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【クジラの眼 – 刻をよむ】第7回「まちづくりに学ぶこれからのオフィスづくり~多様なワーカーの目線で考える場づくりの工夫とは?~」

働く環境、働き方の調査・研究を30年以上続ける業界のレジェンド、鯨井による”SEA ACADEMY”潜入レポートシリーズ「クジラの眼 – 刻(とき)をよむ」。働く場や働き方に関する多彩なテーマについて、ゲストとWORK MILLプロジェクトメンバーによるダイアログスタイルで毎月開催される“SEA ACADEMY” ワークデザイン・アドバンスを題材に、鯨井のまなざしを通してこれからの「はたらく」を考えます。 

―鯨井 康志(くじらい・やすし)
オフィスにかかわるすべての人を幸せにするために、はたらく環境のあり方はいかにあるべきかを研究し、それを構築するための方法論やツールを開発する業務に従事。オフィスというきわめて学際的な対象を扱うために、常に広範囲な知見を積極的に獲得するよう30年以上努めている。主な著書は『オフィス事典』、『オフィス環境プランニング総覧』、『経営革新とオフィス環境』、『オフィス進化論』、『「はたらく」の未来予想図』など。

「あそこの空地は駐車場にするべきだ」「小さい子供が安心して遊べる公園にしたい」「いやいや共同菜園にするのがいい」いろいろな人が暮らす住宅地で空地の利活用を考えようとすると、そこには地域住民の利害関係が絡んでくるので、みんなが納得できる計画を立てるのには大変な労力と時間がかかります。同じことはオフィスづくりでもありえます。「空いている共用スペースは会議室にしよう」「リラックスできるカフェスペースにしたい」やっぱりなかなか結論がでないことも

多様な人たちの多様な要望を満たすのってとても難しいことですね。(鯨井)

イントロダクション(株式会社オカムラ 嶺野あゆみ)

嶺野:今回はユーザー参加型の場づくりの工夫をまちづくりから学んでみたいと思います。今オフィスでは、ワーカーのダイバーシティが進んできて、女性や高齢者など職場を構成する人々は昔よりずいぶん多様になってきました。このことに伴い、オフィスに対して異なる要望を持っている多様化されたユーザーそれぞれを満足させるオフィスづくりが求められるようになってきています。

嶺野 あゆみ(みねの・あゆみ)株式会社オカムラ フューチャーワークスタイル戦略部
都市や建築空間における人間の行動に興味を持ち、首都大学東京にて、建築計画学を専攻。オカムラ入社後は、主にオフィス・公共施設の空間環境・利用者行動に関する調査・研究業務に従事。

嶺野:一方でまちづくりのことを考えてみますと、まちにはオフィス以上に多様な人々が暮らしています。そこでは、みんなが幸せに暮らせるよう40~50年前から市民の方を巻き込んで場をつくる先進的な取り組みが行われてきました。まちづくりのやり方には、オフィスをつくる立場の人間にとって学ぶべきところが多いのではないかと考え、今回の企画を立てた次第です。

お話を伺うのは、首都大学東京で都市計画を専攻されている饗庭先生です。住民を巻き込んだまちづくりのやり方を研究し、それを実際のまちづくりの現場で実践している先生から、ユーザー参加型の場づくりについてたくさんのヒントをいただければ、と考えています。

プレゼンテーション(首都大学東京 饗庭伸)

まちづくりにおけるワークショップ

饗庭:私が専攻している都市計画はたくさんの人を相手にする分野です。都市には本当に多くの人が暮らしています。いろいろな人たちのいろいろな意見をどうやってまとめて都市をつくっていけばいいのかを考える学問分野になります。その中で市民の人達の合意をとる手法などが発達してきています。

―饗庭 伸(あいば・しん)首都大学東京 都市環境学部 都市政策科学科 教授
1971年兵庫県生まれ。専門は都市計画・まちづくり。早稲田大学理工学部建築学科卒業。博士(工学)。主著に『都市をたたむ』、共編著に『自分にあわせてまちを変えてみる力』など。各地で住民参加型のまちづくりに取り組む。

饗庭:私たちのゴールは、都市を計画したり建物を計画したりすることになりますので、よく行うワークショップは、大きな地図やまちの模型を用意してそこに市民の方々に集まってもらい、それぞれの方から意見をもらったり、みんなに議論してもらったりして進めるのが一般的です。そのようなワークショップを進めるときに大事なのは、参加者に芽生える「役割意識」と「問題意識」という二つの意識を育てることだと私は考えています。

役割意識は、ワークショップの中で自分に課せられた役割や立ち位置に対する認識です。リーダーシップをとる役割、議論の後半で大切な発言をする役割など、スタートしたときにはわからなかった自分の役割や立場がだんだんとわかってくるものです。それぞれの役割をお互いに意識すると、意見や要望がまとめやすくなっていくのです。

