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「言葉」より「行動」を愛されるブランドのつくり方 ― レイ・イナモトさん

 

この記事は、ビジネス誌「WORK MILL with ForbesJAPAN ISSUE04 LOVED COMPANY 愛される会社」(2019/4)からの転載です。

 

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「本音」と「行動」が力をもつようになった世界で、人々は企業に何を求めるのか?世界的なクリエイティブディレクター、レイ・イナモトに聞く、愛される企業のつくり方とは。

 

できない人は言葉で説得し、できる人は行動で説得する

「『できる人もできない人も能力にほとんど差はない。ほんの少しの意識の違いによって結果に差が生まれる』。最近、SNSでこんな書き込みがバズっていました。どうです?いい言葉だと思いませんか」

 

NY在住のクリエイティブディレクター、レイ・イナモト。大手クリエイティブエージェンシー「AKQA」在籍時代は、デルタ航空、ナイキ、アウディ、グーグルといったグローバル企業のデジタルマーケティング戦略を成功に導き、Creativity誌「世界の最も影響力のある50人」、Forbes誌「世界広告業界最もクリエイティブな25人」に選ばれた。ブランドコミュニケーションの最前線を語ってもらうのに、これほど最適な人物はいない。さっそく愛されるブランドの条件を尋ねたところ、話は冒頭のように意外な方向から切り出された。

 

―レイ・イナモト
ニューヨーク在住のクリエイティブディレクター。ミシガン大学で美術とコンピューターサイエンスを専攻。Tanaka Noriyuki Activityを経て、1999年にR/GA入社。2004年からAKQAでグーグル、ナイキ、アウディといったグローバルブランドのデジタルマーケティング戦略を担当した。08年に同社のクリエイティブ最高責任者に就任。16年2月に「Inamoto & Co」を設立。

 

イナモトが教えてくれた書き込みは、キャリアコンサルタント田口久人氏の著作からの引用だった。この箴言は、次の言葉から始まる。「できない人は言葉で説得しできる人は行動で説得する」。一見、ブランドと関係なさそうな箴言を紹介した狙いは、実はこの一節にあった。「人」を「ブランド」に置き換えると、近年の愛されるブランド像が見えてくるという。「インターネットやSNSが出てきたことによって、きれいな言葉で塗り固めただけのうそはすぐ見抜かれるようになりました。消費者は、もう言葉だけでは動かされません。ブランドは、行動が伴ってはじめて信頼を勝ち取れます。マーケティングでは長く“ストーリーテリング”がもてはやされてきましたが、これからは“トラストビルディング”が重要になるでしょう」

 

世界では、すでにこの動きが顕著だ。米国の小売業界では感謝祭(11月の第4木曜日)の翌日を“ブラックフライデー”と呼び、クリスマス商戦に向けた大々的なセールを行う。一年で最も売り上げが期待できる日ともいわれていて、小売店は従業員総出で対応するのが一般的だ。近年過熱気味になっていたこの商慣習に一石を投じたのが、アウトドア用品店大手のREI。2015年に「#OptOutside」というキャンペーンを開始。感謝祭とブラックフライデーの2日間、オンラインを含む全店舗を休業にして、従業員にアウトドアでリフレッシュすることを推奨したのだ。「理念として、従業員の幸福を掲げている企業は多いでしょう。しかし、立派な理念を掲げつつ、現実には休日にも店を開けて、従業員が働かざるをえない状況を放置している。REIは全店休業にすることで言行を一致させ、従業員に家族と過ごす時間をプレゼントしました。その姿勢は高く評価され、追随する小売店も現れています」

 

ほかにもトラストビルディングに成功した企業はある。アパレルブランドのエバーレーンだ。いまから8年前、ファストファッションがメディアから叩かれたことがあった。「安かろう悪かろう」ですぐゴミになり、環境への負荷が高いというのが理由だ。「このときエバーレーンは、製造から店頭に並ぶまでのプロセスをすべて公開。低価格は中間流通を省いた結果であり、品質を犠牲にしているわけではないことを示そうとしました。これにより、とくに20~30代の米国人の支持が拡大した。トランスペアレンシー(透明性)は、消費者から信頼されるための大事な条件のひとつです」

 

トランプの前と後で空気が変わった

ストーリーテリングからトラストビルディングへ―。イナモト自身がそのことを意識し始めたのは、2003年に手がけた仕事がきっかけだった。16歳から海外で暮らしていたイナモトは、ミシガン大学を卒業後、NYへ。デザイナーの職を得るも、22歳のときに仕事仲間と楽しんでいたサッカーで目に大ケガを負う。診断は網膜剥離。このまま目が見えなくなればデザイナーを続けられない。そんな不安と闘いながら、半年間、ひたすら床を見て暮らすリハビリ生活を送った。

 

