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これからは「働く」も「学ぶ」も自分で決める ― 立教大学経営学部・中原淳教授

立教大学で経営学部教授を務める中原淳さんは企業における人材開発や組織開発について研究を行い、長時間労働に陥りがちな日本企業の問題点を著書やレポートなどで明らかにしています。

 

前編では、企業が「働き方改革は経営課題」と認識したうえで残業時間削減やその効果を見える化し、それを継続的に機能させるため「ミドルマネジメント層の育成」の重要性が語られました。後編では、これからの時代に変わりゆく組織と従業員の関係性や、「学び」の必要性について考えます。

 

記事前編_「課題だらけ」の働き方改革 ― 立教大学経営学部・中原淳教授に聞いた「魔法の杖」がなくても取り組むべきこととは

 

 

誰しもが「転職の切符」を持っている

WORK MILL:企業としてはなるべく従業員に長く働いてもらいたいところですが、従業員としては比較的転職しやすい環境になっているのも確かです。雇用の流動性が高まるのは、決して悪いことばかりではないと思うのですが、実際のところはいかがでしょうか。

 

中原淳さん(以下、中原):前向きな理由だったらいいんだけど、多くはネガティブな理由で辞めているんですよ。離職調査をすると家庭の事情とか結婚、介護とかが挙がるんだけど、実際は職場の人間関係とか、もっと漠然とした不安。「このままこの会社で働いて、将来どうなるんだっけ」と。尊敬できる先輩がいない、というのもある。それと、同級生や他人と自分を比較すると、辞めてしまいたくなるんだよね。同窓会でバッタリ昔の友達に会って、「どんな仕事してるの?」と聞かれると、自信を失ってしまう、というか。

 

―中原淳(なかはら・じゅん)
立教大学 経営学部教授。北海道旭川市生まれ。東京大学教育学部卒業、大阪大学大学院人間科学研究科、メディア教育開発センター(現・放送大学)、米国・マサチューセッツ工科大学客員研究員、東京大学講師・准教授等をへて、2018年より現職。「大人の学びを科学する」をテーマに、企業・組織における人材開発・組織開発について研究している。専門は人的資源開発論・経営学習論。立教大学経営学部ビジネスリーダーシッププログラム(BLP)主査、立教大学大学院 経営学研究科 リーダーシップ開発コース主査、立教大学経営学部リーダーシップ研究所 副所長、などを兼任

 

WORK MILL:最近ではSNSでも同級生や会社の同期の動向がわかってしまうから、つい自分の立ち位置と比べてしまいがちですよね。

 

中原:いまは誰しもが片手に「転職の切符」を持っているんですよ。切ろうと思えば簡単に切れる。それを不幸なことに、経営層が認識していないんですよね。先日も、とある企業の社長と人事担当者と話していたのですが、社長が「ウチの会社を辞めるやつなんてそうそういないだろう?」と話しているのを、人事担当者が「えーっ!?」と青い顔して見つめる、みたいな。そんな様子が至るところで繰り返されています。

 

WORK MILL:確かに、経営層の世代は終身雇用が当たり前で、転職するなんて考えもしなかったのかもしれませんが……そこまでの認識のズレはかなり深刻な問題ですね。

 

中原:おそらく、人事担当者がきちんと報告できていないんでしょうね。だって、自分のせいにされるから。

 

WORK MILL:「優秀な人材を採用できなかったり、若手が辞めたりするのは、人事担当者の仕事が甘いせいだ」と……。

 

中原:けれども実際は市場構造的に、魅力的な職場をつくっていかなければ人は集まらないし、長期的には組織が疲弊していくんです。最近、その最たる例に遭遇したんだけど、ある企業が積極的に事業拡大して、企業買収も進めて組織をどんどん大きくしていったんです。個人的に、その企業の社長も社員も知っていて、社長と話していると「いまは積極的に投資すべきときだから」とイケイケなんだけど、大丈夫かな……と心配だった。すると案の定、社員のほうが「もう辞めようと思うんです」と。やっぱり組織が拡大したことでいろんな部分が雑になって、現場が疲弊してしまったんでしょうね。

 

WORK MILL:経営者が事業成長にとらわれるあまり、組織開発をおろそかにしてしまった、と。

 

 

中原:うちの研究室でも企業を対象にさまざまな調査をするのですが、恐ろしいほど経営層と若手の認識はズレていますよ。経営者が「うちの若手はやる気があるんですよ」と言っていた会社で、年代別に「消耗感」を調べてみたら、圧倒的に20代のほうが消耗感は強くて、むしろ50代は超元気。想像以上に現場と経営層の現状認識はかけ離れているんですよね。