問題意識は、話し合われていることに存在する問題点に対する気づきです。一般の市民は、どこに問題があるのかを普段意識せずに過ごしています。この場所にこんな大きさの建物が建つとどんな状況になるのかなど、想定される問題を専門的で具体的に提示することで、正しい問題意識を参加者は共有することができます。このこともワークショップを成功させる大切なポイントになります。

饗庭:ワークショップのときは、日常的な役割意識と問題意識をいったんほぐして臨んでもらいます。例えば職場で行われる会議で部長、課長と同席する平社員は自由に発言できないことがあると思います。こういう事態を避けるためにワークショップのときには普段の役割をいったん解いてもらうことが必要なのです。問題意識の方も、日ごろから問題視していることやその解決策として思い込んでいることがワークショップでの議論をあらぬ方向へ導いてしまうことがあります。各自が持つ先入観を忘れてワークショップに参加してもらうことが大事なのです。

まちづくりデザインゲームの実践(饗庭伸)

饗庭:役割意識と問題意識を実感していただくために、模擬ワークショップをやっていただこうと思います。

4人ずつのチームに分かれていただき「豊洲を働きやすい町にする」という想定でワークショップをします。一番初めにすることは、各自の役割を決めることです。用意されているアバター(サラリーマン、主婦、高齢者、外国人、大学生)の中から一つを選び、以降ワークショップ中はその役になりきります。

饗庭:ゲームの進め方は、親になった人がどんな街にしたいかをテーマカードを使って発表し、子(残りの三名)は親が提示したまちをつくるためのアイデアを資源カードによって考案していきます。全員で誰の案が良いかをコインを投票することで表明して1ターンが終了します。親役を次の人に回して同じことを繰り返し、これを四人目の人が親をやるまで続けます。最終的に最も良かった案をチームで選定するというワークショップになります。

 

各チームとも最初はぎこちなかったものの、次第に熱い?議論が交わされるようになっていきました。ワークショップに当てられた時間は20分と短かったのですが、どのチームも順調にターンを繰り返していき、時間内に全員が「親」を経験することができました。

普段と違う役割でまちづくりを疑似体験するワークショップ。参加者の皆さんも貴重な経験ができたようです。ワークショップ終了後には、「自分に配られた資源カードはどれも役にたたないものばかりだったので、どのように提案につなげていけばいいのか困ったものの、普段まちづくりについて他の人と話す機会などないので、今日はこうして楽しみながら議論ができて良かった」という率直な感想が聞けました。

また、「一番いい案を選ぶのに苦労した。いくつかの案を組み合わせるともっといい案になることがあるように思った」という実践的な意見や、「高齢者の立場でまちのことを考えたことで、まちづくりにはいろいろな人が関わっていることを実感できた」、「まちづくりにそぐわないと思える資源であっても、その使い方を聞いてみると納得させられた。新しい視点があることに気づかされたし、異質なものを組み合わすことでまちがもっと良くなる可能性があると思った」といったワークショップの狙いをうかがわせるような感想もいただきました。(鯨井)

ワークショップの講評・解題(饗庭伸)

饗庭:やっていただいたワークショップの種明かしをしたいと思います。

まちづくりでは「こんなまちにしたい」という目標があり、それを実現するための手段を考えていきます。その中で私がしているのは、目標と実現手段の組み合わせることなのです。いろいろな目標がありえますし、手段の組み合わせは無限に考えられます。ですからみんなが共有できる良い目標をつくることと、それを実現するための合理的な手段を組み合わせていくことがとても大事です。先ほどやっていただいた「まちづくりデザインゲーム」は、そこのところを意識したものになっていたのです。風景写真のカードが目標、資源カードが実現手段で、その組み合わせを考えてもらうワークショップだったわけです。

饗庭:ワークショップを行うときには、目標をどのくらいのレベル感(抽象的⇔具体的)に設定するかに気を配る必要があります。目標が抽象的すぎるとその後の議論はうまくいきません。例えば「豊かな暮らし」といった抽象的な目標を立ててしまうと、「さあ、実現するにはどうすればいいですか」と促しても参加者はそれを実現するための手段にまで考えが及びません。一方で目標が具体的すぎるとどうでしょう。この場合は実現手段が限定されることになりますので、みんなで議論する必要性が無くなってしまいます。ワークショップを続ける意味がなくなってしまうのです。

したがって、まちづくりのワークショップを行うときに立てる目標のレベルは、抽象的すぎず具体的すぎない中間のレベルにするのが望ましいと言えます。ワークショップを開く側の人間は、目標をうまく設定してもらうように促していくことに心を砕かなければなりません。

饗庭:ここからは個々の要素について説明していきたいと思います。

場所を決める

饗庭:まちづくりにせよオフィスづくりにせよ、できあがる場所は決まっていますので、その場所を参加者に意識させておくことは大切です。地図などを活用して、自分たちのアイデアがどんな状況のところに実現されるのかを忘れさせないようにしています。