目が見えなくなる不安に比べたら、もう何も怖くない。復帰後、いい意味で開き直ったイナモトのもとに舞い込んだのは、ナイキで進行中のプロジェクトだった。「ただ商品の魅力を伝えるためにカッコいい表現をするだけではなく、ユーザーにとって本当に意味のあることを仕掛けたい。そうした思いでいるときにかかわったのが、ランニングの距離やスピードの記録をつける『NIKE+』の前身になるプロジェクトでした。『NIKE+』は単なるプロモーション企画に終わらず、ビジネスとして定着して、現在も多くのユーザーに利用されている。単に商品の魅力を理解してもらうのではなく、消費者の信頼を勝ち取ることこそが長期的なブランド価値の向上につながることを学びました」

 

その後、マーケティング業界ではストーリーテリングの限界がささやかれ、トラストビルディングの重要性が注目され始める。REIやエバーレーンが新しい取り組みでブランド価値を高めたのも10年代だ。その流れとシンクロするように、米国社会も変化していく。きっかけは16年の大統領選だ。イナモトは、「トランプ大統領誕生を境に空気が変わった」と分析する。「トランプ以前のオバマは米国史上初の黒人大統領で、世の中は理想論に傾いていました。また、フェイスブックをはじめとしたSNSの普及も、世の中をよくすると信じられてきました。ところが、しばらくすると現実はそれまで信じられてきた美しい世界のようになっていないことに人々が気づき始めた。世の中をコネクトしようという思いでつくられたSNSも、フェイクニュースがあふれて、むしろ悪用されている。人々が上っ面の言葉を信じなくなった結果、トランプ大統領が生まれたのです」

 

理想論を切って捨て、強引ともいえる手法で自らの政策を実現していく。トランプはいわば「行動」の象徴だが、興味深いのは、トランプに異を唱える企業人たちも「行動」へと舵を切り始めた点だろう。企業が政治的に踏み込んだ発言をすることは、これまでマーケティング上のタブーだった。人種やジェンダーなど、保守とリベラルで意見が分かれる問題について発言すると、顧客を失うおそれがあるからだ。だが、トランプ以降の過激な風潮に対しては企業も声をあげた。象徴的な事件がある。16年、NFLのコリン・キャパニック選手が、人種差別への抗議の意を込めて国歌斉唱時の起立を拒否。この動きが広がるとトランプは「国旗に不敬な選手はクビにしろ」とツイッターで批判。キャパニックはチームから契約終了を言い渡された。「これに抗議したのがナイキです。キャパニックを広告に起用して“believe in something,even if you lose everything”(すべてを失うリスクを負っても、何かを信じろ)とキャンペーンを打ったのです。一部の顧客はこれに反発して、スニーカーを焼く反対運動が起きました。しかし、キャンペーン全体では売り上げが3割上がった。行動に移したことで、顧客とのより強い信頼関係ができたのでしょう」

 

言葉ではなく行動が、愛されるブランドをつくる。世界最大の市場、米国では、この流れが確固たるものになりつつある。

 

日本発ブランドにもチャンスあり

 

愛されるブランドの条件が見えてきたところで、日本発のブランドについて考えてみたい。米インターブランド社「世界ブランドランキング (2018年)」によると、トップ100のうち日本企業は8社。製造業で歴史ある企業ばかりだ。果たして今後、日本から新しくグローバルブランドを育てていくことはできるのだろうか。

 

トヨタやユニクロなど日本企業のブランディングも手がけているイナモトは「トラストビルディングの時代だからこそ、日本企業にチャンスがある」と指摘する。「デジタルの時代になって重要性が増しているのが、カスタマーサービスのクオリティです。靴通販のザッポスは、カスタマーサービスの従業員に権限を委譲して、個人の判断で柔軟に対応できるようにした。その結果、ファンが増えて急成長を遂げました。顧客へのきめの細かい対応は、もともと日本企業が得意とするところ。アナログで発揮している日本のおもてなしをうまくデジタルに移植できれば、トラストビルディングにつながるのではないでしょうか」

 

約束を守る、細部まで品質にこだわる、時間に正確……。これらも消費者からの信頼に直結する日本企業の強みだ。ただし、それらの示し方には注意が必要だ。イナモトが日本企業のブランディングで意識しているのは、“日本らしさ”と“日本くささ”。「自分のなかでまだ定義はできていない」と前置きしたうえで、 “日本らしさ”の代表例としてあげたのが、「星のや」を展開する星野リゾートだ。「星のやは日本らしいおもてなしをしつつ、西洋のホテルのいいサービスをミックスさせていて、外国人にも違和感なく受け入れられています。日本のいいところを自分たちなりにそしゃくしたうえでサービスに落とし込んでいる印象です」

 

何が日本らしくて、何が日本くさいのか。その違いを言語化するのは容易ではない。しかし、イナモトのなかでは肌感覚として明確な違いがある。「ぼく自身、日本のよさは海外で暮らしてはじめてわかりました。自分たちの強みをブランディングに生かしたければ、外に出て眺めたほうがいいでしょう」。日本発のブランドにはポテンシャルがある。あとはいかに「らしさ」に気づいて、それを行動で示すか。そこにグローバルで勝負するためのヒントがある。

 

2019年12月3日更新
取材月:2019年2月

 

テキスト:村上敬
写真:苅部太郎
※『WORK MILL with Forbes JAPAN ISSUE 04 LOVED COMPANY 愛される会社』より転載

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