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現代のヒッピーが働く「秩序とカオス」の実験場 ― Institut for ( X )

この記事は、ビジネス誌「WORK MILL with ForbesJAPAN ISSUE02 THE DANISH WAY デンマーク 「働く」のユートピアを求めて」(2018/3)からの転載です。


1月、デンマークの空にはどこまでも雲が広がっていた。私たちは起業家や大企業社員、クリエイターたちに話を聞いて歩いた。幼稚園からビジネススクールまで、学びの現場を訪ね、一般の家庭にも上がり込んだ。そして探した。幸せの源泉は、働き方の理想郷は、どこにあるのか―。 

シティーホールのあるオーフス中心部の裏手には、カラフルなコンテナが立ち並ぶエリアがある。ところどころにグラフィティが描かれ、DIY 感たっぷりの小屋やベンチも並ぶこの場所の名前は「Institut for (X)」。デザイナーや建築家から、ミュージシャン、革職人、美容師、クラフトビールをつくる者まで。250人以上のクリエイターが、1,500DKK(デンマーククローネ。約2万7,000円)/月という安い家賃でここのコンテナや小屋をオフィスやスタジオとして使っている。

このエリアにはもともと「Godsbanen」と呼ばれる駅舎があり、2000年に駅舎が閉鎖されたのち、オーフス市はこの跡地を使って12 年にカルチャーセンターを建設すると発表。09 年、地元のクリエイティブエージェンシーBureau Detoursが、再開発が終わるまでの期間限定でこの土地を使う機会を手にしてつくったのがInstitut for( X)だった。

しかし、12年に建築事務所3XNが手がけた「Railyards CulturalCentre」がすぐ隣にオープンしてからも、市は若者たちを追い出さなかった。入居者たちの自由と実験を愛する精神がオーフスのクリエイティブ産業を活性化し、Institut for( X)という場所自体が市のブランディングの役目を果たすようになっていたからだ。いまではこのエリアの経済効果は年間2,000万DKK(約3.5億円)に上るといわれている。

「Institut for(X)は、トップダウンで行われる都市開発とボトムアップで育まれるスタートアップカルチャーをつなげているんだ」。この場所を運営する、いかにもヒッピーらしい見た目のジョナスは、タバコを片手に敷地を案内しながらそう教えてくれた。

レザークラフトをつくるクリエイターは、入居の理由を「バイブスが合ったから」と語る。

たとえこの場所がなくなっても

Institut for( X)が最も大事にしているのは「バイブスを殺さないこと」だとジョナスは言う。たとえば彼らは、入居希望者をプロジェクトの面白さや事業性の観点から厳正に審査する。また「マイノリティープリンシプル」と呼ばれる方針によって、常に「いまInstitut for( X)にないもの」をもつ人々に優先して場所を貸すことで、人の多様さと場のフレッシュさが保たれている。

しかし、一度マインドセットを共有していることが認められれば、入居者には最大限の自由が与えられる。「“X”はその人次第だ」とジョナスは言う。ここで過ごすクリエイターたちに課せられた決まりは、「ルール・ゼロ」と呼ばれるものひとつだけ──つまり、「ルールをつくってはいけない」というルールである。何をやるかも、場所をどう使うかも、運営側や周りの入居者との「民デモクラティック主的なディスカッション」によって決められていく。Institut for(X)のマインドセットを言葉で書き表すのは難しいが、ジョナスによれば、彼らはみな「エネルギーに満ちて、人と違うことをやりたいと思い、まず実践してみるような人」だという。

自由に生きながらも、クリエイティブの価値を示すことで周りの社会と共存する。そんな現代のヒッピーたちの聖地はいま、「ブルドーザー・デイ」を迎えようとしている。18 年のクリスマスイブに、敷地の半分が撤去されることが決まっているのだ。「でも、みんなはまったく気にしてないんだ」とジョナスは言う。「Institut for (X)は常に変化し続けてきた。ブルドーザー・デイは確かに大きな変化だが、それでも、ただの変化だからね」。

2020年7月15日更新
2017年1月取材 

テキスト:宮本裕人
写真:デイビッド・シュヴァイガー
※『WORK MILL with ForbesJAPAN ISSUE02 THE DANISH WAY デンマーク 「働く」のユートピアを求めて』より転載