アバターを選ぶ

饗庭:自分自身の役割から離れてもらうために、ワークショップ中の役割を決めます。あえて自分とは縁遠い役割を選んでもらってワークショップに臨んでもらうと、普段は思いもしない問題意識や役割意識を持つことにつながるはずです。オフィスづくりのワークショップを行う場合もアバター選びはとても大切です。オフィスを利用する人はどんな人がいるのかを考えること自体がまず重要ですし、その上でそれぞれの立場に立ってもらうことが多くの人を満足させるオフィスにするために欠かせないことだからです。

手持ちの資源を配る

饗庭:資源カードを一人に5枚だけ配りました。あまり多くのカードが配られても限られた時間の中では消化できませんし、手持ちの資源が少ない方が人は頭を使って工夫をします。よく考えることを促す意味でも手持ちの資源は少なくした方がいいと考え、最小限の枚数でやってもらっています。

目標を選び、伝える

饗庭:親になった人は目標カードを一枚選び、どんなまちにするのか、目標を設定します。カードは風景写真で、そこには目標が言葉として書いてあるわけではありません。自身で目標を考え、それを他のメンバーに自分の言葉で伝えるようにしています。これからつくるまちのことを仲間に理解してもらい、まちへの想いを共有するためには自分の言葉で語ることが良い方法だと考えています。

実現手段を考え、手持ちの資源を出す

饗庭:メンバーは自分に配られた5枚の資源カードから、目標を実現する手段を考え提案していきます。

投票する

饗庭:都市計画のワークショップであるからには最後は結論を出さなければなりません。投票してもらうのは、決めるための訓練なのです。また、議論を尽くした後で最終的な意思決定は多数決ということになります。そのことを体験し納得してもらうために「投票」をしてもらっています。

投票はコインを投じる形式にしています。まちづくりにはお金がかかります。投資した金額はビジネスを起こすなどして回収していく必要がありますし、その先では儲けを生んでいくようにしなければなりません。「まちづくりはお金を儲けて経済をまわす活動なのだ」という認識を持ってもらうためにコインでの投票にしています。

質疑応答(饗庭伸 × 嶺野あゆみ)

嶺野:いろいろな人を巻き込んで行うワークショップで、関わる人のモチベーションを高いレベルに保つために苦心していることがあればお聞かせください。

饗庭:一人ひとりの役割をはっきりさせることだと思います。まずは中心になって活動してくれる人を探します。その人から集まってくれそうな人に声をかけてもらい、それぞれに役割を担うように仕向けてもらう方法が考えられます。ですから中核となるキーマン選びはとても大切だと思います。
また、ワークショップ中はそれぞれの人の様子を観察するようにしています。必ず熱心にやってくれる人がいるのですが、その人の近くにはちょっと冷めている人がいるものです。私はいつもその冷めている人の方に注目してケアするよう努めています。この人がワークショップ終了後笑顔を見せてくれたら大成功だったと思っていいでしょう。

嶺野:今回実施したワークショップでは多数決で結論を出しましたが、それ以外の方法で合意形成に導くことはあるでしょうか。

饗庭:決め方はいろいろあると思いますが、それよりもどうやって納得してもらうかが大事だと考えています。ものごとに納得するのには三つの種類があると言われています。一つ目は案自体が素晴らしい案であることです。案が正しければだれもが納得できます。二つ目は議論を尽くした場合、つまりプロセスに納得するわけです。三つめは人に納得するケース。あの人が言っているのだから後は任せようというものです。良い案ができればそれで終わりなのですが、いつも良い案が出るとは限りません。そんなときは議論を重ねたプロセスで納得してもらったりもします。人に頼らざるを得ないことだってあります。そのときの状況に応じて三つを組み合わせることで一人でも多くの人に納得してもらうようにしています。

他者の視点で考える意味

今回体験した「まちづくりデザインゲーム」で最も印象に残ったのは、自分とは違う立場でディスカッションに参加するというやり方でした。自分とはかけ離れた役割を演じるのはとても難しいことですが、その役割になりきり、その立場でまちのことを考えてみることこそがこのゲームのキモなのでしょう。そのことによって、まちに暮らす人が多様であることを認識することができますし、行政(あるいは他の住民)に対して物申してやろうと意気込み乗り込んできた人の過激な主張も、自分と異なる立場にいる人のフィルターを通して角がとれれば現実的な案に生まれ変わるかもしれません。

また、独創的なアイデアは自らの専門領域から離れた領域の知識を出会うことで生まれるとよく言われます。新たな価値を生み出したいときにコラボレーションが行われる理由はここにあるのだと考えられます。ゲームの中で他の人の視点で考えるということは、それだけで「一人脳内コラボレーション」をやっているのかもしれません。アイデア出しに行き詰ったとき、立場を変えていつもと違う角度からものごとを捉えなおす発想法は、ワークショップの場だけでなく一人で仕事をしているときにも役立ちそうです。

今回も最後までありがとうございました。次回まで失礼します。ごきげんよう。さようなら。(鯨井)

2018年12月6日更新
取材月:2018年10月

テキスト:鯨井 康志
写真:大坪 侑史