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チームと文化で会社は変わる ― ヤッホー流・楽しい職場の育て方

私たちは人生の多くの時間を仕事に費やします。豊かな生を望むなら、誰しも「楽しく働きたい」と願わずにはいられません。その願いは現代の日本社会の中で、どれだけ叶っているのでしょうか。

  いま、目覚ましい業績の伸びもさることながら、社員が皆、和気あいあいと楽しそうに働いている会社として、注目を集めている会社があります。「よなよなエール」「水曜日のネコ」といった個性あふれるヒット商品を持つクラフトビールメーカー、ヤッホーブルーイングです。笑顔と成長の絶えない彼らの働く環境は、一体どのように築き上げられたのか――その秘訣を探るべく、ヤッホーブルーイング社長の井手直行さんにお話を伺いました。

前編では、ヤッホーブルーイングの独特な社内文化にフォーカスを当てながら、井手さんが会社づくりの中で大事にしてきた「チームビルディング」の考え方について、丁寧に言葉を紡いでいきます。

無駄なコミュニケーションが、質の高い議論を生む

ー井手直行(いで・なおゆき) 株式会社ヤッホーブルーイング代表取締役社長
1967年、福岡県生まれ。国立久留米高専電気工学科卒業。大手電気機器メーカー、軽井沢の広告代理店での勤務を経て、1997年、ヤッホーブルーイング創業時に営業担当として入社。2008年より現職。著書に『ぷしゅ よなよなエールがお世話になります』(東洋経済新報社)。現在、3児の父。

WORK MILL:最近、ヤッホーブルーイングさんは「働きやすい会社、働きがいのある会社」としてメディアに取り上げられることが増えていますね。

井手:ありがたい限りです。社員が楽しく働ける環境づくりにはとても力を入れているので、外から評価していただけると嬉しいですね。ただ、そんなに特別なことをしている意識はないんです。
ヤッホーとしては日常になっていることが、他社さんから「そんなことやってるの!?」と驚かれたりすることも多くて、そういう瞬間に「確かにちょっとほかの会社とは違うのかもしれないな」と実感します。

WORK MILL:他社の方が驚かれたりするのは、どんな取り組みでしょうか。

井手:いろいろとあるんですけど、たとえば「ニックネーム制」とか。年齢や役職は関係なく、社内では全員がニックネームで呼び合います。また、役職のようなレイヤーもほとんどないんですよ。役割として「社長・ディレクター・プレイヤー」の3つに分かれているくらいです。

WORK MILL:組織的にもフラットで、お互いニックネームで呼び合っていると、日常的にフレンドリーなコミュニケーションが取れそうですね。

井手:そのおかげもあって、会社の雰囲気はとてもアットホームで明るいです。たまに本名が出てこなくて困ることもありますけど。取引先からの電話で「清水さんお願いします」と言われて、「清水……誰だっけ?」って焦ったり(笑)
コミュニケーションの話で言うと、朝会では必ず、仕事とは関係のない雑談をする時間を取っています。どんなに忙しくても、毎朝30分間は皆でとりとめなく、くだらない話をするんです。

WORK MILL:雑談のテーマなどは決めているのですか?

井手:いえ、決めていません。「穴場の外飲みスポットを見つけた」とか、「昨日観たテレビが面白かった」とか、皆好き勝手にしゃべってくれています。

WORK MILL:その雑談の中に、新しい製品のアイディアがあったり……?

井手:いやいや、朝会の内容はそんな大した話じゃないんですよ(笑)。ただ、その「大した話じゃないこと」を、日常的に言い合える関係でいることが大切なんです。
日頃から雑談をしていると、「この人は考えるより先に言葉が出るんだな」「この人は黙ってることが多いけど、振ったら論理的な指摘をしてくれる」といったような、それぞれの個性や、コミュニケーションのクセがわかってきて、仲間としての距離感が近づきます。そうすると、業務上のコミュニケーションの質も上がるし、何かと議論がしやすくなるんです。

WORK MILL:確かに、業務上のやり取りしかしない相手との議論って、ちょっと畏まってしまうことが多いです。

井手:業務上の効率だけを追求するなら、雑談なんていらないですよね。でも、お互いへの理解や思いやりのない間柄でやる会議は、チームとしての一体感はまるでなくて、上辺だけのものになってしまいます。そういう場って、得てして結論は早く出るんですけど、納得してない人たちが大勢いるものです。
相手の人柄が分かっていれば、他人行儀にならず、踏み込んだ議論がしやすくなる。一方で、議論が白熱して感情的になってしまっても、日頃からフラットに接している距離感なら、その後の切り替えがしやすいでしょう。社交辞令ほどのコミュニケーションしか取らない上司から会議でカチンと来ることを言われたら、終わった後もかなり根に持ちませんか?(笑)

WORK MILL:そうかもしれないですね……(笑)

