポーツチームやミュージカル劇団などの人たちは、生き生きと楽しそうに仕事をしていますよね。無論、現場では大変なことが多々あるでしょうが、根本は皆、その仕事が好きで取り組んでいるわけです。スポーツチームやミュージカル劇団の世界で実現できているチームの在り方が、なぜビジネスの世界だけ実現できないのか、きっとできるはずだ。そう思ってアトラエを立ち上げました。

−新居佳英(あらい・よしひで) 株式会社アトラエ 代表取締役CEO
1974年、東京都生まれ。上智大学理工学部卒業後、人材紹介サービスである株式会社インテリジェンス(現パーソルキャリア株式会社)に入社。以後独立し、2003年株式会社アトラエを創業。成功報酬型の求人サイト『Green』や、ビジネスパーソンが人脈を広げるためのマッチングアプリ『yenta』など、さまざまな事業を展開。2016年6月にマザーズ上場、2018年6月に東証一部への市場変更を果たした。

WORK MILL:当時の日本の会社には「働きがい重視」の発想があまりなかったのですね。

新居:残念ながら、今でも日本全体を見れば、仕事が好きではない人が多いですね。アメリカは、社員が「仕事に対してやりがいを感じている」と答えた割合が世界1位なのですが、なんと日本は世界139カ国中132位です。私が会ったOBのように、日本の会社には「仕事は遊びじゃない」「働きがいを重視してはいけない」という風潮がずっと残っているからでしょうか。日本人の多くは、自分がやりたい仕事を求めて会社を辞めることはほとんどありませんよね。たとえ会社に不満があってもなかなか辞めない。だから、日本の人材は流動化しない。日本の人材の流動化は、アメリカの3分の1とか4分の1程度しかないのです。

結果、日本の経営者は、社員がめったに辞めないのをいいことに、どうやって社員の人生を豊かなものにするか、どうすれば社員が働きがいを感じるか、そういったことを真剣に考えなくても済んできました。一方、アメリカでは、「別の会社から良いオファーが来たので辞めます」と言って社員がどんどん辞めていく。そうなると、社員に働きがいとか、やりがいを実感させられない経営者がいる会社は、優秀な人材が定着してくれません。結果、魅力のあるアメリカ企業はGoogle、Facebook、Salesforce.comなど、エンゲージメント重視経営の企業が多いですよね。この辺が日本が遅れているところだと思います。

貢献度は社員同士で評価。「市場原理」の導入が社員を活性化させる

WORK MILL:役職が決められていない。それによって出世という概念もない「ホラクラシー」を標ぼうされているのも革新的ですよね。

新居:自分たちが、最も「働きがい」があると感じてパフォーマンスを最大限出しやすい組織体を作ろうと考えたとき、役職は不要だね、という結論になったんです。世の中の人たちが何歳で課長になったとか、やっと部長になれたとか。そんなことばかり気にして仕事してるのがすごく不思議だったんです。中には、それを働きがいだと感じている人もいるのでしょうが、むしろビジネスにおいてはマイナスになることのほうが多いと思っています。

先に例を挙げたスポーツチームやミュージカルの劇団などを見ると、役割はあっても役職はないんです。むしろ、ミュージカルの劇団だったら、今日来たお客さんにどれだけのパフォーマンスを見せられるのかを気にするわけです。もちろん、そのトップ舞台に主役として立てるかどうかが日々の練習の成果の現れですし、そのためにライバル争いがあるのですが、いざ本番になれば、あくまで重要なのはパフォーマンスです。

会社も同様で、チームを組んでいるのは仕事で何かを実現するためであり、そこに働きがいがあるべきです。個人の出世や昇給が、働く目的になったらおかしいよね、と。そのように議論をしていく中で、「出世」と言う概念をなくそうと思ったわけです。

―― 新居さんが語る、働きがいを感じられてパフォーマンスも発揮しやすい会社。そこで働くメンバーである森山さんにもお話を聞きました。

WORK MILL:森山さんはプロジェクトリーダーとして主力製品の開発やいくつものサービスの構築に関わっていますが、役職がないアトラエでは、どのようにしてプロジェクトやメンバーを構成しているのでしょうか。

森山雄貴(以下 森山):肩書がないので、あくまでも能力的にそのプロジェクトに「向いている人」がプロジェクトリーダーになります。これは出世や昇給の対象ではなく単なる役割ですから、プロジェクトリーダーよりプロジェクトメンバーの方が給料が高いなんてこともありえます。デザインの話が重要なフェーズではデザイナーがリーダーとしてチームの中心に立ったほうが確実に良いよねというシンプルな考え方です。ただ、プロジェクトリーダーは自分の趣味や嗜好で意思決定するのではなく、アトラエという会社が何を成し遂げたいのかを十分に理解している必要があります。

ー森山雄貴(もりやま・ゆうき) 株式会社アトラエ 「wevox」プロジェクトリーダー
1989年、大阪府生まれ。エンジニアとして同社の『Green』の開発に携わり主力商品として育てる。現在はエンゲージメント解析ツールである『wevox』の開発やチューニングに携わる。『wevox』は、KDDIや三井住友銀行など多くの企業に採用されるなど、ニーズが拡大している。

