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試験も成績もない、大人も通える 「もうひとつの大学」― International People’s College

この記事は、ビジネス誌「WORK MILL with ForbesJAPAN ISSUE02 THE DANISH WAY デンマーク 「働く」のユートピアを求めて」(2018/3)からの転載です。


1月、デンマークの空にはどこまでも雲が広がっていた。私たちは起業家や大企業社員、クリエイターたちに話を聞いて歩いた。幼稚園からビジネススクールまで、学びの現場を訪ね、一般の家庭にも上がり込んだ。そして探した。幸せの源泉は、働き方の理想郷は、どこにあるのか―。 

フォルケホイスコーレで学ぶ価値とは

人は何のために学校に通うのか。インターネットがあれば世界中の大学の講義を視聴できる時代に、学校という場はもう用済みなのだろうか──。この問いに対する答えを提示しているのが、International People’s College(以下、IPC)だ。

デンマークには、フォルケホイスコーレと呼ばれる成人教育機関がある入学資格は18歳以上であること。この学校には、入学試験や成績表、卒業証書はない。滞在中はほかの生徒と寝食をともにし、人文科学やアート、スポーツなどを学んで過ごすことがカリキュラムの趣旨だ。デンマークの10%の人々が、フォルケホイスコーレに通っているといわれている。

IPCは、第1次世界大戦を経てピーター・マニケが「世界中の人々を結びつけること」を目的に設立したデンマーク唯一の国際フォルケホイスコーレだ。授業はすべて英語で行われ、現在、30の国々からやってきた約100人の学生が学んでいる。

キャンパスは、コペンハーゲンから北に30kmほど離れた、スウェーデンとの国境付近の静かな郊外ヘルシンガーに位置する。ヨーロッパから、アジアや中東、アフリカまで、学生の人種は多様だ。校舎の中には、その多様性を反映するように世界各地のアート作品が飾られている。どれも、学生の手づくりだ。そして休憩時間になればラウンジには自然と人が集まる。暖炉の前で話したりクッションに寝転がったりしながら、友人たちとの時間を過ごす。

市街地から離れたこの場所に、国境の概念にとらわれないコミュニティが成立しているのである。「IPCで生徒が学ぶことは、グローバル・シチズンシップです」。IPCの校長、ソレン・ラウンバーグは言う。カリキュラムにはグローバルイシューや地域ごとの文化を学ぶクラス、写真や音楽などを学ぶクリエイティブクラス、そしてデンマーク語か英語を学べる語学クラスが用意されている。「だけど、最も大切なことは『クラスの外』で学びます。それを教えてくれるのは、友達です」。

IPCのコアバリューは「リスペクト&オープンネス」。学内では、ルームメイトやクラスメイトとして学生同士が同じ部屋に集まり、人種を超えて密な関係を築いていく。そのときに、このコアバリューは不可欠になる。そして、友情を築いていく過程でオープンマインドな人間へと成長していき、自分自身を見つめる機会にも直面する。「競争が激しくなっている時代のなかで、世界中の人々が、自分のアイデンティティを見つめ直す時間をもてなくなっている。IPCは、社会の喧騒から離れ、一人ひとりが内省するための時間をもつ場所として存在しているのです」とソレンは言う。

クラスの外で、友達が教えてくれるもの。それは、人とともに生き、他者との関係性のなかで自身のアイデンティティを問い直すことにほかならない。さまざまなバックボーンをもった人が一堂に会する「学校」という場だからこそ実現できることなのだ。

IPCには有名なジョークがあるという。ここで学んだことは何?と卒業する学生たちに聞くと、彼らは決まってこんなふうに答えるそうだ。「学んだことはよく思い出せないけど……でも、ここで過ごしたことは絶対に忘れない」。

2020年8月12日更新
2017年1月取材

 

テキスト:吉田彩乃
写真:キム・ホルターマンド
※『WORK MILL with ForbesJAPAN ISSUE02 THE DANISH WAY デンマーク 「働く」のユートピアを求めて』より転載