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ワークプレイス×アート ― 日比谷の街を映すコンファレンスのミューラル

3面の壁に大きく描かれたミューラル(壁画)。作品を手掛けたのは街並みやモンスター”LUV”(ルーヴ)のミューラルで知られるアーティストのLY(リイ)さん。窓の外に広がるビル群と日比谷公園の森を映し出すようなモノトーンのストリートアートと、視覚や触感にこだわった多様な素材の家具が並ぶコンファレンス空間が溶け合い、デザインコンセプトでもあった「街」を連想させるユニークな場を創り出しています。 

東京都千代田区の日比谷国際ビル8階に、大規模なコンファレンススペース「日比谷国際ビルコンファレンススクエア」が2019年9月に開設されました。高品質で広々とした会議空間が特徴的で、既に企業内の研修や講演会だけでなく、社外向けのPRイベントなどのお問い合わせも多数来ているようです。そして、このミューラルが描かれた場所です。

今回はコンファレンススペースというワークプレイスの壁に絵を描く際に考えたこと、使った色やこの場に込めた想いについてLYさん(以下LY)にインタビューしました。 

ーLY (リイ) 東京生まれ。ペインター。
白と黒と、30種類以上の多彩なグレーを使い、海外で訪れた街並みや、幼い時から想像していたランドスケープ(風景)を描く。その風景には自身の気持ちや想いを投影したモンスター”LUV”(ルーヴ)が彷徨う。7歳よりアートスクールで絵を描き、高校の時、ストリートアートに出会い、ミューラル、グラフィティの魅力を知り、影響を受ける。東京を中心に日本、アメリカ、パリ、バンコク、マレーシアなど国内外でミューラルを残し、自分が想像する完璧なランドスケープをストリートの壁に描くために制作している。また、残したミューラルやストリートアートがローカルに根付くこと、その作品を通した人々とのコミュニケーションを目指し制作している

WORK MILL:今回エントランス、ロビーのエリアと、現在インタビューをしているコンファレンス・コミュニケーションのエリアの大きな壁3面にミューラルを描かれていますが、どのようなことを考えながら制作されたのでしょうか?

LY:ロケーションが日比谷なので、日比谷公園の木のもくもくした感じと街のビルが合わさった感じを描こうと思っていました。

エントランスでは中に入っていく流れを作りたかったので奥行きや、流れが出ることを意識してストリートを描きました。エントランスに隣接するロビーの壁は、空間を広く感じてほしかったから、奥行きのあるストリートの絵を描きました。コンファレンス・コミュニケーションエリアは窓の外の景色とスペースをリンクさせたくて、手前に公園と繋がるように木がたくさんあり、その奥にビルが見えている、そんな壁にしようと思って描いたんです。

ーエントランスのミューラル

ーロビーエリア

ーコンファレンス・コミュニケーションエリア

ーミューラルの配置図。コンファレンススペース全体の設計を担当したデザイナーがキャットストリートにあるLYさんのミューラル作品を見て声をかけたところ、LYさんは広い壁面に絵を描けることが楽しそうで快諾したといいます。

WORK MILL:今までミューラルを描いてきた渋谷や原宿などの場所と比べてみて今回はどうでしたか?

LY:基本的に考えていることは変わらないですね。5年、6年と時間が経っていくと、段々とその作品がそこにいつもある存在みたいになっていくんです。今回つくった作品たちもこの場所に根付いていくような壁になるといいなと思います。

WORK MILL:いつも何種類ものグレーを使われると聞いたのですが、今回はどのような色を使ったのでしょうか? 

LY:グレーを使うときはそこの空間を見て、どのグレーを使うかっていうのをよく考えます。今回は、いつもミューラルを描く時に使っているパープルっぽいグレー、青っぽいグレーと、緑っぽいグレーを用意したのですが、グリーンを全然使わなかったんですよね。今回は壁の地のグレーが黄色っぽいからか、グリーンを乗せると全体的にくすんでしまうので、青とかパープルに近いグレーで明るめにしました。グレーの使い方で全体の色味が全然変わってきます。家具は描いている時に揃っていなくても、床と、地の壁の色と照明と合っているものであれば何が来ても大丈夫。

WORK MILL:普段はストリートでミューラルを描かれることが多いですが、オフィスで絵を描くことにやりづらさは感じませんでしたか? 

LY:全く感じませんでしたね。今回は会議室として使用する際に壁に大きな紙やポストイットなどを貼り付けるケースを想定して、壁の上の部分を少し空けてほしいというリクエストがありましたが、逆にストリートの壁を描くときも全部描かないことがあるので、よりストリートアートに近かったかもしれません。あと、LUVくんを怖いと思う人がいそうだからあまり大きく描かないようにというお願いもありましたが、今回は街がメインのモチーフだから、LUVがいなかったらミューラルが成立しないわけではありませんでした。

キャンバス作品とLYさん。ミューラルではほとんど使わなかったグリーン系のグレーをキャンバス作品では取り入れたと説明します。右側の一番左の見切れている建物の色はグリーン系のグレーだそうです。

WORK MILL:今回のように人が働く場所にアートを取り入れることについてどう思いますか?

LY:例えば、ここでまじめな話をしているときに、壁からLUVくんがすごい見てるなーってなって、思考が変わったり場が明るくなるかもしれない。このミューラルがあることによって人同士のコミュニケーションの中で影響があったら楽しいなと思います。

作品が完成した今、管理・運営の方はどのように感じているのでしょうか。コンファレンススペースの管理をされる三菱地所プロパティマネジメントとスペースの運営を担うインフィールドの方にお話を伺いました。

インフィールド 赤坂 拓也さん 窓から見える公園を鏡越しに見ているみたいで、不思議な調和が出ているなという印象です。色々縛られるんじゃなくて自由でいいんだな、という気持ちにさせてくれます。
 
インフィールド 當野 将万さん この場にいると口が緩みます。自然体でいられるような感じがしますね。その安心感がスーッと学ぶ姿勢に繋がっていくのではないでしょうか。
 
三菱地所プロパティマネジメント 古賀 俊行さん このコンファレンススペースの背景には、「何度も訪れたくなる特別な空間をつくりたい」という施主の強い想いがありました。この場所を唯一無二の存在にするためにも、アートを取り入れて良かったと実感しています。

場の意義を体現するミューラル

企業向けの貸し会議室に今回のように賛否の分かれそうな大規模なストリートアートを取り入れるのは管理・運営会社からすると勇気がいることです。そのため、「コンサバ」な空間が出来上がることが多いとインフィールドの當野さんは語ります。しかし、今回のプロジェクトに関わったビルのオーナー・運営会社・空間デザイナー全員の間では「より多くの人に、来てみたいと感じてもらい、何度も足を運んでもらえるような、特別な場にしたい」という想いが共通していたといいます。

海外では企業や大学の壁にミューラルが描かれることも多く、例えば有名なカーネギーメロン大学の壁には、大学とその周辺の街の歴史や、コラボレーション豊かな大学の精神を表す絵が描かれています。それらはその場自体の意義を示し、訪れた人々の共感や愛着などをアフォードします。

日比谷国際ビルコンファレンススクエアの少し尖りながらものびやかな印象のミューラルからは、日比谷を更に過ごしやすくクリエイティブな街にしていきたい、という想いが込められているように感じました。

2019年11月6日更新
取材月:2019年8月

テキスト:猪瀬ダーシャ (株式会社オカムラ)
写真:WORK MILL編集部