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働き手の心理から探る:なぜ働き方改革はうまく進まないのか

WORKMILLが実施した「はたらく」にまつわる意識調査の結果を先日公開しました。年代を問わず、柔軟で多様な働き方への関心がとても高いことがわかりました。しかしここまで関心を集める働き方改革ですが、8割を超えるビジネスパーソンが「働き方改革」を実感していない(参照)というデータもあります。母集団が異なる別の調査であるため単純な比較はできませんが、働き方改革の必要性は社会的に広く認知され、議論になっているものの、実際は何も変わることができない。それが日本の働き方改革の現状ではないでしょうか。

  ここまで情報にあふれており、先行企業の多様な事例が存在するのにもかかわらず、なぜ実感できる改革を達成できないのか。もちろん働き方改革といった全社をあげた取り組みにおいては、経営陣のコミットが重要な要素であることは間違いありません。今回は、そういった経営的視点からではなく、現場レベルでどのような思考が改革の妨げになっているのか。ここについて掘り下げていきたいと思います。

私は、以下のような心理が作用しているように感じています。

日本の働き方改革の推進を妨げる3つの心理

1戦意喪失:問題が大きすぎて初めからあきらめている

働き方を変えようにも、働く環境や人事制度を変える動きなんてどうせ取れない。組織が大きくなればなるほど、そうしたあきらめの気持ちが改革の機運を妨げるものです。上述の通り働き方改革の実現には経営トップのコミットが必要になるわけですが、現場で働く担当者にとっては、そのトップまでの階層と承認経路を想像しただけであきらめてしまうのも理解できます。そもそも事業部門の一介の担当者には、働き方に関する改革を全社的に動かすというミッションに直接の関与ができないため、それよりも目先の成果を追うことが優先されるでしょう。一方で働き方を形作る施策を展開する人事・情報システム・総務といったスタッフ部門においても、この状況にあまり違いはないように感じます。業務が細分化されているので、組織をあげた働き方改革の流れを作ろうとするその初動だけで、相当な労力を必要とするためです。これは「どうせ自分が一票を投じたところで政治は変わらない」という投票棄権行動にも似ています。結局今年も変わらなかったけれど、でもなぜかそれなりに会社はうまく回っている(ように見える)。この「なんとなくうまくいってしまっている現状」が次年度に更なるあきらめを生み、年を追うごとに改革の動きは停滞していきます。

おそらく、改革にチャレンジしようとした人も組織内には多くいるはずです。しかしその情熱を冷却するに十分なハードルの高さが組織内には横たわっている。こうした「改革の意思があったけれどあきらめた人たち」は、組織内に新しく起こる改革に対して、なぜあきらめなくてはいけないかを熱量高く主張する抵抗勢力になることもあるから厄介なものです。

2勇者待望論:誰かがやってくれるから、自分が動くのは損

加えて厄介なのが、勇者待望論。この世を救う伝説の勇者がすべてを解決してくれるという心理です。RPG(ロールプレイングゲーム)を楽しんだ経験のある人であればよくわかると思いますが、主人公である勇者を操作して町や村で通りすがりの人物に話しかけると、「おお、勇者よ。この世を救ってくれ!」と語りかけられるシーンに遭遇します。道行く吟遊詩人も「勇者こそが希望の光。ラララララー」なんて歌で主人公を讃えます。もちろん、これは世界を滅ぼさんとする強大な力に立ち向かう力を有していないからこその畏敬の念だと思いますが、だからといってほとんどの場合、直接勇者を助けてくれるわけではないのです。「何にもできないけれど、一晩の宿を提供するよ」とか、「この薬草を持って行ってくれ。よく効くから」なんてことも起こらない。嘆いていたりあきらめていたりして、何もしないのです。働き方改革や業務改革を推進する当事者は、RPGの勇者と同じような状況にさらされていることが少なくありません。

結局のところ組織やコミュニティの大多数は、自分には関係ない、自分にはできない、面倒なことに巻き込まれたくない。そんなことの責任を負いたくない。そんな心理で安全地帯からシニカルに眺めているだけであることが少なくない。そのくせ、失敗すると組織や社会全体から非難されてしまう。RPGでも全く同じで、世界を救う戦いに挑んでいるのに「おお勇者よ、死んでしまうとはなさけない!」と教会で怒られてしまうのは皮肉なものです。

誰かがやってくれるから、自分がやると損をするという心理。まるでPTAの役員決めのような責任の回避はビジネスの現場でもよく起きていないでしょうか。

3成功事例偶像化:一部の成功者だけが為し得るものと思っている

戦意喪失と勇者待望論が複合的に作用すると、「いやあ、こんな改革がうまくいくのは○○社さんだからですよね」「やっぱり○○さんは成功者だから、違いますね」と、自分とは違う人たちの為せる業として線を引きたがる。これは説明する事例側にも一定の責任はありますが、まるで偶像化するように対象をとらえ、成功事例と自らの現実とのギャップを過度に感じてしまい、どうすれば自分や自分の組織で応用・実現できるのか、その思考が停止してしまう。