井手:でもその相手が、普段くだらない話で笑い合ってる「仮装好きで子煩悩な〇〇さん」だったら、会議が終わった後に「さっきのあの言い方、ちょっとヒドいですよー」「あ、そうか。ゴメンな」といったやり取りをして、モヤモヤを解消できるかもしれません。もちろん、親しき仲にも礼儀は必要ですけど。
大事な意思決定の場で、難しい課題をちゃんと議論して、全員が納得できる結論を導く――私たちはそのために、無駄なコミュニケーションをたくさん取って、チームとして必要な要件を埋めているんです。

個性を尊重し、生かし合う。それが「チーム」の在り方

WORK MILL:何度かお話にも出てきましたが、井手さんは「チーム」という言葉を大切にされていますよね。それには、何かきっかけがあったのでしょうか。

井手:明確にありました。今から10年ほど前のことですね。その頃のヤッホーは、2004年から力を入れ始めた楽天市場でのインターネット販売の好調のおかげで、地ビールブームの終焉と共に低迷を続けていた業績がぐんぐんと伸びていました。
当時の僕は、そのネット事業の仕事を1人で担当していました。でも、段々と仕事が増え、とにかく人手が足りなくなってきて。自分の裁量で専属のスタッフを1人採用したのですが、それでも間に合っていませんでした。社内で明らかに、ネット事業に従事している2人だけが忙殺されているような状態だったんです。
その時の僕らは、正直に言って孤立していました。ネット事業にタッチしていない社員はどこか白けていたり、頼んでも快く手伝ってもらえなかったり。もっとヒドい時には、ネットの受注が増えたことで製造や出荷の仕事量が多くなって、「また残業が増えたよ、どうしてくれるんだ!」と怒られたり(笑)

WORK MILL:業績の伸び盛りで、本来なら「よし、皆で頑張ろう!」となるのが理想のシーンですよね。

井手:そうそう。その一丸となるチーム感が、当時はほとんどなかったんです。皆、与えられた担当の仕事は、ちゃんとやっていました。けれども、日常で生まれる担当の決まっていない雑務や、新しく増えてきた仕事は、誰も進んでやろうとしなかった。直通の電話には出るけど、会社の玄関の呼び鈴が鳴っても誰も動かない……そんな雰囲気でした。
これからヤッホーをもっと成長させようと思ったら、それは1人2人で何とかなる問題ではない。皆が同じ方向を向いて、協力しながら仕事をつくっていく必要がある――意を決した僕は、楽天さんがネット店舗の出店者向けに開催していた「チームビルディングプログラム」という研修に参加したんです。これが僕にとって、そして会社にとっても大きな転換点になったと思います。

WORK MILL:その研修に参加して、井手さんの中でどんな変化や気付きがありましたか。

井手:たくさんの学びがありました。たとえば、「人にはそれぞれ個性があって、お互いに理解することが重要」だとか。言葉にすると当たり前に聞こえますが、これを行動レベルに落とし込むのはなかなか難しいんですよ。
僕は声が大きくて、物事をはっきりと言うタイプの人間です。だから、注意しないとそれが「他人にとっても当たり前にできること」だと勘違いしまう。あの頃の僕は、恥ずかしながらそう思っていた節がありました。そんなのは当たり前であるはずがなくて、声の小さい人もいれば、人前に出ると緊張する人、論理的な分析が得意な人もいます。
チームビルディングプログラムは、さまざまなアクティビティを通して「自分と他人は違う」ということをあらためて教えてくれました。そして、その違い、それぞれの個性を生かし合えば、やる前には無理だと思っていたことも達成できてしまう ― そんな成功体験を、参加者に与えてくれたんです。

チームビルディングのアクティビティの様子 研修は資質テストを踏まえた自己紹介で、仕事中には気づかないお互いの資質や得意なことなどを深いところまで知ることから始まる。その後、「チームビルディング」という、教科書通りの基礎編を座学で勉強することと、様々なアクティビティをチームで体感するという実践が行われる。

チームビルディングのアクティビティの様子 座学と体での実践。それを繰り返すことでチーム形成ができて、集まった10人がすごいことを成し遂げるチームになっていく。そんな研修が行われている。

井手:ほかにも、本当に貴重な気付きがいくつもあって「これをどう自分の会社に伝えていこうか」と考えたんですけど……悩んだ末に「同じ研修をそのままやればいいのでは!」という結論に至って(笑)。それで、私が勉強して講師役になって、社内でもチームビルディングプログラムを実施するようになりました。

WORK MILL:それは、一度に社員全員に受けさせるようなもの?

