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【クジラの眼 – 字引編】第1話 チェンジマネジメント

働く環境、働き方の調査・研究を30年以上続ける業界のレジェンド、鯨井による連載コラム「クジラの眼 – 字引編(じびきあみ)」。働く場や働き方に関する多彩なキーワードについて毎月取り上げ、鯨井のまなざしを通してこれからの「はたらく」を考えます。

 

 

今月のキーワード:チェンジマネジメント

 

はじめに

新しく導入された制度やシステムについて行けず、「こんなはずじゃなかったのに」とか「前のやり方のままでも仕事はうまく回っていたのに」とか「自分だけ置いてきぼりになっているみたい」とか、会社の近くの居酒屋でぼやいているお父さんが今日も必ずいるはずです。組織のビジョン、管理体制、制度は変わっていくものです。仕事をしていく上での価値観だって変えていかなければならないことがあります。新陳代謝をしなければ組織という生き物は生き残っていけないからです。

 

このような業務変革について行けないのは何もお父さんに限った話ではありません。落伍者のリスト入りする可能性は誰にだってあるのです。当然のことですが、取り残された人がいると組織全体のパフォーマンスは上がりません。新しいやり方に反旗を翻す輩がいれば、他の人の足を引っ張って業績は落ちてしまうこともあるでしょう。

 

働き方改革で新たな取り組みをするときは、組織にいる全員が意識や思考をうまく切り替えていかなければならないのです。それをするための手法が今回取り上げる「チェンジマメジメント」です。

 チェンジマネジメントとは

チェンジマネジメント【change management】

業務変革などを推進、加速させ、成功に導くために、変化に対して社員が抱く不安や不満を軽減する施策を講じ、適切な働く環境を整備する経営手法。経営学用語の一つ。

 

組織が業務変革を行うとなると、長年慣れ親しんできた従来の仕事の進め方や自らが工夫して編み出してきた流儀に固執して、変革に反対する人が現れるものです。そこで組織は、変革の狙いや必要性を知らしめ、そのような社員の意識を変えていく必要性に駆られます。彼ら彼女らが、変化する組織の中でうまく適応できるような手立てを考えなければならないのです。多くの組織で働き方改革を推し進めようとしている今こそ、変革のスタートからゴールに至るまで働く人たちを導くチェンジマネジメントという経営手法が必要とされているのです。

 

チェンジマネジメントの実践に向けて

何をすればチェンジマネジメントができるのか。その答えを探すのは容易ではありません。それはチェンジマネジメントをしようとする組織の在りようも、変革しようとしている施策もが千差万別であるため学術的に一般化するのが難しいからなのかもしれません。確立された定番メニューを紹介できればいいのですが残念ながらそれは叶いません。そこでここでは、多くの人が参考にしているリーダーシップ論を見ることでチェンジマネジメントの実際の姿に迫ってみたいと思います。

 

取り上げるのは、リーダーシップ論の第一人者であるジョン・P・コッターが『企業変革力』の中で提唱している考え方です。コッターは多くの企業が変革に失敗している点に着目し、その理由を明らかにするとともに、どうすれば変革を成功に導けるのかを研究しました。

 

大規模な変革が進まないのは8つの「つまずきの石」があるからだと著書の中でコッターは述べています。それは、内向きの企業文化、官僚主義、社内派閥、相互の信頼感の欠如、不活発なチームワーク、社内外に対しての傲慢な態度、中間管理層のリーダーシップの欠如、不確実に対する恐れです。そしてこれらを乗り越え、変革を成功させるために以下の8段階のプロセスを提示しています。

 

1.危機意識を高める
・市場と競合の現状を吟味する
・危機、あるいは絶好の成長機会を見付けて、検討する

 

2.変革し維新のための連携チームを築く
・変革をリードするために、十分なパワーを備えたグループを生みだす
・このグループにチームとしての活動を促す

 

3.ビジョンと戦略を生み出す
・変革の試みを導くためにビジョンを生む
・このビジョン実現のために戦略を立てる

 

4.変革のためのビジョンを周知徹底する
・あらゆる手段を活用して継続的に新しいビジョンと戦略をコミュニケートする
・連帯チームのメンバーが、従業員に期待される行動を自らがモデルとなって示す

 

5.従業員の自発を促す
・変革の行く手をはばむ障害を取り除く
・変革ビジョンを妨害するシステムや組織構造を変革する
・リスクテイキング、いままで遂行されたことのないアイデア、活動、行動を促進する

 

6.短期的成果を実現する
・業績上で眼に見える改善、すなわち短期的勝利を生む計画を立てる
・実際に短期的勝利を生みだす
・これらの勝利に貢献した人たちをはっきり認知し、報いを与える

 

7.成果を活かして、さらなる変革を推進する
・変革のビジョンに合致せず、全体的試みになじまないシステム、構造、制度を変革することに、築き上げられた信頼を活用する
・変革ビジョンを推進することに貢献する人材を採用し、昇進させ、開発する
・新しいプロジェクト、テーマ、変革推進者を通じて変革プロセスを強化する

 

8.新しい方法を企業文化に定着される
・顧客重視、生産性向上を目指す行動、すぐれたリーダーシップの発揮、さらにすぐれたマネジメント機能を通じて業績向上を実現する
・新しい方法と企業の成功の関係を明確に示す
・リーダーの開発と後継者育成を促す手段を生みだす