とにかく日本人は事例をほしがります。二言目には「事例を見せてほしい」という話になります。事例は確かに参考になるものですが、「その事例から何を学ぶのかという視点」が提供する側にも受け取る側にも欠けているため、ケーススタディではなくただのケースになっている。そんなシーンがほとんどではないでしょうか。

事例を偶像化することは、時に「うまくいくための何か特別な魔法のようなものがある」という思い込みにもつながります。このことも事例をほしがる要因になっているのでしょう。

変革をはばむ免疫機能

これらの心理はどのようなものと理解すべきでしょうか。
いくつかの見方があると思いますが、例えばWORKMILL創刊号で取材した発達心理学者のロバート・キーガン教授は、著書「なぜ人と組織は変われないのか」で、変革を阻む免疫機能と表現しています。「自分の核となる部分を守ろうとする結果、自分自身が望んでいる目標の達成を妨げてしまう」この機能。キーガン教授は「恐怖の源」に対処する不安管理システムこそが、変革を阻む免疫機能の正体だと述べています。このシステムが免疫のように機能する結果、人が不安に対処しながら多様な局面にうまく対処できるようになるものですが、以下のようなメカニズムで変革を阻んでしまうことになります。

「しかし、このシステムの恩恵を受けるためには、代償を払わらなければならない。視野が狭くなり、新たなが学習が阻害され、特定の行動が取れなくなってしまう。その結果、実現したいと本当に思っている自己変革が妨げられるケースがある。変革を成し遂げればもっと高いレベルの行動を取れるようになるとわかっていても、自分を変えられないのだ。

―「なぜ人と組織は変われないのか」(P69)

その組織で過ごした年月が長くなればなるほど、数多くの不安に対処することになるはずですから、おのずと不安管理システムは複雑で強固なものになります。就職活動時に熱意をもって活動し、理想に燃え血気盛んに入社する若者が、みるみるうちにまるで牙を抜かれたように組織に染まっていく。その組織に暗黙知的・形式知的に存在する不安管理システムをインストールしていくことで、安心して組織の業務に対応できるようになる。まさにこれこそが成功体験そのものと言い換えられそうです。決められた業務を効率よくこなしていくにはきわめて都合の良い機能ですが、その成功体験を外れた新たな変革に対しては守りの姿勢になってしまったり、変革の抵抗勢力になってしまったり。事例を見たくなるのも、「まだ我々のことを脅かす事例は存在していない」と安心したいからという心理かもしれません。なかなか悩ましいジレンマです。

変革の実現に向けて意識したい3つの心理

①危機意識を高める

ジョン・P・コッター教授の著書「企業変革力」は、リーダーシップ論の名著であり個人的にも座右の書です。コッター教授は同書において、大規模な変革を実現するためには8つのプロセスが有効であると述べています。

大規模な変革を推進するための8段階のプロセス

  1. 危機意識を高める
  2. 変革推進のための連帯チームを築く
  3. ビジョンと戦略を生み出す
  4. 変革のためのビジョンを周知徹底する
  5. 従業員の自発を促す
  6. 短期的成果を実現する
  7. 成果を生かして、さらなる変革を推進する
  8. 新しい方法を企業文化に定着させる

―「企業変革力」(P45)

このプロセスの1番目であり全てのスタートとなるのが、危機意識を高めること。原著では「Create a sense of urgency」として表現されるくらい、とても緊迫度が高い項目です。そのあとの同教授の著書「企業変革の革新」は、邦題こそそのようなタイトルになっていますが、原著は「A Sense of Urgency」であり、この危機意識を高めるという最初のステップがいかに重要かということがわかります。

本物の危機意識を高める基本戦略と四つの戦術

 ・基本戦略
  ・頭(理性)と心(感情)の両方に訴えかけ、目を覚まさせ、行動を促す
 ・戦術
  1 外を内に呼び込む
  2 危機感を行動で示す
  3 危機を好機とみなす
  4 変革否定論者に対処する

―「企業変革の革新」(P80から一部抜粋)