 

WORK MILL:そう考えるとまさにミドルマネージャーの仕事というか、上から下をつなぐパイプ役として、意識的にコミュニケーションを図らなければなりませんよね。

 

中原:そうですね。伝統的に言えば、80年代における日本のミドルマネージャーは「輝ける存在」だったんですよ。どの雑誌でも、日本企業の躍進はミドルマネージャーがトップとボトムをしっかりとつなぐ役割を果たしているからこそ、という論調だった。それが機能しなくなってしまったことが不幸のはじまりだったのでしょう。

 

 

変化する時代背景のなか、スキルをアップデートしなければならない

WORK MILL:「働き方改革」を軸に話を進めていっても、結局「マネジメント」という組織課題の本丸に突き当たるんですね。

 

 

中原:まさに、働き方改革や長時間労働是正が氷山の一角としてわかりやすく突き出ているんですよ。「ここがアカンわ」って。これがいわゆる日本型の雇用システムと組織づくりに紐づいてしまっている。働き方改革は何も、ローパフォーマーの生産性が低いのを改善しましょう、という話ではなくて、組織や雇用システム、マネジメントの課題をアンインストールして新しくインストールしなくてはならない。いま、その決断をしなければ企業は生き残っていけないよ、ということなんです。

 

WORK MILL:そしてその決断ができるのは経営者、と。

 

中原:そうですね。まぁ、究極的には経営判断なので、ご自身の会社の浮沈は、ご自身とご自身のメンバーで決めるしかないのですけれども。

 

WORK MILL:従業員レベルで考えると……。

 

中原:選びなおす、という選択もありえます。自分の会社がいつまで経っても変わらないなら、他の会社に移ることも一計だと思います。幸い、いまは売り手市場ですからね。でも、大企業に勤めている方にそんな話をすると、「いやぁ、私は辞められませんよ」と言うのです。「なぜ?」と聞いても、「そうですねぇ……」なんて、ボソボソ言って。でも、誰もそこにいろとは頼んでないわけですよ。結局、自分自身でそれを選んでいるのです。

 

 

WORK MILL:「転職の切符」を持っていても、それを活かせるかどうかはまた別問題なのかもしれません。もしその切符を切るとしたら、必要なマインドセットはどういったものでしょうか。

 

中原:端的に言ってしまえば「自分」と「市場」だけを見ていればいいと思います。「これまで自分は何をしてきたのか」「今の自分に何ができるのか」「今の市場では、自分の経験やスキルは誰が必要としているのか」この2つだけを意識しておけばいいと思います。

 

WORK MILL:ただ、それをうまく答えられない人もいるかもしれません。「社内評価」という物差しでしか自分の能力を言語化していなかった、というか。

 

中原:よくある「何ができますか?」「課長ができます」という受け答えですよね。でも、社会の動きによって必要なスキルは変わってくるし、それをアップデートする責任が個人にかかってくる。しかも幸か不幸か、女性は87歳、男性は81歳まで平均寿命は延びています。65歳で辞めてもまだ人生は20年以上あるんです。正直なところ、現代社会はしんどいんですよ。そういう観点では、健康でなるべく長く働き続けられれば、クオリティ・オブ・ライフは上がっていくでしょう。そのためには、「学び」と「働く」の接続を変えていかなければいけないのです。

 

 

WORK MILL:「接続を変える」というと……?

 

中原:かつては大学卒業して、22歳から働いて、55歳ないしは60歳で定年でした。70年代80年代はそうだったんですよ。それが定年の年齢も引き上げられ、70歳まで働くとすれば48年ある。その間、どこかで学び直すタイミングを持つということですね。「学び」「仕事」「リタイア」とわかりやすく分断されたモデルではなく、「学び&仕事」でなるべくリタイアしないで最後まで続けるという方向へ変わっていかなければならないのではないでしょうか。

 

 

「大人の学び」にカリキュラムはない

 

WORK MILL:そうなると、「何を学ぶか」が大切なのでしょうが、なかなか自分が何を学べばいいのかわからない人も多いのではないかと思うのですが……。

 

中原:そうでしょうね。よくセミナーとかで「この産業が伸びるからこの仕事の必要性が高まる」みたいな謳い文句を見るけど、そんなのまやかしだと思っていて、自分の得意なこと、好きなことで選ぶ。やりたいことをやる。それしかないんですよ。『働く大人のための「学び」の教科書』という本を書くときに、7名の方の学びのプロセスについて事例調査させてもらったのですが、「世の中で必要とされていることだから」といった理由ではじめたものはほとんど続かずに挫折されていました。好きだから、得意だから学びつづけられるし、スキルを伸ばすことができる。結局そういうことなんですよ。

