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規模じゃなく、「いい会社」世界一へ - O’RIGHT

この記事は、ビジネス誌「WORK MILL with ForbesJAPAN ISSUE05 ALTERNATIVE WAY アジアの新・仕事道」(2019/10)からの転載です。



環境保護は、ひとりではできない。だからみんなを巻き込もうー。プロダクトも働き方も徹底してサステナブル。そんな「優しくて強い」ブランドには、ファンに救われた歴史があった。

目標は規模を拡大することではなく「いい会社」として一位になること

建物の周囲を木々が覆い、外壁には緑がつたう。正面入り口の階段を登ると、さらに上の階から水が流れ、35度を超える暑さが、ぐんと和らいだ。いわゆる「緑の建築」をコンセプトにしたO’rightのオフィスビルは、桃園国際空港のある台湾・桃園市にある。

オフィスは4階建て。1階に工場と物流センター、2階にオフィスと社員食堂、その上にはラボと商品展示スペース、屋上には電気と水の供給システムを自前で持つ。窓を広く取り、屋上からの採光も考えた設計で、館内の階段は普段は電気を使わず自然光ですむ。

取材当日、社員食堂では、ベジタリアン向けのメニューをベースに、カレーなど社員用のランチが用意された。ここで提供される野菜や果物は、すべて契約農家の手によるものだという。食堂中央のモニターには、オフィス全体で排出されるCO2の量が表示されている。CEOのスティーブン・コー(葛望平)は、「わが社では365日のうち、エアコンをつけるのは24日だけなんです。今日は皆さんがいらしているから、特別につけているんですよ」と笑った。

建物だけではない。取材の冒頭に行われた名刺交換も、今回は勝手が違った。Oʼrightのスタッフが出してきたのは紙の名刺ではなくスマホ。「紙の名刺をつくっていないので、QRコードで連絡先をお伝えします」。そう言って名前のほか、フェイスブック、ライン、会社の電話番号へのリンクが表示された画面をこちらへ向けた。名刺交換さえも、会社全体で取り組むCO2削減のポリシーに則っている。

「コーヒーかす」からヘアケア用品

エントランスの階段を上がると吹き抜けの空間が広がる。奥の壁には上の階から水が伝う仕掛けがあり、流水音がオフィス全体を満たす。

従業員のデスクが並ぶメインオフィスに案内された。建物の周囲は木々に囲まれており、窓ガラスいっぱいにグリーンが映し出されていて、まるで森の中にいるようだ。「ビルを建てる前、ここは雑木林でした。でも、生えていた木を処分するのは避けたかった。それで建築期間中は他の場所に移動させ、あとから植え直したんです」と来歴を教えてくれた。合理的ではないかもしれないが、それもまた企業の姿勢だ。

O’righ tは、2002年に設立された台湾発のヘアケア製品のメーカー。徹底的に、環境に優しい企業であることと、化学物質を使わず、安心で安全なオーガニック商品を開発すること。そうした企業精神のもとで最初に手がけたのは、シャンプーだった。
「資本金500万台湾ドルでスタートしました。資金が多くないので、商品数を絞るほかありませんでした。それでまずシャンプーから始めることにしたんです」

原料を天然素材にこだわったのは、スティーブン自身、子どもの頃から重いアレルギー体質だったからだ。創業から18年経った今では、ヘアケアシリーズに、スキンケアのラインナップも加わる。当初はB toBとして台湾全土の美容室、ヘアサロンをクライアントにすべく、1軒ずつ営業に回ったという。今は一般消費者向けにも範囲を広げ、台湾の大手デパートに商品が置かれているほか、台北市内に自社店舗も展開している。

最近開発した育毛スプレーは、誰もが知るグローバル・カフェチェーンと提携してできた商品だ。原料は、店から毎日出される使用済みコーヒーかす。
「台湾にはたくさんのカフェがあって、チェーン店も多いんです。いろいろなお店のコーヒー豆のかすで研究してみましたが、豆の品質が安定していたのは今の提携先でした。農薬の残留率が高いようでは、使うわけにはいきませんから」
同社は、使用済みコーヒーかすをはじめとした天然素材を使って商品をつくる研究を独自に行う。これまでの研究の積み重ねによる成果で、商品はどれも90%以上が天然素材でできている。

土に埋めると木が生える容器

―屋上にはソーラーパネルが備え付けられていて、オフィスで使われている電力を自給自足している。パネルは日よけの役割も果たしていて、休み時間になると従業員が休憩をとる憩いの空間だ。

使われるボトルも天然素材だ。ツリー・イン・ザ・ボトルというシリーズは、なんと土に埋めると木が生えてくる。ボトルの底にふた粒の種が入っているのだ。ボトル本体は1年かけて自然分解され、中の種が芽を出し、あるボトルからはコーヒーの木、あるボトルからはアカシアの木が生えてくるという仕掛けだ。取材中、窓から見える雑木林の一角を指しながら「あの木もボトルから育ったんですよ」といわれた。振り返ると、すでに人の背丈をゆうに超える高さに成長していた。