WORK MILL:「プロジェクトリーダー」=「上司」ではないということですよね。上司がいないとすると、各々の社員の評価は誰がしているのでしょうか。

新居:「360度評価」という評価方法を採用しています。例えば、Aという社員は、自分を評価して欲しい社員を自分自身で5人選び、その5人から評価のフィードバックを受けます。この5人は、会社から設問を渡されます。設問では、会社が無作為に選んだ「社員B」が設定され、「社員Aと社員Bのどちらが会社にとって、会社の将来にとって貢献しているか?」という類の問いに答える形式になっています。

ここでは、比較相手が同じ仕事や同じチームなら評価しやすいでしょうが、経理のAさんとエンジニアのBさんを比較したらどうでしょう? これはかなり難しいですよね。仕事の内容も違います。ときには、評価に主観が混じってしまうこともあるかもしれません。でもこれが、ある意味人事評価の本質ではあるのです。だから、アトラエでは、各社員の主観が混じった「相対的な評価」を集めて、「絶対的な評価」に直すプログラムを作っています。例えば、相対的評価の高い社員が出した評価には、信頼度を高くする、といった具合です。こうして最終的に、会社の中で社員全員の「貢献度の序列」を出します。

WORK MILL:役職がある企業では、一般的に上司が部下を評価し、給与が決まります。この「360度評価」はそれになりかわるものなのでしょうか。

新居:はい、ご指摘のいわゆる旧来からの構造は、仕事上の判断までが、自分の人事権と給与権を握っている上司の言いなりになってしまう危険性をはらんでいます。これは個人の「働きがい」を失わせる原因になりかねないですよね。一方、業務の中での頑張りが上司だけでなくいろいろな人間に評価をされて、結果的に給与が決まっていく方が、社員本人にも納得感ややりがいが生まれます。つまり、上司だけではない、会社の社員たちのニーズや会社への貢献度で給与が決まる制度にしているわけです。いわゆる「市場原理」の導入であり、従来の目標管理とは真逆の発想です。

しかし、市場原理というのはむしろ厳しいんですよね。実際、周囲の評価が低い社員は、周りから来る仕事がどんどん減っていってしまいますから。たとえばサッカーチームでも、その選手に仲間からの信頼がなければ、試合に出てもパスが回ってこず活躍するチャンスすら手にできないわけです。働きがいのある組織とは、仕事ができる人に対しては相談も集まりますし仕事も集まりやすい。でも、仲間から認められないと、価値ある仕事をさせてもらえないという側面があるのです。厳しいですがアトラエという企業の特徴を形づくる大きな要素です。

テレワーク時代における「分散」と「共有」。対面による生の情報の重要性

WORK MILL:ちなみに、コロナの影響で、皆さんの働き方にも影響は出てきていますか?

新居:リモートを勧めてはいますが、弊社の場合はもともと自由な働き方にしていましたから、社員からすれば「今までよりも、ちょっとだけ会社に来るな」と言われているようなものでしょうね。

森山:ただ、皆、会社やチームが好きなので、オフィスにいるメンバーが独自にパソコンとカメラを買ってきて、自宅にいるリモートのスタッフと常時Zoomで繋がっている状態を作り出しています。Zoom以外のサービスもどんどん利用して、仮想オフィスを作りそこで雑談含め相談が常時できるように工夫していますね。

新居:それを経営者の私が知らないうちに、社員が自主的に運用を始めていたところはアトラエらしいなと感じています。プロジェクトの人間が独自に判断して動けるのが分散型組織のいいところですね。

WORK MILL:誰かに決められるのではなく、自分たちが働きやすいように自分たちで考え動いているということですね。

新居:全員が集まる現場報告会みたいなものを月2回行っていて、それは今のコロナ下でもZoomで行われています。プロジェクトの現状や抱えている課題を報告しています。高頻度かつ全員で情報共有を行っている理由は、役職を廃止したフラットな組織の1番の問題点が「情報共有」にあると考えているからです。

通常の組織なら、役職があるので情報統制する責任者が決まっていて、その責任者の指示に従っていれば、最悪、社員本人が指示の内容を正確に理解していなくても問題は起こらない。ですが、フラットな組織では、各自が判断して勝手に動くわけですから全員が正確に情報を把握し理解していなければ問題が発生します。情報格差をできるだけなくし、メンバー間で共有し続けなければなりません。

オンラインで共有できている情報ももちろんあるのですが、ある程度、生の情報を伝えたり質疑応答したりしないと深堀りできないテーマもあるので、フラットな組織では対面会議も大事になります。では、新型コロナウィルス感染が拡大して対面会議が減っている今、情報を共有して深堀りする仕組みをどう整えるか。今まさに考えているところですが、アトラエの場合は自分たちが働きやすいように自分たちが決めていく習慣が根付いているので、そろそろ誰かが改善案を提案してくるかも知れませんね。

森山:この会社は上から言われてやるのではなく、全てディスカッションで進めていきます。大事なことは、何事も「誰のために、何のためにやるのだろう」と考え続けることですね。そうすることで、仕事の意味がわかってくる。それが「働きがい」につながっていくのではないでしょうか。一人ひとりが自分たちの手で、ストレスなく生き生きと働ける会社に育てていくことになると思います。

2020年9月29日更新
取材月:2020年3月

テキスト:丹 由美子、野辺名 豊
写真:苅部太郎