 

WORK MILL:得意なものはなんとなくわかりますが、好きなものや興味のあるもの、と言われるとなかなか思い浮かばない人もいるかもしれません。

 

中原:わかります。でも、不思議な問いですよね。たとえば恋人がいる人が「なぜ好きなんですか?」と聞かれても、「好きだから」としか答えようがない。なのに「自分の好きなことがわからない」という問いは問いとして成立してしまう。他人に聞いてもわかるはずないのに。

 

 

WORK MILL:そうですね。

 

中原:「学びながら働き続ける」とか、キャリアのことはなぜかみんな他人や会社任せにするんですよ。恋愛は他人任せにしないのに。つまり何が言いたいかというと、そこには根深い問題があって、「自分で人生を選択してこなかったから」なんです。

 

大学や学部選びも「何が学びたいか」より、「偏差値がこれくらいなら、行けるところはここで……」みたいな選び方をするでしょう。学費もだいたい親が払っているから、自分は痛くもかゆくもない。自腹を切って、自分で何かを選択した経験のない人にとっては、大きなハードルがあるんですよ。それを乗り越えるためには一つ方法があって、「学びは自腹」運動というのをひそかにやっているんだけど、5万とか10万円とか、自分で金額を決めて「これだ」と思うものに大枚をはたいて通ってみる。すると自分のやりたくないことや嫌なことがわかりますから。「あれ、ちょっと違ったかも?」とか「こんなことをやりたかったわけじゃない!」と腹も立つかもしれない。でもそれも含めていい授業料になるんですよ。

 

多くの会社員は、学びというのは会社が補助してくれるもの、研修で用意してくれるものと思いがちだけど、自分で選んで払ってみて、それが仮に失敗だったとしても、次は同じことを繰り返さないはず。無駄になるお金はないんです。

 

WORK MILL:自分がどんな学びに対して払おうと思えるのか、というのが一つの尺度になるわけですね。実際に学ぶ際、何か適切な方法はあるのでしょうか。

 

中原:自分の好きなことや得意なことを学ぶ、というのと、もう一つのポイントは「誰と学ぶか」なんです。自分と近しい環境の人や志のある人が多い環境で学んだほうがいい。「7:2:1の法則」というものがあって、社会人が学ぶというときに、重要な要素として挙げられるのが、「どんな学生とともに学ぶか」が7、どんな教員から学ぶのかが2、どんな教材なのかが1だと言われています。その比率が7:2:1なんです。

 

教員が占める要素なんて2、教材なんて1しかないのか、と思うけど、本当にそんなものなんです。一緒に楽しく学んで、ともに成長していく感覚を共有できる場所さえ見つかれば、そんなに難しいことではないと思う。鶏が先か卵が先か、じゃないけど、まずは1回やってみるしかないですよ。大丈夫、大人の学びで死んだ人はいないから(笑)

 

 

WORK MILL:そうですね(笑)。試しに何かのセミナーに行ってみるとか。

 

中原:「大人の学び」と「子どもの学び」で典型的に違うところは、子どもの学びは学習指導要領としてプログラム化されているんですよ。大学だってカリキュラムがある。大人の学びは学習指導要領もないしカリキュラムもないから、玉石混交なんです。10回行っても当たりは1回、残りはハズレくじなんですよ。でもだんだんその勝率は上がってくる。僕だって最近になって勝率上がってきたな、と思うくらいですもん。年に2回はワークショップに行くと決めていて、若い頃は結構ハズレくじを引いていたけど、最近はなくなってきた。目利き力がつくというのもあるし、やっているうちに自分のやりたいことがわかってくるんです。

 

WORK MILL:中原さんですらそうなら、ちょっとひるんでしまうかもしれません……「なるべく失敗したくない」というか。

 

中原:いや、「つねに自分にフィットしたものを提案してください」という発想から抜け出さなきゃ。まずは誰かを誘って、一緒にはじめてみればいいじゃないですか。しょっちゅうセミナーとか行っている知人についていってみる、というのもいいかもしれない。僕が学生たちにいつも言っているのは、「迷ったら行け」ということ。そのくらいの賭け感がないと、なかなか外へ一歩飛び出すというのは難しいんじゃないかな。まぁ、思い切ってみようよ(笑)

 

 

2019年7月23日更新
取材月:2019年4月

 

テキスト:大矢幸代
写真  :黒羽政士
イラスト:野中 聡紀

 

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