 

引用文献:『企業変革力』ジョン・P・コッター 日経BPマーケティング 2002年

 

ジョン・P・コッターのリーダーシップ論には「チェンジマネジメント」という言葉は出てきませんが、組織内に変革をスムーズに導入し、最終的なゴールへと導く手法はまさにチェンジマネジメントが目指すものに他なりません。働き方改革の推進に関わる方は、上にあげた8段階のプロセスを参考にして変革に取り組んでみてはいかがでしょうか。

 

チェンジマネジメントとオフィス環境                                                                     

働き方改革は「制度」「ツール」「環境」の三つの要素で構成されるとオカムラ(WORK MILL)は提唱しています。この中の「制度」つまり組織内のルールを改めるのは、働き方を改革するのですから当たり前。「ツール」も作業の利便性を高めたり創造性を喚起するのに有効なシステムを導入することですからすんなり受け入れられます。

 

残った「環境」はどうでしょう。ここでいう環境は、働くための物理的な空間環境(オフィス環境と言ったりもします)を指すのですが、「それが働き方改革に役立つの?」とピンと来ない人もおられると思います。ですがこの「環境」、意外と効果があるのです。それもチェンジマネジメントに関係して…。

 

働き方改革を計画する際に当たり前に受け入れられる「制度」と「ツール」の共通点は、どちらも変わったかどうかが目に見えないことです。制度は明文化されたコンテンツを見ない限り、いつからどんな風に変わったのかわかりません。ツールの変革はこれまで使ってきたパソコンの中で行われるシステム変更であることが多いので、こちらもPCの画面を立ち上げないと変革されたのかどうか認識できません。二つの要素はもちろん極めて大事な変革要素ではあるものの、朝出社して変革に気づくと思うかと問われれば「気づかない」「気づきづらい」と答えざるを得ないでしょう。

 

これに対して「環境」はどうでしょう。働き方改革に応じてオフィスが模様替えされていたのなら、こちらについては変わったことが一目瞭然。誰もがはっきりとしかも瞬時に変わったと認識できます。変革が成されたことを意識させるという点において「環境」が果たす役割は決して小さくないのです。

 

「形から入る」という言い回しは、肯定的な意味で使われない場合もありますが、新しい何かを始めるときに私たちは物理的な形を整えた上で臨むことがよくあります。決めたことをやり抜くために、後戻りできないように精神的な縛りを自らに課すのが有効だからでしょう。働き方改革における「環境」整備はそれと同じ。「環境」は働き方改革を見える化することで働く人たちに認識させる大切な要素なのです。

 

 

チェンジマネジメントは変革の導入を促すための管理手法です。導入される制度やシステムに呼応してオフィス空間を変更したのであれば、「環境」は新しい働き方の推進に貢献することになります。また、単に快適で居心地のいいオフィスにつくり変えただけであっても、制度やシステムの変更がもたらす精神的な負荷を癒すことになるでしょう。先に触れたコッターの8段階のプロセスの中でもオフィス環境が貢献できることは数多くありそうです。チェンジマネジメントの一つの方策にオフィスの空間づくりも取り入れてみてはいかがでしょうか。

 

おわりに

元来生物というものは環境の変化を好みません。それまで過ごしてきた環境が変わってしまうと、新しい環境に応じて自身の能力を更に進化させなければならず、それには時間や手間がかかるからです。職場で働く私たちにも同じことが言えるはず。制度やシステムが変わるときには必ずそれに抗いたくなるものです。冒頭のお父さんたちのボヤキはしごく真っ当なもので、嘘偽りのない心の叫びだと言えそうです。チェンジマネジメントを推進する側の人間は、そうしたことをしっかりと認識して事に当たる必要があります。裏があることを感じさせる画策や、妙にひねった計画を押し付けるのではなく、働く人たちに寄り添ったシンプルな施策の実行が求められるのです。

 

チェンジマネジメントを『悪魔の辞典』(痛烈な皮肉やブラックユーモアを交えて様々な言葉を再定義した辞典)を模して再定義してみると「構成員の意識や価値観を巧みに操る手口」とでもなるでしょうか。もっと端的に「合法的な洗脳」ではいかがでしょう。こんな酷いことを陰で囁かれないよう、チェンジマネジメントは慎重に進めなければならないのです。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。次回お会いする日までごきげんよう。さようなら!

 

■著者プロフィール

ー鯨井康志(くじらい・やすし)
オフィスにかかわるすべての人を幸せにするために、はたらく環境のあり方はいかにあるべきかを研究し、それを構築するための方法論やツールを開発する業務に従事。オフィスというきわめて学際的な対象を扱うために、常に広範囲な知見を積極的に獲得するよう30年以上努めている。主な著書は『オフィス事典』、『オフィス環境プランニング総覧』、『経営革新とオフィス環境』、『オフィス進化論』など。

 

2019年4月18日更新

■働くを考えるシリーズ(字引編) 過去掲載記事
第1話 チェンジマネジメント
第2話 WELL認証
第3話 コラボレーション
第4話 コミュニティマネジメント
第5話 CMF
第6話 セレンディピティ
第7話 SDGs

 

テキスト:鯨井 康志
写真:岩本 良介
イラスト:
(メインビジュアル)Saigetsu
(文中図版)KAORI

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