井手:いえ、1回のプログラムの受講者数は10人が上限で、やりたい人だけの自由参加にしています。毎回同じ内容なので、参加できるのは1度だけです。期間は3カ月ほどで、毎年1回ずつ行なっており、今年で9回目を迎えました。社員全体の半数ほどが受講済みになっている状態ですね。

WORK MILL:プログラムの手応えは、初年度からあったのでしょうか。

井手:会社全体として「チームって大事だよね」という気持ちを共有できて、それが業績にも結びつくまでには、時間がかかりました。初年度は……かなり骨が折れましたね。
社内でプログラムを始めた当初、ヤッホーの社員数は20人前後でした。そこで受講の希望者を募ったら、7人が前のめりに手を挙げてくれて。その7人と僕が、業務中にいなくなるんですよ。ただでさえ業績が上がり始めて、忙しくなっている時期に。そのしわ寄せは、参加していない社員にいくわけです。当然、彼らからは「仕事ほったらかして何遊んでるの?」とか「そんなことやっても意味がない」とか、もうクレームの嵐でした。

WORK MILL:つらい時期でしたね。

井手:彼らの怒りは当然のことだったと思います。僕はひたすら謝りながら「これが会社の未来に必要なんだ」と説得し続けましたが、すぐに理解は得られませんでした。
1年目は大クレーム、2年目もかなりの反対があって、3年目にようやく「あれ、効果があるんじゃないか」という雰囲気が会社にできてきて。プログラムの卒業生たちが部署横断的なプロジェクトを立ち上げたりして、いくつか成功事例が見えてきたのもこの頃です。会社の体質というか、文化を変えようといった取り組みは、やはり根気が必要ですね。

仕事の「楽しさ」の軸は、会社の文化が担う

WORK MILL:「チームとして働く」という文化が会社に根づき始めて、職場環境はどのように変化したのでしょうか。

井手:「個性を認め合って、協力し合う」のがチームの働き方です。それはつまり「それぞれが自分の長所を生かして、楽しく働く」ことなんですよね。その考え方が共有できているおかげで、ヤッホーの社員は皆、楽しそうに仕事をしてくれているなと感じています。
朝会の雑談などは僕が始めたことですが、今では社員が自発的に楽しく文化を浸透させる仕組みを提案・実行してくれるので、頼もしい限りです。他社さんからは「遊んでるんじゃないか?」と思われそうですけど(笑)

井出さんのニックネームは「てんちょ」

WORK MILL:日本のあらゆる職場を見渡した時に、ヤッホーさんほど楽しさが伝わってくる職場は、なかなかないように感じます。しかも、それが業績にも繋がっている。井手さんは、働く現場において必要な「楽しさ」とは、どのようなものだと思われますか?

井手:仕事上での「楽しさ」って、たとえば漫才を見て感じる「楽しさ」とは違いますよね。働く楽しさは、何か軸にはまっていないといけないと思います。それで言うとヤッホーの楽しさの軸は、僕らのあるべき姿勢を明文化した「ガッホー文化」に集約されるんです。

WORK MILL:ガッホー文化?

井手:「頑張れヤッホー」を略して、「ガッホー」です(笑)。ここには6つの項目を掲げていて、その中に「仕事を楽しむ」というのも入っているんですね。

井手:自ら考えて行動して上手くいったら、仕事は楽しい。個性を伸ばせる役割があったら、やりがいがあって楽しい。仲間と切磋琢磨して成長し合えたら、もっと楽しくなる。一生懸命考えたことでお客さんが喜んでくれたら、やっぱり嬉しいし楽しい。上手くいった時の楽しさを知ってるから、上手くいかなくても、次また頑張れる。こういうサイクルがうまく回っていると、基本的には楽しく仕事ができるのかなと。

WORK MILL:仕事が「楽しい」ものだと知っているからこそ、積極的に「楽しむ」姿勢が生まれるのですね。

井手:まさにそうです。たとえば、ひたすらコピーを取る仕事でも「コピーを取らされて面倒くさいな……」と思ってやるより、「ねえ、効率的に取るにはどうしたらいい?」「これを誰かとゲーム感覚でやろう!」「すごい方法を見つけたぞ!」と楽しもうとする方が、質もスピードも確実に上がります。

WORK MILL:職場でチームが機能していると、仕事上の「楽しむから楽しい」「楽しいから楽しむ」のサイクルが自然と持続されそうです。

井手:仕事を「楽しむ」ための環境づくりには、チームが効果的に作用していますね。安心して仕事を楽しむためには、「休みたい時に休める」ことが必要な人もいます。それを相互に理解して尊重しているから、うちの会社では制度を作らなくても、子育て中の社員のサポートが自然とできていたりします。チームの存在は、そのまま「働きやすさ、働きがい」に繋がっていくと思います。


前編はここまで。後編では、楽しく働ける文化が職場環境にどんな影響を与えるのか、文化を持つことが会社にどんな力を生み出すのか、さらに話を掘り下げていきます。

2018年6月19日更新
取材月:2018年4月

 

テキスト: 西山 武志
写真:岩本 良介
写真提供:ヤッホーブルーイング
イラスト:野中 聡紀