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【クジラの眼 – 字引編】第2話 WELL認証

働く環境、働き方の調査・研究を30年以上続ける業界のレジェンド、鯨井による連載コラム「クジラの眼 – 字引編(じびきあみ)」。働く場や働き方に関する多彩なキーワードについて毎月取り上げ、鯨井のまなざしを通してこれからの「はたらく」を考えます。

 

 

今月のキーワード:WELL認証

 

はじめに

現代人は大人も子供も長い時間を建物の中で過ごします。お父さんやお母さんは仕事をするためにオフィスで、子供たちは保育園や学校で、一日の中のかなりの時間をそこで過ごしています。そしてその生活を数年、数十年という期間繰り返していくのです。生物は自身を取り囲む「環境」から体や心に小さくない影響を受けながら生きています。

 

深海魚や洞窟に住む生き物は、視覚を使わなくても生きていけるように環境に応じた進化を遂げてきました。長期的に順応をして良い方へ進めばいいのですが、短期的に見たとき、つまり私たちが今過ごしている環境がよろしくない環境で、それに終始晒され続けた人間は心身にダメージを被ることになりかねません。

 

人が過ごすのにふさわしい室内環境の質を担保しようとする動きが今急速に進んでいます。それを推し進めている代表が今回取り上げるWELL Building Standard「WELL認証」。その建物や室内環境が、人を健康にすることについてどのくらい考えられているかを利用者に知らしめてくれるありがたい仕組みです。

 

 

 WELL認証とは

WELL認証【WELL Building Standard】

空間のデザイン・構築・運用に「人間の健康」という視点を加え、より良い住環境の創造を目指した評価システムのこと。

 

今我が国では労働生産性向上を目的とする働き方改革が盛んに進められています。その中で従業員の健康管理を経営課題としてとらえる「健康経営」は、従業員の健康増進と病気欠勤や体調不良による生産性低下を抑えることで生産性の向上をもたらす点で大きな期待が寄せられています。私たちは心身に影響を受けながら施設の中で活動しています。そこでの環境の良し悪しが人の健康を左右すると言っていいでしょう。健康に配慮した施設の整備の必要性が叫ばれるようになってきた理由はここにあります。

 

働く人の健康を経営の視点で捉えるとなると、健康に貢献する度合いを数値化して施設管理を行うことが求められるようになります。WELL認証は、施設の利用者の健康の維持・増進を果たす手立てを建物や室内空間などに実践、検証、測定して評価する認証制度で、特に利用者の身体に関わる評価ポイントについては、環境工学の観点のみならず医学の見地からも検証が加えられるものになっています。

 

この制度は、米国の公益企業であるInternational WELL Building Institute(IWBI)が2014年10月に正式公開し、LEEDの認証機関でもあるGreen Business Certification(GBCI)が認証を担当しています。現時点(2019年5月)で、世界で132件、日本では4件の施設がWELL認証を受けています。

 

WELL Building Standardには現在v1とv2 Pilotと呼ばれる二つの基準があり、認証取得を目指す場合には、いずれかを選択して評価・認証を受けることになっています。オフィスビルを対象とするv1に対して、v2 Pilotはオフィスの他に集合住宅、物販店舗、飲食店舗、教育施設などのv1では組み込まれていなかった施設を正式に取り込んで評価するものになっています。また、評価項目や採点方法などにも違いがあります。本来ならv1、v2 Pilot両者の特徴を見ていきたいところですが、v2 Pilotは現時点(2019年5月)では試行版とはいえv1の内容を発展・改善していること、さらに将来”pilot”の字句が取れて正式版として公開された後v1は廃止される予定ですから、ここではv2 Pilotに絞って説明をすることにします。

  

WELL Building Standard v2の原則

WELL v2は以下の原則に基づいて開発されています。

 

・公平:すべての地域や経済的な階層で、社会的な立場の弱い人々などを含めた多くの人たちに、最大限の成果をもたらす。

・グローバル:世界中で実現可能な適応性に優れた介入を提唱。

・根拠主義:科学的に受け入れられる結論を導き出す正当性の認められた研究によって補強されている。

・堅牢な技術:卓越した経験に裏打ちされた戦略で、すべての関連分野に一貫性をもたらす。

・顧客主義:利害関係者が関与できる多数の機会を持つ。

・強靭:科学情報やテクノロジーの進歩に対応し、恒常的に各分野の新しい知見を取り入れながら適応。

 

WELL Building Standard V2 Pilotの評価項目

WELL v2には健康の目的ごとに10の評価カテゴリー(”コンセプト”と“呼ばれる)が設定されています。

空気
クリーンな室内空気質を保持するため、基本的な空気質(CO2、ホルムアルデヒド、各種VOC成分、PM2.5など)、禁煙環境、効率的な換気、建設段階の汚染管理などが評価されます。

 


基本的な水質(沈殿物、微生物、水質の年次報告)などが評価され、人が摂取し接触する水の良質な状態を担保します。

 

食物
健康的な食生活を促進するため、施設内で日常的に提供される場合には、果物と野菜の摂取を促すメニュー、栄養分や原材料などを表示することが評価の必須項目になっています。

 


健康に対する光の重要性に関する教育、一般的な照明が必須項目として評価されます。さらにサーカディアン照明やグレア制御なども評価の対象となります。

 

活動
積極的な身体活動を促進する要件として、歩行などを促す空間設計と机や椅子、モニタースタンドの人間工学的な配慮、調節機能などが評価されます。

〈オフィスづくりの視点で〉
上下昇降デスク
v2では、ワークステーションの少なくとも25%は座位にも立位にも高さ調節可能なデスクにすることが必須条件として求められています。また、50%以上になるとさらに加点がもらえるため認証取得上有利になります。