ボトル原料について、少し意地悪な質問をしてみた。「すでに再利用の仕組みがあってリサイクル率が高いガラス容器にすればもっと楽だったんじゃないでしょうか」。台湾ではごみの分別が社会的に習慣化されている。特にガラスの再利用率は世界でもトップクラスだといわれる。だが、スティーブンは、ガラスを使用することは、最初から考えになかったという。
「わが社の商品が使われる場所は、浴室です。水で滑りやすい環境ですから、ボトルが倒れて割れる、ということは容易に考えられますよね。となるとプラスティックのように、水に強く割れにくい素材であることは、商品にとって必要不可欠な条件なんです」

危機を救ったのはファン

―オフィススペースの上にはラボがあり、白衣を着たスタッフが実験や開発を行っていた。バックオフィス、セールスやマーケティングの担当、研究員、工場の生産スタッフなどが全員ひとつ屋根の下で働く。

気になるのは生産コストだ。スティーブンによれば、O’rightの商品のうち、「他社製品と比較すると低いものでも3割増、高いものでは20倍の生産コストがかかっている」という。

実はO’righ tは、このコストの問題に会社設立からほどなくして直面している。当時を、「もう少しで社員に給与が払えなくなる、という状況まで追い込まれました」と振り返る。このとき、会社の危機を救ってくれたのは、ほかでもない、メインクライアントである美容室の美容師たちだった。

一般にシャンプーやリンスは1日に1、2回しか使われない。しかし、美容室のスタッフは、仕事で1日に10回、20回と肌に触れさせなければならない。それだけの回数となると肌への負担は増大する。化学物質が入っていたらなおさらだ。美容師の多くに手荒れが起き、「肌の弱い人はできない職業」とされてきた。ところが、O’right製品を使い始めた美容師たちは違った。何しろ手荒れが起きない。それはスティーブンがこだわった「天然素材からできていること」に起因していた。

会社が危機にあると知った美容室のスタッフたちは「O’rightが無くなったら私たちが困る」と即座に口コミで応援する側に回った。「私も会社もお客さまに救われました」と言いながら、スティーブンは冷静にこうも分析する。
「タイミングもよかったんだと思います。ちょうどスマートフォンが出てきて、誰もがSNSで体験をシェアする時代になっていました。うちの商品を使ったら手が荒れなくなった、そのうれしさを皆さんがシェアしてくださるようになっていたのは、大きかったですね」

家族や友達へ伝播

2002年、会社の創設に前後してスティーブンの人生に大きな転機が訪れた。両親が病気で相次いで亡くなったのだ。死の直前、病床の父親が息子に言った。
「これから親孝行はできなくなる。その分、おまえは社会や台湾に孝行しなさい」
「父の言葉は胸に深く刻まれています」とスティーブン。常にこの言葉を自身に問いかけながら、事業を推進してきた。
「会社の規模を拡大することは目標にしていません。私が目標にしているのは、『いい会社』として世界一位になることです」

スティーブンの徹底した姿勢は、社員の日常へも大きな影響をもたらしている。例えば入社すると、社員には共通の習慣ができる。それは、マイボトルにマイ箸を持ち、ハンカチを欠かさない、というもの。取材時に話を聞かせてもらった社員は「これも会社から受けた影響のひとつですね」と口を揃える。ささいなことかもしれないが、環境に対する考え方、習慣がスタッフ本人から彼らの家族、友達へと伝播し、さらにその先の人へとその行動が広がっていく。

マーケティング部所属で勤続4年になるアマンダ・ヤン(楊家惠)は会社のある桃園市で生まれ育った。「入社前からちょっと変わった建物だなと思っていました」という。社会人となり、他社でマーケティングの仕事についていたが、やはり社会的な意義のある仕事をしたいと考えていたところでO’rightの理念を知り、転職を決めた。入社後、CSR活動として行われている植樹イベントに参加した。「生まれて初めて自分の手で木を植えるという体験をして、すごく感動しましたね」と興奮気味に語った。

O’rightは近々、東京へ出店することになっている。決め手は、2020年に行われる東京五輪のコンセプトだった。持続可能な社会の実現に向けて、環境保護を訴えたオリンピックの取り組みが心をとらえたのだとスティーブンは言う。「今は日本に家を準備し、台湾と東京を行き来しています」。

取材の終わり、スティーブンは「これから中国に出張です」と言って空港へ向かった。国連でもスピーチの予定があるという。台湾の外にも、徹底的にサステナブルにこだわる信念を伝播させていく、伝道師なのだ。

2019年10月22日更新
取材月:2019年7月

テキスト:田中美帆
写真:Donggyu Kim(Nakasa&Partners)
※『WORK MILL with Forbes JAPAN ISSUE 05 ALTERNATIVE WAY アジアの新・仕事道』より転載

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