コッター教授は、危機意識を維持し続けるために必要な点を、上記のように述べています。変革を阻む免疫機能の恩恵を受けてさまざまな不安に対処し、今の仕事を進めるために最適化された現状は、まさに変革を望まない「このままでいい」という心理を生み出すもの。言い方を変えれば、本当に危機感を感じる必要がないという状況は理想的なのも知れません。しかし、ビジネス環境はさらに複雑になりながら変化していますし、働く個人もそのライフステージに応じて変化が必要になってくるものです。いかにして変革の必要性と重要性を個人・組織の両面で感じることができるか。そして、なぜ今変わらなくてはいけない緊迫感があるのか。これを高めることが変革の第一歩であることは大きくうなずけます。

②特効薬はないことを知る

そして、特効薬が存在しないということをしっかり認識しなくてはなりません。変革のプロセスはコッター教授の表現した通り8段階あるわけで、一朝一夕に対処できるものではないからです。
千葉県松戸市にある大人気のベーカリーZopfのオーナーシェフである伊原さんは、ヒット商品であるカレーパンが売れる秘訣を知るため同業者が見学に来るようですが、その時の心理を以下のように語っています。

伊原:あくまで持論ですが、人が何か答えを求めて他者を訪ねる時って、おそらく「魔法みたいな方法」があると思っているんですよね。そして、その「魔法」というフレーズには、「簡単に」とか「楽に」というニュアンスが、無意識的に引っついていることが多い。「魔法」を求めてやってくる同業者に、僕らが提供できる答えはひとつだけで……それは「頑張る」。1回揚げただけで、50回揚げたように見せる技なんてない。だから、頑張って50回揚げるんです。

変革の本質は実にシンプルでありながらも、その本質的な価値を獲得するためには、「できるはずはない」という固定観念を外して追求することが重要であることがよくわかります。

また、前述のロバート・キーガン教授も、改善のステップとして表現しているのは実に地道です。目標を定めて、その阻害行動を徹底的に洗い出し、その裏に潜む不安や恐怖を明らかにしながら対処する。そのプロセスを通じて、組織と個人の改善目標が影響し合って高まっていくわけで、やはり特効薬のような魔法があるわけではありません。

私たちの経験から言うと、組織がほとんど解決不能に見える課題を解決するための最も強力な土台は、次の二種類の活動を統合することによって築かれる。一つは、グループ全体が、グループとしての改善目標を一つ選び、それを妨げている免疫システムの全容を描き出そうとする活動。もう一つは、メンバーの一人ひとりが、グループの改善目標と関わりのある個人レベルの改善目標を追究する活動だ。

―「なぜ人と組織は変われないのか」(P396)

③挑戦を支えるセーフティネットの重要性

そして、そうした新たな成功体験の蓄積を生むためのさまざまな挑戦を容認し、支えるためのセーフティネットの存在は欠かせないでしょう。失敗のリスクばかりが注目される組織風土においては、変革の意欲が摘まれていってしまう。挑戦をしていてピンチに陥った時に、救済の仕組みがあるかどうか。

ケンブリッジ・テクノロジー・パートナーズの白川さんが語った以下の内容は以前から何度も引用しています。このセーフティネットの存在自体が、主体性や挑戦を支え、変革の実現に大きく寄与しているのだと思います。

白川:そうですね。急に新しい業務を「ひとりでやり切れ」なんて言われてしまうと、楽しさよりプレッシャーが勝ってしまう。「主体性を尊重する」ことと「責任を負わせる」ことは、似ているようで根本的に違います。「ピンチの時に手を挙げられる」といった救済の仕組みがないのに、責任だけ背負わされたら、逃げたくなってしまうのは当然のことです。そこには、挑戦を支えるセーフティーネットの整備が必要になってきます。

(参照記事:主体性あるチャレンジを支える組織のセーフティネット

まとめ

働き方改革の議論は依然として花盛りであり、明確な結果を出す成功事例となる企業は今後ますます増えていくことでしょう。働き方を改革しなかったとしても今日明日直接何かに困るというような状況に陥ることはないでしょうが、一足早く変革を実現した企業や組織・個人との差は数年単位で歴然としたものとなって表れるはずです。働き方を改革することが必要なのであれば、なぜ今その必要性があるのかの危機意識を組織として共有し、その変革を阻む要因に対して個人と組織が手を組んで対処していく。今の働き方改革には、こういった議論が必要なのだと思います。

【参考】

  • 一般社団法人日本能率協会「第8回ビジネスパーソン1000人調査(働き方改革編)(2017年12月)」
  • Robert Kegan,Lisa Laskow Lahey(池村千秋訳,『なぜ人と組織は変われないのか―ハーバード流 自己変革の理論と実践』英知出版, 2013年)
  • John P.Kotter(梅津 祐良訳,『企業変革力』日経BP社, 2002年)
  • John P.Kotter(村井 章子訳,『企業変革の核心』日経BP社, 2009年)

2018年6月7日更新

テキスト写真: 遅野井 宏
写真:遅野井 宏
イラスト:野中 聡紀