事務用椅子
椅子の座面の高さ調節は、推奨高さ38~56㎝の範囲で11.4㎝以上の幅で調節できることが求められています。

 

温熱快適性
快適性を確保するための温熱環境に関する要件が定められています。PMV指標を用いた快適性の確保や定期的なモニタリング、年次報告が必須項目として評価されます。

 


暗騒音の管理や音のプライバシー管理が必須項目で、吸音壁やサウンドマスキングなども評価の対象となります。

 

材料
人の健康に有害な材料を制限する要件が定められています。アスベスト、水銀、鉛、ポリ塩化ビフェニールなどの使用制限が評価されます。

 

こころ
精神的健康の促進、自然へのアクセスが必須項目で、メンタルヘルスやストレスマネジメントへの対応、禁煙やアルコール・薬物依存に対する支援なども含まれます。

〈オフィスづくりの視点で〉
リフレッシュスペース
最小で7㎡+施設利用者1人につき0.1㎡の広さを持つ疲労回復空間を設けると加点がもらえるため認証取得上有利になります。

集中スペース
デスクワークをワークステーション以外の場所で集中して行うニーズがある場合、隔離時間、隔離区画、隔離部屋を設けることが推奨されています。

共同作業スペース
完全または半分仕切ることが可能な共同作業を行うための空間が求められています。

仮眠スペース
静かで明るすぎない環境を設け、利用者が必要に応じて20~30分ほどの睡眠がとれるようにします。

 

コミュニティ
健康とウェルネス意識を育む教育プログラムや施設に関係する様々なステークホルダーとの協調的な開発などが評価されます。育児や介護の支援に関わる要件などもここに含まれます。

  

認証取得までの流れ

認証の取得を目指すプロジェクトは申請登録をした後、IWBIのWELLコーチの指導の下で対象施設の状況を評価項目と突き合わせ、不足している部分の改善計画を立て、改修工事などを実施します。その内容が評価の要件を満たしていることを示す書類(図面やポリシー文書、運用スケジュールなど)を作成し、書類審査を受けます。書類審査終了後、GBCIのWELLレビュワーが実際に施設を訪れ現地測定を実施、空気質や水質などは分析機関による性能試験が行われます。認証取得後も継続的なモニタリングや審査期間への年次報告が義務付けられていて、3年ごとの再認証取得が推奨されています。

 

おわりに

健康維持・増進のために「ゼロ次予防」という考え方があります。医療や保険の分野では予防を1次予防から3次予防の三段階に分けて考えています。1次予防は個人に運動を促して病気を予防する。2次予防は早期発見・早期治療を行う。3次予防は治療後の再発を防止するためのリハビリテーションです。ゼロ次予防はその前に位置する予防策で、個人に向けて「運動してください」「こういう食べ物は控えてください」といったメッセージを出すのではなく、地域や環境そのものが人を健康にしていくよう働きかけるものです。例えば階段や緑のある公園が利用しやすいようにデザインされていれば、歩くことが促され利用者の健康に寄与することになります。人が普通に生活する中で知らず知らずのうちに健康になる仕掛けを街や施設の中に組み込んでいくのがゼロ次予防のやり方なのです。

 

WELL認証で設定されているコンセプトや項目基準はゼロ次予防と通じるところがあるように思います。そのビルに居るかぎり、利用者は健康を損なう要素に晒される心配はいりませんし、逆に健康増進につながる恩恵がもたらされるのです。それも意識しないで普段通りに過ごしているうちに….。健康になりたくない人は世の中にいないでしょう。ですが、それに向けてことさらに努力をしたくない人は少なくないはずです(私もその一人です)。そんな怪しからん輩にとってゼロ次予防の対策やWELL認証は願ってもない施策。本当にありがたい話です。

 

認証制度の運用が始まってまだ4年。病人の数が20%ほど減ったと報告している施設はあるものの、まだ本格的な成果は報じられていません。でもきっとあと数年もすれば権威ある調査が行われ、数多くの人が「WELL認証を受けた施設のおかげで健康になった」という結果報告が届くことでしょう。人間健康になれば笑顔が生まれるもの。そんな人を見た人は自分もそうなろうと意識して健康になる。意識していなくても幸せそうな人と触れ合うだけで気分が良くなって健康になっていくかもしれません。その輪がだんだんと広がって好循環ができていく。WELL認証を受けた建物やオフィスを利用する人は幸福な人たち。そうなった暁には、認証を受けていないビルに入っている会社などに就職・転職しようと考える人はいなくなるかもしれません。やっぱり、何のかんの言っても「人間、健康で幸せなのが一番」なのですから。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。次回お会いする日までごきげんよう。さようなら!

 

【参考】
『WELL v2 パイロット版』International WELL Building Institute
『健康に配慮した建築環境評価―WELL認証制度とその最新バージョン』Green Building Japan 柳瀬真紀

 

■著者プロフィール

ー鯨井康志(くじらい・やすし)
オフィスにかかわるすべての人を幸せにするために、はたらく環境のあり方はいかにあるべきかを研究し、それを構築するための方法論やツールを開発する業務に従事。オフィスというきわめて学際的な対象を扱うために、常に広範囲な知見を積極的に獲得するよう30年以上努めている。主な著書は『オフィス事典』、『オフィス環境プランニング総覧』、『経営革新とオフィス環境』、『オフィス進化論』など。

 

■働くを考えるシリーズ(字引編) 過去掲載記事
第1話 チェンジマネジメント

2019年5月30日更新

テキスト:鯨井 康志
写真:岩本 良介
写真提供:株式会社清和ビジネス
イラスト:
(メインビジュアル)Saigetsu
(文中図版)KAORI

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